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71話

 


 ――紅蓮一刀流、奥伝・朧花月(おぼろかげつ)


 奥伝の名に相応しいだけの霊力を消耗し、発現させるは舞い散る火花の花吹雪。

 花吹雪を模した火花が拡散する事で、広範囲かつ、どんなに小さな的にでも被害を及ばせる事の出来る超広範囲殲滅用の紅蓮一刀流奥伝。

 本来であれば超広範囲の妖魔を殲滅するために散っていく火花を、緻密な霊力の操作によって局所的に集中させる事により一点集中の超火力を実現させる技法は、千夏(ちなつ)が父親の用に慕っていたかつてのリーダー、虎徹(こてつ)が好んで用いた技法である。

 一つひとつが最下級妖魔を容易く屠れるだけの火力を持った数多の火花が刀身に沿って集約された中で無数の爆発を繰り返すその技は本来の「朧花月」とは全く異なる霊技であり、さしもの上級妖魔とてそれを無防備な状態で、それも背後から受けるとなれば当然、ただでは済まない。




 ――()()()()()()()




 奇襲が決まる瞬間を心待ちにしていた永恋(えれん)の目の前で、突如としてそれは起こった。


 完全に不意を突いた一撃。

 虎徹と天音、その他大勢の倶利伽羅の仇である、「人形使い」を捉えた集約型の朧花月。


 更には、千夏が手にした新型刀剣型霊具・時雨(しぐれ)がもたらす霊力の倍化によって、二人が目指した最良の結果である致命傷を人形使いに与えられる、はずだった。


 そう、()()()()()、のだ。



「うそ……」



 驚愕に満ちた吐息交じりの声で呟いたのは、一部始終を目撃した永恋ではなく、朧花月を構えた千夏であった。

 千夏の眼には、断固として認めたくはない、認めてはならない現実が浮かび上がっており、構えた朧花月が不意を突いた人形使いに振り下ろされる事はないまま散り散りになって、連盟本部一階のエントランスホールのあちこちを爆破して暴れ回る。



「あー、なんだよ、バレてたのかよ。でも……キヒヒっ! 間一髪、ってところだぁ……。相方が頼りなくて、残念だったな、小暮日永恋ン?」



 背後に迫った千夏へと振り返った人形使い。

 千夏が振り下ろすはずだった朧花月を防ぐ為に構えた体を翻して改めて永恋の方へと顔を上げた時には、先程までの人を騙す笑みとは打って変わって、糸のように細かった目を見開いて笑う、悪魔のような顔をした男の姿がそこにはあった。


 永恋はその男を視界に入れたまま距離を取りつつ、男の後ろで刀を振り上げたまま硬直した体を震わせる千夏へと声を掛けるも、彼女は驚愕と困惑に支配された状態である一点を見つめた状態から動けずにいるようだった。



「千夏さんッ!!!!」

「……っ、でき、ない……!!! 私には、貴方を斬る事が、できません……っ、()()()()……ッ!!」



 感動の再会は最悪のものとして千夏の前に訪れる。

 彼女の言葉に永恋もまた耳を疑いそうになるものの、長身の人形使いが、まるで手品の種明かしをするかのように歓喜に満ちた笑みを浮かべながら一歩横にズレると同時に背後に浮かび上がる人影。

 永恋から見えるのは後ろ姿だけでも、千夏の声と照らし合わせて思い出すのは見知った顔であり、人形使いが持ち得る手の中で最も度し難い程に憎い人選。


 ――竜ヶ谷(りゅうがだに)虎徹(こてつ)


 人形使いによって喚び出されたのは、千夏による不意の一撃の手を止めるには最も効果的な人物であり、例えそれが敵であると分かっていても、千夏が刀を止めざるを得ない人物であった。


 じわり、と千夏の目に涙が浮かぶ。

 敵を前にして私情を挟む事、攻撃の手を止める事。それは虎徹から教え込まれた妖魔と相まみえる上でしてはいけない事として叩き込まれておきながら、千夏は虎徹の姿を前にして感涙を浮かべずにはいられず、一度構えたはずの刀を下ろしてしまう。

 今この瞬間、彼女にとってこの場所が復讐の場である事さえも忘れてしまっているような彼女に、永恋は「逃げて」と必死で声を上げるものの、千夏の頭の中にはもう二度と会えないかと思っていた虎徹との再会に支配されてしまっていた。



