手合わせと思惑
グレイと話をした後、しばらく街を散策してから俺は宿泊所へと来ていた。
椅子に座って今日のことを整理する。
そもそも、ほぼ実現不可能な夢を追いかけているような組織で、なぜ俺の参加をあっさりと決めたんだ?
それだけでかい夢を掲げているのであれば慎重にならなければいけない気がするのだが…
グレイの人間性を見る目がない?
いや、僅かな時間だけで俺の思考を当ててくるようなやつだ。
そんなことはないだろう。
それとも、俺があの学校の生徒であることを知った上で組織に入れたのか?
どちらにせよ、1ヵ月と2日後、もう一度あの場所に行き、組織の実態を掴む必要がありそうだな。
そして、1番大切なのはグレイの能力だろう。
その能力が人の思考を操るものだとしたら、能力を使って仲間を増やすと言うこともできるはずだ。
仲間にした後に能力を使って操ると言うこともできるかもしれない。
自分の考えを他人に植え付ける能力だったり、自分の考えを強制的に実行させると言う能力である可能性もある。
いや、だとしたら今日会った時点でその能力を使っていてもおかしくはない。
…………
だめだな。
今の時点で考えてもキリがない。
こればっかりは実際に戦ってみないとわからないな…
ただ、できれば戦いたくはないんだよなぁ。
あいつは相当強い。
だからこそ、どうにか戦わないで能力を判明させたい。
最悪戦うことになっても負けるつもりはないが…
まぁ時間が経てばわかることもあるだろう。
しばらくはあの組織に潜入し、探るしかなさそうだな。
学校の方は次の夏休みまで何も無いだろうし、それまでは俺がやりたいことをやるとしよう。
そんなことを考えていたら、扉が叩かれる音がした。
俺はドアノブに手をかけ、それを引く。
その刹那、一筋の切っ先を感じ、後ろに向かって跳躍する。
俺はそれをスレスレで回避し、そこにいる人物を睨む。
扉は刃物によって真っ二つに斬られ、倒れていた。
ナイフを手にしたその男に俺は声をかける。
「こんな夜分になんのようですか?
……グレイさん。」
全く…なぜいつもこうタイミングが良くないんだか。
ただ、もしものことを考えて寮に戻らなくて正解だったな。
しかし…なんでこいつはここがわかった?
そして何のためにここに来た?
昼の変装が見破られて俺を始末するためにここに来たのか…?
だとしたら潜入はできなくなってしまうが…
そしてそいつは顔色ひとつ変えずに答える。
「お前とやり合いに来た。」
「それは僕を殺しに来たってことでいいですか?」
俺の問いに対し彼は、
「ついてこい。」
とだけ答えた。
何がやりたいのかはわからんが…
この男の実力を知るためには絶好の機会だ。
だったら行ってやろうじゃねーか!
「わかりました。」
俺はそう言い、刀が壊れた時用の予備の剣を持って、後ろを向いて歩いていくグレイを追って歩き出した。
俺とグレイは、俺が転生した場所である森へと来ていた。
懐かしいな…もう1ヶ月も前になるのか…
しかしこいつはなぜこの場所を知っている?
たまたまだとしても……
なぜこの場所を選んだ?
