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復讐と約束

木がへし折れた森の中を、静けさが支配している。

俺は目の前にいるフレーベルの気配をしっかりと捉える。

右手に握る刀の感触を確認し、左手にナイフを持つ。

彼女が先に動いた。

風がうねり、彼女の姿が消える。

何もない空間から、一瞬で槍が生まれる。

その槍が俺に向かって飛来してくるのを、俺は体で感じ取った。

視界の隅でそれを捉えた瞬間、足を踏みしめ、刀を構える。

「来たか…!」

風の槍が俺に迫る。

それと同時に、反対方向から槍を構えた彼女が突っ込んでくる。

俺はそのまま、フレーベルが掴んでいる槍を刀での腹で受け止める。

刀と槍がぶつかったところから、ギリギリと震えが伝わってくる。

先ほどよりもはるかに力強い…

だが、まだ余裕だ。

すぐ近くまで来ていた槍を、ナイフで掻き消す。

その一瞬を狙っていたように、視界の中で炎が膨らむ。

俺は目を見張る。

こいつ…風だけじゃなかったのか!?

膨らんだ炎が、剣となって彼女の手に握られる。

どうなってやがる……

俺が思案する前に、彼女は素早くその剣を振るった。

炎の刃が空気を切り裂き、俺の方へ向かってくる。

「クソっ!」

俺は反射的にナイフによって炎の剣を対処しようとする。

しかし、その熱さが肌を焼く。

ナイフがじりじりと溶けかけるのがわかる。

こんなもんじゃ抑えられないか…!

俺は瞬時に判断する。

左手のナイフを捨て、素早く後ろに飛び退く。

突進してきた彼女を止める力がなくなり、そのまま地面に彼女の槍が刺さる。

砂埃が起こり、小さなクレーターができる。

炎の剣は俺の顔のすぐ前で過ぎ去り、その空間を焼き尽くしていた。

空気がチリチリと悲鳴を上げている。

「やるじゃねぇか…!」

息が少し荒くなっているのを感じる。

だが、俺にはまだ勝つための手がある。

ここで焦っても何も変わらない。

だが、向こうもそうだろうな。

そう呟き、再び刀を握り直す。

次は、俺が動く番だ。

彼女は今、風を使って槍を作り直している。

今度はあの槍で攻撃してくるつもりだろうか? 

