言い逃れと計画
それにしても、やっぱりアリアが作った飯は美味しい。
どうやったらこうなるのか教えて欲しいもんだ。
そんなことを思いながらグラタンを食べる。
グレイとの戦いが終わった後、宿泊所に帰ると大勢の教師がいた。
なんとか言い逃れようと俺は努力したのだ。
その結果、学校を抜け出し、わざわざ宿泊所に泊まり、手違いでドアをぶった斬って夜風に当たりに行ったということにした。
我ながらよく乗り切ったものだ。
結局、しばらくお叱りを受けて俺はアリアの家に今夜だけ泊まることになった。
グレイと会っていたことや戦っていたことなど、全部誤魔化せたのだ。
よく頑張った…しみじみと感じていると、アリアが話しかけてくる。
「こうしてゆっくりしていると時間の進みが早く感じますね。」
「この世界に来てもう1ヶ月だからな…
いつの間にやらって感じだ。」
「学校には慣れてきましたか?」
「あぁ。すっかりな。」
「それはよかったです。」
笑いながらアリアは言う。
なんだかんだ、この人には世話をかけてばかりだ。
「そういえば…」
俺は話を切り出す。
「ア…お母さんにはなんか夢とかないのか?」
そう言われ、アリアは肩をビクッと震わせる。
お母さんという呼び方に反応したのだろう。
自分から言い出したのにその呼び方で反応してどうすんだよ…
ジトーっと彼女を見る。
少し頬を赤らめながらも真剣な顔で彼女は話し始める。
「シロ君には言ってませんでしたが…
この世界は10年前、戦争が起きていました。」
「は…?
めっちゃ初耳なんですけど…」
「私たちがいるこの街は北の国の中の一部です。
位置的には…」
そこまでいって彼女は話すのをやめる。
「こっちの方が早いですね。」
そう言って彼女は手をかざす。
すると地図がそこに描かれる。
どういう原理なんだ…
未だにアリアの能力が掴めない。
そもそもこれがアリアの能力によるものなのかもわからないのだが…
そんなことを思っている俺に構うことなく、アリアは話を進めていく。
「この世界には大きく4つの国があり、先ほど言った通り、この場所は北の国、ペルセントに位置しています。
ペルセント以外に、東の国イステルト、西の国ウェイス、南の国アルテがあります。
そしてこれらの国は長い間戦乱の中にありました。」
彼女は俯きながら言う。
「あったってことはもう終わったのか?」
俺は問いかける。
「いえ、一時停戦しているだけで実際には終わっていません。
実際は、5年前まで戦争は続いていました。」
俺の元いた世界と同じか…
そんなことを思いながらも、その言葉を聞いて疑問を思い浮かべる。
しかし、この世界に来て1ヶ月。
短い間ではあるが、この世界の街ではそんな争いも戦争被害を受けていそうな人も見たことがない。
「ただの停戦にしては平和すぎないか?」
「今回の停戦は転生者が原因なんです。
転生者が現れ、各国は対策を立てなくてはいけなくなりました。
これは戦争なんてやってる場合じゃないということで一時停戦ということになったのです。」
「なるほどな…」
そういうことなら理解できる。
新たな脅威のために、一旦和平を結ぶと言うのは少し考えればわかることだ。
「だから私はこの世界が平和になって欲しいんです。
戦争によって人が亡くならないような世界を…」
遠くを見るように彼女は言う。
その姿に似た姿を元の世界で見たことがある。
そして痛くない痛みが心を抉る。
━━━━この世界のために、この世界に生きる人のためになら、私の命を使い果たしてもいいんじゃないかと思うのよね。
いつか聞いた言葉が蘇ってくる。
誰かのために…人でも世界でも何かのために命を投げ出す覚悟を持った人間の心。
それは時として自分を追い込む凶器となる。
どの世界だって、世界を濁らせているやつは平和を嫌う。
自分こそが世界の中心だと思い、その権力を手放したくないからだ。
結局、人間なんてのは私利私欲を望む奴が強い。
自分のためならば多少の犠牲を問うことなんて考えない。
俺にだってそういう部分がある。
自分のエゴだとわかっていても、それでも何かを遂行する。
歯止めが効かなくなるとでもいうべきだろうか。
しかし、それとこれとは話が別だ。
…俺は二度も同じことはしない。
自分以外の誰かのために生きようとする人間を殺させはしない。
次こそは護る。
俺はアリアの夢を果たし、元の世界に帰ることを決めた。
その日の晩、事件は起きた。
俺が寝ていた空き部屋の扉が大きな音と共に叩かれる。
俺は飛び起きて扉を開けた。
そこには着崩れた部屋着で焦り顔をしたアリアが立っていた。
息が上がっている。
「落ち着け。
何があった?」
震えと戸惑い、焦りが混ざった声で彼女は答える。
「学校が…何者かに爆破されました…」
爆破…学校内のもので起きた可能性はないか?
