84話
デート。
それは男女の逢瀬を指す名称であり、そこには恋愛感情の有無が関わる男女の関係において非常に扱いが難しい言葉。
それを何の気も無しに軽く言ってのける白は、今日も変わらずこの世の物とは思えない程に汚れを知らぬ美を携えており、彼女が揺れ動く度に白雪が舞うかのような錯覚を覚えてしまう。
触れた傍からほどけていくような純白の絹糸が如き毛髪は、甘い香りを纏いて永新を蠱惑に誘う。いつだって「白」を基調としてきた白ではあるが、今日だけは彼女は白い肌がより一層際立つような黒の羽織に身を包んでおり、白い百合の花が刺繍された着物は白と言う存在に輪郭を与えたかのような印象を覚えてしまう。それは彼女の纏う儚さが消えて、この世界に根を張るかのように思える永新であったが、羽織の下に見える永新の髪色と同じ藤の色をした着物が目に映ると、言い表せない悦びが快楽となって永新の体に押し寄せる。
しかし、永新は今、白が口にした言葉の真意を探らなければならず、初めて感じられたその感覚に名前を付ける事から思考を逸らす事に成功するのであった。
永新は生まれて初めてのデートの誘いと言うものに胸を高鳴らせながらも、意図の分からない白相手に目を丸くさせ、困惑に染まる頭を整理するので手一杯であった。
「新しいお洋服を一緒に見に行きましょう、そう約束したでしょう?」
「……そう言えば」
それは、永新が生まれ変わった時の事。
騙された事によるショックと現実を受け入れられずにパニックに陥った永新が白を殺そうと力を暴走させた時の事だったろう。初めて感じられる明確な力の根源に踊らされるまま、白の腹部を貫いたあの時の事を、永新は思い出す。
若気の至り、と言う程時が立っている訳では無いのだが、それでも我を失って自棄になった状態で八つ当たりの如く白に怒鳴ったと言う恥ずべき事とも言える自分の行いを思い出して俯いていると、白が永新の手を取り優しく微笑む。
「あれもまた、良い思い出です。今ではすっかり愛らしい顔を向けてくれるようになったのは嬉しい事ですが、永新のあの顔、あの目がかつては私も向けられていたのかと思うと滾るばかりです……ふふっ。ですが、約束した通り、一緒にショッピングデートと洒落込みましょう?」
「い、今から……?」
「えぇ、もちろんです。まだお昼前ですから、丁度良い頃合いかと思いますが……永新は、嫌ですか?」
「――ッ!?」
冗談とは思えないような雰囲気を醸し出して白が体の芯から震えた後に見せたのは、涙を湛えた瞳での上目遣い。そこには以前目の当たりにしたような瞳の中の瞳と言うのは存在しておらず、見慣れた白の大きな瞳が一つあるだけであった。
白の涙で滲んだ上目遣いは破壊力抜群であると同時に、扉の影から覗き見を果たす人物の動揺を誘うには十分すぎる効果をもたらした結果、永新の背に尋常では無い程の殺気が襲い掛かる。
「嫌、ですか……?」
「そ、そんな事ない……!」
「永新の口から、行きたいとは言ってくれないのですか?」
「い、行きたいッ! お、俺も……白と、で、でぇとに……行きたい……っ」
永新がそう言うと、白は何処からともなくボイスレコーダーを取り出して録音を停止させる。
耳どころか、首元まで赤く染めた永新を胸元に抱き寄せた白は恍惚な表情を浮かべて涎を拭う。
「ふふっ。しっかりと言質、取らせてもらいましたから。後でルゥに加工してもらって、イケない音声を作ってもらいましょう。永新には、私のを上げますからね」
「イケない音声……?」
「あぁ、永新が純朴で私は歓喜しています!!」
