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87話

 



 ――燦然院(さんぜんいん)香織(かおり)が、失踪した。



 その報せを届けにやって来たのは、永新にとってはすっかり過去の人となった蝶野真琴(ちょうのまこと)蝉岡将司(せみおかまさし)の二人だった。蝶野と蝉岡の二人は、永新達の顔を見てから即座に跪き、土下座の姿勢を取って「燦然院香織を助けて下さい」と懇願してきた。


 それが何を意味するかは永新にも羅威竿にも理解できるし、日本人の最上級の誠意の示し方には「見事」と言う他無いのだが、二人のその様子。誠一郎の本来では有り得ないような異常な行動を踏まえると浮かび上がってくる明らかに異質な状況を、永新と羅威竿の二人は理解する事が出来なかった。


 蝶野と蝉岡の二人。彼女たちは本来、倶利伽羅の経過観察の対象であるが故に、俱利伽羅の監視が常に警護しているはず。だと言うのにも拘らず、誠一郎は二人を連れ出し、あまつさえ羅威竿達の根城とも言うべき事務所にまで案内した。普通に考えれば何かの罠を疑うべきなのだが、()()であるはずの誠一郎がそんな事をするはずが無い、と選択肢にも上がる事は無いまま二人して真意を図りかねていると、その誠一郎本人から問題の二人がここに至るまでの事情を説明される。


 誠一郎曰く、永新と羅威竿の二人が僅か半日足らずで倶利伽羅の縄張りを盛大に荒らした事によって倶利伽羅の目がそちらに向いた。そのお陰で蝶野と蝉岡の二人の監視は外れ、その隙を突いて逃げ出した二人が町を彷徨い歩いているところに誠一郎と出会ったのだと言う。

 蝶野と蝉岡の二人は、ある日燦然院香織が学校に登校してこなくなった事を学校側から体調不良、と伝えられていたのだが、三日経っても連絡の一つすらもつかないことに疑問を覚えた所に、二人の監視業務に付いていた倶利伽羅が話していた内容を盗み聞き、香織が失踪している事を知ったのだと言う。二人はそこで行動を起こし倶利伽羅に直談判したものの、「目下調査中」の一点張りで素っ気なく捨て置かれたため、二人が知る唯一の頼れる伝手であるこの事務所を頼ろうと画策していたのだと言う。


 そして、偶然にも永新達が騒動を起こした結果、偶然にも二人は倶利伽羅の監視をすり抜け、偶然にも誠一郎と出会う事が出来てここに辿り着いたのだと言う。



「……そんな美味い話が、あってたまるかよ」

「俺も、そう思う。けど……、あの二人の目は、本気に見えるんだよね」



 永新の言う通り、蝶野と蝉岡の二人が見せる態度は本気そのもの。

 命を擲ってでも代償は支払うから、香織を助けて欲しいと懇願する二人の目に、永新は嘘は無いと見抜いていた。だからこそ、二人の話に耳を傾けたのであった。



「……お前ら」


「「は、はい……っ!」」


「燦然院香織は、所詮お前達の復讐を遂げる為の道具でしか無かったはずだ。俺様達への依頼金を出させるための財布のようにしか思っていなかったはずなのに、どうして急に本当の友人みたいに必死になっていやがる? お前達からしてみれば、自分たちの醜い本性を知られた相手が消えて、少しは生きやすくなったはずだろ? それなのに、どうしてお前達はその香織を救おうと動く?」



 永新が彼らの目から本気を悟ったのに対し、羅威竿は彼らにとって自分達が如何に都合の良い事を言っているのかを自覚させるために疑問を突き付ける。


 二人の裏に何者かの入れ知恵が働いているのは彼らの行動に如実に表れており、ここですんなりと「はい分かりました」と二つ返事をする訳にはいかない。まずは誰の掌の上で踊らされているのかを確認すべく問いかけるのだが、返って来た答えは羅威竿が予想したものとは大きく異なっていた。



「……確かに始めは、私達を酷い目に逢わせたあいつらに復讐するために、香織に近付いたわ。香織は、初めてのお友達、とか言って私達が何もしなくても一人で喜ぶし、お金の問題だって簡単に解決した。だから、復讐が終わって用済みになった時には香織に酷い事も言えた。だって私達は、二人とも香織の事もすっごく憎かったから」

「お金持ちで、美人で……。僕達はただ、彼女の嫉妬していたんです。それは香織さんに対してだけじゃなく、選ばれし楓ヶ丘に通う事が出来ると言う、恵まれた環境の上に胡坐をかいている連中、全てに。だから、復讐の相方であれば誰ても良かったんです。僕達の醜い鬱憤の矛先が、偶然香織さんに向いただけ。ただそれだけ……だったんです……」



 二人は瞳を涙で濡らしながら、自らの罪を告白するかのようにポツポツと語り出していく。

 それは、二人が言うように、醜い嫉妬の塊。環境に甘えて、何も知らない奴らを見下す金持ち連中に与えられた絶好の機会。積もり積もった鬱憤を晴らす機会を手にした二人が、実行に移しただけ。与えられた、当然の権利を行使したまでに過ぎないのだ。


