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85話

 


 永新と(ハク)の二人を連れて瞬間移動を果たした真宵は、移動によって生じた乱気流が瞬く間に事務所を荒らして大きな音を立てる中、真宵は上階にいるはずのルゥを大声で呼び立てる。その声に気が付いてか、それとも瞬間移動の余波で荒れる階下の事務所から大きな音が聞こえてくる事に対してかは分からないが、すぐにルゥと羅威竿の二人が事務所に駆け込んでくる。



「おい!!! なんの音、だ――ッ!?」

「……びゃくれいさま。……これ、どういうじょうきょう? どれくらい、やばい?」

虎鐘(こがね)のやつが、何をどう使ったか分からねぇが、白麗(びゃくれい)様を強襲しやがった」

「逃げて来ただけか?」

「ぶち殺したに決まってんだろ。ルゥ、その注射器の中身、分かるか?」



 事務所に駆け込んできて即座にただ事ではないと理解した羅威竿は、剣呑な焦燥感を滾らせて尋ねる。

 それに対して、真宵は冷静さを保持しながら返事をするのだが、その言葉の裏には隠し切れない苛立ちが滲んでおり、目を覚まさない(ハク)の体を隈なく調べるルゥを急かすように声を掛けた。



「まだ、はっきりとはわからないけど……、ちゅうしゃきをぬかなかったのはせいかい。このちゅうしゃき、さいくのあとがのこってるから、へたにうごかしていたらどうなっていたか……。ぬいてみるから、ちょっとまってて――」



 ルゥはそう言うと、(ハク)の首に突き立つ注射器に慎重に触れていく。

 動かなくなっても変わらず美しい人形のような(ハク)の体に触れ、(ハク)が完全に意識をシャットダウンしている事を確認した後、ルゥは己が体に満ちる霊力を用いて注射器に手をかけていく。人の体であれば、皮膚の下を通る血管を貫き、その更に奥の首の骨すらも突き破っていると思われる針を抜く作業は、傍から見る限りその苦労は理解できないものの、ルゥの額に浮かんだ汗を目の当たりにして、どれだけの苦難が生じているのかをその場に居た誰もが理解する。


 複雑な鍵の開錠に取り組むかのようなルゥや、(ハク)が襲われた事に対してすぐさま状況の把握に努めて動く羅威竿、複雑な感情を巡らせる真宵と言った、自分達の主が襲われたと言うのにも関わらず平静を保って自身のやるべき事を理解する三人を前に、襲撃を受けた永新は、ただ茫然と腰を抜かして、床にへたり込んでいた。



「……」


「……っ、おい、永新」

「やめろ、羅威竿」


「離せよ、真宵。白麗様が襲われた時、傍に居たのは永新だけだ。永新が、居たはずなのに、こんな事になってるのは、どういう了見だ? あ゛? 俺様は、永新になら任せられると、そう言ったはずだ。それが……、なんだ、この結果はよォ……? おい、永新……? 聞いてんだよ、黙ってねぇで、何とか言えよ!! おい!!!」


「止せ、羅威竿。それ以上は――」


「っ……、俺、は……。俺が、動けなかったから――」



 苛立ちを隠し切れぬまま、羅威竿はへたり込んだままの永新の胸倉を掴んで立ち上がらせると、心のままに永新に問いかける。それは永新を信頼しているからこそ、羅威竿の口を衝いて出た言葉たちであり、「お前は何をしていたんだ」と言う純粋な疑問を口にしたに過ぎない。


 だが、語気の強い羅威竿の口調は意気消沈する永新にとって非難する声にしか聞こえず、(ハク)が沈み行く瞬間が脳裏にフラッシュバックする永新はまともな反論も出来ずに自分を責めるような声を弱々しく漏らすばかり。


 もし仮に永新に言い訳するだけの気力があったとしても、永新が反論として口にできるのは「(ハク)の言いつけを守った次第」と言う、訳の分からない言葉の羅列だけ。それこそが永新にとっての真実であるから。