永新が倶利伽羅だった時も、白は時折こうして妙なスイッチが入る度に、情操教育の甘い永新には理解出来ない言葉を吐いて興奮する様相を見せる。その為、何度か永新が白の事を知りたいが為に問いかけた事があったのだが、白は長い時間葛藤した後、頬に一筋の涙を流して断念する運びとなった。永新はただ白の事を理解したいが為であって、決して白の言いたくない事を聞き出したかった訳ではないと気遣うと、その優しさが却って邪な白の心を抉るのだが、永新はその方面の事については何も知らないのであった。
暫く永新を胸に抱いていた白は一旦離れて気を取り直すと、笑顔で永新の手を引いていく。
「早速出発しましょう。お腹も空いているでしょうから、まずは軽く昼食から行きましょう、永新」
「え、あ、あぁ、うん……」
「――!」
「それと――真宵。貴方は付いて来ないように」
「――ッ!?」
「返事は?」
「…………………………………………かしこまり、ました」
渋々、と言った表現がこれ程似合う声と言うのは永新をしても聞いた事が無く、もしもこの場に羅威竿がいたならば、腹を抱えて笑っていた事だろう。
そうして、正午前の時間帯。永新は白に手を引かれ、事務所から外へと連れ出されて行くのであった。
「……年の暮れ、か」
「永新? さぁ、一緒に参りましょう」
白に手を引かれ、永新がやって来たのは大型ショッピングモール。
和服姿では目立つ、と言って、指先の霊力操作一つで着替えた白は、冬の寒さを感じさせないモコモコのケープと緩やかなニット帽を合わせたトレンディなコーデに様変わりしているのだが、彼女の容姿はたとえファッションを変えたとて目立つ事には変わりない。
家族連れやカップルの姿が目立つ中でも一際目を引く存在である白の隣で、永新はすっかり委縮してしまうのだが、当の白はと言うと、永新とショッピングに来れた事が、永新の隣を歩けている事が何よりも嬉しいのか、自分に注がれる数多の視線など無いかのように、この世界には永新と自分二人だけであるとすら思っているかのように寄り添ってくる。
永新がショッピングモールの装飾がクリスマスを過ぎて年の暮れである一年の総決算ムードに染まっているのを見て、ここ数週間の時間の濃さと言うものを思い知っていると、白は永新の腕を更に抱き寄せ、目についた看板を指差して明るい声を放つ。
「永新、私はハンバーガーと言うものが食べてみたいです」
「は、ハンバーガー? そんなので、いいの?」
「えぇ。この前、永新が食べていたでしょう? 一緒に食べてみたくて。だから、ハンバーガーが良いのです」
妖魔は、基本的に食事を必要としない。妖魔にとっての食事と言うのは、霊力を食らう事であり、食物から栄養を摂り込む事は必須では無い。
しかし、半妖半人である永新は全身が妖魔では無い為、人と同じだけの食事を必要としており、事務所でも永新だけがしっかりとしたご飯を食べている事が多かった。
だが、妖魔も食事を必要としていないだけで、食事を取る事自体は可能。そのため、真宵やルゥ、羅威竿や誠一郎にとって食事は娯楽でしか無く、お菓子ばかり食べている、と言った場面に遭遇しやすいのであった。
それに何より、永新と同じものが食べられる、と上機嫌な白の期待を裏切れるはずも無く、永新は白が目を付けたハンバーガー専門店に足を向ける。
そこでは「専門店」と謳うだけに、大きなバンズに肉厚なパテ、大量の野菜に濃厚なチーズとソースが絡んだ、正しく強力無比と評するに相応しい特徴を持ったハンバーガーが売りであり、それが二つ並んだ光景は、好きな人が見たら堪らない光景だと言えるだろう。
そしてそれは、羅威竿との特訓で腹を空かせた永新にも言えて、永新は壮観な景色を前に喉を鳴らして目を輝かせる。
「い、いただきます……!」
「ふふっ、可愛い永新」
