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違和感と約束

次の日、俺は東の国イステルトの街中にいた。

そしてその街の廃れ方を見て、驚きを隠せなかった。

戦争があったということは理解している。

それでも、俺がいたペルセントはそんな争いがあったということを一切感じさせないほど平和だった。

しかし、この街は違う。

大通りはペルセントとそこまで大差ないように見えるが、道ゆく人の半数以上はボロボロになった服を着ている。

一本中路に入るとそこは完全にスラム街だ。

痩せこけた7歳くらいの男の子が水がいっぱいになった汚い樽を持ってよろよろと歩き、その横を服を着ていない父親らしき男とボロ服を着た母親らしい女がそれぞれ大荷物を抱えて歩いている。

東の国と北の国のこの差はなんなんだ…

俺にはそれがわからなかった。

だが、そんなことを気に留めている暇はない。

半年の間に東、西、南の三国を旅し、実情をまとめ上げないといけないのだ。

ぶっちゃけ何をしたいのかはわからない。

ただ、やっているうちにわかることもあるのは確かだろう。

そんなことを思いながら、その街の中を俺は歩いていく。

目指しているのは、街の1番奥に見えている巨大な壁の向こう側にある場所。

この国の王宮だ。

そこに行って、俺はグレイに言われていた話をしなければならない。

急に閑散としはじめた道を抜け、王宮の門まで来る。

そこに立っていた2人の兵隊に声をかけ、要件を話す。

「少し待て。」

と言われて、3時間ただただ立っていた。

3時間は少しというのだろうか?

そんなことを思いながら、やっと開かれた門を通り、王宮の中に入っていくのであった。





「それで?

そんなことをしてどうなるというのだ。」

呆れたような顔で、その大臣は俺を見る。

「それをやったからと言って、民のためになるのか?

この国の利益につながるというのか?」

「私は国王に対して聞いてるのですが…」

俺のその発言を聞いて、そいつは舌打ちをする。

「私が聞いて意味がないというものを、国王がお認めになるわけがないではないか!

そうでしょう?

王よ。」

そう言って国王の顔を見る。

「あぁ…そうだな…」

ひどくやつれた国王が力無く答える。

「そうですか…わかりました。

この話は無かったことにしてください。」

そう言って俺は王宮を出た。

3時間の待ち時間に対し、話をした時間は10分にも満たない。

俺がしにきたのは、クラシス・リビルズが東の国に経済援助をし、その見返りとしてこの国の内情や技術を提供してもらうと言う話だったのだが…

これだけ民が困窮しているというのに、援助を受けなくて良いなどということはないだろう。

これは何か裏があるな。

俺はこの後の計画を決め、一旦その街を離れた。






夜にもう一度街に来ると、そこは大騒ぎだった。

俺は一つの建物の屋上に立ち、それを見下ろしていた。

兵隊が松明を持って行き交い、何者かを探し回っている。

まぁ、誰を探しているのかは容易に想像がつく。

俺だろう。

王宮に行って話をした時点でわかっていたのだ。

おそらくあの大臣が全てを握っている。

国王はやつれ、大臣は豪華な身なりでいる。

王に意見を求めるというよりも、王に対して命令を出すような口ぶり。

やつがこの国を実効支配していると見て間違いないはずだ。

一応、裏をとっておくことも必要かもしれんが、それはすぐに終わるだろう。

さて…それじゃあいくか。

そうして俺は夜の闇の中に溶け込むのであった。





「どうも、国王。」

声を出すと国王はハッと振り返って俺を見る。

「誰じゃ?」

………

「あぁ…昼間の…

髪の色が変わっていたもんで気づかなんだ。

こんなおいぼれでは目も見えんくなってきてしまってのぉ。

それにしても衛兵を乗り越えてどうやってここに…

いや、それは考えんでもよいか。

この王宮に1人で乗り込んできたような男じゃ。

何か大きな理由があるのじゃろう。

それで?

