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第一章 生きるのに大切なこと 7話

 まだ田舎の風景が残る田畑の合間を縫うようにしてそびえ立つ市営住宅や一軒家を、駅方面に少し抜けた所に他県から流入してくる人間を顧客に狙った建てかけのマンション群がある。

 古くから住んでいた人間や元々あった田畑を除いて作られているそれらは、地元の老いた者達からは忌み嫌われ、深夜を近く待つこの時間帯では人の姿は殆どない。大手企業を後ろ盾にした強引な手段による土地の売買と土地周辺に計ったように構えられている彼らの支社を兼ねた事務所。

 それだけで厄介事に巻き込まれまいと思う者は遠回りしてでもこの周囲には近付かない。

 ある種その手の事に将来性を見いだしている若者達が先達のツテにあやかって、一夜の溜まり場として使うことがある程度だ。

 だが、今夜に限ってはその気配もない。

 夏の直前の熱帯夜。彼らも無理をしてまで外で溜まるよりは、涼しげな室内をと選んだのだろう。結果的に運が味方をした形になる。

 ジメジメとした梅雨がまだ色濃く残る夜は、しかし、寒気さえ覚える凛とした雰囲気を備えていた。

 工事中の看板が立ち並ぶ道に沿うように悠然と歩を進める影が二つ。

 一つは少女。もう一つは犬どころか人間すら越えようという獣の影だ。

 夜道を進む彼らのシルエットは、少ないライトに照らされて、大きくも小さくもなりその異様さを際立たせていた。

 ふと、少女の足が止まる。

 彼女は薄い肩掛けを羽織った上着の中から携帯を取り出して耳に当てた。




 「もしもし」

 「"私です。目的の場所には着きましたか?"」

 「今、向かっています。もう少しで着くと思いますよ」




 それは、良かった、と電話は答える。



 「"たった今、監視カメラに大きい何かの影が映りました。恐らく狩りを終えて住処に戻ってきたのでしょう"」

 「じゃあ、これから遅めのお食事ということですね」

 「"そのようです。九城さん、この機を逃さないようにしてください。大分知恵もついてきたみたいですから、一度取り逃がすと何かと面倒です"」

 「分かっています」




 短く答える声は、傲慢ともすらとれるほど、ハッキリとしているが、電話の向こうはそれを気にとめる様子はない。

 恐らく理解しているのだろうと電話を手にしている少女は思う。彼女はいわば専門家ではあるが、同時に一般市民のように無力だ。誰かの力を借りなければ何も出来ない。




 「"では、気をつけて。事が終われば連絡をお願いします。私も確認に向かいますので"」

 「分かりました」




 ぷつり、という音を立て電話が途切れる。残されたのは無音の闇と幾ばくかの心音だけだ。




 "供え屋だっていう友達か?"

 「はい」




 隣からの質問に、また歩を進めながら少女は答える。少女にだけ聞こえる声を飛ばす神特有の会話だ。他に人気もないここでやることはないが、少女には獣の言葉を理解することは出来ないのだから、仕方がない。

 共に歩くのは巨躯の狐だった。耳まで裂けた口元を三日月のように歪め、グフと気味の悪い笑みを漏らした。




 "即答かい。いやはや、お前に友達とはねぇ"

 「……………何か?」

 "いんやぁ、別に"




 グフグフ、と獣の喉で変な声を出しながら愉快そうに笑う。




 "随分とはしゃいじゃって、まあ。と思ってな"

 「…………………」

 "おや、つれない"



 ぷい、と顔を背ける少女に相方の神はニヤニヤと口元の裂け具合を広めた。




 「……………そんな事より」

 "んー?"

