白い未来と赤い過去
カルリアとの戦いの後、俺は気絶した彼女を医務室まで運んできて寝かせていた。
だいぶ魘されてるるな…変な夢でも見てんのか?
先ほどの戦いを思い返していると、5分ほど経って彼女は急に起き上がった。
小刻みに震えている体を見ながら、
「大丈夫か?」と声をかける。
彼女は荒い息遣いで返事をしようとする。
「すまない。
無理はしないほうがいいな。」
こういう時は、ゆっくりさせて置いてやるのが1番だろう。
そう思って俺は立ち上がり、医務室の出口に向かって歩き始める。
「あ、あの!」
彼女が何かを振り払うように大声を出し、俺は振り返る。
「ありがとうございます…」
謝罪と感謝が入り混じったような顔で彼女は言ってくる。
「別に大したことはしていない。
ゆっくり体を休めてくれ。」
そう言って俺は医務室を出ていった。
その夜、俺の部屋でノックの音がなった。
「はーいなんですか?」
俺は扉を開けた。
するとそこには、昼に試合をした少女が立っていた。
「あーえっーと…」
やらかしたな…
名前がわからない…完全にど忘れした…
こんなところで迷っていても仕方ない。
「名前なんだっけ?」
と正直に聞いた。
「私の名前はカルリアです…」
カルリアか。
そういえばそうだった。
完全に忘れていたな。と付け加える。
向こうも俺の名前は覚えてなんかいないだろ。
と思っていたのも束の間、
「昼間はありがとうございました。
シロくん。」
しっかり知られていた。
名前を覚えるのが苦手なんだよな…
自分の非を認めながら、俺はわざとらしく咳払いして、
「それで?
なんのようだ?」
と聞く。
そこで俺は気づく。
こんな扉の出入り口で話すのは申し訳ないのではないか、と。
「その前に中に行入るか?」
「あ、ありがとうございます。」
まぁ部屋はキレイにしているはずなので大丈夫だろう…多分。
にしてもグダグダだな…
さすが俺。
と思うのであった。
……………
部屋に入ってきて2分。
俺は気まずい雰囲気の中にいた。
大人しすぎだろ…こんなんでやっていけるのか?
と再び思いつつ、俺は口を開く。
「それで?どうしたんだ?」
彼女はぎこちなく話し始める。
「昼間のお礼と、能力についてお話ししたくて…」
やっぱ緊張してんな…
それにしても、昼の礼ならわかるが能力について?
アリアは能力は基本的に口外しないものだと言っていたが…
俺に言っていい理由でもあるのか、それとも能力は言わないという暗黙の環境をわかっていないのか…
「能力についてっていうのは、お前の能力の話でいいのか?」
「はい…」
俺が能力はむやみに言わないほうがいいと言おうとした時、
「私の能力は、簡単に言うと“自我を失う代わりにすごく強くなる“というものなんです。」
聞かなかったフリをするかとも思ったが、向こうから言ってきたのだからいいだろうと勝手に納得する。
相談という可能性も十分にあり得るわけだしな。
にしても…
大体予想通りではあるが、自我を失うってのはやっぱりデカすぎるデメリットだ。
能力にはそれによってデメリットが生じるものもあるってことか。
「その能力がどうかしたのか?