そんな永新を見て満足そうに微笑む白は、永新の嬉しそうな顔を見ながら、ハンバーガーの食べ方を見て真似る。
「……本当に、愛らしい。――私だけの、永新」
「んっ、ありがとう。白も、食べないの?」
盛大にかぶりつく永新が口端にソースを付けたのを見て、白の背筋にゾワゾワと昇ってくる悦に浸りながら指先で拭い取る。普通なら恥ずかしがる永新も、ハンバーガーに夢中の今では好きにさせてくれるのが楽しく、白は口一杯に頬張る永新の食べっぷりを延々と観察していられる。
それでも、白が「食べたい」と言い出したハンバーガー。彼女が食べない訳にもいかず、永新の観察もそこそこに白の小さな手では持つのも精一杯なハンバーガーを抱え、はぐ、と口に頬張る。
「ん、複雑な、味ですね。……永新?」
「……さっきの、お返しだ」
「んっ」
咀嚼を繰り返して味の感想を口にした白であったが、こちらを見て無言の永新に疑問を抱いた刹那、永新の指先が白の口元に触れ、得意げな笑みを見せる永新がそのまま指先を自分の口元に運ぶ。
「ふふっ。永新からそんな事をされるなんて、久し振りですね」
「……ちょっと、恥ずかしくなってきた」
「何度でもやってもらっていいんですよ。今度は指先ではなく、永新の口で直接、舐め取ってもらっても……」
「……白は、過激だ」
「そんな私は、嫌いですか?」
「嫌いだったら、一緒にこんなところ来ないだろう」
「私は、永新の事大好きですよ?」
「…………好き、だよ」
明確に言葉にしなかった永新に対して、白は簡単に好きだと言ってのける。
それを聞いて自分だけ口にしない、と言うのは余りにも卑怯であり、永新は自分の思いを素直に口にする。この場合は言わされたとも言うべきだが、永新が口にした言葉は嘘ではない。
しかし、その「好き」が永新にとって恋愛的な意味なのか、それとも家族に向ける親愛なのかは答えが出せていなかった。白は永新の言葉に満足そうに頷いた後に、永新を見ながらハンバーガーを食べ進め、それ以上の追及はしてこなかった。白にとってはどちらの「好き」でも構わないと言うのか、それとも、何か別の意味があるのか。永新には彼女の真意を図る事など出来ないものの、終始幸せそうに食べ進める白の姿を見て、永新もまた余計な思考を省いて二人だけの時間を楽しむのであった。
「――こう言うのは、どうですか?」
「白は、何着ても似合うね」
「さっきのと、どっちが好みですか?」
「白の、好きな方でいいのに……」
「私の好きな恰好は何時でも出来ますが、永新の前では永新の好きな私で居たいんです。ね、だから永新の好きな服を、選んでください」
「………………………………………………一番、最初のヤツ」
「ふふっ、やっぱりそうですよね。もう一度、着替えてきますから、待ってくださいね」
「……彼女さん、お綺麗ですね」
ハンバーガーと甘い時間を堪能した後、永新は白に連れられ、当初の目的であったレディースファッションのブランドに来ていた。そこでは白のファッションショーが開催されて、永新は試着室のカーテンが開かれる度に白の代わり映えする姿にトキメキを覚えて、そのままの感想を口にする。しかしそれは白にとってはお気に召さなかったようで、ガーリィな恰好をして永新に詰め寄る姿にドギマギとしながら気恥ずかしい思いをする永新は、最も好みだった衣装を伝える。すると白はそれも分かっていたかのように目を細めると、永新の頬に口づけをしてから再び試着室へと姿を消していく。
