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64話

 


「――ち、違うッ!!! 知らない!! エマは、こんな事、知らない……ッ!!!?」



 現れた三人と絵麻とで永新を挟むような形になる状況で、一番に声を上げたのは、永新をこの場に呼び出した燦然院(さんぜんいん)絵麻(えま)


 悲痛な面持ち、悲哀な叫び。

 彼女の心からの叫びに、聞く人は納得できてしまえるような訴えを前に、永新はいつの間にか詰まっていた彼女との距離を離すべく一歩、二歩と後退していく。


 聞く人に同情を与えるとは言っても、永新はその聞く人には該当しない。

 何せこの状況は、あの日の二の舞だから。同じ状況、同じ罠。その罠に嵌めた人物の声に、誰が耳を貸すと言うものか。



「お願い、永新くん……ッ!! エマの話を、聞いて……!? こんなの、知らない……っ。本当に、知らないの……!! エマが呼んだ訳じゃ、無いの……っ!!!!!!!」



「……」



獅子王(ししお)……。これは、どう言う事だ……? 俺は、お前が燼月を呼び出したと言ったから……」

「そうよ、どうして、絵麻がここに居て、あんな顔をしているの……? この状況、どう言う事なの」



 永新を騙して絵麻と鉢合わせにした一件で、永新の燦然院(さんぜんいん)香織(かおり)に対する信頼は底を尽いたかに思えたが、永新が「香織に免じて」と口にするくらいには辛うじて彼女への信頼は残っていた。それだけ彼女の人間性と言うものは永新に大きな影響を与え、愚直な程に真摯な姿勢にリスペクトを抱いていたのだが、蓋を開けてみればどうだ。


 永新を罠に嵌めた絵麻の所業は、香織の顔に泥を塗っただけに留まらず、辛うじて残された永新の香織に対する信頼すらも無に帰すに至った。

 彼女が知らぬ存ぜぬと口にしたところで、既に興味を失った永新の耳に彼女の訴えは届く事は無く、倶利伽羅の出現に際して永新はその場にジャケットを脱ぎ捨てて臨戦態勢の構えを取っていた。


 倶利伽羅が恐ろしいとか、絵麻を傷付けられないかもしれない、などと言う葛藤は、気が付けば消え去っていて、ただ純粋に、この場を切り抜ける方法だけを模索していた。最悪、倶利伽羅に手をかける選択肢すら、今の永新の頭には浮かんでいた。


 そんな中で、見慣れぬ刀を構えた獅子王が二人の倶利伽羅に尋ねられ、得意げに笑いながらこの状況を解説し始める。



「全ては燦然院、お前の裏切りから始まった」

「……裏、切り? わたしが、何を――」

「しらばっくれる気か? 始まりは昨日、貴様がカウンセリングに際して燦然院香織と話し合った事に起因する。……これが何か、知っているか?」

「獅子王、なんだ、それは」

「これは、小型の盗聴器だ。符術にも周囲の音を取り込んで通達する物があるが、倶利伽羅相手では気付かれてしまいかねないからな。こっそり、お前の霊具の内側に取り付けさせてもらったのさ。そして、聞いたのさ……燦然院香織と共に燼月永新との密会を果たす内容をなッ!!!!!」


「……ッ!!!!」


「獅子王、あんたのやった事は最低よ……。非難されるべきだわ」

「黙れッ!!! こうして燦然院の裏切りは判明したんだ! 現にこうして燼月永新との繋がりがあったのだ!! ……妖魔と繋がる倶利伽羅を排除する。これは立派な倶利伽羅の責務だ!! 非難される謂れなど、どこにも無い。文句があるならば、この僕よりも優秀な成績を収めてから言ってもらおうじゃないか。負け犬の、御厨家風情が」

「あんた、何様のつもり? 喧嘩売ってんの……?」

「貴様との喧嘩などしている場合ではない。今は目の前の燼月を始末するのが先決だ。晴也、御厨、力を貸せ」



 神来戸獅子王(けらとししお)の暴露に、御厨七星(みくりやななほし)が侮蔑の勢いで食って掛かる。

 しかしそれ以上に獅子王の言葉に絶望したのは、全身をまさぐって獅子王の言った盗聴器の送信機を発見した絵麻であり、それを握り潰して破壊した絵麻はまるで何かの救いを求めるように永新を見上げていた。



