SとS
そんなに無理しなくていいんだけどな…
カルリアを彼女の部屋に運び込み、ベッドに寝かせた俺は、彼女に回復魔法をかけていた。
試合の最中、自分に向けて刃を突きつけるなんて普通はおかしい。
冷静になってそう考えると、彼女がやろうとしていたことも想像がつく。
おそらく、“能力の暴走”。
カルリアが過去を思い出してうずくまった時、彼女は能力をいつもより強く開放した。
そして、それは彼女自身の力では抑え切ることができないものだったのだろう。
今までの疲労と出血、それらの要因が重なり合い、体力がつきかけていたと仮定すれば、能力の方に体が追いつかなくなり、暴走する可能性は十分に考えられる。
そして、俺のためか彼女のためかはわからないが、その暴走を避けるために、彼女は自分を刺した。
能力が100%作動していればどうなるかはわからないが、そこまでいかないならば体が動かなければそれ以上はどうにもできない。
限界を超えるというのはそう簡単ではないのだ。
横になるカルリアの顔を見つつ、俺は次の試合に行くべくして立ち上がる。
とりあえず……
アベルの仇討に1発本気でぶん殴るか。
昼を過ぎ、2回目の試験が幕を開ける。
前に立つ男を見て、俺は冷ややかな目を向ける。
「一ついいか?」
そう言葉を投げかけた俺を、そいつは怪訝そうな目で見返してくる。
「お前、前の試験の時にうちのクラスにちょっかいを出そうとしただろ?
あぁ、もちろん言い逃れはできないぞ?
すでにお前が黒幕だってのは調べがついている。」
俺の言葉を聞き、その男は少し驚いたような顔を浮かべるが、すぐに元の表情に戻して答える。
「だとしたらなんだ?
それだけならさっさと始めてくれ。」
なるほど…なんとも思っていないと……
まぁいい。
「そうだな、さっさと始めるとしよう。
特別ルールを設けてやる。」
俺が言った特別ルールという言葉に、そいつは反応する。
「特別ルール…?
それはこちらの承諾が必要なんじゃないか?」
「まぁ、それはそうだ。
だから今から説明をする。
俺が1発お前に拳を叩き込み、お前が耐えれたならお前の勝ち、その1発で気絶、もしくは死亡したら俺の勝ちだ。」
その特別ルールに、こいつが乗ることくらいはわかっている。
「なるほど…
ただ、そう言うからには何か賭けるものがあるんだろう?」
「あぁ、もちろんだ。
お前が勝ったら俺を一生好きにしていい。
そして、俺が勝ったらアベルに謝罪してもらう。」
そう言った俺の言葉を、そいつは笑い飛ばす。
「お前、本気で言ってんのか?
いくらお前がAクラスと言っても俺だってBクラスのトップだ。
そう簡単には負けん。
しかも、ただの友達1人のために自分の人生を賭けるなんざバカな話だな。」
ひとしきり笑い終え、そいつは言う。
「ま、いいだろう。
その条件でやってやる。」
そいつの自信ある答えを聞き、
「じゃあ、いくぞ。」
そう言って、俺は踏み込む。
魔法も何も使わず、ただただ拳一つでそいつの腹をぶん殴る。
こいつの能力…それは、受けた力をそのまま相手に返還する力。
いわば、最強のカウンター能力と言ったところだ。
しかし、この能力には欠陥がある。
そもそも、欠陥がなければBクラスになんてならずにAクラス、なんならSクラスにもなれる能力だろう。
そして、俺はその欠陥の答えを知っている。
それは━━━━━
拳がぶつかる直前、俺はそいつに語りかける。
「お前の能力は確かに強い。
ただ、弱点があるんだろ?