しかし、その答えは出ないままにグレイは立ち止まり、こちらを振り向いた。
「この辺りでいいだろう。」
そう言ってポケットからナイフを取り出す。
「お互い真剣勝負といこう。」
真剣勝負か…とはいえ俺は本気を出すことはできんな。
そう思いつつも俺は剣を抜いて言う。
「そっちが本気で来るなら…ですけど?」
「お前の力見せてもらおう。」
そう言った瞬間、グレイの姿はその場から消え、俺の目の前に現れた。
くっ…やはり早いな…
振り下ろされたナイフを雷を纏った剣で弾く。
刀になれすぎたせいで剣の使い方が鈍ってるな…
二つの力がぶつかることによって発生した爆風によって周りの木々が倒れる。
そこから打ち合いが始まる。
剣とナイフ。
リーチの長さ的にはこちらの方に分があるはずなのに、決定打以前に攻撃が届かない。
あらゆる剣筋に対して最善手を打たれ、なおかつ反撃されそうになる。
ただ打ち合いしているだけじゃあ決着がつかんな…
俺は距離をとって横方向に向かって疾走する。
木を利用してやつからの射線をズラしつつ、攻めの機会を伺う。
しかしその作戦は次に飛んでくる攻撃によって打ち砕かれる。
駆けているその進行方向に向かってドンピシャで弾丸が放たれたのだ。
その弾丸は何本もの木を貫通し、俺の元へと飛来した。
ナイフを出してすかさず打ち落とす。
しかし奴の方向からはまた銃声が聞こえる。
マジか…
俺は再度駆け、その場を離れた…はずだった。
実際、その場を離れることはできた。
だが問題はそこじゃない。
弾丸を回避するべく逃げたところに向かって一直線に新たな弾丸が飛来したのだ。
俺はそれを剣で防ごうとしたがその弾は肩をかすめていく。
「くっ!」
かすった部分から血が流れる。
何が起きてんだ…
今の攻撃を当てるためには俺の動きを予測するしかない。
いくら手練れだと言っても360°どこに動くか完璧に予測することなんてできるのか?
能力でやっていると考えたところで、それではどんな能力なのかもわからない。
そうなるとグレイ自身の実力ということか…
実力で語り合うしかないみたいだな。
俺は地を蹴り、一瞬で間合いを詰めて斬りつける。
ナイフによってそれは防がれる。
それでも止めることはなく俺は攻撃を仕掛け続ける。
金属音が鳴り響き、火花が散る。
そしてその火花が地面に散らばっている落ち葉に着き、燃え広がる。
俺とグレイの周りで炎が広がり、周りが明るく照らされていく。
この状況、奴は想定していなかっただろう。
だがこれで舞台は整った。
俺が炎を起こすことを狙った理由、それは魔法の行使を行うことができるようにするためだ。
剣を炎に当てる。
その瞬間、剣から炎が上がる。
雷と炎が混ざり、周りが明るく照らされる。
もちろん、フローラの時のように吸収した力を発散したわけではない。
魔力を送り、直接小さな魔法陣を描いて炎を出しているのだ。
俺はやつの顔を見る。
グレイは怪訝な目でこちらを見ながら言う。
「なるほど…その武器になんらかの細工がしてあるな?」
向こうからしたらそう見えて当然だろう。
「まぁ、こういうことをやらないと勝てそうにないので。」
都合がいい。
このままこの設定でいったほうがよさそうだ。
「能力は使わないのか?
真剣勝負と言ったはずだが?」
「そんなに言うなら、グレイさんも能力を使ってこればいいじゃないですか。」
今の時点では、先ほどの弾丸が能力を発動させた可能性があると踏んでいる。
しかし、ここはあくまでグレイが能力を使っていないと思っている感じで行ったほうがいいだろう。
「そこまで言うのであれば本気を出そう。
ただし、時間は1分だ。
その1分、お前が死ななければこの戦いは終わりだ。」
1分?
何かその時間に制約があるとでも言うのか、それとも1分あれば俺を殺せると思っているのか…
「では…いくぞ。」
そう言った瞬間、また先ほどと同じように一瞬で俺の目前に迫り、ナイフを振り下ろしてくる。
速度もほとんど変わっていない。
それを受け流そうとした瞬間、グレイの姿は消えていた。
左かっ…!!
俺は咄嗟に剣から左手を離し、ポケットからナイフを出してその攻撃を止めるように振る。
しかし、そのナイフは空を斬る。
なんだ?今の違和感…
それを考える間もなく、今度は右に姿が現れる。
これはやばい!!