「……悪いけど、俺と七星はパスだ。そもそも、武器を携帯していないからな。俺はただ、もう一度永新に会って、永新の顔を見て謝りたかった。ただそれだけなんだ」



「……は? なんだよ、それ……」



 刀を肩に担いだ獅子王を押し退け、天炎(てんえん)晴也(はるや)は永新の前に歩み出てくる。

 それに倣うように七星も獅子王を無視して歩み出たかと思うと、警戒する永新を他所に、永新に向かって深々と頭を下げた。






「……今まで、ごめん。謝って済む問題じゃないのは、分かってる。けど、これは俺の、俺なりのけじめの付け方だ。俺達にどんな事情があろうと、燼月を追い詰めたのは事実だ。言い訳はしない。……本当に、申し訳なかった」


「あたしも、ごめんなさい。あなたが悪い人じゃないのは、あたしは知ってた。なのに、あたしはあろう事か、敵に回ってしまった。……ううん、これも言い訳でしかないわ。あたし達に出来る事なら、どんな形でも償う。だから、謝罪だけでも、受け取って欲しい。……本当に、ごめんなさい」






 謝罪。陳謝。詫び。謝意。

 全ての非を認め、頭を下げる。その行為は四家である二人にとってプライドを傷つける行為でありながらも、それでも尚、こうして永新に面と向かって頭を下げる決意をした。

 それがどれだけ大きな判断であったか、この場においてそれを理解できるのは、同じ立場の四家である神来戸獅子王、ただ一人のみであった。


 しかし、理解できる事と共感できることは全くの別物で、獅子王は二人の行動に頭に血を昇らせて憤慨する。



「ッ!!!!?!?!? 晴也、七星……ッ! 貴様ら……それはつまり、妖魔に膝を屈し、妖魔に与する、と言う事か……!? 四家に生まれ、甘い蜜だけを吸わされて生きて来た貴様らが、倶利伽羅を、裏切ると言うのかッ!?! 燼月永新は、僕達の敵だ。首を垂れる相手ではないはずだ。やつがどんな道を歩んで来ようとも、僕達は同じ世代の責任を果たさなければならないはずなんだ!!! それを、放棄するのか……!? ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなッ!!!! これは、僕達が始めた、僕達だけの物語であるはずだ!!!! 勝手に降りる事など、他の誰でもない、この僕が許さんぞ!!!!!!」



 余りにも傲慢。

 余りにも自分勝手。


 他者の悲哀など知った事ではない、と宣う獅子王を前に、晴也と七星は眉を顰める。

 永新の境遇を知っても尚、自分の背負うべき罪悪感から目を逸らし続ける目の前の獅子王が同じ人間だとは思えずに。


 しかし、そんな獅子王の自分本位な激昂に賛同する人物が、一人。


 それは他でもない、晴也と七星が頭を下げた先の相手、燼月永新その人であった。




「……そうだ。謝ったらそれで良い、とでも思っているのか? けじめ? 償い? 馬鹿馬鹿しい。そんなもの、お前達が罪悪感から逃れる為の言い訳に過ぎない」



「「そんな、事は……!!」」



「もし本当に許して欲しいのなら、お前達の罪を先に倶利伽羅達に告白してから来るべきだった。そうしなかったのは、自分が非難に晒されたくはないと言う薄汚い加害者の癖が抜けていないからだ。自分だけは赦してもらおう、と言う汚らしい魂胆が透けて見える。自分勝手なのは、お前達も同じだ」



「それでも、俺は……っ」



「それでも? ハッ、認めたな。お前達は所詮、どこまでいっても加害者なんだ。その罪の重さから解放される日は、一生来ない……! それから逃れる事は、出来ないんだよ……!!」



「そら、見た事か……! 晴也、七星、武器を取れ! やはりこいつは、生かしてはおけない!!! 人の心など疾うに消えている! 邪悪な妖魔に成り果てたんだ!! 罪の意識など持つだけ無駄だ、何せ、燼月はァ、人では無いのだからなァ!!!!」



「お前達のような人間を『人』だと呼ぶのなら、俺は人じゃなくたって良い……。俺は、妖魔だ……ッ!!!! お前達倶利伽羅の、敵だ。それ以上でも以下でもない。今ここで、それを証明してやろう……ッ!!!」



 いつになく強い言葉を使う永新は、四肢に霊力を迸らせる。

 すると、瞬く間に四肢に炎が宿り、衣服が燃えていく。そして永新の感情の昂ぶりに応えるように霊力は苛烈さを増して、妖魔化した四肢に奔る血管のような線から漏れ出た霊力が炎となって大気を熱する。


 その姿は正しく妖魔――倶利伽羅の敵であり、黄金世代の代表たる獅子王や晴也、七星の四家の霊力をも遥かに凌ぐ量を内包して敵意を放出するのであった。


 しかし――。



「……なんで、泣いてるのよ」



 獅子王から受け渡された符術に内包された刀を受け取った七星は、永新の目に浮かんだ涙を見て思わず刃先を下に降ろしてしまう。




 ――GAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!