いや、それだけじゃない。

こいつ、あれだけの力を使ってもまだ能力を威力を保って使えている…

俺は息を整え、地面にしっかりと足をつける。

無駄には動かない。

風と炎、どちらも直感的に動きがわかるという弱点がある。

それを感じ取り、そこで最善の判断をする。

隙を見逃さないようにしなければ。

少女がこちらを見据え、息を呑んだ。

風の力が再びうねり、今度は槍だけではない。

彼女の体全体が風に包まれる。

もし、今俺が動けば、その速さに飲まれてしまうだろう。

俺はその風の圧力を感じ取る。

まだだ…今じゃない。

槍が風の力で一気に加速し、俺に向かって突進してくるのが見える。

だが、俺はそれを正確に見極めて、刀を構えなおす。

「来い!」

槍の先が迫る。

その瞬間、俺は瞬時に飛び出した。刀を横にして槍を払いながら距離を詰める。

その一撃で、槍の先端を弾き飛ばす。

向こうからの攻撃は躱した…

しかし、まだ終わりじゃない。

彼女はすぐに炎の剣を再び取り出した。

「今はこっちのターンだ。」

俺は呟き、彼女の懐に潜り込む。

彼女の顔に迷いが浮かぶ一瞬を見逃さず、その隙に刀を一閃。

だが、フレーベルは予想以上に素早く動く。

炎の剣を縦に構えて、横なぎに振るわれた俺の刀を受け止める。

「クッ…!」

刃がぶつかり合う音が響く。

━━━━押し負けるとはいかなくても、向こうも力が強い。

炎の熱気が俺の体に突き刺さる。

腕にじわじわと焼けるような痛みが広がるが、俺はそれを無視して力を込める。

「復讐で何か変わると思っているのか?」

俺は顔を近づけて問いかける。

「自分の人生を全て賭けた復讐をしてから言ってほしいものね。」

「人生を賭けた復讐なんぞしてたまるかよ。

復讐なんかより俺は約束を守る方が大切なんでな。」

そう言って、右手をさらに強く握りしめ、彼女の剣を弾く。

その時、風がまた変わった。

彼女の姿はまるで風の中に消えたかのように見えなくなった。

次の瞬間、目の前に現れたのは風の槍。

だが、それは今までのものとは違う異様な速さと力を持っていた。

「くそっ!

めんどくせぇ!」

俺はそれを回避するべく体を翻す。

しかし、風圧が強すぎて体が吹き飛ばされる。

吹き飛んだ先で、体勢を整えて地面に着地する。

「これで終わらせる!」

彼女の声と共に背中に熱を感じる。

四方八方から炎の剣と風の槍が現れる。

これは避けきれん。

瞬時に判断し、俺は腰を低く構えて刀をしっかりと握る。

刀に眩い閃光が走り、俺はそれを自分を中心に一振り。

発せられた雷によって、迫り来ていた剣と槍は次々消え去っていく。

その合間を縫うように、撃ち漏らした槍が飛来する。

衣服が裂け、皮膚に風の鋭利な刃がかすめる。

「ぐっ…!」

痛みに耐えながらも、俺はすぐに反転して刀をふるう。

後ろのから迫っていた最後の槍を叩き落とす。

「はぁはぁ…」

能力の連発で流石に疲労がきているのか、フレーベルは片膝をついて、少し先に止まっている。

「お前…やはり最強と言われる理由もわからなくはないな。」

立ち上がって、俺は彼女を見る。

「あなたに最強と言われてもね…

どうせ、元の世界でもあなたは最強だったのでしょう?」

羨ましそうに、それでいて妬ましそうに、そして軽蔑するかのように彼女も立ち上がって俺を見る。

「俺が最強、か。

残念だが、それは叶わない。」

俺の呟きを聞いて、彼女は意外そうな顔をする。

そう…

どこまで行ったって、俺に一度つけられた最弱という地位は変わることがない。

それが俺個人の実力を見た時の評価ではないことはわかっている。

生まれによってつけられる、貴族の階級と同じようなものだ。

貴族か平民か。

どれだけ無能な貴族でも、その地位は保証され、どれだけ有能な平民でも、貴族になることはない。

立場、位、役職。

自分と対等でないものが、自分と対等な場所まで上り詰めてきた時の危機感、鬱陶しさ。

それと同じことが俺にも起こっていただけだ。

“最弱“。

そう決定づけられた俺の称号は、“最強”を超えるための原動力ともなった。

目指し、憧れ、追い越したいと思った彼女の姿はもうどこにもない。

最強が不在の今、俺には最強になることができるチャンスがある。

あいつと、同じ立場に立って対等になることができるように…

俺はここで負けるわけにはいかねぇ。

「いくぞ━━━━!」

俺は地上から少し浮き上がり、超スピードでその場を離れ、木の間をすり抜けていく。

後ろから槍と剣を持った彼女も追ってくる。

俺は飛びながら詠唱を始める。

「地に満ち溢れるは獄炎の炎、炎を掻き消すは滅水の水。

水を切り裂くは疾風の風、風を飲み込むは暴雷の雷。

地を裂き、天を照らし、闇を呑み込む雷よ。

俺に応えてその力を証明しやがれ!」

右手に、今までよりも一層激しい雷が生まれる。

「こいつで終わりだ!