防ぐ手段がない今、俺はその攻撃を避けるしかない。
しかし、それを避けきることができず、左胸の上から右脇腹の下に向かって服が裂ける。
俺は後ろへ下がる。
危ねぇ…今のをまともに受けてたら大ダメージだ。
ナイフが短い刃先で助かった。
なんだ…どうすれば勝つことができる…
あいつの能力はなんだ?
先ほどからずっと考えてはいるが、それを紐解くことができない。
これではいつまで経っても後手後手に回って追い詰められるだけだ。
だとしたら…
この際仕方ない。
結構博打になってはくるが…
俺は目を瞑る。
感覚だけで気配を探る。
すぐにグレイの気配がそこから消える。
来た…!
右から攻撃が飛んでくる。
その刃が当たるコンマ数秒前、俺は魔法を発動させる。
俺とグレイの間に雷の壁が作り出される。
その壁にナイフが当たる寸前、奴は動きを止めて後ろへと跳躍する。
逃すかよ!
俺はさらにもう一重に雷壁を展開する。
これでグレイは二つの壁の間に挟まれた形になる。
しかし、その壁は強引に切り裂かれる。
グレイが壁を切るために必要とする時間、俺が欲しかったのはその一瞬だ。
俺は剣を構え直し、一直線に斬りかかる。
行ける!
そう思った直後、そいつは不適な笑みを微かに浮かべた。
そしてその左手には拳銃が握られている。
周りが雷で満ちている今、こいつは逃げることができない。
だからこそ、今が最大のチャンスだ。
放たれた銃弾に剣の中心が当たるよう、力のかぎり振り切る。
その一閃は銃弾を真っ二つに割りながら、グレイの体へと届く。
手応えがする。
俺の剣はグレイの肩を斬っていた。
その切り口から血が吹き出る。
奴の顔は意外そうな顔をしていた。
俺とグレイは地面に降り立つ。
傷口を抑えるグレイを見ながら、俺は口を開く。
「そろそろ1分経ったんじゃないですか?」
グレイの目はいつも通り冷たい色を見せている。
「そうだな…約束は約束だ。
この勝負、ここまでにしよう。」
笑み一つなく、グレイは言った。
「それで?なんのためにこの勝負をしに来たんです?」
「お前を俺の組織に加入する器かどうかを見極めにきた。
俺の組織はガチでやろうとするとだいぶ厳しいもんでな。」
ん?つまり昼のやつはバレてないってことか?
「そしてお前と戦って思った。
俺にはお前が必要だと。」
「必要?
それは嬉しいですけど…そこまで思った理由はなんですか?」
俺の問いかけに対し、彼はさも当然のように答える。
「お前は…過去に大切な人間を失っただろう?」
なんでそんなことがわかるんだ…
「確かに僕は大切な人を失ったことがありますけど…
それがなぜさっきの話とつながるんですか?
それになんでそんなことがわかるんです?」
「なんでわかると聞かれてもな…なんとなくだ。
俺も同じく、大切なやつを無くしていてな。
だから同じ境遇のお前なら俺の考えを理解してくれると思っている。」
純粋に人の心を見抜く力に秀でているということか…
そういうやつだからこそ慕われて、仲間が多いのかもしれないな。
「あなたの考えっていうのは、世界を手に入れたいってやつですよね?」
俺の問いに対し、その男は微笑を浮かべながら答える。
「ふっ。俺は別にこの世界を手に入れてやろうなんて思っちゃいない。
そいつはただのサブプランだ。
俺の最終目標は元の世界に帰ることだからな。
そのためなら世界でもなんでも手に入れてやると言っているだけだ。」
なるほど…世界を手に入れるのはあくまでも過程…いや最悪の場合の選択肢ってことか?
どちらにせよ、こいつはそれができると思っているわけか。
「俺のいた世界について話すとしよう。」
そう言ってグレイは肩を抑えていた手を離して歩き出した。
結構深手を負わせたと思ったのだが…やはりこいつはただものではないな。
そう思いながらも、俺は剣をしまい、距離をとりながらその後ろをついていくのだった━━━。




