第三部 空に架ける橋
十二章 かちこみ
ホワイト・タイガーが燃え尽きてしまったのを目にして、ラッド教授が叫んだ。
ホワイティ! ホワイティ! 目を大きく見開き、ホワイト・タイガーだった灰に駆け寄る。そして彼の灰を前足で救い上げ、
だから〝吠え〟など……〝吠え〟など、覚えるなとわしは忠告したんじゃ!
彼は満足して逝ったと思います。キッドは慰めではなく本心から言った。
きっと、俺でもそうです。そしてウルフマンの方を見た。〝ホワイト・ファング〟を正面から受けてしまったウルフマンは、無残にも立ったまま気絶していた。しかし息はある。キッドは言った。玉はみごとにまっぷたつに砕けていた。教授……。
うむ、それでいいんじゃ。それはあってはならんものじゃから……。
ウルフマンを医務室に運び、数時間寝かせるとやがて目を覚ました。久しぶりの再会だったが、喜ぶことはできなかった。それからキッドは洗脳時の状態について聞かされた。
漠然としたもので頭がいっぱいになっていた。ウルフマンは言った。思想とか理念とか正しさとかそういうもので、頭が一杯だった。それでいて現実にそこにあるものは何一つ目に入らなかった。むしろその〝漠然としたもの〟のために、〝現実にそこにあるもの〟をぶち壊してもいい、いやむしろ壊し尽くさなければという思いでいっぱいだった。俺は、間違っていたんだ……。
お主のせいではない。お主は石に騙されていたんだ。ロクでもない――それでいて非の打ち所のない情報を目いっぱい頭に詰め込めされたら、だれだっておかしくもなるわい。
それよりエンジェルは! どこへ連れて行ったんだ!
俺は……Z社にいたことを覚えている。先日、そこの代表のZに呼ばれたんだ。おそらくそこで一服盛られた。ウルフマンはそこまで言って完璧に思い出した。そうだ、あの代表だ! 俺は席を立とうとしていた! 奴は酒を持ち出して俺に勧めた。そして――。あの黒い玉だ――あいつを首にはめられたところで記憶がない。
決まりだ。キッドは準備をした。ウルフマン、何ぼさっとしてんだ! 俺はあんたのサイドキックだぜ! これから奴をぶちのめしに行くんだ! そして、エンジェルを救う!
十三章 クローン・アニマル
キッドとウルフマンは正面かZ社に乗り込んだ。アポも取らず、ずかずかとなかに侵入し、警備員に問われるとウルフマン・ライセンスを取り出して見せた。でもこれじゃあ……。
無視して中に押し入る。応援を呼んだようだ。目的の建物の広い天井には人口の空が画面越しに映り、外が嵐なのもここではお構いなしだった。Z社の社員がひしめいている。エレベーターを昇ると、そこにはこの場は明らかに似つかわしくない、スーツ姿に頭から紙袋をかぶった集団が待ち構えていた。
お待ちかねってことだな。キッドが゛牙〟の構えを取り、放った。五匹はボウリングのピンのように通路の奥まで弾き飛ばされる。
受付嬢が驚いていた。近寄って覆面を取ると、驚いたことにそれはZ氏だった。ほかの覆面もそうだ。みながZ氏の顔をしている。
聞いたことがある。ウルフマンが漏らした。Z社は利用者のゲノム情報を集めていると聞いた、まさかクローン・アニマルに手を出していたとは……。
どういうことだい? こいつらはZの兄弟かなんかじゃないのかい?
いや、どれも同じZ氏からからのコピーだ。ウルフマンは吐き捨てるように言った。前々から思っていたが、Z社は何でもコントロール下に置こうとするふしがある。
こっちから上がれるぜ。キッドが言った。エレベーターは駄目だ。階段を使おう。
以前来た社長室のドアをウルフマンは乱雑に開けた。Z氏はそこに座って二匹を眺めていた。机の上にはテレビが置いてあり、これまでの状況を監視していたらしい。久しぶりだな、ウルフィー。
その名で呼ぶな。
何か隠してんだろ。キッドが目敏く言った。机の下に隠してあるものを出すんだ。ゆっくりとだ。
俺はおもちゃを手に入れた。Z氏は言った。高い金を出して買ったものだ。特別性でこの世に一つしかない。
何を言ってるんだ?
Z氏は机の下にかがむと、巨大な銃を構えていった。レーザーガンだ! そしてキッドたちめがけてそれをぶっ放した。ど太いレーザーの光線が、二匹の合間を縫うように通過していった。あかく光り輝くエネルギーの塊が鋼鉄製のドアに穴をあけた。キッドとウルフマンはそれぞれ左右に分かれて、観葉植物わきに隠れた。Z氏はふたたび机の下に身をひそめる。取引と行こうじゃないか! 残りの黒い玉をおれにくれたら、あの少女は返してやる! 手もとにあるんだろう! あの玉は!
誰がやるかよ! キッドが叫ぶ。
ふううううううー! いいよーだ! 二発目のパワーがたまったぜ! くらいな!
