白い悪魔と黒い人間
「本当に…よくここまで成長したな。」
俺は目の前に立つ彼女を見て言葉を漏らす。
俺と彼女の手には刃が砕け散った剣が握られている。
「引き分け、と言ったところでしょうか?」
こちらを見てカルリアが言う。
「いや、俺の勝ちだ。」
俺がつぶやくと同時に、彼女はその場で倒れ込む。
そっとその体を支える。
初めて戦った時と同じように彼女を抱え上げ、その部屋を後にする。
長い廊下を歩いていると、すぐ近くから唐突に声が聞こえる。
「シロくん。」
「なんだ?」
反射的に返事をして、これがミスだったことに気づく。
「やっぱり、シロくんなんですね。」
声の主、カルリアが目を開いて言う。
「お前…気絶してたんじゃなかったのかよ。」
「前の戦いの時にシロくんがやったのと同じことをしただけですよ?」
微笑みながら、彼女は言う。
はぁ…それを言われちゃ言い返しようがない。
「いつから気づいていたんだ?」
俺の問いかけに、
「いつからと言われると…そうですね。
私が自分の能力を自分で使えるようになったと話した時、“それはよかった。“って言いましたよね。
普通なら、どういうことか聞くと思ったんです。
しかもさっき、よくここまで成長したな。とか言ってましたし。」と答える。
「それだけで見破ることなんてできるか?」
俺が聞くと、彼女は小さく言葉を漏らす。
「………な人がわからないわけないじゃないですか…」
「ん?何か言ったか?」
「いえ、なんでも。」
「そうか?
それならいいんだが。」
カルリアが言った言葉を考えつつ、彼女を下ろそうとすると、
「え!?
ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」なんて言ってしがみついてくる。
「な、なんだよ!
そんなに元気なら自分で歩けるだろ!」
俺の主張を無視し、カルリアはその場所を守り切る。
全く…なんだこいつは…
ため息をついて、彼女を抱きかかえたまま歩き出す。
そっと、温かい感触が背中に走る。
体が、少しだけ彼女に引き寄せられる。
彼女の目から温かい2本の光が覗いている。
「おかえり、シロくん。」
思わず、笑みが浮かぶ。
「あぁ、ただいま。」
そう言って、目を閉じた彼女の顔を見つめる。
こうして見ると、初めて戦った時と変わらないような気がするな。
1人でそんなことを思いながら、俺はまた廊下を歩いていくのだった。
「なるほど…そういうことですか。」
「だからこのことは誰にも言わないでくれ。
俺を引き金にして組織と学校が全面戦争を始めるのは嫌だからな。」
「わかりました。
これは私とシロくんの秘密ということにしておきます。」
そう言って、俺の向かいに座ったカルリアは紅茶を飲む。
彼女を医務室に運び、今日の訓練が終わった後、彼女は俺の部屋に来ていた。
なぜかはわからないが、俺は毎回1人部屋なのだ。
まぁ、こういう時は独寝屋のほうがありがたいだろう。
誰にも気兼ねなく、ゆっくりとした時間を過ごすことができるのだからな。
「それにしても、本当に腕を上げたな。」
紅茶を飲みきり、カップを机に置いた彼女に俺は言う。
「次にシロくんに会う時には、少なくともAクラスまでは上がっていようってアベルくんたちと話をしてたんですけどね。」
顔を赤らめて彼女は言う。
「さっきからずっと顔が赤いが大丈夫か?
やっぱり部屋に戻ったほうがいいんじゃ━━━━」
「大丈夫です。」
彼女はキッパリと断言する。
「そうか…それならいいが、無理はするなよ?」
一抹の不安を残しつつも、俺はカルリアを信じる。
…………………
なんだこの気まずさは…
互いに口を開かない静寂が流れる。
俺ができる話はし終えたし、やはり彼女の最近のことを聞くのが無難だろうか。
そう思って口を開こうとした時、部屋の扉が音を立てて開く。
鍵は閉めておいたはずだが…!?
誰だ……
只者ではないとわかり、俺は近くに置かれた剣を手に取る。
そして、扉の向こうから現れた人物を見て、ため息をつく。
「なーんでこんなところにいるんですか?
