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第一章 生きるのに大切なこと 2話

十年と少し前。

私は神様に出逢った。

白い髪に狐のお面、神社の宮司が着ていそうな白い服。体の芯から泡立つような冷たい眼差しを持った大食らいの神様だった。

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窓際最後尾。

いつの日にも変わりなく人気を博すその場所は教師の声を子守歌にウトウトとするには絶好の特等席だ。

前の席に座高の高い人が座るとさらに良い。私のように背が標準より二周り程小さい者は普通にしていても常に隠れているから教師も一々確認しようとはしない。




「おい、九城ッ!!

寝るんじゃないッ!!」

「……………スミマセン」




それも私が普通の生徒ならばという話だ。

カタコトの平坦な声で謝って、目をこする。

やる気の有る無しに関わらず教師達は自分の受け持ちの時間帯に私が何か普通とは違うことをすると過敏な程反応する。

でも、それは仕方のないことでもある。

その場で"何か"があった場合、全ての責任が監督役の彼らにふりかかるからだ。

申し訳なく思う、とまではいかないけれどやはり同情はしてしまう。

誰だって自分の意志に関係なく他人の事情に巻き込まれるのは気持ちのいいものじゃない。




「たくっ、おい九城。

バイトか何かは知らんがな、お前の本業は学生だ。

支障がでるくらいなら辞めてしまえ」

「………………ハイ」




頷きながらそれはどちらの事だろうかと考える。

学校かバイトか。

どちらにしても私の事情を知った上でここまで言うのだ。

この教師は余程私の事が気に食わないらしい。




「まあ、いい。

丁度良いから前に出てこの問題を解いてみろ。俺の授業で昼寝するぐらいに余裕があるお前には簡単だろう」

「……………………」




無言のまま仕方なく席を立って教壇に向かい黒板の前でようやく今が何の時間かを思い出した。

数字をこれでもかと使ったいかにも面倒くさそうな問題が私を出迎えたからだ。

今日の授業はこれで大詰め。

私はわざわざ出迎えてくれたその面倒そうな問題よりもその事実に愕然とした。

どうやら私はかなり長い間自分の席で頭をぼやかしていたらしい。




「どうした。わからないならそう言え。時間の無駄だ。大体お前はーー」

「ーーー出来ました。戻って良いですか?」




小言を聞き流しながら私は思いついた通りに答えを黒板に書く。教師は目をしばたかせた後自分の手元の本と黒板を見比べて「ああ、いいぞ。戻れ」と聞き取りづらい声で呟いた。

私はなるべく教師と目をあわせないようにして席につく。

その時、

「何あの調子乗った顔。態度悪ッ」「ただ運が良いだけじゃんね」「神憑きっていいよね。ホント便利」等の罵倒が席の周囲から小声で寄せられるのはいつもの事だ。

あえて反論するようなことはしない。

彼らが言うことは徹頭徹尾本当の事で訂正するべき間違いなんて何もない。

私は黒板をノートに真面目にうつす気もおきなくてぼんやりと窓の外に目をやった。

校庭では体育の授業も終盤なのか中央に教師と生徒が集まって何やら話をしている光景がある。


…………………クゥ


唐突に私にしか聞こえない小さな音がした。




「そういえば…」




お昼ご飯を食べそこねちゃったな、と今更ながらぼんやりと思い出していた。

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"神憑き"とは言葉通りそのままの意味で神様が憑いた物を指す。

一番一般的なのが土地に憑く俗に"土地神"と呼ばれるもの達だ。大抵地域事には土地神がいて自らの領域の力の流れを滑らかに、緩やかにするかわりに"生きる"ために必要な分の力を得ている。

その次が歳を重ねた霊木や岩、または古い家や物、事に憑く神達だ。数の問題だけで言うなら彼らが一番多い。

そして、最後が動物や人間に憑く神だ。

これは極端に少なく。この国で確認されている"人憑き"は総数で十人にも満たない。その理由は労力と報酬が見合わないせいだと私の相方から教えてもらっている。

基本的に神と神が憑く者や物の関係はビジネスライクなのだ。

その点に関して私と私の憑き神は完全な定型にはまった関係ということになる。

さて、そんなこんなで学校が終わった。ということはこれからが私の1日の始まりという事になる。

なにせ私の家には毎日普通の人の十倍は食べる大きな狐が住み着いていて、

単純な話。十二人分の食費が必要なのだ。

勿論一人一柱暮らしの身でそんな大金はない。父からは仕送りという形でそれなりの金額はもらっているけれど、正直それだけだと心許ない。

父に言うことも出来るが私相手にそこまでさせるのは気の毒だ。父自身の生活もあるし、何より私一人なら充分過ぎるほどの金額なのだ。

だから、バイト。

バイトだ。

神憑きである私は生きるために尊い労働に勤しまなければならない。

その手の金銭的問題は神に憑かれてしまった者の運命のようなもので、まず公共へ相談することになる。

そして然るべき機関に話がいき、数少ない神憑きの人間という長所を生かした然るべき仕事を任されることになるのだ。

然るべき仕事。

つまり、眼には眼を。口には口を。神様には神様を、だ。

神様を使った神様狩り。

これほど実りのある収入もなかなかない。

未成年である私にはこれほど有り難いアルバイトはないし、加えて高収入なお仕事にはお約束のように付いてくるハイリスクというものがまるっきりゼロ間近だ。

完全なゼロじゃないのは残念な所だけど、幸いというべきかどうか。

私の憑き神も例に漏れず縄張り意識という物が異常に高い。

私が危険に遭ったなら一も二もなく駆けつけてくる。

まあ、その後にはネチネチと地味に愚痴を零されるのだけど。

だけど、私にだって先立つものが無ければ生きていけない。大体、情報収集などの細かい仕事は私が全てやってあげていて、最後の一番派手で美味しい所だけを平らげておいてその言い分は何なのだろうか。

