ファーストバトルとリベンジマッチ
俺はその本をしまい、カルリアに向き直る。
「それで?
もうそろそろ俺を閉じ込めるのは終わりでいいのか?」
風も吹かない静かな静寂が流れ、カルリアが口を開く。
「やっぱり…わかってたんですね。」
「ここは俺の世界だぞ?
俺が来た時間軸と、グレイが行った時間軸が違うことくらいわかる。
お前がここに来たのはただの時間稼ぎだろ?」
その答えに、彼女はノーを突きつけてくる。
「私がここに来たのは…
私の勝手な感情です。
だから、本来ならもっと早くこの作戦を実行するつもりだったんです。
でも、私がここに来るために、グレイさんには時間を稼いでもらいました。
時間稼ぎのために来たのではなく、最後に、やるべきことがあったので来ました。」
「なるほどな。
あの時グレイが耳打ちした“5分”っていうのは、グレイが俺相手に時間を稼げる時間の限界ってことか。」
「そういうことです。
もう時間もないので、細かく説明することはできませんが……」
少し申し訳なさそうに、彼女は俯く。
「別にいいぞ。
お前たちがどうやって俺に抵抗してくるかっていうのは見ていて面白かった。」
そう言って、カルリアの不安がなくなるように笑顔を見せる。
「これで終わりじゃないんだろ?
頼むから止めてくれよ、俺を。」
あっちの世界じゃずっと言えなかった言葉を言って、俺の気分は少しだけ晴れる。
「あの………一つだけお願いを聞いてはもらえませんか?」
「ん?どうした?」
俯いた顔を上げながら、カルリアは俺を見る。
「最後に、本気のシロくんと戦ってみたいんです。」
そんなことを言う彼女に、俺は答える。
「残念だが、こっちはこの世界じゃ最弱なんだ。
お手柔らかに頼むよ。」
そう言って、笑みを浮かべる。
「じゃあ…全力で行きます!」
数歩分の距離をとり、俺は手を天に向ける。
次の瞬間、俺たちの上空を全て覆うほどの大量の魔法陣が描かれる。
魔法というものは、随分と複雑なのだ。
自分の才能によって開花させることができるものもいれば、その存在を教えてもらわないと使えないものも存在する。
アストリナから魔法の力をもらった時、俺はその力がなんなのかを理解した。
だが、俺が理解したのはアストリナの魔法…突き詰めれば、俺が持っていた魔法を改造したもの単体でしかない。
つまり、あの日記に書かれている通りであれば、俺が使える魔法の中にはあと2人分の魔法がある。
そして、俺はその2人の魔法がどんなものかを認識する。
なかなかにぶっ壊れているような力だ。
魔法によって詠唱を破棄し、その魔法の最大出力を叩き出す魔法。
最大出力で魔法を行使する際、その魔法を重複して同じ魔法をもう一つ作り出し、その魔法を使うために消費した魔力を100%還元する魔法なんてものもある。
しかし、この魔法にはデメリットとしてアホクソに長い詠唱を行わないといけないみたいだが、これは先ほどの魔法によってデメリットを失う。
俺が自分でこんなんありかと思うくらいにはぶっ壊れ魔法だ。
1番恐ろしいのは、アストリナが俺に向かってこれをやっていないということにある。
アストリナは俺たちから魔法を受け取ったことを知っていたのだろうか?
知っていないとなると、自力で俺から受け継いだ魔法を会得したことになる。
ということは、その時に俺の両親の魔法も会得していそうなものだ。
やっぱりあいつは最強なんだな…と心底思う。
笑みをこぼし、俺は前に立っているカルリアに容赦なく魔法を飛ばす。
一瞬の間、本当にその一瞬で俺の視界は魔法に埋め尽くす。
カルリアとアストリナとの約束だけが、俺の人生の中でまだ果たされていない。
その約束を果たすべく、俺は本気を出す。
数万発の幾つもの属性の弾が、カルリア1人に向けて放たれる。
その光景を空から眺めていた俺は、咄嗟にその場で体を捻る。
「ははっ、そんなんありかよ。」
次々と光の弾が着弾したことによって発された黒煙はすぐに晴れ、カルリアは余裕の笑みで一本の剣をこちらに向けている。
いや、今彼女が持っているのは剣じゃない。
あいつが━━━━━桜庭霞が使っていたあの神々しい刀。
まるで、私とも本気で戦えと彼女に言われているみたいだ。
あっちの世界に長くいたのもあって、記憶を読む魔法に使う魔力をケチりすぎたらしい。
そんなことを思いながら、俺は手を宙に翳す。
一つの魔法陣が描かれ、そこから一本の剣が姿を現す。
両親とアストリナと俺。
それぞれが使える創造魔法によって作られるた、この世界に存在する最強の剣と言えるだろう。
その刃をカルリアに向け、俺は宙を蹴るのであった。
「自分の限界ってわかる?」
シロくんが他の人と戦闘を行っている間、2人っきりの中で、突然桜庭先輩に聞かれた。
「限界…
それって、私の能力が自分の能力を抑え込める限界ってことですか?」
「それとはちょっと違うかな。
限界っていうのは純粋に、あなたの能力の限界。