お前の能力がカバーできる力を100とするならば、100までの力はすべて相手に返すことができる。
しかし、101を超えたら…その1の分の力はどうなる?」
その言葉を聞き、その男の顔はみるみる恐怖を浮かべる。
そして、俺が出すのは101なんてちゃっちぃもんじゃない。
1001+αくらいだろうか。
拳がぶつかり、それと同時に蒼い閃光が迸る。
100のカウンターを拳で使わせ、残った901の力に、魔法による稲妻の1000をさらに追加する。
轟音が響き、地面が抉れる。
大気が揺れ、引き裂かれる。
ただ雷を出すだけの魔法は、俺の本気の打撃によって超強化される。
そして、その勝負はあっけない終わりを迎えたのであった。
結果、その1発によって相手は心停止、その後、教師たちによる心肺蘇生によってなんとか一命を取り留めた。
その姿を見ながら、俺は舞台上から早々に姿を消す。
学校を少し離れた街の中で、俺はその角に向かって声をかける。
「Sクラスは相手をする必要がないんじゃないのか?」
その言葉に応えるように、その少女は姿を現す。
Sクラス、桜庭霞。
カルリアとの戦いをしていた時、上空にいた人物だ。
「いやぁSクラスって戦うこと少ないんだけどさ…
なんかSクラス同士で戦えって言われたのよ。
もちろん、戦う相手は1人しかいないわけだけどね。」
その1人…フローラ・フレーベルのことか。
「それにしても、さっきのカルリアちゃんとの勝負、本気出してなかったでしょ。」
なぜか、そんな話を始める彼女を見ながら、俺は歩を進める。
それに連れられるように、彼女も歩き出す。
「別にカルリアをナメてるとかそういうことじゃない。
単純に、俺が本気を出して戦うのはまだ先だと思ったからだ。」
「まぁ、そうでしょうね。」
そう言いつつ、彼女は俺の腕に自分の腕を絡ませてくる。
「何がしたいんだ?」
問いかけた俺に、彼女は笑顔で答える。
「特に意味はないけど、最近ずっと1人だったから…
人肌が恋しいのかしらね。」
特に意味あるじゃねぇかよ…
ま、これくらいなら別にいいか。
そんなことを思いながら、俺たちは食べ物を買ったりして、ささやかなデートを楽しむことにしたのであった。
夕方、まもなく夜が訪れようと言う頃、みんな疲れ切っているのは当然だ。
それでも、最後の一試合のために、再度試合会場を訪れている者も多い。
俺は、カルリアと共に観客席の屋上からそれを見ていた。
「こ、ここって使っていいんですかね?」
少し緊張した面持ちで、彼女は隣に座っている。
「別に大丈夫だろう。
というか、お前みたいな怪我人が普通の観客席にいたら周りに迷惑かもしれないしな。」
そう言っておいた方が、カルリアも多少は小心が休まるだろう。
そんなやりとりをしていると、疲れ切っているはずの会場からとてつもない大きさの歓声が上がる。
「始まったみたいですね。」
そして、俺たちは舞台を見下ろす。
視線の先には、1本の槍を持った少女と、1本の刀を携えた少女が向かい合っていた。
今日、おそらく最も多くの人間が見る試合。
桜庭霞とフローラ・フレーベルの勝負が始まった。
桜庭霞が刀を抜き、1歩進むと同時に舞台は砂埃に包まれる。
どれだけの人間が理解できているかはわからないが、フレーベルの放った技、無数の風の球体が地面に当たり、それが爆ぜて風を巻き起こしているのだ。
しかし、その程度で桜庭霞を倒せるわけがない。
砂埃を切り裂くように、人影が姿を現す。
そこから繰り出された一撃を、フレーベルは槍で受け止める。
刀と槍がぶつかり合う瞬間、桜庭霞の体が炎に包まれる。
否、包まれると言うよりは炎に変わったと言うべきだろうか。
その場から完全に消えた彼女からの攻撃を防ぐため、フレーベルは槍を構え直す。
刹那、フレーベルの後ろから桜庭霞が姿を現す。
振り抜かれると思ったその刀は、フレーベルの能力により妨害される。
彼女を中心に起こった風により、桜庭霞は遠方へと飛ばされる。
はらりと舞うように着地し、再び刀を構える。
今の彼女は、前に俺に見せたような力を使っていない。
つまり、素の状態でフレーベルとやり合っているということだ。
しかも、そこまでの派手さはないものの、フレーベルが今使っているのは威力が高い能力だ。
やはり、桜庭霞とフローラ・フレーベルの間には大きな差がある。
「そんなに慎重な戦い方だったっけ?」
挑発するように、桜庭霞がフレーベルに向かって話しかける。
「そちらが何か狙っていそうな戦い方ばかりしてくるから、仕方ないでしょう?」
「あら、だったら…
一気に決着をつけてしまってもいいと言うことね。」
そう言った次の瞬間、桜庭霞はフレーベルの後ろに回り込んでいた。
それに対しフレーベルが取るのは、先ほどと同じ戦術。
しかし、彼女にそんなものは2度も通じない。
腰を落とし、爆風に抗いながら一閃を繰り出す。
それにより、フレーベルから放たれていた風は止まる。
理由は簡単だ。
フレーベルの腰の辺りから血が飛び散り、彼女は一歩飛び退いて蹲る。
最初から、桜庭霞が勝つと予想はしていた。
だが……ここまで一方的に決着がつくものなのか?
