よそ見と人生
金属と金属がぶつかり合う音が響き、砂埃が舞い散る。
地面を蹴った時に発される風により、砂埃の一部が晴れ、再び剣と剣がぶつかり合う。
連続で繰り出したその剣先を全て躱し、彼女は突きを繰り出してくる。
体にそれが当たる直前で回避し、距離をとる。
「本当に腕を上げたな、カルリア。」
前に立つ美しい少女に、俺は声をかける。
「いろんな人が支えてくれていたおかげです。
もちろん、1番はシロくんですけどね。」
そう言って、少しだけ微笑んでくる。
「シロっていうやつは、やっぱお前たちにとって重要な人間みたいだな。」
周りに勘ぐられないよう、一応そう言って、俺は剣を構え直す。
そして一歩踏み出し、再び剣を振るうのだった。
振るわれた剣を躱し、反撃の一手を打つ。
しかし、その攻撃は傾けられた剣によって簡単に受け流される。
剣戦が始まるが、1発すら攻撃は届かない。
だんだんと、押し込まれて防戦一方になっているのがわかる。
それでも、退くことはしない。
シロくんが望んでいるのも、私が望んでいるのも、そういう戦いじゃない。
私が本気を出さないと、彼も本気を出すことはないだろう。
だから、私は能力を発動させる。
私が制御できる限り、100%中の20%まで一気にギアを上げる。
繰り出した一撃を、シロくんは受け流そうとして、驚いた顔になる。
すぐさま剣筋を変え、真正面から剣と剣をぶつけてくる。
「やっと本気を出したみたいだな。」
「はい。
クロくんが本気を出さないなら、その前に死んでしまうかもしれませんよ。」
そう言って、互いにその剣を弾く。
「そうだな…そろそろこっちもギアを上げていくとしよう。」
そう言い放った彼から、とてつもないほどの力が発せられる。
私とシロくんが立っているこの場の空気が今にもはち切れそうになって揺れ動いているのがわかる。
一瞬でも目を離せば死ぬ。
そんな感覚が身体中を駆け巡る。
歯を食いしばり、彼を視界にしっかりと捉える。
その時、ふとしたように彼は視線を遠くに飛ばす。
おそらく、私の後ろの空に向かって。
しかし、何を見ているのかとその視線を追っているような余裕は私にはない。
逆を言えば、この状態の私の力を目にしてまで、まだシロくんは本気を出していないということだ。
ふぅ。と小さく息をはく。
目線を私に向けた彼と目が合う。
小さな笑みを浮かべた彼は、次の瞬間には私の後ろへ回り込んで剣を振るっていた。
「━━━━━っ!」
無理やり身体を傾け、その攻撃を躱す。
しかし、回避が成功したと思った束の間、私の体は蹴り飛ばされる。
「ごふっ…」
壁に背中からぶつかった私は、思わず声を漏らす。
よろっと立ちあがろうとした私の視界の隅に、一つの人影が映る。
「しまっ━━━━━!」
反射的に、横に向けて回避行動をとる。
その行動を無駄にするように、振りかぶられたその剣の先は、私の腹部にあたる。
最低限、被害は抑えることができたが、腹部からは血がボタボタと垂れている。
その箇所に手を当て、少しでも出血を抑えようとするも、ほとんど変化はない。
血が収まるまで待ってはくれないだろうし、かといってそんな簡単に勝てる相手でもない。
止血するべきだ。
その考えに至った私は、制服の一部を破って、体を一周させるようにして傷口に強く巻きつける。
こんなふうに止血をしたことがないから合っているかはわからないけど、とにかくこれでまだ戦える。
再び剣を握ると、身体中に寒気が走る。
視界がぼやけ、手から力が抜けていく。
なんで…?
出血量が多かった…?
剣が落ちた震える手を見て、再び身体中に寒気が走ってくる。
唐突に、昔の記憶がフラッシュバックしてくる。
血のついた手と剣、血飛沫が飛んだ部屋、両親の叫び声。
あの時の凄惨な光景が、今になって再び私の前に映し出されてくる。
はぁ、はぁ、はぁ。
どんどん荒くなってくる息は、止まることを知らない。
手だけだった震えは、いつも何か全身で起こっている。
ついには、脚がいうことを聞かなくなり、その場で私は地面に膝をつく。
やっぱり私は━━━━━━
「お前はどうしたいんだ?
カルリア。」
真っ暗な場所で、前方が少し明るくなったように思える。
だいぶ前に聞いた、懐かしい言葉。
でも、やっぱりそんな大それたこと私にはできない。
結局、私はいつまでも過去に置いていかれているのだ。
………………
「俺が聞いてるのはそういうことじゃない。
今の言葉の中には、お前がどうしたいかという願望も意思も入っていない。
俺が聞いてるのは、これから先自分がどうしたいかというお前の意思だ」
━━━━━っ!