それから間もなくして一式着替えた白が再び姿を現すと、そこには初めに見せた生地の厚いワンピーススタイルの白が立っており、美しいと言う言葉だけでは語り切れないような彼女の美貌にエレガントさを加わり、永新は思わず溜め息を吐いてしまう。腹部のくびれを強調するかのように引き絞られたベルトが、彼女の出るとこは出て、引っ込むところ引っ込んでいる抜群のスタイルをはっきりと浮かび上がらせるのだが、それは決して下品ではなく、彼女の美貌が全てを黙らせる。足首まで隠れるロングスカートのお陰で装飾が少なくとも華美に彩られたかのような上品さを醸し出す。むしろ、装飾が少ないからこそ、却って白の美しさが目立つと言ったような、そんな素晴らしい作品を前に、永新は堪らず素直な感想を零す。
「ふふん。どうですか、永新。惚れ直したでしょう?」
「綺麗だよ。凄く」
「……もっと恥ずかしがる永新も見てみたいですが、これはこれで良しとしましょうか。次回は、下着や水着でも見に行きますか?」
「……待ってる間が、怖いな」
初めから永新の好みを把握してその恰好を選んだ白には脱帽する他無いのだが、永新にとっては眼福と言う他無い。男児たるもの、女性のワンピース姿に萌えずに何時萌えると言うのか。
白が着替えてモコモコの姿に戻ると、永新はそのワンピースを手にレジへと足を向ける。
永新の手にはいつの間にか大量の札束が握られており、それは出かける直前に真宵から受け渡されたものであった。
『びゃ、白麗様とデートだろう……? こ、これで、白麗様を可愛く仕立て上げて来い……! 金に糸目は付けるなよ? 一着だけとは言わず、二着……いや、五着……それ以上買ってきてもいいから、オレの金を使え……!! むしろ、使ってくれ……!』
理由を聞けば「推しに課金が出来る幸せ」と言う謎の文言を残して立ち去ってしまった為、詳しく聞き出せなかったのだが、初めて手にする大金に震えながらも永新は白の洋服を購入するのであった。
その後、永新と白はショッピングモール内を散策し、本屋に寄ったり、カフェで休憩したり、小物を見たりと、極めて一般的なデートと言うものを楽しんだ。
そんな風に楽しんでいると、すっかり日も落ちて夜の時間が訪れる。遊びに来ていた家族連れやカップルの多くが帰路につく中、永新と白もまた、その流れの中に居た。
「……今日は、とても楽しかったですね、永新」
「俺も、楽しかったよ」
「真宵には、感謝を伝えておきましょう」
「永新、その荷物は、決して手放してはなりませんよ。それは、私と永新の思い出の品ですから」
「分かってるよ」
永新の右手には、デートで買った思いの外増えてしまった荷物。左手は、白と繋がっていた。
普通のデート。普通の帰り道。妖魔の王と半妖半人と言う組み合わせには余りにも不釣り合いとも取れるそんな普通の時間が流れていく中で、白は不意に、不穏な問いを永新に投げかける。
「……永新。貴方は、今もまだ、私を憎んでくれていますか?」
「突然、どうしたの? 憎んでいるか、って……」
「答えて下さい」
「……あの時は、本当に憎んでいたよ。殺してやりたいって、本気で思うくらい。……でも、俺が知ってる白は、そんな事しないって、知ってるから。思い出したから。もし本当にしたのだとすれば、そこには何かしらの理由があって、しなくちゃならなかったんだと、思うから。……それに俺は、白の事を、信じてるから」
「……」
永新ははっきりと告げる。
――だから、今はもう憎んでなんかいない、と。
「ルゥにも聞いた。白は、妖魔の王の善性の部分なんだ、って。悪意や敵意、殺意しか持たないはずの妖魔に芽生えた、小さな善性。小さいけれども、善性に宿った想いが本来の悪性を封じているんだ、って。そんな白を、慕う理由はあれど、憎む理由なんてどこにも――」
「――それじゃ、駄目なんです……! 私は……、死ななくちゃ、いけない。殺されなきゃ、いけない……ッ! 永新にしか、私の事は殺せないから……!!」