クラーラ先生。」
そこにいる1人の女性…クラーラ先生は焦りながら答える。
「あ、あれ?
ここシロくんの部屋!?
あれ?じゃあ」
私の部屋は!?」
なんて1人で暴走し始める。
「先生の部屋は僕の部屋の隣ですよ…」
呆れながら、俺は彼女を見る。
彼女もこの学生寮の一室を使っているのだ。
本当に変な人だな…
そんなことを思っていると、少し落ち着いた先生はハッとしたように俺を見る。
いや、俺とカルリアを見たと言うほうが正しいだろう。
そして、少しの間時が止まり、口を開く。
「え、え、え?
キャ━━━━━!」と声をあげる。
うるっさ!
誰か来るとめんどうだと直感的に感じた俺は、防音魔法を瞬時に部屋中に行き渡らせる。
この先生が居ると碌なことが起きないという俺なりの考えだ。
我ながら素晴らしい判断だ。
なんて思っていると、先生は俺の両肩をガシッと掴む。
「か、カルリアちゃんに手を出してないでしょうね!」と唐突に言い始める。
しかも、この顔は結構真剣だ。
いやあんたは母親か!と突っ込みたくなる。
「い、いやなんもしてませんって!」
「いーや怪しい!」
毎回毎回こういう時ばっかり…
イライラと拳を握りしめながらも、カルリアも証言を求める。
しかし、彼女はなぜか顔を赤くしてその場にぶっ倒れている。
「ほら!
カルリアちゃん倒れちゃってるじゃない!
何したのシロくん!」
「だーかーらー!
なんもしてないですって!
ただ色々話があってカルリアを部屋に呼んだだけで…!」
それを聞くなり、先生は両手を口に当てて驚く。
「し、シロくんから誘ったの…?
ま、まさかカルリアちゃんの飲み物に睡眠薬かなんかを仕込んであんなとやこんなことを━━━━!
そ、それは完全に犯罪じゃない!」
勝手に妄想を広げていく担任。
やべぇ…やっぱこの人アホだ……
「いやだかr━━━━━」
そうして、数時間による言い争うの果てに、クラーラ先生は疲れてそのまま寝てしまったのであった………
うん、なんで?
俺の部屋で女性?女子?が2人も寝てるほうが問題だろ…
そんなことを思いながら、彼女たちに布団をかけ、俺はドアの前に座って眠りにつくのだった。
「今日はごめんなさい。
し…えっと、クロくん。」
「別に気にしなくていい。
クラーラ先生も寝ていたわけだしな。
それより、昨日俺から聞いたことは誰にも話さないでくれよ?」
「はい、わかってます。」
目が覚めた時、登校まで1時間しかなかったので、カルリアと先生を叩き起こし、飯を作るのがめんどくさい時用の簡単な食事をとって、俺たちは歩いていた。
このペースなら十分間に合うだろう。
昨日の夜のうちに全員風呂に入っていたみたいでよかったな。
「今日も特別訓練か…
毎日戦ってばっかりの生活がしばらく続きそうだな。」
「そうですね…
でも、私はそっちの方がいいです。
私にはシロくんに勝つっていう目標がありますから。」
そうだな。
彼女がその力を身につけた時、俺は彼女と本気で戦う約束をしている。
「それじゃあ、また後でな。」
俺たちは別れ、それぞれの試合場所に向けて歩いていくのだった。
「おっ、今回の相手はマルトールか。」
「クロくんと戦うのは初めてだね。
負けたくはないから、本気で行くよ。」
「あぁ、本気でこい。」
俺は剣を構える。
それにしても…マルトールは武器を何も持ってない。
アベルみたいに肉弾戦を得意とする能力…
身体強化とかか?
そんなことを意識しつつ、俺はマルトールに向かって斬り掛かる。
しかし、彼は手をこちらに向けるだけだ。
それで守ることができるとでもいうのか?
俺は力任せに剣を振り下ろす。
その瞬間、俺の体は後方の壁に向かってぶっ飛ばされる。
壁に激突し、その分厚い壁に亀裂が走る。
いってぇな…
背中から走る痛みを耐えつつ、地面に足をつける。
今の力、どちらかというとフレーベルが使っていた風を彷彿とさせる。
ただ、それと全く同じではなく、もっと力が強い。
吹き飛ばされた時に俺の体にかかっている力だけなら、フレーベルよりも強いのではないかとまで感じる。
がむしゃらに突っ込んでもまた飛ばされるだけか。
俺は、数十メートルの距離をとって突破方法を考える。
「あれ?
