使命と神
「おい、早く起きろ!
今日の勉強の時間だ!」
朝早く、まだ陽も登っていないような時間に、大声によって起こされる。
起き上がり、手早く布団を片付け、外で顔に水をかけて体を無理やり起こす。
部屋に戻ってうちに代々伝わるという本を開く。
こんな力なければいいのに、と思う。
それから数時間、その本にひたすら目を通す。
小鳥の囀りが聞こえ、太陽がのぼる。
部屋に運ばれた朝食を食べ、外へ出て素振りをする。
自覚のない力のせいで、いつまでこんな生活を続ければいいのか、今日もそれだけを考えて訓練に臨む。
否、臨むつもりだった。
私の考えは、今までずっと考えていたけど実行しなかったことに全て持っていかれていた。
今日の夜、ここを出よう。
それだけを考え、その日の特訓は過ぎ去っていった。
その夜、私は家を出た。
数少ない信頼できる知り合いを頼り、街へと出ていく。
「そこの人。」
不意に声をかけられ、私の体はビクッと跳ねる。
こんな時間に歩いていたら怒られても仕方ない。
そう思って声の方向を見る。
そこに立っていたのは、日本人だとは思えない白い髪をした人。
男の人なのか女の人なのか、髪と顔だけではわからない。
「えっと…なんの用ですか?」
高圧的かとも思ったけど、私は問いかける。
「急に話しかけてしまったから驚くのはわかるが、そう敵視しないでほしい。」
そう言って、その人は私に近づいてくる。
「ちょっといいか?」
そう言って、私の頭に手を乗せる。
本来なら、大声を出すか逃げるかという二択を迫られるだろう。
でも、逃げなくてもこの人なら大丈夫という感覚が、勝手に心の中に広がっている。
「今、お前は神の力に困っているんだろ?」
その言葉に、私はハッとする。
見ず知らずの人が、私の事情を知っている。
なぜそんなことがわかるのか聞く前に、答えが返される。
「俺もちょっと特殊な力を持っていてな。
そこで、聞きたいことがある。」
そう言って、その人は手を離す。
「お前はこの先どうしたいんだ?」
「え?」
唐突な問いに、一瞬混乱する。
「その力を持って生きて生きたいのか、その力を捨て、新たな人生を歩みたいかということだ。」
「そ、それは…できればこの力が関係しない人生を歩みたいと思います…」
「だったら、その力はもういらないな?」
本当にそんなことができるのなら、すぐにでもこの力を失くしてほしい。
しかし、その夢は叶わない。
それよりも、私がいなくなっては私に与えられた使命を果たしてくれる人がいなくなる。
完全に信じているわけではないけど、私がいなくなっては誰がこの国を護るというのか。
「でも、ダメなんです。
私がこの力を捨てることはできない。」
思わずこぼれてしまった言葉を、取り消すことはしない。
事実であってどうしようもないことだから。
「使命ってのが大事なんじゃなく、誰かが傷つくのが嫌なんだろ?」
私の全てを知っているというように、その人は言う。
「大丈夫だ。
任せろよ、最強。」
最強……?
なんのことかはわからないが、次に彼が手を翳した瞬間、私の中で何かが変わった。
魂にあった何かが、すっぽりとなくなったかのような感覚。
前でニヤッとした笑みをするその人を見て、私は言葉を失う。
「これで、お前は何かに縛られることはない。
だが、元の家に戻ったらお前は今よりも不幸になる。」
確定した未来を見てきたように、その人は続ける。
「生きたいように生きろ。」
そう言って、手を天に向ける。
「1人の少女の人生を10数年無駄にしたんだ。
そのくらいは精算しろよ?」
そう言った瞬間、一筋の光が一直線に飛んでいき、空中で広がる。
「今から23年後の今日、空を見上げろ。
周りがどれだけ騒ごうが、喚こうが、黙って空を見上げるんだ。
それが、お前が今までの人生で抱え込んできたものの大きさだ。」
ハッとして視線を下すも、その人はいない。
「いい人生を歩め、桜庭響。」
その言葉だけが、心の中で反響していた。
結局、その後は唯一の知り合いである清春さんの神社にお世話になり、楽しい生活を送った。
23年後、隕石が地球に向かって落ちてくるという話が出てきて、実際にそれは来た。
清春さんはすでに他界しており、明美さんや神社の人たちと共に空を見上げていた。
あの時に言われた言葉を忘れることなく、じっと、運命を受け入れるように空を見つめ続けた。
不思議なことに、その隕石は光として目視できるところまで来て、粉々になった。
しかも、その破片も地球に落ちてくることはなかった。
『それが、お前が今までの人生で抱え込んできたものの大きさだ。』
あの時の声が、蘇ってくる。
空には、暗い中に一筋の白い光と金色の光が輝いていた。