多分、カルリアちゃんは自我を失っても100%までの力しか能力を使えない。
それは、100%まで力を解放したところで自我を失い、それ以上に力を解放しようと考えることができなくなるから。
でももしも、カルリアちゃんが100%の力を解放しても自我を保てれば、120、150、200%だって力を解放できると思わない?」
その話を聞いた時、言葉と目から、私は先輩の考えを理解した。
「私が死んだら、一本の刀をあなたに残すわ。
でも、最後の最後まではとっておいて。
あんまり使いすぎると私の力が持たないから。」
「それは…先輩が死ぬことが前提ということですか?」
その言葉に、先輩はゆっくりと視線を私に向ける。
「本気を出せない彼と戦っても、私はそこまで嬉しくはないもの。
彼が私に勝って、約束を果たされたとしても、私の方は不完全燃焼。
だったら、カルリアちゃんが私の力も使って、彼と戦う方がいいかなって思ったの。」
なんというか…すごい考えだ。
しかしその時、私の頭には一つの疑問が生まれる。
「桜庭先輩が戦った後に、私の能力の暴走を抑えれるくらいの力を出せるんですか?」
その問いに、しばらくの間をとって、先輩は答える。
「というか、私の力を最初っから刀にこめておく。
残った力で私は戦うから大丈夫。
私の力には、デメリットもあるんだよ。」
そして、先輩は私にデメリットを教える。
自身が使える全力を出して戦うしかないということ、自分の力は一度減ったらもう戻せないこと。
つまり、刀に力を注ぎ込んでおけば、その力は消えない代わりに、先輩に戻ることもないらしい。
「あとは、残った力を全て使って最後の一撃を撃つ。
多分、勝てないだろうけどね。」
作戦を説明し終えてそう言った先輩の目は、勝てないということを悟ったわけじゃない。
きっとこの人は、シロくんに自分を殺して欲しいと思っていると、そう感じた。
それについて細かく聞くことはできなかったけど、今ここに、私は先輩の思いを背負っている。
だから━━━━━━最後のこの勝負は、全力でやり遂げる!
能力の発動を、一気に200%まで引き上げる。
それと同時に、刀から私へと力が伝わってくるのがわかる。
振り下ろされた剣を、刀で受け止める。
剣と刀がぶつかった瞬間、爆音と共に煙が舞い上がる。
地面が抉れ、クレーターが出来上がる。
丁寧に、シロくんは自分の家の近くにバリアを張っている。
気遣い無用というメッセージだろう。
受けた剣を弾き返し、その勢いのまま空を斬る。
いくつもの光弾が、シロくんに向かって飛来していく。
しかし、その程度の攻撃は彼から放たれた黒い雷によって消し飛ばされる。
地面を踏み込み、跳躍して距離を詰めて攻撃を仕掛ける。
振りきられた刀を真正面から受け、シロくんは少し吹き飛んでいく。
それを追うように空を飛び、高速の突きを繰り出す。
空中でそれを回避し、私はシロくんの蹴りを喰らって地面まで落とされる。
立ち上がると同時に上空から襲いかかってくるいくつもの光弾から、炎のバリアが守ってくれる。
これって確か…
シロくんの後ろにいくイメージを持ち、私は目を開く。
次の瞬間、私の目の前にはシロくんの背中がある。
振り下ろした刀が当たる前に、どこかから放たれた水によって、私は飛ばされる。
水を受けた刀でなんとか攻撃を受け流し、シロくんから離れた場所で止まる。
遠くでいくつもの円が描かれ、それらが光り輝くと同時にシロくんが突っ込んでくる。
円から、何本もの光の光線が私に向かって飛来する。
その光を躱しながら、避けきれなそうなものは炎の壁で防ぎきる。
シロくんも、自分が当たりそうになったものはバリアを使って防いでいる。
光の合間を縫った、互いに動きにくい状態での剣戦が巻き起こる。
戦いが始まってもう1分くらいは経過している。
今のところは互角、でも、シロくんの攻撃は止まることがない。
その時、
「テェックメイトだ。」
シロくんが呟くと同時に、私たちがいる空間全体に、グレイが出したような時計が浮かびあがる。
これは━━━━━時間操作!?
そう思った直後、私の周りには光弾と光線が入り混じっていた。
時間操作によって、空間中の攻撃を巻き戻したということだろう。
本来ならすでに消えている攻撃も含め、シロくんの放った攻撃だけが、再び現れている。
「やっぱり、シロくんには勝てないかぁ。」
この絶望的な状況で頭に浮かんだのは、なぜかそんな言葉だった。
悠長だなと思いながらも、私はもう一度刀に力を込める。
シロくんに向かい、一直線に空を切る。
無数に迫り来る光弾と光線の間を潜り抜け、直撃しそうなものは炎の壁で防ぎ切る。
余裕の笑みを崩さないシロくんを見て、思わず私も笑みをこぼす。
刀が、黄金の光を放って光り輝く。
それを鞘に納め、しっかりと柄を握る。
シロくんも、攻撃を止めて剣を構える。
互いに、飛び出す。
次の瞬間には、その勝負の決着はついていた━━━━━━




