愛と覚悟
「本当に、よくここまで頑張ったな。」
そう言って、俺は倒れている彼女に手を伸ばす。
「これだけ力を振り絞って…桜庭先輩の力を借りても、勝てないんですね…」
悲しさと無力さを噛み締めるようにしながら、それでも心の灯った光を消すこと無く、カルリアは俺の手を取る。
そばに落ちた一本の刀は、淡い光を放ちながら、ゆっくりと姿を消していった。
それを看取りながら、俺はカルリアに背を向け遠くを見る。
「もう、お別れの時間みたいだな。」
だんだんとぼやけ薄くなっていく世界を見ながら、俺はそう呟く。
「シロくん。
多分、私とシロくんが話をできるのはこれが最後です。」
後ろから聞こえたカルリアの声に振り返ろうとすると、それを静止するように柔らかな感覚が身体中に広がる。
「私を見ずに、聞いてください。」
落ち着いた声。
それを聞いて、俺は彼女が何かを言おうとしているのを理解する。
タイムリミットは、もう2、3分持つかどうか。
なら、俺にできるのは最後までカルリアの話を受け止めてることだけだ。
「シロくん………」
僅かな沈黙の後、カルリアは言葉を紡ぐ。
「私のこの声が、あなたに届くことはないとわかっています。
でも………言わせてください。
シロくんの優しさに甘えた、私の我儘を聞いて欲しいんです。」
必死で上手く伝えきれない彼女の思いを受け止めるように、俺は頷く。
小さく息を吐いて、カルリアは続ける。
「私は………私は…………」
小さな風が吹いたら聞こえなくなってしまうようなか細い声で、大きな風が吹いても灯が消えないような力強い声で、カルリアは言う。
「私は、シロくんが大好きです。」
カルリアがこの言葉を口にするために、どれだけの勇気が必要になるだろうか。
俺やアベルのように、一度考えたからといってすぐに実行できるような人間じゃない。
それでも、その言葉を俺に向かって言ってくれた。
目頭が熱くなっていくのを感じる。
「俺は、カルリアの期待に応えることはできない。」
俺は今、どんな声をしているのだろう。
だが、それが嘘偽りない俺の気持ちだった。
世界を超えても、時間を超えても、生と死を超えたとしても、俺はあいつのことを愛している。
「答えてくれて、ありがとうございます。」
その声の震えから、カルリアが涙を流しているのが伝わってくる。
「応えてあげられなくて悪いな……」
今の俺には、これくらいのことしか言えなかった。
「いいえ……
私の方こそ、答えがわかっていたのにこんなことを言ってしまってごめんなさい……」
そう言って謝るカルリアを、俺は体の向きを変えて抱き止める。
温かな彼女の体温が、俺の心まで伝わってくる。
「もう、別れの刻みたいだな。」
カルリアの体を肩を掴みながら少し離すと、彼女も涙を拭って俺の目を見る。
その目をしっかりと見返して、俺たちは声を揃えて新たな約束をする。
「また会おう」
「また会いましょう」と。
数時間前、能力育成学校。
「おい、起きろ。」
黒いフードを被った男が、1人の女性に声をかける。
否、かけると言うよりも強引に起こすと言ったほうが正確かもしれない。
目覚めた1人の女性…能力育成学校学園長のアリア・ベルナーヴェは、口を開く。
「約束、守っていただけたみたいですね。」
その言葉に、フードの男……グレイが目を逸らして仕方ないだろという顔を浮かべる。
2人の周りには、モル・カルリア、桜庭霞、フローラ・フレーベル、アベル、リョウ、レイテス、その他数名の教師と生徒がいた。
そこにいる人々を見渡し、アリアは覚悟を決めて言う。
「それでは、行ってきます。」
レイテスの能力は、アリアがシロとの戦闘の前、最後に使用した能力によって強化されている。
彼女だけでなく、この場にいる全員、この世界にいる能力使用者の全員の能力は、力を増幅させているのだ。
グレイの能力である時間操作は、死んだ人間を生き返らせる事ができないわけではない。
しかし、その生き返らせる者の力の一部をグレイが補填する必要がある。
時間操作という、ただでさえ膨大な力が必要になる能力に、それ以上の力を必要としてくる。
能力の使い方を学び、研究し、幾つもの修羅場を潜り抜けてきた彼の力は、能力が開花した時とは比べ物にならない力を発揮す流事ができるようになった今でも、そのリスクは大きい。
その上、後に待っているシロとの戦いに備えるため、極限まで力を温存しておくことが必要となれば、アリアが自分の力で能力を強化する能力を創り出し、使用しておくことが必要だった。
シロが疑問に思っていた、Sクラスがこの程度なのかという答えは、ここにあった。
世界の能力者に向けた精神支配の能力と、能力を強化するもの。
強力な能力を二つも同時に使い、力が0になったところでシロとの一騎打ち。
彼女が目覚めてから理解した誤算は、グレイたちに対して精神支配が働かなかったことだ。
シロが能力育成学校へ攻撃を仕掛ける前、アリアとグレイは学園長室で密かに話をしていた。
シロが自分を殺しにくる可能性がある事、自分たちが負ければこの世界中の転生者が死ぬかもしれないということ、アドリブでなんとかした感じではあったものの、なんとしてもシロを阻止したいグレイとの契約は成立した。
自分は能力を強化する能力を世界全体に発動させる。
その代わり、自分が死んだら生き返らせて欲しい。
そして、その後に全員で協力してシロを倒すという計画。