昼の状況になれるなら強い能力じゃないか。」
彼女は悲しそうに答えた。
「私は…その能力によって大切な人の命を奪いました…
私はこの能力が嫌いなんです…」
自分の意思でオンオフ切り替えれないなら、それによって発生する問題もあるか。
しかし…
「それで?その話を俺にしてどうするんだ?」
俺の問いに対し、
「どうすればいいんでしょうか…?」
という答えが返ってくる。
なるほど…どうしようもないから聞きにきたってことか。
とはいえなぁ…この問題は俺にはどうにもできないし…
そんなことを思いつつ俺は、
「お前はどうしたいんだ?カルリア。」
と聞いてみる。
「どうすればいいんでしょう…
この力で誰かを傷つけるくらいなら死のうと思ったことも何回もありました…
でもあと一歩、最後の一歩が踏み出せないんです。
私はいないほうがいいはずのに…」
これは随分と心に来てるな…
今にも泣きそうなその悲しげな目を見れば、誰でもわかることだ。
大切な人を自分の手にかけたというのも響いているのだろう。
まぁ俺は俺の言葉で話すしかないからな…
「俺が聞いてるのはそういうことじゃない。
今の言葉の中には、お前がどうしたいかという願望も意思も入っていない。
俺が聞いてるのは、これから先自分がどうしたいかというお前の意思だ。」
彼女は黙り込む。
上から目線ではあるが、彼女がこれから生きていくには自分がどうしたいかというのが直結してくるだろう。
しかし、しばらく経っても彼女は何も答えてくれない。
自分を責め続ける少女にこんなこと聞いても無理があるか…
そう思い、少々いじわるではあるが、彼女に問いかける。
「じゃあお前は、これからも誰かを傷つけながら生きていくのか?」
俺の問いに彼女はハッとしたように反応し、すぐに答える。
「そんなのは嫌です!」
「だったら、それがお前のやりたいことなんじゃないのか?」
「え?」
今の言葉を理解できなかったような顔で、彼女は俺をみる。
「誰かを傷つけたくない。
だから死ぬ。
それじゃあ答えにならないだろ。
誰かを傷つけないためにその能力を制御できるようになればいいんじゃないか?」
少しの間静寂が流れ、俺は続ける。
「そもそも、お前を守るために命を懸けたお前の親が、お前に死んで欲しいと思っていると思うか?」
その言葉に、彼女は涙を流し始める。
おそらく、親の顔を思い浮かべているのだろう。
「私に…できるでしょうか…」
力なく聞いてくる彼女に、俺は笑いながら答えてやる。
「できるできないをやる前に決めてどうするんだよ。
人生、頑張って楽しんだもの勝ちじゃねぇのか?
だったらお前が、両親の分まで幸せになって楽しい人生を送ればいいじゃねぇか。」
そして最後に、この言葉を付け加える。
「もしお前が人を傷つけるような状況になれば…」
俺は彼女の目をまっすぐに見て宣言する。
「俺が止めてやる。
約束だ。」
彼女は涙を流しながらも微笑んで、
「じゃあ私は…シロくんに頼らなくても力を使えるようになります!
そしてその力で誰かを助けられるような人間になって見せます!」
その言葉を聞いて俺は頷いて言う。
「わかった。
それも約束だ。」
この部屋に来たときの顔が嘘のように、彼女の目は、顔は、希望に満ち溢れていた。
両親が死んでから、優しさを感じることもなく、ただただ周りに見放されて生きてきたんだろう。
だが、この顔を見る限りは大丈夫だろう。
今の彼女の顔は人生を力強く生きていく人間の顔をしているからだ。
その後、彼女は部屋を出て行き、俺はベッドの中であることを考えていた。
この世界では転生者という人々がいる。
原因も帰り方も不明。
しかし………
何かが原因で転生が起きているのだとすれば、それを解明して元の世界に戻らなければならない。
どう頑張っても戻ってこないものを取り返したい。
しかしその前に、彼女との約束を果たさなければならない。
時間はかかるだろうが、タイムリミットの間になんとか解決しなければならない。
………
約束か……
昔の世界、そしてあの人の顔が脳裏に浮かんでくる。
最後の刻にした約束が、鮮明に思い出される。
「お前なら…どうする?」
俺はポツリと呟く。
あいつなら…知らない世界だろうとやれるだけのことをやるのだろう。
笑顔が溢れる世界を作るために…
フッと思わず笑みが漏れる。
「本当に…人をやる気にさせるのが上手いもんだ…」
カルリアのような人を助けていく人生もアリか。
もちろん、俺自身が今のままでは難しいだろう。
しかし、タイムリミットまではまだ時間もある。
ゆっくりやっていけばいいか。
そして俺は、この世界で暮らして行くことを決めるのだった。