「……白?」
これまで永新と居る間は常に笑顔を浮かべていた白の顔が、帰り道になって不穏な気配を醸し出し、突如として曇り始める。
帰路の流れに流される周囲の誰もが「今日は楽しかったね」と和気藹々と和やかに語らう中、永新と白の二人だけは、ただならぬ空気に包まれる。それを理解しているのか、周囲の誰も二人の傍には近寄ろうとはせず、まるで不透明な空間が二人を隔絶しているよう。
白の苦しそうに歪められた表情には、言葉にしがたい悲観が浮かんでおり、永新は白にそんな顔をさせたかった訳では無い、と手を伸ばそうにも、永新の両手は荷物と白の左手で塞がっているため、彼女を笑顔にすることは叶わない。それでも、白に笑顔を取り戻そうと奮闘する永新は、彼女の手を強く握って、言葉を投げかける。
「そんな事、無い……! 白が死ななくちゃいけないなんて事……ある訳ない! これからも、俺達と一緒に生きよう。……妖魔の皆が一緒に居て、俺と、白が居る。それだけで、十分なはずだから……。満月だって、必ず俺がなんとかするから……だから、白、お願いだから、笑って――」
「……永新。約束、してください」
「約、束……?」
「――私の、この手を、絶対に離さないで下さい。私を、忘れないで下さい。私を……必ず殺して下さい」
「……な、何を、言ってるんだ?」
様子のおかしい白の言葉に困惑だけが募っていく中、永新はその言葉を遮る事すら出来ずに続く白の声に耳を傾けた。
「急に変な事を言って、ごめんなさい、永新。……でもね、私を殺すのは、永新が良い。殺されるなら、倶利伽羅の手じゃなくて、永新が良い。私は、永新の、あなたの腕の中で死ぬのが本望なの。だから永新。私を、嫌いになって。私を、憎んで。私を、死ぬほど恨んで。そして……私を、殺して――」
――ッ。
「は……? え……? どう、して――!?」
雄弁に語られていく、まるで遺言かと思えるような言葉で紡がれていく白に対して、永新は口を挟む事すら許されずにただ黙って耳を傾ける事しか許されない。
そして、それは口だけでなく。
永新の手も、脚も、それ以上動く事を容認されていないかのように、地面ではなく空間そのものに磔にされてしまったかのように、四肢の全てが動かない事に気付いた時、忘れていた悪夢が永新を泥沼に引きずり込む。
――ハァ……ッ!!
粘り付くような、悍ましい息遣いが聞こえたかと思うと、帰路につく人々の流れの中に潜んでいた人影が突如として動き出し、白の肩越しにこちらに迫る人影が永新の目に映る。
――動かなければ。守らなければ。
永新はそう力強く願うものの、永新の手は荷物を、繋がった白の手を離さない。ならば足で、と思ってみても、永新の足は思いとは裏腹に一ミリだって動きはしない。永新の妖魔化した体であれば、纏炎を発動していなくとも人の数倍もの膂力を得ていると言うのに、永新の妖魔化した四肢は、襲われる白を見捨てたかのように動きを止めてしまう。
なんで、どうして、と驚愕と困惑でパニックに陥る寸前で、自分の四肢に認識できない程に薄く、けれども強靭なまでの霊力を覚えた――直後。
永新の奮闘虚しく、永新の体は最後まで動いてくれる事はないまま、永新に向けて微笑むために傾げられた白の陶磁器のような肌が目を引く傷一つない首に向かって、襲撃者の手が届く。
瞬間、白の首が圧し折れる音と共に、襲撃者の男が手にしていた何かを首に突き立てた状態で、彼女の体は永新の視界の中で倒れて行く。
妖魔の王たる白が首の骨が折れた程度で死にはしないとは言え、余りにも衝撃的な光景を前に永新の頭はフリーズし、白の体が倒れて行く姿がスローモーションのように目に映る。