ウルフマンが慌てて身を躱す。植物の鉢が砕けちり、粉々に蒸発した。おいおいマジかよ……。キッドは肝を冷やした。〝牙〟以上のパワーじゃないか。Z氏はレーザーガンを出しっぱなしにしながら、横なぎにウルフマンを襲った。レーザーが通過していったドアが横一文字に切り裂かれ、光線に当たった部分は、赤く、ドロドロに溶けていた。
蒸発しちまいな!
キッドがその隙を縫って、空中へ飛んだ。〝牙〟を使う必要はない。蹴りで十分だ! だが、そこで鈍い感触をキッドは覚えた。キッドの蹴りがZ氏の頭部に決まると、コロンと音がしたのだ。そして氏の頭部がもげて緑色のカーペットに転がっていた。
十四章 未来
こいつ……ロボットだったのか。キッドがそう言ったとき、ウルフマンが声をあげた。レバーだ! ウルフマンは机のわきから生えているレバーを引いた。すると、部屋の本棚が上下に開いて、地下へと続く階段が現れた。階段の奥は暗くて見えず、何があるか分からなかったし、ひょっとしたら罠かもしれなかったが、ウルフマンは臆せず言った。
行こう!
階段を下りた先には宇宙船の建造施設があった。どうぶつ達が怒声の中、ほぼ無理やりに働かされていたが、驚いたことにその動物たちのほとんどは十代だった。ウルフマンとキッドはそっと忍び込むと、そのうちの一人の少年を呼び止めて、きみはここで何してるの? と尋ねた。
ぼく、働いてるよ。宇宙船作ってるんだ。
それはわかるけど、君はいくつだと――。
ぼく三十六歳だよ。少年は答えた。あのね、ここに来ると会社から飴玉貰うの。それ舐めると、段々小さくなっていくような気がするんだ。それで、気が付いたらいつの間にか十さいになってて、色々おもちゃもくれるから、ぼく、今のままでもぜんぜん満足だよ。
ひどい話だ。キッドは怒りに震えた。こんな場所にエンジェルを置いておくわけにはいかない。必ず助け出さねば。
女の子はここにいる? エンジェルって子。
あの変わりもの女の子なら、大きな石のところに……。
そこ、どこ!
ここをまっすぐだよ!
ありがとう! ウルフマンとキッドは教えてくれた方向目指して、駆けた。去り際にキッドが、こんな職場辞めちまった方がいいぜ! と声を大にした。とにかく頑張れよ!
☆
エンジェル! キッドは叫んだ。
キッド! エンジェルもそれに返すように叫ぶ。二匹がひしと抱き合う。さあここから離れよう。こんなとこ長居は無用だ、エンジェル?
だめ……あれ、見て。
そこには2001年宇宙の旅に出てくるような黒い石板があった。これが大きな石なのだろう。
―――――キィーン!―――――
という機械の立てるような音がキッドの左耳を走った。何かの予感めいた、前兆の音だ。出所はこの石板か?
音はエンジェルにも聞こえたらしく、エンジェルが耳を澄ましている。何か気配を感じ取ったらしかった。
何か〝吠え〟なければ。経験豊富なウルフマンは思った。この耳障りな音を打ち消す言霊を発しなければ。だが、それより早くエンジェルに変化が現れた。がくっとその場に倒れ込むと、彼女の瞳が黒く曇った。これは……。
あんたは、誰だ?
ウルフマンは石板が巨大なストーンであることに今気づいた。
ウルフマンの鞄の中にあったストーンが光りだし、七つの玉が宙に浮く、そられは石板の前に集まった。それからその巨石は地面から不思議な力で持ち上がった。トリックも仕掛けもなかった。石と石板は宙に浮きあがり、空の高みへ舞い上がっていく。何がしたいのかウルフマンにもキッドにもわからなかった。分かるのは今、自分たちの目の前で奇跡が起きているということだけだ。
石板と玉は造船場の天井を突き破り、地価の建物を破壊した。さらばだ。キッドにはそういう声が聞こえる気がした。ウルフマンは、今目撃したことを生涯誰かに伝える必要があるような気がした。
そろそろ逃げようぜ。建物が崩れる前にキッドが言った。
十五章 青い空
粉々になったZ社の跡地にウルフマンとキッドはエンジェルをかかえ、あるどうぶつを待っていた。避難は速やかに行われた。Z社の社員がもともと優秀だったこともある。Z氏のクローン・アニマルは行方が知れない。エンジェルが目を覚まし、キッドがエンジェルに口づけをした。
やれやれ。ウルフマンは思う。車のクラクションの音がした。管理官のキティーがラッド教授を乗せてやって来たのだ。ウルフマンは車へ向かおうとした。キッドを置いて。ウルフキッド! ウルフマンは厳しく言う。任務中に女を作るなんて言語道断だ! おまえは今日付けでクビだ!
キッドはしばらく何もわからず、軽くショックを受けていたが、エンジェルに耳打ちされ、はい! と力強く答えた。
(キッド、うまくやれよ。これからはお前たちの時代なんだから。)
キッドとエンジェルの二匹はそれから家路についた。
ねえ、キッド! それからエンジェルが。
なんだい?
空が、晴れてきたみたい!
ああ、何日ぶりの青空だろう。空にかかる七色の橋を眺めながら、二匹の狼はどこかへと走った。
おわり