 その気持ちを、永新は痛い程理解できた。

 周囲の誰もが自分より偉くて、強くて、賢い人間ばかりいる中で、常に見下され、傷付けられた経験があったから。永新と二人の間にある違いは、復讐してやりたいとすら考える余裕も無い程追い詰められたか、そうでないかの違いだけ。考える暇すら与えられないくらい追い詰められた永新には、復讐の権利さえ、与えられず、人の道を外れると言う選択肢しか残されていなかった。


 しかし、復讐を遂げると言う未来を選択でき、人の手を借りて実際に復讐果たした二人が手に入れられたのは、自分達が心の底から憎んでいた金持ち連中と同じ、何も知らない相手を傷付けて自分達が気持ち良くなっているだけの、最低で最悪な結果だけ。だと言うのに――。



「……それなのに、香織さんは謝る事しか出来なかった私達のことを許してくれて……。それどころか、これからも、友達で居て欲しい、って言われて……!」

「だから……、だから僕達は、香織さんを、助けたいんです……! 都合が良いのは分かっています。でも、友達だから、って、そう言ってくれて……! 僕達の、大切な友達である香織さんを、助けたいんです……! だから、どうかお願いします……!」



「「――力を、貸してください……!!」」



 香織を助けてくれ、そう言っていた二人は、いつしか言葉を変え、力を貸してくれ、と再び土下座の姿勢を取って懇願する。


 羅威竿に問われた事によって問題を見つめ直した二人は、自分達で覚悟を決めるに至り、もし仮に永新達が断ったとしても二人だけでも香織捜索のために動く事を腹に据えられてしまった。


 誰かに頼るのではなく、自分達でも動く事を決めた。

 その答えに至ったのには様々な要因があると考えられるのだが、二人の体に馴染んだ「霊力」がそのうちの一つである事はまず間違いないだろう。俱利伽羅の経過観察対象である、と言う事は薬で抑制されているにもかかわらず、今こうして感情を発露させている様子を見ても、少なからず霊力が増幅しているのが分かる以上、奇しくも二人には倶利伽羅としての才覚が芽生えてしまっている。

 それを自覚しているのかいないのかは二の次として、このままでは戦う力も無いまま妖魔を誘き寄せてしまう可能性が非常に高く、香織を探す以前に命を落とす確率が非常に高い。


 しかし二人が命を落としたとしても永新と羅威竿には何の責任も生じず、目を離した倶利伽羅の監視員の職務怠慢が原因となるのだが、当然そんな事は建前であると永新も羅威竿も理解していた。ここで見放して殺された場合、特に永新は必ず引き摺るに決まっている。


 かと言ってここで依頼を受けるのもまた話が違う。

 何せ、永新達は今、(ハク)の命を救う為にルゥの解析に役立つサンプルを回収してこなければならないのだ。香織捜索にまで手を伸ばしている余裕は、無い。


 即ち、現状のこの事務所は、「香織の捜索」と言う目の前の依頼を断る事も出来なければ、受ける事も出来ないと言う八方塞がりな状況にあるのだった。



「なにやらさわがしいとおもったら……きゃくじん?」



 その状況に頭を抱えていると、上の階から白衣を引きずりながらルゥが降りてくる。

 アメトリンの瞳は興味無さそうに蝶野、蝉岡を経て誠一郎に向いた後、色を宿して永新と羅威竿に向けられる。



「騒がしくして悪いな、ルゥ。実は――」



 蝶野と蝉岡の二人が頭を上げる傍で、ルゥは羅威竿より一連の流れを頷き繰り返しながら聞く。

 目の色も顔色にも変化が訪れない様子は、ルゥから学んだ観察眼も彼女が何を考えているのか読み取る事は不可能で、蝶野と蝉岡の二人も、誠一郎もルゥの反応を伺うようにして熱い視線を送るのだった。



「なるほど、そういうこと……」



 羅威竿から話の流れを聞いたルゥは僅かに思案した後、ゆっくりと顔を上げ、蝶野と蝉岡、誠一郎を睥睨してから溜め息を一つ吐くと、永新達が直面する板挟みの問題の答えを指し示すのだった。



「……うければいい」


「い、いいの!?」

「待てよルゥ、それは……」


「わかってる。びゃくれいさまのことがしんぱいなのはわかる。だけど、わずかはんにちであれだけのさんぷるをとってきた。すべてかいせきするのにも、じかんはかかるもの。いちにちくらいなら、さんぷるのついかがなくてももんくはない」


「……一日で片付けろ、ってか?」


「できるだろ。せいいちろうが、いるんだから」



 ルゥから直々の名指しを受けた誠一郎は、にこやかな笑みを湛えて手を振るのみ。ルゥを見つめる誠一郎の細められた目の奥で瞳が揺らいだのは見間違いか何かかと疑って自分の目を擦る永新の横で、ルゥと羅威竿は二人だけの会話に興じる。



「あ? なんで誠一郎がいると早く済むんだよ。それに、いざと言う時にサンプルが足りないとなると――」


「――えいしんを、くりからごろしからとおざけたいんでしょ。たぶん、このたいみんぐしかないよ。えいしんをきにかけてまもってあげられるのは、いまはらいかんしかいないんだから」