表面上の理由がそうなだけで、もちろん本質は違う。
事実、アリアは精神支配の能力を使った。
邪魔が入ったおかげで成功しなかったというのを、アリアは目覚めてから気づいた。
しかし、そんなものは考えずに、シロを敵だとさえ言っておけば、おのずと自分は追求から逃れられる。
そもそも、自分が精神支配で操ろうとしていたことすら相手は知らないだろう。
警戒と緊張を胸に、レイテスの能力によって世界の中央にある森まで飛ばされる。
グレイがアリアの時間を戻したのは、二つの能力を発動させる直前。
つまり、アリアは能力を使える万全の状態でそこへ来た。
そして、使ったのは自分の姿の認識を変える能力。
グレイの姿へと変わり、アリアはシロとの戦いに臨んだ。
結果は、敗北。
だが、
その敗北は誰もが知っていた。
止めを刺される瞬間、バレないためにレイテスの能力ではなくアベルによって近くまで運ばれてきたマルトールと、Bクラスの生徒、テルノが遠方から力を発動させる。
重力によってシロを行動不能にし、その間にレイテスの能力によってアリアを回収。
そこにテルノが瞬時に組み立てた最大火力の罠で一気に削る。
爆発が終わると同時に、カルリアが次なる相手として出向く。
アリアの能力によって状況を逐一確認しつつ、カルリアが敗北するタイミングでフローラ・フレーベルを戦地に投入する。
アベルが力を使い果たした2人を抱えて戻ってきたところで、荒い息をした教師が現れ、世界中で転生者が暴れているという情報を伝える。
少しの話し合いの後、アリアは次なる行動に出る。
アリアが使える9割の力をグレイに渡し、1人その場を離れていく。
その後ろ姿をゆっくりと追いかけ、グレイが声をかける。
「なぁお前。
別にシロは最初からこの世界にいる転生者全員を殺そうとなんて思ってなかったんだろ?」
確固たる証拠を持っているかのような目で、アリアは問いただされる。
今アリアは、暴走している転生者を抑え込むと言って場を離れた。
しかし、能力の9割もを手放した彼女にその力はない。
「いつ、気づいたんですか?」
「お前が死ぬ時に、カルリアってやつが見てたんだよ。
シロってやつの横顔をな。
それをお前が生き返る前に教えてもらった。」
隠しておく意味もないと判断し、グレイは答えを言う。
「それでも、私と協力を?」
「全員が全員お前を認めているわけじゃないと思うが…
それがお前の信念なんだろ?
だったら誰かに邪魔されて打ち砕かれるまではやり切っても俺は文句ねぇ。
まぁ、俺なら一度や二度打ち砕かれてももう一回立ち上がるけどな。」
そう言って後ろを向き、グレイは歩き出す。
「こいつを連れていけ。
シロのやつが色々と場を整えてくれたみたいだ。」
グレイと入れ替わるように、レイテスが姿を現す。
「それに………」
そう言って、グレイは自分で戦場の様子を映してアリアに見せる。
「復讐なんてやっても何も変わらない━━━━━。」
シロの言葉を反芻し、アリアは映し出されているものから目を逸らす。
「今なら、あいつのおかげで状況は大きく変化している。
お前の国が世界を支配しなくても、平和は築けるんじゃないか?」
歩き出したアリアに言葉を残し、グレイは去っていく。
その言葉を聞くために立ち止まったアリアは、再び前へと歩き始める。
その後、桜庭霞が戦場へ赴き、死亡。
それに関しても、グレイはなんとなく感じていた。
カルリアの再戦が始まった時点で、グレイは準備を始める。
学校の屋上。
焼け跡は残っているが、炎はない。
ルービヒが生み出した直距離転移装置から理解を得て、一度のみの使用という条件で長距離転移装置とほぼ同じ効力があるホールを作り出す。
振り返り、リョウに視線を飛ばす。
はっきりと頷く彼の目を見て、グレイも小さく頷く。
「じゃあ、あいつが来たら頼んだぞ。」
そう言って、次はアベルを見る。
「任せとけ。
死ぬんじゃねぇぞ。」
その言葉は、この世界で新たにできた親友たちを守るための言葉だ。
それを理解して、グレイも頷く。
今までなら絶対にできることがなかった信頼関係が、生まれている。
それから更に時が経ち、グレイの能力によってカルリアの時間を戻す。
しかし、ただ能力や体の傷だけを回復させるわけではなく、カルリア自体の時を戻し、彼女は能力育成学校にいた場所まで戻される。
体の傷も、治っている。
「行くぞ!」
アベルの背中に乗り、家と家の屋根を縫ってアベルは全力で駆けていく。
戦場まで残り3分の1。
その場所まで辿り着いたところで、カルリアはアベルの背から降りる。
「シロを頼んだぞ!」
荒い息の中でも、親友を思うことを忘れないその視線をまっすぐに受け止め、カルリアは力強く頷く。
残りの3分の1を能力を解放して駆け抜け、前方で輝いている光に向かって突入する。
グレイの時間操作と、リョウの相手の心を具現化する能力。
その二つが合わさったことで、シロのいた世界への扉が開かれる。
一対一ではシロの心を読み解けなくても、体が疲れを見せていて、尚且つアリアの能力に抵抗するためには、自分の気持ちを思いっきり出しているはず。
そう考えた結果の、グレイが編み出した作戦。
シロを殺すことがほぼ不可能であること、全員でかかればこちらも被害が大きすぎるということを考慮し、この解答に辿り着いた。
多くの者が力を懸け、多くの物を賭けた戦いが、遂に終局へと向かっていく。