「虎徹さん、虎徹さ――ッ!??!」



 刹那、空を切る鋭い音が鳴ったかと思うと、続けざまに人の体が軋む音、それから千夏がの体が弾丸のように弾き出される音が永恋の鼓膜を震わせた。



「千夏さんッ!!!!」


「キヒヒャハッ!! い~ぃ、跳びっぷりだよ、勇哉(いさや)クン」


「……時間になっても来ないのでな。何をしているのかと迎えに来てみれば、襲撃か? どこから漏れた?」


叢雨(むらさめ)っ、勇哉(いさや)……っ!!!??」



 永恋がエレベーターの扉を圧し折って瓦礫に埋もれる千夏に視線を向けた後に人形使いへと視線を戻した所、先程まで千夏が立っていた場所には見慣れた倶利伽羅の霊具に身を包んだ大男の姿。

 それも、その男は永恋も見知った顔であり、そんな男が人形使いと敵対せずにまるで友人かのように言葉を交わす光景は、まるで信じられないものだった。



「勇哉クン、どうやらの君のお知り合いみたいですよ?」

「ふむ……、どうやらこれは、見られては不味い相手に、見られてしまったようだ。どう責任をとってくれるつもりだ、人形使い」

「キヒヒっ、それなら、消してしまえばいい。私達の目的は、もうすぐそこですから」

「それも、そうだな。では、小暮日の息女は俺がやろう。向こうの女は、任せるぞ」

「手助けが必要でしたら、いつでも言って下さいねぇ?」

「お前は人形遊びをしているだけだろう。暇ならば援軍の警戒でもしておけ。まぁ、他に命令無視を行う倶利伽羅など、無いとは思うがな」



 人形使いと彼の会話を前に、永恋は彼が仲間である可能性はすぐに捨てた。

 そも、問答無用で千夏を殴り飛ばしたのだ。その時点で味方であるはずもなく、襷で霊具を動きやすく纏めながら、ありありと殺意を滲ませてこちらに歩みを向けてくる様は、どこからどう見ても敵。倶利伽羅の裏切り者である叢雨(むらさめ)勇哉(いさや)を前に、永恋は()()()()と音が鳴って新型霊具、時雨を抜き放つ。


 途端、勇哉と人形使いの目が永恋に――否、永恋の持つ霊具に向く。



「ほう、それが、四家共同開発の新型霊具、か。見ろ、人形使い。本当にあったようだぞ?」

「と言う事は、あの女が持っていた霊具も、もしや……? キヒッ! 鴨が葱を背負って来るとは、まさにこの事……! 新型霊具が私の元にあれば、私こそが、妖魔の王に……! キヒヒャハッ!!!」



 突如として目の色を変えた二人を前に、永恋は心の中で独り言ちる。


 ――やっぱり。人形使いの目的は、新型霊具。でも、どうして叢雨勇哉が協力しているの?


 人形使いが、新型霊具を狙っている事は千夏の復讐の道を整える過程で判明していた。しかし、それでも千夏に黙っていたのは、復讐には関係無い事であり、余計な情報を入れて彼女の邪魔をしない為であった。

 極力彼女の心に負荷を掛けずに、奇襲を決める。

 それが永恋の導き出した答えであったものの、奇襲は最悪の形で失敗に終わり、まさか倶利伽羅の、しかも四家に程近い存在が人形使いの協力者として出現するなど、思っても居なかった。


 元々、人形使いのデータからして倶利伽羅を操るだろう、とは伝えていた。それは彼女が復讐の糧にする虎徹や、天音の姿もあるかもしれない、と事前に忠告は果たしていた。しかし、頭では分かっていても、生前とまるで変わりない姿を目の当たりにしては千夏の心が耐え切れなかったようであった。


 しかし、千夏が瓦礫の山を押し退けてもう一度起き上がった今度こそ、彼女は人形使いに立ち向かわなければならない。

 それがどんなに苦痛だとしても、永恋は手を差し伸べる事が出来ないと思うから。彼女自身の手で、足で。乗り越えるしかないのであった。



「小暮日永恋、だったか。悪いがその霊具一式、俺達に渡してもらおうか」


「……奪う、の間違いでしょう」


「良く分かってるじゃないか。……だが、子供は素直な方が可愛いもんだ。それこそ、晴也坊ちゃんみたいに――なァッ!?」



 勇哉が得意とするのは、纏炎による身体強化を乗せた、纏炎闘術。

 無手による一撃は岩をも砕く威力を見せ、時雨を構えた永恋に襲い掛かる。



「ッ!?」


「へっ、貰っ――」


「舐め、るなッ!!」


「ぅおっ!? とぉ……ッ!」



 迫り来る拳に対して、永恋は刀を振り上げ対峙する。

 そこで永恋の手に伝わるのは、鋼を打ったような感触。纏炎によって強固さを増した勇哉の拳はそれほどまでに固く、強く、永恋の纏炎とは格が違う出力でもって、永恋の力ではその拳を弾く事すら困難を極めた。


