強きものと弱きもの
俺は舞台を後にして会場内を歩いていた。
今日の分の試合が終わったとはいえ、他のやつの試合もみることができるのだ。
次の試合で当たるやつの能力がわかれば一気に有利になるからな。
そんなことを思いながら傍観席の方へと歩いていく。
その時だった。
「あなたがゼロクラスの人?」
不意に声をかけられた。
今すれ違ったやつだろうか。
「そうだが?何か用か?」
そう言いながら俺が振り返った瞬間、体に直接圧をかけるようなプレッシャーがかかる。
前に立っているのは、ウェーブのかかった長い緑の髪の少女。
10歳後半だろうが、妙に他の奴より大人っぽい。
圧倒的な強さ、余裕、それでいて冷静冷徹。
そんな雰囲気を纏っている。
こいつが強者であるということは直感的にわかる。
それを感じさせるだけの力を、こいつは持っているのだろう。
周りにいた人間が数歩下がっていく。
そして数秒後、俺はこいつが誰か気づく。
入学式の日、あの結晶を粉々にした唯一の人間。
「私はフローラ・フレーベル。
Sクラスの生徒よ。」
やはりSクラス…
「入学式の日にあの結晶を粉々にしたやつだろ?」
「あら、知ってたの。
まぁ、あの時のことなんてどうでもいいわ。」
そう言って彼女は一歩俺に近づいてくる。
「さっきの戦い、あなた全然本気を出していないのでしょう?」
グレイと同じだ。
俺もそうだが、一定以上実力を持っているやつというのは相手の動きを見ただけで、全力なのかそうじゃないのか、なんとなく区別ができる。
「おいおい、俺みたいなやつがAクラス相手に本気出さずに勝てるわけないじゃねぇか。」
苦笑しながら俺は返す。
「Aクラスごときが相手だから本気を出す必要すらない。
というではなくて?」
………
周りがざわつき始める。
「そもそも俺に能力なんてものがないからな。
まぁそれは置いておいて、要件はなんだ?」
話題を逸らす俺の顔をじっと見ながら、彼女は言う。
「別になんでもないわ。
噂のゼロクラスの生徒を見かけたから話しかけただけよ。」
「そりゃあ光栄なことだ。
Sクラスの強い人に気にかけてもらえるなんてな。」
「そうでしょう?」
彼女がそう言った瞬間、彼女の右手に槍が握られる。
緑色が主体で作られ、黄色の装飾がつき、刀身は淡い青みを帯びている。
綺麗だ。
それが率直な感想だった。
しかし、今はそんなものに感動している暇はない。
明らかにおかしい。
こちらに手を出した瞬間に、今までなかったはずの彼女の手の中にそれが握られていた。
どこから取り出した?
いや、作ったのか?
「私は、あなたの本気を知ってみたいの。
興味があるものを追求するのは楽しいじゃない。」
俺は何も答えず、ただその槍がどうやって出てきたのかを考えていた。
それがわかれば、彼女の能力も少しはわかるかもしれないからな。
そして、そんなことを考えている間に彼女の口から言葉が紡がれる。
「あなただって、最強と言われる人間と戦ってみたいでしょ?」
俺の心のうちを見抜くような顔で、フレーベルは言ってくる。
………
「あいにくだが、俺は疲れてるんでな。
遠慮しておこう」
俺が言うと、
「そう。
それはお邪魔だったわね。」
そう言って彼女は手を下げ、それと同時にその槍は消える。
意外にあっさり引き下がるんだな。
そして問題はあの槍か…
ふむ…俺の中でいくつかの考えは生まれたが…
やはり原理がわからない。
いつかは戦うことになる可能性があるということだ。
それまでに考えをまとめておかないとな。
「それじゃあな。」
そう言って俺は振り返って一歩踏み出す。
「えぇ。また会いましょう」
その言葉に俺は返事をせず、めんどくさいのに絡まれたなーと思いつつも、傍観席へと歩いていくのだった。
この円形状の施設の二階からは下の舞台が見えるようになっている。
こうして聞くとなかなかに激しい音がしてるもんだな。
そう思い周りを見回すと、前の方の席に座っている1人の少女を見つける。
「よう。カルリア。」
その席の横まできて俺は声をかけ、その横の席に座る。
彼女はまっすぐ前を向いたまま、
「シロくん…あの…一つ聞きたいことがあるんですけど。」と話し始める。
「ん?どうした?」
そう言った瞬間、彼女は顔を近づけてきて
「なんでAクラスに勝ってるんですか!?」
とか言ってくる。
「いやまぁ…たまたまだろ。」
俺は目を逸らし、顔を離しながらそう答える。
「たまたまでAクラスに勝てるなら誰も苦労しませんよ!」
まぁそれもそうか…
そこで、俺は勝った理由を話し始める。
これを伝えておけば、カルリアが能力を自分のものにした時、一気に有利になるだろうしな。
「じゃあ教えてやるか…」
「お願いします。」
「まず前提として、おそらく俺が戦った相手はAクラスの中でも随分弱い方だろう。」
「え?どうしてわかるんですか?」
「まず、あいつは拳銃とナイフの二つを武器として持ってきていた。
なのに、ナイフを使ったのは、一回だけだろ?