当の本人も、少し怪訝そうな顔でフレーベルを見ている。
拍子抜けだという思いと、だからこそ何かを狙っているのではないかという不信感を、今彼女は持っているはずだ。
「ふぅ…!」
大きく息を吸って吐き、フレーベルは顔を上げる。
そして、大気が震え始める。
これは……
フレーベルが、本気を出そうとしているのだろう。
下の観客席と観客が悲鳴を上げる。
地面の崩落を考え、俺はカルリアを抱き上げる。
「えっ!?シロくん!?」
困惑する彼女を他所目に、飛び上がって宙に浮く。
一応、対応できるようにはしておくか…
俺とカルリアを囲うバリアを作り出し、再び視線を舞台に移す。
「いいね。
そうこなくっちゃ。」
緩やかな笑みを浮かべ、桜庭霞はそんなことを言っている。
そんな余裕ぶっこいてて大丈夫なのか?
届くことない心配をしながら、風の動きを読む。
風が、フレーベルの上にかき集められているのがわかる。
空気が、観客席の瓦礫が、そこに向かって集まっていく。
ただ…それを桜庭霞に向かって放ったところで、直撃なんてさせられるのか…?
そう思った次の瞬間、俺は全てを理解する。
なるほどな…
自分を巻き込んでの自爆戦術と言ったところだろう。
━━━━━━いやいや待てよ!
そんなことしたらこの学校自体無事じゃすまねぇぞ!
そこで、俺は一つの視線に気づく。
舞台の上から、俺を見て手を振っている1人の少女…桜庭霞だ。
そのにっこりとした笑顔からは、“なんとかしてね”というメッセージが受け取れる。
「自分で挑発したんだから自分で後始末つけろよ…!」
そんなことを思いながら、俺はカルリアをその場に残してバリアを出る。
「ちょ、ちょっとシロくん!?
ここから出たら危ないんじゃ…!」
「大丈夫だ。
お前はここで待っててくれ。」
俺の体すら吸い込んでしまいそうなほどの風を耐え、俺は下へ向かって飛んでいく。
「それじゃあ、決着をつけましょう。」
ちょっ!待てよバカ!
内心でそんなんことを思いながら、俺は加速する。
「“エアリアル・フル・ホルスティッド“!」
そう叫ぶ彼女の声と共に、今まで集まっていた風が一気に爆発する。
斬撃と爆風による風圧が、辺りいっぺんに雑に撒き散らかす。
まだ完全じゃねぇが…やるしかねぇか。
「“コメルリス・エルレイクト!“」
その声と共に、桜庭霞とフローベルを囲い、観客席ギリギリのところまで巨大なバリアが展開される。
アストリナは、防御魔法の使い方にも長けていた。
というか、防御魔法が使えないのに正面から戦って俺に勝てる奴はいるのか?
桜庭霞の本気が見えないからなんとも言えないが、彼女くらいだろうか。
そんなことはさておきと、俺は目の前で繰り広げられている試合に目を向ける。
いつまでも襲いくる風に髪を揺らし、素人目にはただただ突っ立っているように見える。
しかし、幾つもの斬撃となった風を、その場に立ちながら、それこそ目に見えない超スピードで切り落としているのだ。
フレーベルはフレーベルで、荒れ狂う風の斬撃を槍で払ったり回避したりしている。
そして、このままでは埒が開かないと感じたのか、彼女は手を桜庭霞に向ける。
斬撃を発していたその風の塊は、一気に桜庭霞に向かって動いていく。
そして、それは彼女に直撃する。
地面にぶつかったその球体は弾け、爆発を起こす。
俺が作り出したバリアにも、亀裂が入っていく。
俺が全力で殴っても割れるかどうかのレベルなはずなんだがな…
やはり、俺が使うとアストリナのような精度は出せない。
それを改めて感じさせてくる。
………試合の決着はついたみたいだな。
そこには、うっすらと炎が散る中に無傷で立っている少女と、上空から力なく落ちてくる少女の姿があった。
立っていた少女…桜庭霞は、落ちてくる少女、フレーベルの落下地点へとゆっくり歩いていく。
刀を鞘に納め、落ちてきたその身体を抱える。
その時、彼女はこちらを見て少しだけ微笑んだ。
会場を後にする彼女たちを見送りながら、俺はバリアに包まれて宙に浮いているカルリアの元へと戻る。
「これ消すぞ。」
そう言った俺に、彼女は小さく頷く。
先ほどと同じようにカルリアを抱き上げて、俺たちは寮へと引き上げていくのだった。