もしかしてもう終わりかな?」
挑発してくるということは、距離が近くないと発動できないってことか?
そう考えた瞬間、再び体に重圧がかかる。
届くのかよっ!
俺の体は壁にぶつかる。
先ほどよりも深く、強く壁にめり込む。
俺を中心に、円形が形取られるように壁が歪んでいく。
これだけ硬い壁の形を悠々と変えてしまえるような力だ。
この壁が壊れてしまえば、止まることなく俺は吹き飛ばされるようになるだろう。
マルトールの能力の効果範囲がわからない今、それは避けたい。
魔法陣を描き、5本の雷を彼に向けて飛ばす。
しかし、それらは即座に形を変え、俺の方へ向けて帰ってくる。
おいおいマジかよ…!
俺に雷が直撃し、爆音が響く。
黒煙が上がる。
俺はそのチャンスを逃さず、黒煙に紛れてマルトールの後ろを取る。
剣を振ろうとして、俺は頭から重くのしかかる重圧に体を地面に打ちつけられる。
なるほどな…
この時、俺はマルトールの能力を理解する。
しかし、悠長にしている時間はない。
次は押し付けられている床が崩れそうだからだ。
だいぶ無茶苦茶だが…やってみようじゃねぇか。
俺は遥か遠く、ちょうどこの部屋がある真上の空に魔法陣を描く。
一気に膨大な魔力が持っていかれる。
「一か八か、いくぞ。
“ライティング・エクストリア!”」
一切音は聞こえない。
これだけ頑丈な壁に囲われた部屋に、それは当然だろう。
ここは地下3階。
つまり、この上には2つの同じような部屋があり、さらにその上には学校の建物が建っている。
それを全てぶち抜く。
俺が魔法を発動させてから数秒、頭上で音が鳴る。
マルトールもそれに気づいて上を見る。
その瞬間、いく枚もの鋼鉄の壁を貫いて一筋の雷が現れる。
マルトールが避ける時間を与えず、その光は俺と彼を飲み込み、前が見えなくなるほどの閃光が巻き起こる。
「やりすぎちまったか…」
ボロボロになった制服を見ながら、俺はつぶやく。
「大丈夫か?」
目の前に倒れているマルトールの肩を叩きながら、俺は呼びかける。
しばらくして、いてて…と彼は目を開いた。
「いやぁ…無茶苦茶をするね。
まさかこんな攻撃法があるなんてね。」
苦笑いをしながら、彼は差し出された俺の手を取って立ち上がる。
「僕の負けだよ。クロくん。」
そう言って彼は俺の手を握り、2、3度小さく振る。
「僕の能力、すぐに見抜いたんだろう?」
「まぁそうだな。
最初に俺の体に加わった力。
あれは明らかに風とかそういう類のものじゃない。
もっと重く、体に直接響くような何か。
そう考えるとお前の能力は重力を操る能力じゃないかという仮定が立つ。
そこからは結構賭けだったが、正解だったみたいだな。」
マルトールは目を丸くして俺の話を聞いていた。
「すごいね…
感覚…直感…
数秒後に死ぬというような状況ならまだしも、普通それだけじゃ行動に移そうと思えないよ。」
「何かあって直感や感覚が働いた時、俺は信じるようにしているんだ。
それを信じて得た結果は運かもしれない。
それでも、その直感や感覚ってのはそいつが今まで生きてきた経験、体験の裏返しでもある。
最終的な結果が当たったなら、今までの人生の中で今につながる価値あることがあったってことだし、外れたなら自分の今までの人生における経験や知識が足りなかったってことだ。
土壇場で、今までの自分の人生を信じてみるってのも面白いだろ?」
「自分の人生を信じる…か。
僕にはできなさそうだな。」
そう言って、彼は失笑する。
こいつもまた訳ありってことか…
「次の人たちが来る。
先に出ようか。」
「そうだな。」
俺は剣をしまい、2人で出口へ向かって歩いていくのだった。