 ――あの瞬間(とき)、指の一つさえ永新は動かす事が出来なかった。



 (ハク)越しに、帰路につく人達の壁を割って裏切り者である虎鐘が迫り来る瞬間を、永新の目は捉えていたと言うのにも関わらず。

 だがそれはどんなに言い繕っても、激昂する羅威竿にしてみれば言い訳にしかならないし、永新自身も嘘だとしか思えない。あの時、何が何でも自分の四肢を千切ってでも動かなければならなかった。四肢を千切ってでも動いていれば、と言う後悔が永新の頭の中で何度も何度も巡るが故に、永新は自責の念に駆られていて、謝罪を口にする事しか出来ないでいた。



「ンだよ、それ……っ!」



 当然、納得のいかない羅威竿がそう言って永新に吐き捨てる。


 その様子を前に、永新の記憶を司る海馬が刺激され、トラウマがフラッシュバックする。




 ――お前が、母親を殺したのだぞッ!!!!!!!




 そんな父親だった人の声が蘇り、永新の頭は一瞬にして真っ白に染まる。

 永新の全てが変わったターニングポイントとも言えるあの日の事は、今でも思い出すだけでも苦痛が生じるのだが、母親が死んだ事、父親から詰られた事は、永新の心に大きな影を落としていた。

 しかし、母親を見殺しにした、と言う父親の言葉も、全てが間違っているとは思えない。

 あとから聞いた話ではあるが、永新が普段通りに過ごしていられれば母親の異変には気付けたし、母親を死なす事は無かったかもしれないのだ。


 それ故に、永新は今回の件で身動きの一つも取れぬまま(ハク)が傷付けられるのを黙って目撃する他無かった事は「見殺しにした」と言っても過言ではない。


 誰も手を差し伸べてくれなかった経験を知る永新にとって、ただ見ているだけ、と言うのは罪の意識が芽生えるのと同意であり、(ハク)を守れなかったと言う事は、永新が(ハク)を見捨てて傷付けたと同意であると考えていた。


 故にこそ、永新はこの場で羅威竿の気が済むまで殴られたとて、その末に殺されたとしても、文句は言えない。それだけの罪を犯したのだと、永新は自覚していたから。



「そこまでだ、羅威竿。それ以上口走るのなら、オレはお前を力尽くで黙らせるぞ」

「だけどよ――、真宵……ッ!?」

「何……っ、ルゥ……!?」



 こめかみに青筋を立てた羅威竿の肩を、真宵が掴んで引き留める。

 真宵は、チラリと横目で永新を見遣るのだが、その視線に永新を責めるような意味合いは込められておらず、むしろ永新を心配するかのような視線を注ぐ。けれども、呆然自失とした永新は項垂れたままその視線に気付く事は無い。


 しかし、真宵がその事に意識を逸らした直後、異変は起こる。

 その異変に真っ先に気が付いたのは羅威竿であり、羅威竿の声に反応して振り向いた真宵の視線の先で、その異変は()()()()()()()()


 ゆらり、と一体いつ立ち上がったのかも分からない異変の正体は、目覚める気配すら無かったはずの、(ハク)。彼女は首に刺さっていた注射器が外れたことで首から血を流しているものの、(ハク)の首は胎動する巨大な筋肉によって血管が浮かび上がって次第に止血が施されていく様は、一言で表すなら正しく「異常事態」と言えるもので、その姿を目の当たりにした羅威竿と真宵は驚愕に打ち震える。


 それだけでは二人の動きが止まるには理由として欠けているのだが、(ハク)の足元で、抜いた注射器を片手に床に倒れ伏すルゥの姿を目撃した事で二人が警戒態勢、及び臨戦姿勢を取った、直後。


 (ハク)の体より放たれた霊力が二人の体を縛るかのように奔って、羅威竿と真宵は動く事も、力を使う事も制限されてしまうのだった。



「な、んだ、これ……!?」

「……逃げろ、燼月ッ!!!」



 困惑する羅威竿の声。

 力強い真宵の叫び声。


 その二つが交わる中を、堂々と歩いて永新に近付いていく(ハク)