 彼我の差を思い知らせるかのように笑って見せた勇哉に対して、このままでは押し負けると即座に判断した永恋は刀を寝かせ、相手の勢いそのままに拳を流していく。

 まるで刀同士を打ち付けているような、火花が散る感覚を覚えながらも、永恋は相手の力を借りる要領で拳を受け流した後、即座に刀を返し、勇哉の大きな体を操るかのように前のめりに転倒させる。


 ――合気。


 倶利伽羅に伝わる戦闘技能ではない、戦う術を持たない只人が編み出した、護衛術。

 剛の勇哉に対して、永恋は柔でもって対処し、霊力を用いない技術で勇哉を転がすに至る。


 それこそが彼女の、永恋の努力の成果であり、永新を守る為に身に付けた技量なのであった。


 しかし、勇哉もただ転がされるだけにあらず。

 大柄な体躯からは想像もできないような軽い動きで顎を引いたかと思うと、両の足を百八十度動かして先に地面に着くと膝から下だけで上体を支え、体が地面に落ちる事を防ぐ有様を見せる。



「――千夏さんッ!!」



 その隙に永恋は人形使いは仕留めに動いた千夏の方へと気を逸らすと、エレベーターの扉を踏み越えて頭から血を流した千夏の姿が目に映るのだが、彼女の元へ伸ばそうとした足は千夏本人によってとめられてしまう。


 千夏は永恋の声に一瞥だけした後、勇哉から受けた右腕の感触を確かめるように何度か腕を振った後に刀を構えて見せたのだ。それは永恋に自分の無事を知らせる事に加えて、人形使いに対峙する覚悟の表れでもあった。



「……おいおい、マジか。結構本気でぶっ飛ばしたつもりだったんだがな。……それでも、両方殺すのには違いはないがな」

「……」

「おや、もっと責められるかと思ったんだがな。妖魔に肩入れするなんて、と」

「聞いて欲しいの?」

「いいや? 聞かれたところで鬱陶しいだけだ。それに、答えは変わらないしな」

「……なら、御託は要らないでしょ。私は、こんなところで死んでいられないの」

「戦闘において、生に執着すると手段が曇る。習わなかったか? 命を懸けてでも相手を殺す。生き延びたければそうするしかない。俺はそうして生き延びてきた――ぞッ!!!」



 会話は途中で途切れ、勇哉の体が永恋の目の前でブレたかと思えば、永恋の第六感がうるさい程に危機感を訴え、その声が聞こえるままに永恋は床を転がった。


 瞬間、寸前まで永恋が立っていた場所に勇哉の拳が突き立っており、エントランスホールの床を易々と砕いている様が見えた。

 あんなものまともに受けられる程永恋の防御は固くない。もしも反応できないまま今の攻撃を受けてしまえば、永恋の体はひとたまりもないだろう、と言う事が予見させられる。



「今のに反応できるとは、やはり黄金世代と言うのは伊達では無いな。それとも、新型霊具のお陰か? 増々欲しくて堪らなくなるな、おい……!」


「……倶利伽羅である貴方が新型霊具を欲するのはまだ分かる。けど、どうして妖魔に手を貸してまでも新型霊具を欲するの? 妖魔が、望んでいるって言うの?」


「さぁな、人形使いが欲しがる理由は分からん。俺はただ、更なる力の為に人形使いに協力しているだけだ」


「それは、倶利伽羅では成し得ないものなの」


「当たり前だ。何せ……俺が()()()()()()()()()()()なんだからな――」


「ッ!?!」



 勇哉の言葉に、永恋は思わず目を瞠る。

 それがもし本当ならば――、と言う思いが脳裏に過って、永恋は思い踏みとどまる。

 もしもそれが実現できたとしても、それはきっと、永新は望まない事だろうから。そしてそれは裏を返せば、永新が望みさえすれば永恋は簡単に倶利伽羅としての自分を捨てられると言う事になるのだが、今はまだその時ではないが故に、勇哉の言葉から目を逸らして刀を構える。