「それも、そうか……本当に、大丈夫なんだな?」


「さんぷるがよそういじょうにてにはいったっていうのは、ほんとう。いっぽんでもてにはいればぎょうこうだとおもっていたから。……えいしんには、このあとでがんばってもらわなくちゃいけないかもしらないから、ぜったいに、むりはさせないでおいて」


「あぁ、分かってる。俺様に任せておけ」


「……」



 ルゥの心配に頷き返した羅威竿は、好戦的で頼もしいニヒルな笑みを浮かべて立ち上がると、地べたにへたり込んだままの蝶野と蝉岡を見下ろして声高に宣言する。



「――お嬢様の捜索依頼でいいんだよな? 言っておくが、俺様は高ぇぞ? 依頼料は全額後払いで結構。ただし、その額は覚悟しておけよ」


「それって……! う、受けてくれる、って事ですか!?」

「お、お金の事なら、必ず払います……! 何年かかってでも払います……! 本当に、ありがとうございます……!!!」

「あ、ありがとうございます……っ!」


「どんな結果だろうと、必ず伝えてやる。だから今は、さっさと家に帰れ。倶利伽羅に聞かれたとしても、この場所の事は絶対に言わないように。分かったな? ……んで、誠一郎。この話を持ってきたくらいだ。当然、目途は付いているんだろうなぁ?」


「ま、ある程度はね。そこそこ?」


「それじゃあ、早速怪しい所から当たるぞ。悪いが、時間が無ぇ。さっさと見つけて、さっさと終わらせるぞ――っと、ルゥ、どうした?」



 早速出発だ、と言葉にしようとした羅威竿であったが、ルゥの様子に気が付いてその勢いを止めざるを得なくなる。ルゥは、珍しく袖に隠れていない拳を羅威竿に突き出して真剣な様子を見せており、羅威竿は困惑しつつも拳同士を軽く触れ合わせる。



「……ぶうんをいのる、おまじない。しんぱいは、してないけど」


「何だよそれ……。でも、ありがとな。ほら、永新も誘われてるぞ」


「ん、えいしんも」


「ほら、誠一郎。俺様達は先に行ってるぞ」


「……あぁ、もちろん。邪魔しちゃ悪いもんね」



 振り返る事無く、蝶野と蝉岡、誠一郎を連れて外に出て行く羅威竿を他所に、永新とルゥはお互いに拳を軽くぶつけあう。ルゥの手は永新よりもずっと小さくて、柔らかく、人を傷付けるような自分の手とは大きく異なるように思えてしまう。

 永新がそんな事を考えていると、ルゥは永新の手を取ってその拳を開かせると、手の平に何かを置いた。



「これって……?」


「おまもり。つかいかたは、らいかんにでもきいてみて」



 ルゥが御守り、と言って手渡してきたのは、首にかけるガラス球のようなもの。

 用途不明のそれをただ手渡された、と言う事実は永新に疑問を抱かせるには十分であり、ルゥの様子がおかしい事に気が付かない方が難しいと言うものだった。



「御守りの、使い方……? ルゥ、なんか、変だよ……。大丈夫?」


「……そうかもね。おじょうさまがみつかったら、ぜんぶはなすよ。だから、かならずふたりでかえってきて」


「それは、もちろんだけど……。ルゥは、この先に何が待っているのかを知っているんだね」


「……しりたくなんて、なかったけどね。いざとなったら、あたしをうらんでくれて、かまわないから」



 目元を伏せたルゥは、それ以上の追跡を逃れるかのように三階の研究室へと戻って行き、永新はルゥの言葉の意味を理解出来ぬまま羅威竿達の後を追って外に出ていく。



「――お、永新遅かったな。ルゥのやつと何話してたんだ?」

「別に、何でもないよ。ただ、これを貰っただけ」

「ンだ、これ? ちゃっちぃガラス球か?」

「ルゥが使い方は羅威竿に聞け、って言ってたけど、知らないの?」

「さっぱりだ。見た事もねぇな、それ」


「……綺麗なガラス球だね。壊れないように、大事に仕舞っておくといいよ」


「お、誠一郎。お前も分からねぇか。まぁ、ルゥの考える事は基本的に分からねぇことばっかりだからな。それより、あの二人は?」

「ちゃんとタクシーに乗せて来たよ。お代も渡して、ちゃんと領収書貰うように言っておいたから」

「世知辛い世の中だぜ……」

「それで、誠一郎さんが心当たりのある場所って言うのは、どこですか?」




「まずは……そうだね。燦然院家の周辺を、探ってみようか」




 得意げに言ってのける誠一郎を信用して、永新と羅威竿の二人は行動を開始していく。

 サンプル集めにかかる永新の精神的負荷を汲んだ、気休め程度の人探し。普通なら、最悪の形で見つかるか、何も無く見つかるかの二つのパターンに分かれるが、燦然院香織の捜索はそのどちらにも当て嵌まる事は無く、より大きな問題となって永新達を襲う事を、今はまだ知る由も無いのであった――。











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