 自ら失態に朽ちていくばかりの永新は目の前で起こる事にも気付く事無く、俯いてへたり込んだままの状態であったが、(ハク)はそんな事お構いなしに(ハク)の体に手を滑り込ませ、その首を無造作に掴んで永新の体を軽々と持ち上げる。



「……貴様さえ殺せば、それで終わる。馬鹿な奴の悪知恵も、無謀な企みも、全て消すのみだ」



「は、(ハク)……?」



 首を鷲掴みにされ、頸動脈を、気管を圧迫される事によって命の危機に瀕した永新はそこでようやく我に返り、自分の立場を理解する。理解したのも束の間、眼前にあるのは狂おしい程に見つめていたくなるような(ハク)の顔面――()()()()()()


 そこにあったのは、かつて月の満ちる夜に見た、(ハク)の吸い込まれてしまいそうな瞳の中にもう一つ別の瞳が宿った時に顕現した、瞳の持ち主と思しき人物。




「お、前は……、誰、だ……!?」




 折れた首はそのままで。

 右に傾いた首には、(ハク)の陶器のような肌を蝕むかのように侵食する黒が悍ましく蠢く光景が目に映る。

 (ハク)の顔面を引き裂いてまでも異様なまでに見開かれた左目の奥には、(ハク)の瞳を我が物にせんと妖しく光るもう一つの瞳が永新の姿を捉えようと暴れ回っていた。


 その一部位だけでも、到底人の身には余るような悍ましさを抱えた(ハク)と思しき存在を前にした永新は咄嗟にそんな事を口にしたのだが、対する(ハク)の答えを聞く以前に意識が朦朧として、その答えを聞く事も叶わない。


 ただ一つだけ、(ハク)が笑っている事だけは辛うじて分かったものの、助かる術の無い永新にとっては悪い知らせでしかない。



「ハッ! 私は、私だよ。お前達が愚かにも慕っていた、短絡的で、楽観的で、馬鹿で、愚図で、どうしようもない程救いようのないろくでなし……。それの、本体だよ。名を、『白香厭麗(びゃっこうえんれい)』。……あいつから聞いていないのか? まぁ、名前なんてどうでもいいか。お前さえ殺してしまえば、私はこの世界の絶対の王と――」



「ッ!? げほっ、げほっ……!!!?」



 このまま(ハク)の手の中で命尽きるのならば、と永新が藻掻くのを止めて生への執着を捨てようとした、その時。不意に永新の首を握り潰さんとしていた(ハク)の手が突如として緩められ、持ち上げられていた永新の体は重力に従って床に落ちる。


 何が起こったのか、と確認のために永新が噎せながらも顔を上げると、そこでは(ハク)が虚空を見つめて動きを停止しており、その姿は正に滑稽とも言うべき姿であった。しかし、それだけ見ても何が起こったのか理解する事は出来ずに、混乱する頭のまま永新が疲弊し切った体を後ろに引きずり始めた、その直後だった。



「……ッ、()()()()()()……、貴様……ッ!!!」


「いまは、ルゥって、なのってるの。いいから、さっさと、ねて……!」


「覚えておけ……、次に私の目が覚めた時が、最期、だ、と――」



 体を反転させた(ハク)が不明瞭な言葉を口にした後、眼球をひっくり返してその場で崩れ落ちる。

 永新の視点からは、(ハク)が倒れると同時に出現するかのようにルゥの姿が見えるようになった。状況から見て、(ハク)の倒れ伏した体の向こうに立つルゥが何かしたとしか思えないのだが、羅威竿も真宵も身動き一つとれない中で、頭から血を流しているとは言え非戦闘員とも言えるようなルゥだけが動く事が出来て、(ハク)に対抗出来たと言う事実に永新は驚きを隠せない。


 そして、(ハク)が倒れた事によって、動きを封じられていた真宵と羅威竿の二人が再び動き出すのだが、二人が口を開くよりも先にルゥがこの場を仕切っていく。



「まずはれいせいに、おちついて、はなしをきいてほしい。……このちゅうしゃきのなかみは、ようまをかっせいかさせる、もしくはぼうそうさせるためのこうふんざい。かんたんにいえば、いちじてきにまんげつのよるとどうとうのこうかをもたらすもの。それで、びゃくれいさまのじんかくが、とうごうされた」


