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第一章 生きるのに大切なこと 4話

 帰り道。

 なんとか命を取り留めた私は何の因果かその命の恩人と肩を並べて歩く事になっていた。

 必要な情報を無事受け取った後の帰り際、靴を履いている所に一緒に帰りましょうと声をかけられたのだ。断ることは出来たけれど、命を助けられたばかりで邪険に扱うのも不義理な気がして、私は無言で頷きを返した。

 普段なら問いかけの言葉にすら反応を返さないように気を付けている。

 神憑きと普通の人が関わるのは能動でも受動でもロクな事にならない。学校でも遠巻きに何かを言われる事はあるけれど直接話しかけてくるのは、それが職務に含まれてしまっている教師程度のものだ。大した用もなく自分から声をかけてくる人間なんて少なくとも私は初めて出会った。




 「……………………」




 バレないようにこっそりと隣を伺う。

 登野城 舞。

 私が知っている限りあのクラスでも私の次くらいに口を開くのが少ないと言える人、口を開く機会に恵まれない人だ。

 でも、それは苛められているとか私のように特別な理由があるからという訳じゃない。

 この人を一言で表現するなら"尊い"が一番だと思う。

 肩より少し長い黒髪は女の私でも素直に綺麗だと思えるほどで、整った顔立ちには思わず頬を染めてしまいそうな威力がある。教師に質問された時の声は、小さくとも澄んだ鈴のように心地良く響く。

 唯一、節目がちな目元だけが普通の人らしさを思わせるパーツ。これのお陰で少なくとも私はこの人は同じ人間なんだと安心させられていた。

 誘いを断れなかったのは、単純にシズナリとの関係が気になったという面もあるが、彼女が持つ不思議な雰囲気の中に安心出来る部分があることを知っていたせいで、過剰に警戒する必要性を感じなかったためでもあった。

 と、




 「私の事が気になりますか、九城さん」




 唐突に前を向いていた視線が私に向けられた。

 歩いていた足を止めてこっちを見るので私も歩く訳にはいかなくなる。




 「……………気にならない、といえば嘘になります」




 動揺しながらも正直に話す。

 悪意や畏れで声をかけられ会話に発展することはあっても、普通の人に普通に話しかけられたことのない私はどう返したものか分からない。敵意があれば対抗するために意志を強く持てるが、今は少し口すぼみ気味。

 情けないけれど何を話せばいいのだろうと少し緊張していた。

そんな私の心中はどこ吹く風で、彼女は空を一度仰ぎ見た後に小さく口を開いた。

 他の人のように予想できない彼女の一挙一動に私の体は思わず身構える。




 「いい天気ですね」

 「…………………天気?」




 つられるように空を見上げた。

 学校の帰り道に神社によって、命の危機を感じて、危ない所を助けられて。

 お互い制服で帰っている頭上の空は完全に暗くなる数歩手前だ。

 いい天気…………ではあるのかもしれない。

 少し雲はあるけれど、星はよく見える。

 それでもこの暗がりの空を、いい天気と評するのはどうも違うような気がした。




 「……………そう、ですね」




 控えめに小さな声で一応の同意を示す。

 正直戸惑っていた。

 神憑きの私ですら読めない空気の流れ。

 だけど、私の常識が世間の一般常識では計れないのは百も承知の上だし。普通の人は夜でもそう言うのかもしれない。

 元々「こんばんは」は「今晩は一日を無事に終えて、いい夜になりましたね」という意味だと学校の授業で聞いた事がある。だから、「いい天気」という言葉も実は私の知らない深い意味が隠されているのかもしれない。

 相手の真意を理解するための基礎は、まず相手に合わせ、同じ舞台に立つ事だ。

 日常会話という点で圧倒的に経験不足の私はその基礎を実践することにした。

 つまり、挨拶をされたら同じ様に返す。




 「いい天気です。……………星がよく見えそう」




 恐る恐る登野城 舞の顔を伺う。

 不安を胸いっぱいに目をやった先には、




 「………………」




 教室どころか、あのシズナリの前でさえ理路整然とした雰囲気で少しも表情を崩さなかった彼女が、節目がちだった目を限りなく見開いていた。

 あからさまに驚きを露わにしている。

 わかりやすい失敗のパターンに肩を落としてため息をつく。

 あぁ、やはり何かが悪かったのだろうか。

 「いい天気ですね……」だけでは物寂しいと思って私なりのアレンジを加えたのがいけなかったのか。「こんにちは」という挨拶に、オウムのように「こんにちは」とだけ返すのでは芸がないと考えてしまった自分を恨めしく思う。

 私はいたたまれない気持ちと空気をどうにかしたいと、まさに場を濁す為だけに口を開いた。




 「あの……………」

 「…私の家は"(そな)え屋"なんです」




 私の意志を遮るように急に告げられた言葉は、私を阿呆のように口を開けたままの状態に保つには十分だった。

 意味を反芻して驚きの声を上げる。




 「…………………………………………はッ?」

 「供え屋。ご存じないですか?」

 「え、いえ、それは…………」




 勿論、とまではいかないが十年以上神憑きをやっている人間ならば、その概要位は耳に入ってくる。

 供え屋とは、 個人営業の神御用達の取り寄せ屋だ。

 神の要望に応じた色々な物を入手し、依頼者に送り届けることを基本としている。顧客は人間と繋がりのある古参の神や土地神が多いので報酬も驚く程高い。羨ましいことこの上ないことに、最低でも私の一回の仕事代の軽く五倍以上だ。

 当然対価に見合う程度には手に入れる事が困難な物が多く、神との交渉以前に品物の入手で命を危険にさらす事も少なくない。毎度自ら出向くという訳ではないけれど、要望の物を得るために必要な手順とあれば一も二もなく崖の上から飛び降りれる気概がなければ続けることが出来ない仕事だ。

 そんな大の男でも二の足を踏むような"供え屋"という危険な職を、たまたま目の前に佇む同級生がやっているというのは到底信じることなど出来ない情報だったろう。だが、私は堂々とシズナリと渡り合う彼女の姿を見ている。その堂に入った立ち振る舞いは一朝一夕で身につく物ではないのは良く知っていた。




 「噂程度にならば聞いたことがありますけど、実際に会ったことは………」

 「ないですか?

