克服と未来
さて…この空いた時間でなんかやることはないか?
そんなことを思いながら俺は歩いている。
Aクラスの教室の下にある水飲み場が潰れちまったし向こうまで行くか。
歩く向きを変え、校舎の逆側に向けて歩き始める。
逆側にはCクラスが特別訓練を行なっているところがある。
今はまだ訓練中だろうな。
歩いて行き、一つの角を曲がったところで、バッタリとある人物と出会う。
「あ、学園長。こんにちは。」
「あなたがあれをやったということで良さそうですね…」
そう言って、アリアはため息を吐く。
おっと、建物をぶっ壊したのがバレたか。
いや待てよ?
あれをやったのは俺じゃなくてAクラスの奴らじゃないか?
まぁ、天井をぶち抜いてAクラスの教室を壊したのは俺なんだが…
なんとか言い訳できないかと逃げ切る方法を探してみるが、どうにも考えが浮かんでこない。
クソっ…相手がアストリナだったなら言い訳の1つや2ついつものように思いつくはずなんだがな…
過去を思い出していると、強制的に現実に引き戻す一言がアリアの口から出る。
「ダンマリしないでください。
Aクラスの教室が崩れているのを先ほど見ました。
今、多くの生徒は特別訓練の最中です。
そしてAクラスの生徒たちは今日は休みのはず。
この状態であんなことができるのはあなたくらいしかいないでしょう?」
どうやら、お見通しらしい。
ただ、それは俺があの建物を壊したことについてだけだ。
アリアの話によると、Aクラスは今日休みだと言う。
それならば、俺が教室に入った時に生徒がいなかったのも理解できるのだが、そうなると他の疑問が出てくる。
なぜAクラスのあの5人がいたのか、それとなぜ俺は教室に来るように呼び出されたのかということだ。
正式にAクラスへの移動を言い渡し、昇格証明書を俺の手に握らせ、今日Aクラスの教室へ来るように言ったのはクラーラ先生だ。
いつも通りのおっとりとした口調で、彼女はこれらのことを粛々とこなした。
Aクラスのあいつらとクラーラ先生が共謀して俺を誘き寄せた…?
となると、俺を攻撃した記憶がないというのも嘘だということになる。
つまり、ミルシャは自分の意思がある状況で姉の存在が消えるのをずっと見ていたということになる。
本当にそうなのか…?
一瞬よぎった考えを、俺はすぐに打ち消す。
あの少女の顔と目が、嘘をついているとは思えないからだ。
考えられる可能性としては、精神支配かあいつらの嘘かのどちらかだろう。
もっとも、俺の世界にあったような、相手の精神を支配して自分の思い通りに動かす能力が存在するかはわからない。
魔法と能力じゃ違う部分もあるだろうからな。
そんなことを考えつつ、俺はアリアに言葉を返す。
「黙ってても隠し通せなさそうですし、お話しします。
ただ、僕の言い分も聞いた上で判断してください。」
俺の言葉に彼女が頷くのを見て、ことの顛末を全て話す。
「つまり…Aクラスの生徒たちが襲撃してきた理由はいまだにわかっていないのですね?」
「そういうことです。」
「精神を操ったり行動を操ったりする能力を持つ生徒は、この学校にはいないはずです。
つまり、それがもし本当に起きていたのだとしたら、学校外から何者かが関与してきている可能性が高そうですね。」
腕を組み、考え込むように彼女は少し俯く。
「とりあえずわかりました。
クロくんから仕掛けた勝負でないという言葉がAクラスの生徒から出れば、あなたに責任はないということです。
もし、Aクラスの生徒たちがクロくんから手を出されたと答えた際は、話し合いの場所を設けましょう。」
そう返して、彼女はAクラスの建物を見にいくと言って歩き出した。
俺は行き先を変えることなく、水飲み場へ向けて歩いていくのだった。
ふぅ…
特別訓練が休憩に入り、水を飲んでタオルで顔を拭いて視線を上げると、思い悩んでいそうな顔をした1人の人影が近づいてきているのが見える。
私はその顔を見て思わず姿を隠す。
Aクラスは休みのはずなのに、なぜかシロくんの姿がある。
もっとも、髪が黒いため今はクロくんとしてこの場所にいるのだろうけど…
周りを見渡し、私はこの場に1人ということに気づき、出ていくタイミングを逃す。
そもそも、なんのために隠れているのかはわからないけど…
彼はまっすぐ歩いてきて、水道の水を飲み始める。
彼から見えないように屈んで、水道の影からそれを見る。
しばらくすると、シロくんは急に膵臓から出ている水に頭を突っ込む。
えぇ!?
頭から水を被った彼を見て私は飛び上がる。
「ん?誰だ?」
そう言って、シロくんは顔を上げる。
なんで隠れているのかわからないけど、今から出ていくのも気まずい。
どうしようどうしよう。
頭を頑張って動かす。
この問いかけに応じて出ていくか、無視するか、そっとこの場から退散するか…
最適解を考えていると、頭の上にそっとないかが置かれる。
「ピャっ!」
どこから出たのかもわからない声をあげ、数歩駆け出して振り返る。
「なんだ、カルリアか。」
そこには、顎と髪から水をポタポタと落としているシロくんの姿がある。
「あ…えっと…」
その姿に、私は一瞬目を奪われる。
なんだかよくわからないような感情が、はっっきりと心の中に芽生える。
芽生えるというよりは、今まで芽生えていたものが花ひらいたという方が正しいかもしれない。
水の滴る良い男というのはこういうことなのだろうか。
「なんか焦ってるみたいだがどうした?」
そんな私を不思議そうに見ながら、彼は話しかけてくる。
「えーっと…えーっと…
あ、私が使ったので良ければタオル使いますか?」
そう言って、手にしたタオルを差し出す。
なんでそうなったのかは謎だけど、そう言って差し出されたタオルを彼は取る。
「頭冷やそうと思ったから助かる。
タオル持ってきてなかったからどうしようと思ってたところだ。」
そう言って、彼は頭をそのタオルで拭く。
その姿を眺め続け、私はこの感情の答えに辿り着く。
もしかしたら…私はシロくんのことが好きなのかもしれない。
彼は、私に生きる意味をくれた人。
だから、私は彼の期待に応えたい。
彼に恩返しがしたい。
「ありがとな。」
そう言われてハッとする。
そこには、頭を拭き終わった彼がいた。
「どうする?
俺が持って帰って洗ってこればいいか?」
一瞬、心を見抜かれたかと思ってドキドキしたが、そういうわけではないらしい。
ほっと一息つき、
「この後も使うので私が持って行きます。」と言ってそのタオルを手に取る。
「悪かったな。
俺が使ったやつを使うことになっちまって。」
「いえいえ!
私が渡したんですから…」
「それじゃあ、俺もやることがあるから戻る。
頑張れよ。」
そう言って、彼は振り返って歩き出す。
その後ろ姿を見送り、私は違和感を覚える。
本来濡れているはずのそのタオルは乾いていた。
顔を上げて彼の背中を捉えようとすると、彼の姿はどこにもなかった。
やっぱり、シロくんのことはわかんないな…
そんなことを思いながら、私は訓練に戻っていくのだった。