「満月の夜を、疑似的に再現させる薬、だと……? だが、それは()()()と同じはずだ、ルゥ。あれは、倶利伽羅を妖魔に変える薬だと結論が出たはずで――」


「例の物? 薬? お前達の間だけじゃなく、俺と永新にも分かるように説明してくれ」


「びゃくれいさまにうちこまれた、このちゅうしゃき。これは、せんじつのにんぎょうつかいによるくりからしゅうげきにももちいられたくすりとおなじもの。そのとき、このくすりをうったれんちゅうはみんな、ようまかしておなじくりからにおそいかかっていたから、あたしとまよいは、ほんらいようまにはなりえないくりからをきょうせいてきにようまにかえるくすりであるとだんていしていた。だけど……」


「それが違った、とね。なるほどな。確かに、この前見させられたあの映像がその答えに行きつくには十分な根拠になるか」



 ルゥの解説に羅威竿が素直な答えを口にすると、ルゥと真宵がお互いに目を見合わせて「羅威竿のクセにまともな事を言ってやがる」とばかりに目線を送り合う。しかし状況が状況だけにわざわざそれを口にすることは無く、二人して心に留めるのだが、対する羅威竿は状況を整理するために目を閉じて思考の海に浸かっているが故に、その事実に気付きはしなかった。


 そして羅威竿の言葉に、永新はルゥに見せられた映像を思い出し、倶利伽羅が妖魔にはなれないと言う事実を再確認する。だからこそ、永新は自分が俱利伽羅ではなく、霊力を持っただけの常人であると認識していた。それがあるからこそ、妖魔と化した自分を思い続けていてくれた永恋に対して、自分は永恋の元に戻る資格は無いのだと言い聞かせる為に伝言を置いて来たのであった。


 常人だからこそ、倶利伽羅の技の一つもまともに扱えず、倶利伽羅としては落第、妖魔に堕ちるのは運命のようなものだったと認識していた。



「けつろんからいって、くりからはようまにはなれない。それはいまもむかしも、かわらないじじつ。でも、にんぎょうつかいはそのりくつをねじまげ、じっこうにうつした。そのほうほうが、ようまのかっせいか、ないしぼうそう」


「……まさか、妖魔の幼体を倶利伽羅に忍ばせ、それを活性化させる事で倶利伽羅の肉体を半強制的に妖魔化させている、と言う事か!? 俺様達が言えた事じゃあないが、そいつはあまりにも非人道的過ぎねぇか……?」


「えいぞうのやりかたとこくじしているてんからいって、あのえいぞうをきろくしたのはまずまちがいなくにんぎょうつかい。あんなまえからけんきゅうしていたとすれば、これをじつげんできるくらいけんきゅうがすすんでいてもおかしくはない。それに、にんぎょうつかいであれば、したいをあやつってくりからたちをひきこむことはじゅうぶんにかのう。……そのこういにいくらひなんしたとしても、あいつはそもそもひとじゃない。きくみみなんて、もってないよ」


「……と言う事は、裏切った虎鐘は、倶利伽羅すらも出しにして人形使いと繋がっていた、っつう事か? あのクソ真面目野郎……俺様達は二重スパイの標的だったって訳かよ……クソッ」


「死んだ奴の事はどうだっていい。今はただ、白麗(びゃくれい)様が無事で済むのかどうかが問題だ。ルゥ、白麗様はあとどれくらいで目覚める?」


「……いっしゅうかんはねむらせたけど、びゃくれいさまのていこうがはげしければかなりまえだおしになるかのうせいがたかい」


「それまで、オレ達に出来る事は?」


「……このくすりの、けっせいをさがすこと。それしかない」


「血清、だと? ンなモンが、あるのか?」


「ある。まちがいなく、あるよ。これはだんげんできる。これは、ようまにとってもりせいをうしないかねないもうどくだから。にんぎょうつかいのせいかくからして、よういしていない、なんてことはぜったいにありえない。もしかしたらつくれるかもしれないけど、それにはくすりのかいせきをしなくちゃならない。それにははやくても、みっかかかる。すこしでもかのうせいをたかめたいのなら、おもいつくかぎりのことをやるしかない。てあたりしだいに、このくすりのもとをたどるしか……ない」