どうしたんじゃ?」

相変わらずやつれた、しかし穏やかな顔で聞いてくる。

「急なことで申し訳ないのですが…

なぜこの国をあの大臣に任せているのです?」

俺の問いに、顔色ひとつ変えずに彼は言う。

「ははは…

やはり君は気づいたか…

いや、当たり前のに気づくものなのかもしれぬな…」

ぼそっと呟いて、国王は語り始める。

「この国は昔、戦争に巻き込まれたのだ。

それは君も知っているだろう。

わしは国民を助けたかった。

長引くにつれ、どんどん疲弊していく国民たち。

善も悪もわからなくなって、今を生きるのに必死な哀れなものたちじゃ。

しかし、民を戦争に巻き込んだ責任を負うのはわしじゃ。

苦しみの中で生きている民たちを見て、見捨てられるわけなどない。

あたりの街に住む人々をこの街に連れてきて、少しでも孤独を味合わせないようにしようとした。

売れるものは全部売っぱらってその金を国民に渡した。

少しでも…わしのせいで巻き込まれたものたちを助けたかったのじゃ…

しかし、やはり国民はわしを恨んでおった。

戦争に国民を巻き込んだ悪党として、この王宮に詰めかけてきた。

そんな時じゃ。

大臣がわしのことを助けてくれた。

国民のために頑張っていると言ってくれた。

だが、結局私は悪者だ。

再び戦争が起きることがないよう、私を政治から遠ざけ、戦争の後始末をした大臣を信じておる。

国民は大臣を支持している。

今更、戦争に参加しようと言い出したのは大臣だと言っても、誰も信じてはくれんだろう。」

どこか遠くを見るような目で、国王は息を吐いた。

「ひとついいですか?

だとしたらなぜこの国はこんなに廃れているんですか?」

俺の質問に対し、彼はすぐに答えた。

「大臣含む多くの人間は、わしの発言権をなくし、自分たちの好きなように政治を行なっておる。

そして、幾つもの失敗をした。

しかし、国民はそれらを全てわしのせいだと思っている。

わしにはどうすることもできん…

大臣にやらせるしかないのじゃ…」

「そうですか…

今の僕はクラシス・リビルズの幹部としてここにいます。

とりあえず、先ほどの話は考えておいてください。」

「あぁ、残念だが…私にはどうすることもできん。

金も地位もないのだ。

君たちの言うように資金援助を受けれて、国民の暮らしが少しでも楽になるなら受けたいのだが…」

「大臣が実権を握っている限りは無理と…」

俺は間をおいて続ける。

「それじゃあ、ここからは俺個人の話としてお願いがある。

その貴方の優しい気持ちを、分けていただきたい。」

そして、俺は本来グレイの計画にない話を始める。

………………………………

「わかった。

もしもその時がきて…それで民が救われるのであれば君を信じよう。

2度と国民たちが争いに巻き込まれないのであれば、それ以上望むこともない。

今は転生者の存在によって一時的に平和が訪れているが、しばらくすればまた戦いが始まるだろうしのぉ。」

国王のその覚悟の決まった優しい目を見て俺は頷く。

「じゃあ、頼みます。

大丈夫、貴方は悪くない。

どうか自分を責めることがないように。」

そう言って俺は窓に足をかける。

「それでは国王、またそのうちお会いしましょう。」

そしてまた、俺は夜の闇に身を投じ、街から離れていくのであった。






次の日、朝から俺は街に出ていた。

とっくに太陽は天に昇っているというのに、どの家も扉は閉められ、窓も閉め切られている。

おそらく、昨日の夜のことが原因だろう。

俺は髪の色を赤く染める。

服も着替えているし、昨日のやつと全く同じとはならないだろう。

古くくたびれた服を着てきたのにも理由がある。

旅人を演じるためだ。

そして昨日パンを売っていた家の戸を叩く。

………ガチャリ。

いかにも怪しむような顔つきで、中から出てきた老人は俺を見る。

「旅のものなんだが、ここらで食べ物を売っている場所はないか?