白の体が地面に倒れると同時に、永新の体を張り付けていた霊力は白の存在が希薄になるかのように霧散していき、ようやく動くようになった体に力を込め、永新は襲撃者の腹に力いっぱい蹴りを叩き込む。霊力が通っていないとは言え、衝動的かつ感情的になった永新が込めた力があれば襲撃者の体を白から引き剥がすには十分過ぎて、襲撃者の体は軽々と後方へ飛んで行く。その一部始終を見て傍に居た常人たちから悲鳴が上がるのだが、永新にとってそんなもの気に留める価値も無い。
永新が優先すべきは、首に見慣れない注射器が刺さって、立ち上がる素振りどころか呻き声すら上げずに倒れ伏す白の方だった。
「白……? は、白、白……ッ!!!!!!!!!!!」
「――は、ハハッ!! やった……、やったぞ……! やってやったぞ……ッ!! こ、これで、これで私は、命を保証される!! そうだろ!?」
永新が必死になって白に声を変えるも、まるで眠っているかのように倒れ伏す白は目を覚ます事は無い。
その傍らで、永新に蹴り飛ばされた人影が、倒れ込んだ白の首に刺さった注射器に虚ろな目を向けて不快な程に高らかな笑い声を上げるのだが、その人物は永新にも見覚えがある人物であった。
「――虎鐘、さん……。どうして、どうして、こんな真似を……!!」
「あぁ、御子様、どうかその怒りを治めになられて……!! 私は、死なない、死にたくない! ただそれだけなのです!! その為に、こうして約束を果たした!! これで、私は死ななくて済む!! そう言う約束だろう!? そ、そうだろ……! そうだろう!? せ――」
襲撃者の正体、それは、裏切り者にして行方不明となっていた、辰巳虎鐘その人であった。
永新が困惑と共に怒りを沸き上がらせて疑問を投げかけるのだが、虎鐘は永新の蹴りを食らってよろけながらも、腹部を抑えながらも立ち上がって狂ったように宣言する。
しかし、彼の誰に乞うのかも分からない決死の命乞いの末、虎鐘にはしかるべき罰が下る。
虎鐘が天上の民を称えるかのように天上を見上げた、直後。パンッ、とまるで水風船が割れるみたいな音がショッピングモールに響いたかと思うと、彼の腰から上が弾け飛び、方向性を持って放たれた衝撃によって、彼より後方、永新からして前方に、扇状に血肉が撒き散らされる。
「――下衆が。さっさと殺しておくべきだったな」
「ま、真宵先生……!? ――そ、それよりも……は、白が、白が……。くッ……!」
「――燼月!! 注射器には触るな!!」
「ッ!?」
「……まずは、ここから離脱するぞ。白麗様から、絶対に離れるんじゃないぞ」
悪魔のような雨を降らしたのは、虚空より出現せし最凶の妖魔、宿無真宵であり、悪態を一つ吐くと共に虎鐘を跡形も無く消し飛ばした。頭上より血肉が降り注ぐ地獄のような光景が生み出された事により、楽しかった時間が一瞬にして恐怖に染まり騒ぎが大きくなっていく中、真宵は冷静に周囲の状況を確認した後、永新と白の二人を自らの生み出す陽炎に取り込んでいく。
「……」
真宵が何か言いたげな表情を浮かべているのが分かるからこそ、荒い呼吸を繰り返す永新は白に寄り添ったまま真宵の瞬間移動に身を委ねる。
そうして、パニックに陥るショッピングモールの喧騒から切り離されるようにして景色が切り替わり、永新と白、それから真宵の三人は、衝撃波の余波によって生まれる乱気流で荒れる事務所へと帰ってくる。
それは、永新が想定していた帰還ではなく、最低最悪の形での帰還。
数分前まで笑顔を浮かべていたはずの、緊張しつつも楽しい思い出のデートは絶頂より一瞬にして転落し、永新の手からは力と熱を失った白の手指がするりと零れ落ちる。
こうして、永新と白のデートは最悪の形で終わりを迎えるのであった。