 ルゥのその言葉は希望を感じさせるものではあったが、何一つとして手掛かりの無い状態と言うのは変わらないもので、まずはその希望の一端を探すところから始めなければならず、重たい空気が事務所の中で沈み込む。


 そんな中で声を上げたのは、これまで沈黙を通してきた、永新だった。



「…………もしも、何も見つからずに一週間が過ぎたら、(ハク)は、どうなるの……?」


「えいしんがしるびゃくれいさまのじんかくは、かんぜんにきえさるだろうね。あたしたちにとっては、もとのびゃくれいさまにもどる、まちわびたおうのきかん、ともいえるだろうね。でも、えいしんにとっては、びゃくれいさまをうしなう、といったほうがただしいかもしれない」


「妖魔にとっては、待ちに待った機会。恐らく、人形使いは白麗様の復活を旗印に、多くの妖魔を引き従う可能性が非常に高いだろうな。妖魔の王の復活は、全ての妖魔が望む形だからな」


「そんな……」



 永新の問いに対して、ルゥと真宵は残酷な未来を提示する。

 しかし、そんな未来が待ち受けていると知っていながらも三人の目は決して死んでおらず、むしろ闘志に溢れた瞳で覚悟を口にするのであった。



「だとしても、あたしたちはあたしたちのいしでびゃくれいさまについていくことをきめた。あたしたちにとって、あたしたちのあるじはびゃくれいさまただひとりだけ。そうでしょ?」


「あぁ、その通りだな。俺様達は、白麗様の願いを叶えるために生きてんだ。この世界を滅ぼすだなんだ、ってのは、死ぬほどどうでも良い。好きにすればいい、ってンだ。だが、もしも俺様達の邪魔をする、ってンなら、そん時は全力で抗わせてもらうぜ。相手が妖魔の王だろうと、知ったこっちゃねぇ。――白麗様が望む死を贈る。俺様達には、それ以外見えちゃいえねぇ。真宵も、そのはずだろ?」


「……羅威竿と意見が被るのは癪に障るが、そうだな。それに何よりも……、妖魔の王であらせられた白麗様よりも、今の白麗様のほうが、ずっと良い。特に、燼月。お前を見つけてからの白麗様は、日を追う毎に綺麗になっていった。その意味が、分かるか?」


「……」



 ルゥは頭から流れる血を拭いながら。

 羅威竿は喧嘩腰で派手に笑って。

 真宵は永新に何かを気付かせるように冷静に。


 妖魔の王としてではなく、あくまでも永新も知る(ハク)と言う女性を尊重する三人の姿に、永新は己の不甲斐なさを思い知らされ、俯かせていた顔をようやく上げる事が叶う。

 顔を上げた永新の表情には、いつまでも悲観に暮れる顔付きは綺麗さっぱりに落とされており、三人と同様に覚悟を決めた表情を浮かんでいた。



「……俺も、(ハク)の為に何かがしたい。やれる事は、なんでもやる。妖魔の王なんかに、(ハク)を殺させたりなんて絶対にしない。だから、俺にも手伝わせて欲しい。(ハク)の為なら、なんだってやるから……!」



 (ハク)に邪な思いがあって永新の命を繋いで、蛇の道に引きずり込んだとは言え、永新の命が、心が救われた事は、疑いようのない事実。

 故に、永新は(ハク)の為ならば命を懸ける事も厭わない程の覚悟を腹に据えており、三人の前ではそれら全てを曝け出す。


 しかし、その背水の陣がどれだけ危ういかを知っている者はこの場には誰一人として居ない。

 ルゥも、羅威竿も、真宵も、永新同様に(ハク)の為ならば命を擲ってでも構わないと考えているが故に、永新のその姿勢を危険視する者は誰も居らず、むしろその姿勢に賛同すら示すのだった