 まあ、それは仕方がありませんね。あまり、真っ当な仕事とはいえませんから。

 わざわざ他人に言いふらすことでもないですしね。

 九城さんも余り周りに広めないでくれると助かります」

 「それは……………構わないですけど」




 もう戸惑うばかり。私には広められるような繋がりもないけれど、もしいたとしても言うかどうか迷うところだ。

 なにせ、大して親しくもない人間に私は指名手配犯ですと告白された気分なのだ。最初にあった彼女への安心感はとっくに警戒心に変わっていた。

 ともすれ"供え屋"とはそういう類の職種だということ。本来、神に対する供え物など役所の人間が行うべき仕事であるが、所詮役所とは法に従わなければならない公共の組織である。

 そして、法に縛られたままでは手に入らない物など世の中には沢山あるのが常識で、困ったことに神達が欲する物の少なからずがそっちに属する物ばかりなのだ。

 バレれば例え違法に走っていないとしても首に縄をかけられる。知っていて言わない場合も同罪。加えて、通報した人間も関与を疑われて縄をかけられるのが通例だ。

 割に合わないことこの上ない。

 それでも、もしこの娘が捕まった場合、私も知っていたなどと証言をされれば更に割に合わない。神憑きの私がしょっぴかれることはないだろうけれど、仕事を回される数は多少なりと減ってしまうだろう。私にとっては死活問題だ。




 「他に気になることはありますか? 何でもお話しますよ」

 「……………気になること」

 「私があの場所にいた理由。シズナリ様との関係。普通は後何を話すべきなんでしょう? 家族構成? 趣味? 休日の過ごし方とか?」




 指折り数えながら登野城 舞はそんなどうでもいいことをしゃべり出そうとする。

 シズナリとの単なる売り手と買い手という関係。神社にたまたま品物を届けに来た時の私との鉢合わせ。

 そんな重要事項の後に趣味だの何だのと本当に彼女は何を考えているのだろう。

 もしかしたら何も考えていないのか。

 まあ、どちらにしても巻き込まれたことには変わりない。ならば、相手の真意を理解する事が次に繋がる布石だ。




 「登野城さん、一つだけいい?」

 「何でしょう?」

 「何故殆ど話したこともない私相手に自分の秘密を話したの?」




 シズナリと渡り合う相手が何も考えないなどということがあるわけもなく、利益もなく首を締めることになる情報を他人に与える訳もない。

 登野城 舞は私の質問が意外だったのか先程以上に目を見開いてこちらを見る。

 そして、臆面もなくこんな事を言うのだ。




 「せっかく出来たお友達に隠し事はしたくないじゃないですか」

 「……………………」




 今度はこっちが驚く番。

 だって、何と返せばいいのか。

 彼女は私に対してお友達と言ったのだ。こんなシチュエーションは未だかつて経験するどころか想像したこともない。




 「………お友達」




 お友達、お友達と頭の中でくり返す。

 いつの間にか私達は普通の人が良く使う"友達"という関係になっていたらしい。

 焦って当然。

 だって、それは私が欲しくて欲しくてたまらなかった物の一つなのだから。

 神憑(わたし)きと普通(かれら)の間にある薄い書き割りを乗り越えてまで手を伸ばせるものではないと思っていた。

 心が浮き足立つのを自覚しながら頭を落ちつかせて考える。

 彼女が私に接近した理由。命を助けられたことで私は借りを作られた。さらに、私などの友人としての位置を手に入れたとして、それはどれほどの益か。

 土地神に軽口をたたける結びつきがありながら一介の神憑きまで手を出す理由を私は知らない。

 体の良い駒として使おうとしているのかとも考えたが、何やかんやと縛りの多い人間の神憑きは供え屋にとって足枷にしかならないだろう。

 じゃあ、なんだ。何のメリットがある。

 私は彼女の瞳を見ながら真剣に思考を巡らせる。




 「…………………あ」




 ふと、途方もない考えに至って声をあげしてしまった。

 でも、まさか。まさかそんなはずはない、と心中繰り返しながら彼女の顔に視界の焦点をあわせる。

 無表情にも眠たげにも見える舞の顔は、落ち着いてよく見れば鏡越しに少し前の自分を眺めているよう。それにそう考えるならば無理やり納得出来なくもない。

 神に深く関わっているという点で害をまき散らす"神憑(わたし)き"も害に巻き込んでしまう"供え(まい)"も大差はない。だからこそ他人を寄せ付けようとせず、同じようなものに羨望を抱く。

 不安に思っていたのは何も私だけじゃなかった。

 そう考えることで、私は彼女のことを"同じ穴の(むじな)"とまではいえなくても"隣の穴の狢"程度には信じられるのじゃないかなと思う。

 だって、

私のような者達にとって"友達"というものはその位の価値があることだけは確かだったから。

納得いかなくて書き直してたら変な感じになっちゃいました。内容が分かりにくかったらいってあげてください。

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