どこもかしこも開いていなくて困っているんだ。」

老人は何も答えない。

「この街はいつもこうなのか?

他の街と比べても廃れているように見えるが。」

………

ダンマリか…

確かに、この街で情報統制が起きていても何らおかしくはない。

そんなことを考えていると、老人は横から何かを取り出す。

そして手にしたパンを俺に押し付ける。

「これを持ってさっさといなくなってくれ。

面倒ごとに巻き込まれたくないのだ。」

そう言って、半ば強引にそれを渡してくる。

「代金を…」

「そんなのはいらん。

さっさとこの街から去ったほうがいい。

詳しくは言えんが、自分の命を大切にしろ。」

それだけ言って、老人は俺を押して扉を強く閉めた。

こんなに焦るほど、この国の今の状況は危ないということなのか…

それでもあの大臣をトップにしているのは、恐怖政治による押さえつけが1番の要因だろう。

そんなことを思いつつ、一枚の金貨を扉の隙間から中に入れておく。

歩き出し、そのパンを口にしながら俺は考える。

この国の実情を知るためにはどうすればいいのか…

なるべく手っ取り早く、確実な方がいいんだがな…

そんなことを思っていると、一つ閃く。

国民たちは今の生活に呆れ、疲れ果てているだろう。

中には逃げようとしている者たちもいるだろうが、それをあの大臣率いる兵士たちが押さえつけているというのも十分すぎるほどに考えられる。

だとしたら、そいつらが逃げるチャンスを作り、逃げ出した奴らに話を聞くと言うのはどうだろうか。

うまくいくかはわからない。

結構博打にはなるかもしれないが、やってみる価値はあるだろう。

成功率も多少は高いはずだ。

その計画を実行に移すと決めた時、俺はすでにそのために必要となる魔法陣を作り始めるのだった。





その日の晩、街外れにある森の中で大爆発が起きた。

それにより、何人もの兵士が森に向けて走ってくるのが見える。

街ではそれを聞きつけた人々が大混乱に陥っていた。

俺はその状況を空から見下ろしている。

そのさらに奥で、もう一度爆発が起きる。

あらかじめ仕掛けておいた魔法陣が作動したのだ。

計5つの魔法が発動し、見える範囲内の色々な場所で爆発が起きている。

そして俺は身体中の感覚を一つのことに集中させる。

見つけた…!

瞬時に俺はそこに移動する。

目の前に現れた男たちは驚いて後ろに倒れ込む。

「な、何だお前!

そこを退かないとぶ、ぶっ、ぶっ殺すぞ!」

1人の小さい女の子を庇うようにしてその男は声を張り上げる。

「驚かせてすまないな。

安心してくれ。

俺はお前らを捕えることも殺すこともしない。」

「だ、だったら何なんだ!

俺たちをどうするつもりだ!」

震える声で、それでも俺をしっかりと眼中に捉えてその男は言い放つ。

「俺はお前たちのような人間を救いたいんだ。

そのために、力を貸してくれ。」

俺の言葉に、男は何を言っているか理解できないような顔をする。

混乱していても仕方ないか…

「少しいいか。」

そう言って俺は男の頭に手を乗せる。

少し前に新しく作った魔法だ。

その男の、過酷で辛い膨大な記憶が俺の頭の中に流れ込んでくる。

数秒後、俺は手を離して言う。

「助かった。

お前の街は、いつか必ず何とかしよう。」

そして北の国への地図と少しの金を手渡す。

「ここに行けば、職も見つかるだろう。

娘が辛い思いをすることもない、平和な世界がそこにある。

あんたの思いは受け取った。

諦めずに生きろ。

今までそうしてきたように。」

そう言ってそこにいる小さな少女を見る。

「君も、父ちゃんを大事にな?」

そう残し、俺は飛び上がる。

次なる人間を探し、話をし、また次の人間を探す。

結局、最後の1人と話をしている間に、街には太陽の光が溢れてきていた。

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