「やってやろうぜ」

「うん、やってやろう。にんぎょうつかいのはなっぱしらを、へしおってやろう」

「白麗様の為に……。オレ達の出来る事を一つ一つ潰していくしかないだろうな。まず初めに――」



 静かに眠りに落ちる(ハク)の体をソファに移動させた後、永新を含む四名は最終段階に辿り着くまでの最短距離を離し合って模索し、そこに辿り着くまでの小さな目標を組み立てる。


 その結果、組み立てられた計画通りに事を運ぶ事を決め、明日から――などと悠長に言ってられない状況が故に、永新達はその直後より行動を開始していく。


 妖魔の王の復活。それは最悪の形できっかけが起こった。誰も望んでなどいない、妖魔の王の復活。

 人形使い、倶利伽羅、そして異端の妖魔達。それぞれの思惑が交錯する中、永新達は妖魔の王の復活を阻止する事を念頭に置いて活動を始めるのであった。








今回もたくさん喋ったのでルゥ語翻訳付けときますね。



「……白麗様。……これ、どう言う状況? どれくらい、やばい?」


「まだ、はっきりとは分からないけど……、注射器を抜かなかったのは正解。この注射器、細工の跡が残ってるから、下手に動かしていたらどうなっていたか……。抜いてみるから、ちょっと待ってて――」


「今は、ルゥって、名乗ってるの。いいから、さっさと、寝て……!」


「まずは冷静に、落ち着いて、話を聞いて欲しい。……この注射器の中身は、妖魔を活性化させる、もしくは暴走させるための興奮剤。簡単に言えば、一時的に満月の夜と同等の効果をもたらすもの。それで、白麗様の人格が、統合された」


「白麗様に打ち込まれた、この注射器。これは、先日の人形使いによる倶利伽羅襲撃にも用いられた薬と同じ物。その時、この薬を打った連中は皆、妖魔化して同じ倶利伽羅に襲い掛かっていたから、あたしと真宵は、本来妖魔にはなり得ない倶利伽羅を強制的に妖魔に変える薬であると断定していた。だけど……」


「結論から言って、倶利伽羅は妖魔にはなれない。それは今も昔も、変わらない事実。でも、人形使いはその理屈を捻じ曲げ、実行に移した。その方法が、妖魔の活性化、無いし暴走」


「映像のやり方と酷似している点から言って、あの映像を記録したのはまず間違いなく人形使い。あんな前から研究していたとすれば、これを実現できるくらい研究が進んでいてもおかしくはない。それに、人形使いであれば、死体を操って倶利伽羅達を引き込む事は十分に可能。……その行為に幾ら非難したとしても、あいつはそもそも人じゃない。聞く耳なんて、持ってないよ」


「……一週間は眠らせたけど、白麗様の抵抗が激しければかなり前倒しになる可能性が高い」


「……この薬の、血清を探す事。それしかない」


「ある。まちがいなく、あるよ。これは断言できる。これは、妖魔にとっても理性を失いかねない猛毒だから。人形使いの性格からして、用意していない、なんてことは絶対に有り得ない。もしかしたら作れるかもしれないけど、それには薬の解析をしなくちゃならない。それには早くても、三日かかる。少しでも可能性を高めたいのなら、思いつく限りの事をやるしかない。手当たり次第に、この薬の元をたどるしか……ない」


「永新が知る白麗様の人格は、完全に消え去るだろうね。あたしたちにとっては、元の白麗様に戻る、待ち侘びた王の帰還、とも言えるだろうね。でも、永新にとっては、白麗様を失う、と言った方が正しいかもしれない」


「だとしても、あたし達はあたし達の意志で白麗様に付いて行くことを決めた。あたし達にとって、あたし達の主は白麗様ただ一人だけ。そうでしょ?」


「うん、やってやろう。人形使いの鼻っ柱を、圧し折ってやろう」


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