拳銃に関しちゃ一回も使ってない。」
「なるほど…確かにそうでしたね。」
カルリアは首を縦に振りながら話を聞いている。
「俺は環境とか武器の使い方の差で勝ったってことだ。」
「環境と武器の使い方…環境って例えばどういうものですか?」
「環境っていうのは、要はバトルフィールドだ。
森の中を想像するとわかりやすいが、木を使ったり地面を使ったり、そういうところをそれだけ生かすかってところだな。
能力に差があったり、実力に差があるならそういうところを使って埋め合わせをすればいいんだ。」
「それなら剣しか使えない私でも少しは強くなれそうです。」
「そうだな。
とは言っても、剣だってその場に応じて使い方はいろいろあるぞ?
ただ、それを掴むためには実戦あるのみだけどな。」
おっとそんなことを言っていたら1試合終わったな。
DクラスとDクラスの戦いは、両者とも技術が不足してたり色々と欠点が目立つな。
そんなことを思って舞台を眺めていると、
「わかりました。
でも、これって私が自分の能力を制御しないといけないってことですよね?」
「そうだろうな。
暴走状態の時に冷静さが求められる戦い方はできないだろうしな。」
俺の言葉に頷いた後、彼女の口から急にその言葉が出る。
「じゃあ私は、自分の力を抑えて自分自身の力でシロ君に勝って見せます!」
「へ?
俺に勝つ?」
「はい!
これを私の目標にします!」
目標か…そりゃ目標が高いのはいいことだけどな…
「だからシロ君。
もう一つ約束してくれませんか?」
「約束?」
「私がシロ君と戦う時、シロ君も本気で戦ってください。
本気のシロ君に勝ちたいので!」
カルリアはまっすぐな目で俺をみる。
フッと俺は微笑みを浮かべながら、
「まぁいつ本気の戦いをするかはわからないけどな。
お前がそう言うなら約束してやるよ。」
と答えるのであった。
その日の夜、俺は自分の部屋で刀を取り出して眺めていた。
こいつってなかなか便利だよな…
そう、この武器はなかなか使いやすいのだ。
しかし、この世界では一般的じゃない。
それはどうやらニホンという場所から来た転生者がこの学校にいるらしく、その人の刀が壊れた時にこの世界風にアレンジして作られたものらしい。
普通の剣に比べて小回りも効くし、持ち歩きやすい。
弱点そうなものといえば大剣とぶつかり合った時に割れそうなくらいだろうか。
そういえば今日の昼に会ったあのSクラス…名前なんだったっけ…
頭をフルで動かしてあの会話を思い出す。
あ、思い出した。
フローラ・フレーベルだ。
あいつの能力よくわかんなかったんだよな……
槍を出すとかいうちゃっちい能力じゃないだろうし…
どうせすぐ戦うわけじゃないしまぁいいか。
それよりも…
そうして俺は刀を置き、それをいじっていく。
武器の細工や強化は不正ではないからな。
明日が楽しみだ。
そんなこんなで俺は夜が明けてくる頃までそれを改造し続けたのだった。