“サンダスト・ドミスティオン”!」

右手に纏った雷はフレーベルに向けて、木を薙ぎ倒しながら一直線に放射される。

「はあぁぁぁァァァァァァ!」

荒れ狂ったその光に、彼女も炎と風を巻き起こして正面から突っ込んでくる。

一点に力が集まり、耐え切れなくなったように風と炎と雷が入り混ざった爆発が起きる。

周りの木々は、紙のように吹き飛び、倒れ、割れていく。

そして、数十秒の時が流れ、黒煙は晴れていくのであった━━━━





…………

俺は倒れ伏すフレーベルの前に立っていた。

「復讐をバネに、力を得たようだが…

それだけでは俺に勝つことはできない。」

「あなたに勝てなくても…

私は約束を守らなくてはいけない…」

フッと、小さな笑みを1つ浮かべて彼女は言った。

「まぁあなたにはわからないでしょうね…

大切な人を失った人間ってのは、苦しいのよ…」

荒い息づかいで彼女は話す。

俺は口を開く。

「俺が大切な人間を失ったことがないなんて、いつ言った?」

その言葉に、彼女は目を開く。

「俺は元いた世界でたった1人の愛する人間を失った。

俺の世界じゃ魔法が使えないやつは雑魚でしかなかった。

だからそこで俺は最弱として生きるしかなかった。

ただ、そいつだけは他のやつと違った。

素質の塊で、最強になるべくして生まれてきたような存在。

強さを持ち、その上優しいやつだった。

そんな奴が俺のことを認めてくれていた。

幼馴染だったのもあってな、そいつと一緒に特訓をして、最弱だった俺はなんとか2番目くらいまでは上り詰めた。

━━━━しかし、そいつは死んだ。

自分の立場を心配する国王によってだ。

俺が使っているこの力は、そいつが死ぬ時に受け取ったものだ。

そして、俺は復讐をした。

関係ない一般市民は全員逃してやったが、城を丸ごと焼き払った。

王族は1人残らず死に、貴族階級の奴らは灰になった。」

その言葉を聞いてフレーベルは目を見開いた。

「そんなこと…していいと思っているの!?」

今まで、自分の復讐を肯定していた奴が、俺の復讐を否定した。

「別になんとも思っちゃいない。

彼女は世界が笑顔で溢れることを望んでいた。

あの国王がいたらそんなものは夢のまた夢だと考えたからな。

彼女の望んだ夢と叶えるという約束を果たすためだ。」

………フレーベルは口を閉じる。

「結局のところ、復讐なんてやっても何も変わらない。

その後、あの世界が平和になったかと聞かれても、俺は答えられないからな。」

俺の言葉を否定するほどの元気を、彼女はもう持っていない。

聞こえているうちに言っておいた方がいいか…

そう思い、俺は再び口を開く。

「俺とお前が初めて戦った時、最後に俺は“できない約束はするもんじゃない“と言った。

今のこの状況が、その結果だ。

復讐のためだけに闇雲に力を追い求めた奴が勝つことができるのは、全く努力ひとつしないで生きてきた、ただの敗者だけだ。

だから、お前は復讐のために生きるのはやめろ。

約束があるのなら、その約束を果たすことだけを考えればいい。

それが、俺がお前に教えられる唯一のことだ。」

話終わった俺の目を、だんだんと力尽きていく目で見て、彼女は新たな質問をしてくる。

「それで…この世界にいる転生者全員を殺すことと約束を守ること、そこにどんなつながりがあるというの?」

「驚いたな。

俺が今何をしようとしているのかわかるのか?」

「あいにく、私は他人の策略とか謀略を見抜くのが得意なの。

それで?