彼から……シロくんから言われた数々の言葉が、今になって私の心で強く反芻する。
「人生、頑張って楽しんだもの勝ちじゃねぇのか?
だったらお前が、両親の分まで幸せになって楽しい人生を送ればいいじゃねぇか。」
わかってる…でも……
「わかっていても怖いものは怖いんです!」
そう言い放った私に、誰かが優しく言葉を投げかける。
「よそ見してんじゃねぇよ。」
ハッと、私は目を開く。
剣の先を私に向け、1人の白い髪をした人が立っている。
「シロ…くん……」
ふっと小さく微笑みながら、彼は言葉をつむぐ。
「お前が見なきゃいけないのは、過去でも地面でもない━━━━
お前を待っている明るい未来と、今お前の前に立っている俺じゃないのか?」
そう言って私を見下ろしている彼の顔を見ると、自分のことが心底嫌いになってくる。
でも、それはただ自分が嫌いという昔の感覚とは大きく異なる。
自分のことが嫌いだと、笑い飛ばしながら言えそうな、そんな嫌い。
シロくんがいてくれたおかげで、今の私があるのだ。
それに、相手がシロくんなら、もし私が自我を失ったとしても、打ち勝ってくれるかもしれない。
だとしたら…!
脚に力を入れ、剣を拾って立ち上がる。
「ありがとうございます、シロくん。
私も、覚悟を決めました。」
そう言って、私は目を閉じる。
今まで何度か試してはみたものの、成功したことはないその力を、私は解放する。
解放された50%の能力。
そして私は目を開き、今ならこの力を制御できることを確信する。
「では…行きます!」
「あぁ…来い!」
彼女の剣が、さっと軽快に振りかぶられる。俺は一瞬で反応して剣を上げて受け止める。金属の刃がぶつかり合う音が響き渡る。
制服の布の擦れる音や、靴が砂利を踏む感触まで鮮明に感じられた。
腕の筋肉がピリピリと緊張し、体が反射的に動く。
彼女の剣さばきは今まで以上に速くて正確だ。
つい先ほど、明らかに様子が変わった彼女の姿から、おそらく、能力をさらに強く発動させたのだとわかる。
しかも、彼女は自我を保っている。
全く、とんでもないほどの成長だとつくづく思う。
一歩下がって俺は手を天へとかざす。
“ライティング・スピア”
その名を言い放ち、それに呼応するように魔法が発動する。
本来、下級魔法であるこの魔法。
しかし、アストリナを最強と言わしめる理由の一つともなる魔法技術の応用。
一本の雷の槍を作り出すこの魔法陣を書き換えることにより、同時に何本もの槍を作り出すことができるようになる。
カルリアを囲むように展開された無数の槍を視界にとらえてもなお、彼女は一切の焦りを見せない。
いや、焦りどころではなく、自信が満ち溢れているような気配すら感じる。
そして、無数の槍が彼女に向かって放たれた次の瞬間、ほんの数秒の間で、それらは全て消え去った。
「マジかよ…」
思わず、言葉が漏れる。
その槍たちをかき消して、今すでに彼女は俺の前で剣を振るっている。
咄嗟の判断でそれを躱し、剣に雷を付与して再度剣戦を始める。
俺は隙を探しながら、一歩踏み込んで逆襲を試みる。
だが、彼女は素早く剣を交わしながら、こちらの動きを封じてくる。
制服の布が激しく擦れて、動きのたびにわずかな音を立てる。
汗が額から流れ落ちて視界に入ったが、気にしていられない。
そんなレベルで、彼女の動きは格段に向上していた。
次の一撃が試合の流れを変えるかもしれない。そんな気配が漂っている。
互いに距離を取りながら、一瞬の間合いを見極める。
この緊張感の中に俺は確かな高揚を感じている。
そう思った次の瞬間、カルリアは剣を繰り出した。
━━━━━しかし、それは俺に向けてではない。
彼女自身に向けてだ。
その一瞬、俺はカルリアが何をしているのか理解できなかった。
剣が彼女の体から引き抜かれ、カルリアはそこに倒れる。
先ほどの出血、そして今の先ほどよりもはるかに多量の出血。
この二つが合わさってしまうと、出血多量で命を落とすのは時間の問題だ。
審判が俺の勝利を告げる前に、俺は彼女の元へと駆けて体を抱き上げる。
脚に力を入れ、宙に向けて思いっきり踏み込む。
カルリアに応急処置的に回復魔法を発動し、それと同時に髪を染める魔法も使う。
今はドーム上の魔法で舞台を覆い、カモフラージュをしていたから良かったが、このドームを抜けてしまえば魔法の効力は受けられない。
そして俺は自分の魔法によって作られたドームを抜け、カルリアを抱えながら寮に向けて飛んでいくのだった。




