学校と組織
その事件の後始末をした後、俺はアリアと共に彼女が学園長を務めるという“能力育成学校“へと来ていた。
ずいぶん綺麗なんだな…そう思いながら俺は長い廊下を歩いている。
そして、学園長室と書かれている部屋に案内され、その部屋の中に入った。
アリアは俺に座るように勧め、俺は言われたようにソファに座り、彼女を待つ。
座ってからわずかな時間でアリアは紅茶を運んでくる。
一応それに毒が入っていないかを確認しつつ、俺は口をつける。
「うまいな…」
思わず声が溢れる。
あいつがいなくなって、まともな飯を食べていなかったのもあってなのか、とてつもなくうまい。
「ふふふ。
そうでしょう?」
彼女は嬉しそうに微笑む。
しかし、その顔はすぐに真剣な顔に変わった。
「さて…本題に入りましょうか。」
そう言って彼女はまず、キレてきた。
そんなに怒る必要ないだろ…
内心でそう思いながらやっとこ十数分怒られる。
「はぁ…わかりましたか?」
彼女は一息ついて言い、紅茶を啜る。
「つまり、俺が手を出したのはこの学園でも強かったやつだから何もするなと言ったのに、勝手に行動すんなって話だろ?」
「私がこれだけ話したことを雑に言ってくれますね…」
彼女は諦めるように、
「もういいですよ…」
と言った。
彼女の話が止まったので、俺は声を出す。
「それで、だ。
俺はこの学校に入学すればいいのか?」
内心ではこの世界の事情を知ってからにしたいと思っている。
「そういうことになりますね。
ですが、強制はしません。
なんせこの学校で生き抜き、卒業するのは簡単なことじゃないので。
シロくん…でしたか?」
「あぁ。そうだ。」
「あなたの力はすごいと思いますが、もっと強い人がこの学校には多くいると思います。
もしかしたら死ぬかもしれない。
そういうリスクがあったりするので、強制はしません。」
彼女の言ったことに、まぁそうだろうなと感じる。
その能力とやらによっては相手を殺すことも容易いのだろう。
だったらなんでその危険な力を強化する学校を作った?
そう思い、質問を投げかける。
「そもそも何でこんな学校が必要になっているんだ?」
彼女は少し悲しそうな目をしながら言葉を返す。
「この世界に入ってくる転生者は残念ながら優しい人ばかりではありません。
能力を使い、この世界の住民に危害を加える者もいます。
この学校の生徒に、そういう転生者を倒せるように育ってほしいのです。
転生者に勝てるのはほとんどの場合転生者だけですから。」
「なるほど…
だが、ここで教育を受けた分、能力の使い方を覚えてから問題を起こされるんじゃないのか?」
「ここの学校では生徒はDから順に、C、B、A、Sまでランクがつけられています。
こんなことを言うのもなんですが、自分よりランクが高い者の実力を知ることで、自分が反抗してもどうにもできないという感情を持たせるんです。
その逆に、学校にいる間、それは強者を超えるという目標になります。」
なるほど…なかなか考えられている。
卒業やら退学やらした後に反抗しようという気持ちを持たせないために実力の違いという現実を見せるのか…。
それならば俺が考えてきたことも起こらないだろう。
「それで?
じゃあ今日のやつはなんであんなことをしたんだ?」
「今回の件は本当に久しぶりに起きた問題なんです。
あの人はもとAクラスの人間ですので、力に自信があったのでしょう。
しかし、一般人への暴行によって退学となりました。
この学校内での争いは全て自己責任であり、そこは実力主義ということに則っているのですが、外部への被害、問題は厳正な対処をします。
もちろん、あなたが入学したとして、問題を起こせば皆と同じく退学です。」
「別に俺は特別な待遇は求めていないからそこはいい。」
まぁこの世界のことについて何も知らない俺に残された選択肢はこの学校への入学しかなさそうだな。
そして、どうしても聞かないといけないことを問う。
「最後に2つ、聞いておかないといけないことがある。
この世界で過ごすわけだから聞いておかなくてはならない問題だ。
隠すことなく答えてくれ。」
彼女は真剣な顔でコクリと頷く。
「転生者っていうのはどんな原理でこの世界に来るのか。
そして元の世界に帰ることができるのかだ。」
彼女は迷う様子もなく答える。
「転生者がこの世界に来る原理について、今のところ解明できている部分は全くありません。
せいぜい、この世界の周りの時間や空間が歪んでいる可能性があるとかそういうレベルのものです。
なので、これという答えは出ていません。」
何も解明できていないとなると、その帰り方もわからないんだろうな。
そして、彼女から帰ってきた答えも同じだった。
「俺としては帰りたいんだが、別に急いでいるわけじゃない。
帰り方はゆっくり探すとするとして、もう一つ。
さっきあの場にいたあのフードの男は何者だ?