いや、火元があるところなんて食堂くらいだ。
どれほどの爆発かわからないが、大規模なものにまで発展するとは思えない。
とにかく学校に行くことが優先か…
すぐそこに掛けてあった黒のパーカーに袖を通し、ローブを手に取ってアリアを抱き上げる。
「えぇ!?ちょっ、ちょっとシロ君!?」
さらに焦るように赤い顔をしながらアリアが声をあげる。
「こっちの方が早いだろ?」
部屋の窓に足をかけ、家から飛び出す。
家の屋根を足場に、学校に向かって駆けていく。
靴とか置いてきたな…
魔法を使い、靴を俺の後ろについてくるように飛ばす。
すぐに学校が見えてくる。
校舎の一部分から黒煙が上がり、燃え上がっているのが目に入る。
俺は人気のないところで彼女を下ろしつつ、持ってきた靴を地面に置く。
「く、靴ってありましたっけ?」
街頭に照らされ、未だに赤い顔をしているのがわかる。
「かぁさんが目を瞑ってた間に取ってきた。
ていうかそれどころじゃないだろ?」
「そ、そうでした!
行かなくては!」
「これを着ていけ。」
俺はローブを彼女に渡す。
「流石に夜中じゃ寒いだろ?」
「あ、ありがとうございます!」
そう言って彼女はローブを着ながら足早にかけていく。
さてと…
俺は魔法を使い、姿を隠して彼女の後を追っていく。
角を曲がると燃えている場所に向けて数人の教師が火を止めるべく水のようなもので消火作業をしている。
おそらくあれも能力で出しているのだろうが、アリアの能力で止めることはできないのか?
しかし彼女は被害報告を受けつつ、消火活動にあたっている教師を祈るように見つめていた。
時折指示を出してはいるが自分では動くことはない。
確かに今まで見てきた能力の中に火を抑えることができるようなものはなかったが…
とりあえず、あの火を消すか。
俺は空へと飛び立つ。
学校全体が見える程度のところまで上昇する。
これは確かに結構な規模だな…
学校の一区画、4分の1くらいが燃え、崩れている。
俺は空へと手をかかげる。
魔法によって巨大な球体の水の塊が作られていく。
そして俺は手を握る。
それと同時に、その水の塊は破裂し、燃えている場所に雨のように降り注ぐ。
しばらくすると黒煙は収まり、火は止まった。
それを見届け、俺はアリアの家に向かって飛んで帰るのであった。
部屋に戻ってきて、俺はベットに座って考える。
爆発、炎…
ただの事故によって起きることはないだろう。
つまり、何者かが起こした可能性が1番高い。
だがあの場に気配も痕跡もなかった…
真っ先に思い浮かぶのは…
冷たい目をしたあの男の姿が脳裏に表れる。
あいつなら学校に火を放ち爆破することぐらいは容易いだろう。
その後に痕跡を残さずに姿を消すこともできそうなものだ。
とはいえ、先ほどの戦いの後で、すぐにそんな行動を起こそうと思うか?
幹部連中のみが動いている…
下手に下っ端を使って勘付かれる可能性を考えた上で、組織の上のやつを使って行動を起こしたならば説明がつくが…
だとしてもわかりやすすぎる。
あの組織に潜入して今回のことも探れれば一石二鳥だが…
そう簡単に尻尾を出すとは思えない。
グレイの言った通り、、上に登っていくしかないみたいだな。
学校生活と両立するのは難しいか…
俺は体を横にする。
まぁ時期を見計るしかないな。
目を瞑って考えるのをやめる。
なんとかなるだろ…