私の質問に答えてくれないかしら?」

そう言われ、本当の答えを伝えようともするが、それは言葉にならない。

「そんなものをお前に言っても何にもならないだろ。」

代わりに俺の口から出たのはそんな言葉だった。

そこまで言って、俺は息を吐く。

俺の体は、刀をとって、フレーベルの胸に突き刺そうとする。

だが、俺の思考がそれを静止させる。

大きく呼吸をし、言葉をこぼす。

「さて…」

俺は完全に目を閉じた彼女から目を逸らし、空にいる人影を視界に入れる。

「ここからが本当の第二ラウンド、か。

あんただけは、俺が俺の手でやらないといけない。」

と、そこにいる巫女装束を着た人物…桜庭霞を見上げながら呟くのだった。






「また戦うことになるとはね。」

彼女は地面に降り立ち、俺に向かって言う。

「あんたはわかってたんだろ?

いつかこうなる時が来るってことを。」

俺の問いに答えることなく、彼女は口を開く。

「早速だけど…」

刀を抜きながら彼女は言う。

「最初っから本気で行くよ。」

俺も刀を抜きながら答える。

「あぁ。

次は負けねぇ…

決着をつけようぜ。」

俺は地面を蹴って一気に近づく。

彼女の目の前で背後を突くべく高速で動く。

しかし、背後から放ったその攻撃はいとも簡単に受け止められる。

流石にこの程度じゃ無理か…

空を蹴り、後ろに向かって跳躍する。

その一瞬を逃さないように彼女は距離を詰めてくる。

魔法で自分の動きを加速させ、刃に刃をぶつけようとする。

しかし、彼女の直感は並じゃない。

刀を振るう瞬間、違和感を感じ取ったのか彼女は一歩下がって刀を構え直す。

俺は手にしていた刀を、少し遠くに投げ捨てる。

刀が地面にぶつかると同時に爆発が巻き起こり、周りの木々が根から吹っ飛んでいく。

トリガー式のトラップを見抜かれた。

やっぱりこいつはすげぇ…

魔法で新たな刀を作りながらそんなことを思っていると、

「どうしてしまったの?

君はこんなことをやるような人間じゃないと思っていた。」

なんて彼女は言う。

その顔は、俺が戦いにおいて姑息な真似をしないと思っていた、という顔をしている。

「俺には…守らなきゃいけない約束があるんだ。」

そう言って切り込み、再び斬り合いが始まる。

「どう頑張っても、叶わない夢というものもある。

君はそれを追っているの?

あの組織に入っていたならわかるんでしょ?

元の世界に戻るために、全てを賭けるものたち。

それじゃあダメなの?

元の世界に戻ることと、この世界の転生者を全員死なせること。

どちらをやるべきか考えた答えがなぜそうなったの?

なぜそんなことをやろうと考えているの?

……………それとも、君がした約束は、人を殺すようなものだったの?」

「そんなわけがないだろ!

俺は………!

いや、あんたに言う必要はないな。

あんたに、ことがわかるはずがない。」

「確かに、あなたの苦しみを理解することなんてできない。

しかし、この世界に転生するための条件の一つに、その人の過去というものがあると思っている。

それは強者であればあるほど重い過去を背負っている。

君も同じ。

自分の命よりも大切なものをなくした。

私だってそう。

前に話したように、本当の家族だとさえ思える人々はみんな死んでしまった。

私は自分が生きていようがどうでもいい。

でも、今のあなたは狂ってる。」

俺の体が後ろに弾かれ、激しい剣戦が終わる。

互いに数メートルの距離を取る。

「あなたが守らなくてはならないように、私もやらないといけないことがあるの。」

彼女は手を広げて言う。

「世界を照らす神々よ。

この世に平穏をもたらすため、私に力を与えたまえ!」

“神剣降臨“

彼女の前に3本の刀が現れる。

それらが回り始め、混ざるようにして光り輝く。

眩い光の中から一本の刀が姿を見せる。

彼女はそれを手に取り、しっかりと握る。

光り輝く黄金の太陽を纏ったような刀を横に構え、彼女は言う。

「決着をつけましょう。」

俺も刀を構え直す。

刀に漆黒の雷を纏わせる。

「あぁ、そうだな。

勝負だ……………最強。」

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