殺意は感じなかったが?」
あの時のアリアの焦り方から見て危険人物なのだろう。
そしてまた会おうと言ったということは、恐らくなんらかの形で関わることになる。
となるとあの男のことを知っておくのは必要だろう。
「あの男の名前はグレイ。
本名なのかコードネームなのかは分かりませんが。」
「コードネーム?」
「はい。
グレイはある組織のリーダーをしているんです。
その組織の目標は、この世界を自分たちの手中に収めること。
そしてその組織の名前は“クラシス・リビルズ“。」
クラシス・リビルズ…世界を自らのものにする組織か…
馬鹿らしいと言えばバカらしく思えてくるが、グレイというあの男は強者だ。
もしかしたら本当にやってしまうかもしれない。
「表向きにはそこまで悪どいことをやっているわけではないように見えますが、実際は目的のためならどんなことでもやるような組織です。」
「人殺しもやるのか?」
「人殺し程度のものなら過去に何度もあの組織の犯行だと思われる事件が起きています。」
「グレイは俺のことを仲間と呼んだ。
それは転生と何か関係があるのか?」
「実は、クラシス・リビルズに加入しているのは多くが転生者です。
後はこの世界の住民でありながら過激な思想を持っている人間でしょうか。」
「そういうことか…
そしてあいつ本人も転生者なんだな?」
「恐らくそうでしょう。
転生者だからこそ、他の転生者をまとめられるだけの考えを出せるのだと思います。」
「自分と同じ境遇の人間の言うことだからこそ、その意見に同調できると言うわけか…」
俺はあの男の目を思い出す。
凍りついたような冷徹さを持ち、その奥の奥には見えない何かを隠しているかのような目だった。
「グレイと会って話しをするって言うのは…」
「やめてください。」
即答された。
それだけこの学校にとっても彼は脅威なのだろう。
「それ以外に聞きたいことはありませんか?」
「いや、こんなもんだな」
それ以外に聞きたいことなんは……あ。
「あのですねアリアさん?」
俺がそう言った瞬間、彼女は変なものを見るような目で、
「な、なんですか?
急にさん呼びなんて気持ち悪い…」
あ、引かれた…いやそんなのは今はどうでもいい!
「俺お金持ってないんですけど…
どうしましょう?」
………………
え?何この空気…
「まぁそうでしょうね。
学校に入ればクラスによって違いはありますが報酬としてお金が受け取れます。
Dクラスでも、日々の暮らしが安心してできる程度にはなると思います。」
「な、なるほど。
この世界のことを知らない転生者に配慮されてるんだな…」
ふふッと彼女は笑って言う。
「それまでは私の家に泊まっていいですよ。始業式まで3日ほどですし。」
なんだ?
この人は女神かなんかか?
「じゃあお言葉に甘えて…
ちなみにこれからなんて呼べばいい?」
その問いに、彼女は
「学校にいるときは学園長にしてください。
それ以外は…」
少し悩み、澄ました顔で彼女は、
「お母さんとかどうでしょう?」
などと言い始めた。
まぁそれがいいならいいんだが…
そう思いながら俺は
「じゃあこれからよろしく頼む。
お母さん。」
と言う。
……わずかな時間が流れ、彼女の顔はどんどん赤くなっていく。
「や、やっぱり今のは無しで!
家でも学園長でいいです!」
とか言い始めるのだった。
しかしまぁその時の困惑した顔が可愛かったので"お母さん"と呼ぶことにするのだった。