 「大丈夫なのですか、今回の対象は。上がりたてとはいえ油断していると足元を掬われますよ?」

 "なんだい、珍しい。心配か? お前にしちゃ、らしくないことを言うじゃないか"

 「別に………。少しあなたの態度が軽すぎるなと思っただけです」




 狐はフンと鼻を鳴らす。




 "安い仕事さね。この距離ならある程度相手様方の力も感じとれるが、実際ヒドいもんだ。ウッカリすると見逃しかねない、この矮小さ。上がりたても上がりたての、本物の上がりたてだ。わざわざ行く意欲も失せる"

 「でも、役所からお呼びがかかるほどですよ? 成ってから時間はたっているはずです」

 "役所のは人間(おまえら)の損した割合だろ。力の強さは関係ないね。数ヶ月程度の時間じゃあ(おれたち)にとっちゃあ、ないも同じだ。ここの土地神みたいに若いうちに運良く土地につけたならまだ食い気もあるが、得るためだけに生まれる赤ん坊からは何も得られん。まあ、それらを差し引いてもこいつはヒドすぎるな、成るためだけに力を使い尽くしてる。労働力に報酬が見合わない仕事だよ"

 「だとしても、やることはやってもらわなくては。これからこの土地で上手くやっていくための良い足掛けです」

 "この土地で、ねぇ"




 少女は隣を見やる。




 「何か不満が?」

 "いやいや、余り一つのことに執着するのも考え物だと思っただけだ"

 「一つのこと?」




 ああ、と狐は首を上下に動かして肯定の意志を伝える。




 "お前は所詮神(おれ)の憑き人。どんなに繕ってもそこらの人間とは一線を引く存在だ。普通そんなもんに進んで関わってくる奴にロクな奴はいないってことさ。例をあげるならお前の新しいお友達とやらとか?"

 「……………遠まわしな言い方です」

 "そうかい? なら、有頂天になって、はしゃいで、浮かれちゃってるお嬢さんに言うとだな。

…………あんま、気を許すなよ"

 「…………………」

 "ただ、それだけ"




 話は終わりだというように、狐は歩く速度を上げる。あっという間に少女の先へと躍り出て、どんどんと距離が開いていく。




 「そんなこと…………」




 言葉は虚空に浮かび消えていく。

 少女は無言のまま先に行った影を追うのだった。

·

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 私と神は一つのビルの前で足を止めた。

 新城ビル。

 大手企業系列の建築業者が着手している大型住宅地の一角だ。

 見上げる闇夜の摩天楼は、青い月の光をバックに見下ろすように立っている。 しんと、背骨が軋むのを感じた。

 建物の一階は工事用具が散乱された一種の無法地帯だ。規則正しく利便であるように置かれている筈だが、部外者の私にはその差異をこの暗闇で見分けることは出来ない。辺りをゆっくりと見回して、比較的広い場所にエレベーターを見つけた。当然中は無人。都合良く動きはするようで、有り難く使わせてもらうことにした。

 十人は乗れるエレベーターだが、人間以上の大きな狐と乗るのではいささか手狭だ。神様を押しのけて屋上の一つ下の階へと続くボタンを押す。

 静かな機械音と共に、唯一の窓から見える景色は同じような風景を素通りしていく。狐の息遣いと私の息遣いが静かに聞こえる。

 音もなく扉が開いた。

 箱を降りると、目の前には屋上へと続く階段が一つ。

 空へと続く扉を開くと、遠くに煌びやかな明かりが見えた。駅を中心とした歓楽街だろう。

 まだ真新しい街は通るこの土地の人間をその騒がしさで惑わしている。

 一方、私の近くには暗闇しかない。月明かりの下、コンクリートで敷き詰められた足場が延々と続いている。

 私の隣でフンと鼻息がした。

 自然の光によって白い艶やかな毛並みが照り返されている。その夜に浮かぶ灯火を遠くから見つめる視線があった。

 空に浮かぶ雲が悠然と流れる。流れた雲はこちらだけでなく、あちらにまで月と星の恩恵を分け与える。

 屋上の端。

 雑多な鉄骨達には目もくれず、爛々と輝く二つの目玉がそこにはあった。

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