お金も稼げてアンタのお腹も膨れて

もう言ううこと無しじゃん

というのが私の意見。

それに今は本当に財布の中身がピンチなのだ。

少し前の引っ越しが尾を引いていて、ある種の不可侵領域である学費にまで手を出さなければいけない状況に陥りつつある。

だからこそ、この仕事の話は天の恵みとも言うべきものだった。

いつもなら"出稼ぎ"という言葉がピッタリくるように、県を軽く二つ三つ越えた遠くまで足を運ぶ羽目にあうけれど、今回はこの町で起きているペット行方不明事件に関するお仕事。私にとって馬鹿にならない交通費と滞在費がまるっとかからない上に、越してきたばかりとはいえ土地勘が少しはある場所だから情報も集めやすい。

願ったり叶ったり、というやつだ。

その分、私に関わる者にとっては面白くないのかも知れない。

学校の教師が良い例だ。

だけど、それはそれ。これはこれ。

背に腹は代えられない。

それが気に食わない輩は、かかってくればいいと思う。

最近は口先だけの奴が多くていけない。

伊達や酔狂で小さい頃から神憑きなんかやっついないし、人とは少し形の違うハンデを悔いて、事の流れを見誤るような生き方はしていない。

来るなら来い。

気楽にただ生きてる奴らなんかに遅れはとらない。

堂々と返り討ちだ。

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そんな勇ましい、余り口に出して言いづらい気概を胸に長い階段を登った先には神々しいとも言うべき整理された神社が姿を現した。

ここが今日の私の目的地。

この町の情報を恐らく一番正確に知っている者がいる場所だ。

私は正面の社を迂回して裏手にある扉の戸を軽く叩いた。




「ごめんください。

お約束していただいていた九城です」




特に高い声を張り上げるでもなく、独り言のように戸にむかって話し掛ける。

と、次にはガラス張りの扉が一人でに音を立てて開いた。




"いらっしゃい。待っていたよ。

さ、上がってきなさい"




どこからともなく若い男の声が私に響く。

だけど、もし私の隣りに他の誰かがいてもその声を聞くことは出来ない。

直接私だけに声を"投げる"。

その位彼らにとってはワケのないことなのだ。




「お邪魔致します」




言葉に従って中に入り、なるべく音をたてないように戸を閉める。




「ん?」




玄関には誰のものか黒塗りの革靴が置いてある。

誰の物だろう。ここの主は靴など履かないだろうし。誰か他の人間が来ているのだろうか。

首を傾げた所にまた声がかかった。




"依然挨拶に来たときに通した部屋だ。覚えているね?"

「はい」




目的の部屋を目指しながらも思う。

依然引っ越しの挨拶に来たときにも思ったけど内装はパッと見では普通の民家だ。

けど、漂う空気が外と中では、まるで別世界のように違う。

自然と冷や汗まで出てくるのは、それだけ此処が私の普段いる場所とかけ離れているという証拠だ。叶うなら一刻も早くこの場所を離れたいけれど、そう思うようにはいかないのが世の常だ。

目的の部屋に着く。

その前で、私は深く、

お腹の底に活を入れるよう、

深く、

深く息を吐いた。

戸をゆっくりと開ける。




「やあ、いらっしゃい。

待っていたよ、クシロ」




玄関の時と同じ台詞。

それでも、声を投げかけられるのと直接聞くのとでは声に乗る力の奔流は桁違いに強い。

何気ない一言一言に体がビリビリと震えるのを感じて、気を張っていないと今にも倒れてしまいそう。

此処はもう既に私の見知った世界じゃない。

この部屋の主が気紛れで息を吹きかけただけで、私の命の灯火は簡単に消え失せてしまう。

そういう場所だ。

私はそんな気紛れが起こらないよう幾度となく繰り返した流麗な動きで、両膝をついてゆっくりと頭を垂れた。




「ご無沙汰を…………………ご無沙汰をしております、シズナリ様。

まずは、感謝を。

此度は私などの為に時間を割いて頂き有難うございます」




頭を失礼のない早さで上げると、白一色の上衣に身を包んだ純白の青年が、肘掛けに手をおいてこちらを見ているのが目に入る。

どっかの馬鹿のように息をするのも忘れてしまいそうな見目を持つ彼は私に何かを期待するかのように目を輝かせていた。




「うん、まあそう気張らないでくれ。

丁度話し相手が"居なくなって"暇だったんだ。

運が良かったね。

用件は何だい?

昨日よこした電話じゃ何も言っていなかったみたいだけど」

「…………はい」




私は早なる動悸を抑えようと静かに頷いた。

たわいない言葉のように聞こえるが、

今確かに彼は"居なくなった"と言った。

単純に今まで他の客である誰かがいて、話が終わったから帰ったという訳じゃない。

全くの言葉通りの意味なのだろう。

非常にマズい。

どうやら私は大口を開けた化生の口に、それと知らず、まんまと入ってしまったらしい。

嘘つきめ。すっかりその美しい笑顔に騙された。

どっかの狐がいたら

マヌケ、マヌケ、と喜びながら私の周りを駆けずり回っていただろう。

自分のタイミングの悪さに顔には出さず絶望する。

だけど、私も修羅場を経験した事がないわけじゃない。

私はいち早くこの場を去るために、

さっさと目的の情報を得ることにした。

感想や批評待ってます。悪い所とかあったら言ってやって下さい。

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