「理解してもらうつもりは、ない。……大分、お喋りが過ぎたな。向こうも佳境に入ったようだ。こちらも終わらせるとしよう。――纏炎闘術無手焼灼流・火車(かしゃ)



 叢雨勇哉は、東の四家の一つ、天炎家に仕える武人。

 指南役に選ばれると言う事は四家にも認められるだけの実力を有している事の証明であり、単独で中級妖魔と対峙する事すらも可能であった。


 そんな男の放つ霊力は、対峙する永恋の肌をビリビリと震わせる程の圧を放ち、全身を火の車と化す男の突進は永恋の第六感が何処に避けても致命傷は避けれないと囁いていた。




「――破魔弓術中級・火炎蜂」




 そんな中、永恋の耳には聞き馴染みのある声が飛び込んでくる。

 瞬間的に止んだ第六感の危機感知に、その声を信じて永恋は大きく後ろに下がると、次の瞬間、永恋の後退と引き換えに飛来した巨大な炎の一矢が、炎の化身と化した勇哉へと襲い掛かった。


 蜂の羽ばたきが炎を舞い上げ、猛進する勇哉と競り合うものの、永恋が脱出するだけの時間は十分に稼ぐに至り、永恋はその救援の一矢を放った人物らと合流する。



「永恋!! 大丈夫!?」

「永恋さん、どうして貴方がここに……いえ、それよりもまずはご無事で何よりです」



 永恋の元に駆け付けたのは、御厨七星と、弓を構えた火加々美甘奈。

 そして、炎を解いた勇哉を前に、我が目を疑う天炎晴也。



「勇、哉……? お前、こんなところで、何をして……。いや、何故、永恋を殺そうとした……!?」

「いや、はや、晴也坊ちゃんまでここに来られるとは……。小暮日に呼ばれたんですか? それとも、俺を疑ってかかった、とかですか?」

「御託は良い!! さっさと――」


「……落ち着け、天炎。そして、身構えろ。()はもう、目の前だ」


「敵……? 勇哉は、勇哉は、俺が小さい頃からずっと面倒を見て、くれて……」




「――纏炎闘術無手焼灼流・飛燕(ひえん)




 瞳孔を開いて困惑する晴也に対して叢雨勇哉が取った行動は、遠距離からの攻撃。

 それは敵を前にして隙を晒した晴也に対しての牽制に過ぎず、晴也に襲い掛かる以前に、彼らと同行していた老教師、皇龍火によって全て叩き落される。しかし、兄弟のように育ってきた晴也にとっては、勇哉が自分に向けて攻撃をしてきた、と言う決して言い逃れのしようがない行為を突き付けられた事によるショックが大きく、晴也の表情は険しさを増す。



「最強と名高き(すめらぎ)龍火(りゅうび)殿が相手とは、光栄だな。俺の突き進む覇道に曇りなど無いと言う事を証明して見せよう……!! ハァァアァァァ!!!!!」



「……来たか。……悪いが、お前の相手は私では、ない――ッ!!!」



 叢雨勇哉が最強の名を冠する皇龍火を前に全力を解放しようとした、刹那。

 皇龍火は勇哉を視界にすら収めぬまま虚空を見つめたと思いきや、突如として彼の頭上に黒のライダースジャケットをはばたかせたウルフカットの女が出現し、好戦的で野性的な笑みを浮かべながら皇龍火に襲い掛かった。




「――最期の死合いだッ!!! ヤり合おうぜ、皇龍火ッ!!!!!!!!」

「貴様ァ……ッ!!!」




「真宵、先生……!?」

「先生……!」



「燼月ッ、そっちは任せるぞ!!!」



「――ッ!?」




 虚空より出現した宿無真宵。その悦に浸った笑みに釣られるようにして皺くちゃになった笑みを見せる皇龍火は、エントランスホールの一画で忽ち戦闘を開始する。

 その去り際、真宵が指差した先で呼ばれた名に著しい反応を示したのは、小暮日永恋。真宵の指先に従って視線を動かした先、そこには、永恋が会いたくて会いたくて胸を焦がした少年の姿があり、躍動する彼の姿に、永恋の目は涙を浮かべる。



「……到着した途端、これだもんな」



 遠く離れた場所に永恋が居るとは知らず、千夏と人形使いの間に割り込んだ永新は霊力を励起させ妖魔の四肢を露出しながら、独り言ちる。


 真宵の激励を背に、上級妖魔と相対するのであった。



 こうして、三者三様の組み合わせと考えが交差する中、それぞれの戦いが幕を開けていく――。








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