 永新の妖魔化が腕を超え、肩に、そして首までをも侵食し始め、遂には自我を失った様相で妖魔としての産声を上げる永新。


 それは明確に、霊力による暴走の兆候であり、永新の体内で励起された余りある霊力によって、妖魔としての力に飲まれた証拠でもあった。



「ぼさっとするな!!! 所詮は落ちこぼれのろくでなしだ!! 妖魔となったところで、僕達の敵じゃないはずだ!! 新たに授かったこの力で、僕達の因縁に蹴りを付ける!!!!!」



 雄叫びを上げる永新に、目を輝かせる獅子王。

 その目は永新ではなく、永新を討伐した後の未来を見据えて輝かせているのだろうが、晴也も七星も、誰一人として同じ方向は向いてはおらず、獅子王について行く姿勢を見せる者は誰も居なかった。

 晴也も七星も、自分の身を守る事しか考えてはおらず、これ以上永新を傷付ける素振りは見せていなかった。



 そして、獅子王が刀を振り上げた、次の瞬間――。



 記憶に新しい雷鳴が轟いたかと思うと、永新の傍に稲光が落ち、アロハシャツにサングラスの男が立っているのであった。






「――ハイ、そこまでだぜ? ほら、永新も落ち着け落ち着け」


「ハァッ、ハァッ、ハァ……ッ!」






 アタッシェケースを片手に放熱する永新の体を擦る男は、全身に雷光を纏わせて自分が只者では無い事を悟らせて一瞬にしてこの場の空気を掌握したかと思うと、それぞれを睥睨して嘆息を吐いた。



「ほぉ……。永新、お前よく頑張ったな」

「はぁ、はぁ……っ。一瞬、目の前が、真っ黒になって……」

「これで二回だ、永新。次は三回目。もう何も怖くねぇはずだ」


「何の話だ、貴ッ、様……!!! 昨日は、よくも――」


「よくも? よくも、なんだって? 俺様に見逃された、弱っちい倶利伽羅さんよォ? ……むしろ俺様の台詞だぜ。俺様のかわいい後輩を、罠に嵌めやがってよォ……覚悟は、出来てんだろうな?」


「昨日の報告にあった、上級妖魔か……!!」



 ギリギリ、と歯噛みする獅子王を他所に、解決金をばっちりと受け取った羅威竿は永新の呼吸が整うのを待つばかり。ここで倶利伽羅とやり合う意味は無く、昨日の一件同様に逃げる為にわざとらしく雷光を手の中で弄って見せるのだが、目の前の倶利伽羅はそんな虚仮脅しに面白いように引っ掛かって二の足を踏み続ける。



「フーッ、フーッ……!! 昨日と同じ手が、通用すると思ったら大間違いだッ!!! 上級妖魔も、燼月永新も、この僕が……、この僕ッ!! 神来戸獅子王が、打ち、倒すッ!!!!! ――紅蓮一刀流、()()神来宝典(じんらいほうてん)獅子王牙(ししおうが)ッ!!!!!!!!!!」



「おいおいおいおい、風向きが怪しくなって来たなァ、おい?」



 目を血走らせた獅子王は、倶利伽羅に支給される通常の刀とは異なる、特異な刀に霊力を纏わせ、炎を発現させる。

 ゆらり、と揺れる炎はただの炎とは異なり、獅子王の人間性を映したかのようにどこか重たい印象を抱かせるのだが、獅子王はそれを半円を描くように頭上に振り上げると、獅子王の背に瞬く間に炎の獅子が象られる。


 チャキ、と音を鳴らして大上段に構えた獅子王を見て、横に居合わせた晴也と七星は目を丸くさせて獅子王の制止にかかる。



「獅子王!! それは危険すぎる!! 住宅地の、ど真ん中だぞ!?」

「何考えてるの!? それよりも――絵麻だって、いるのよ!!?」



 獅子王と晴也と七星。羅威竿と永新。

 その線を結ぶようにして敷かれた対角線上には、永新の後方には、唯一の機会を台無しにされて打ちひしがれる絵麻が呆然と立っているのみで、彼女は獅子王の乱心を前にしても動こうとはしていなかった。


 そして獅子王もまた、二人の声に聞く耳など持たず、眼鏡の奥で揺れる金の瞳が瞬いたかと思うと、一切の躊躇なくその刀を振り下ろすのであった。



「死ィねぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 余りの熱気と霊力に、晴也と七星はそれを受け止める為に身を挺するのも憚られる。

 襲い来る衝撃に備えて眼前を守るべく動いた、その一瞬だった。


 本来なら目撃するのも難しい、炎が揺らめくワンフレームの間に、絵麻の体が横に飛んだのを、二人は目撃する。


 そして、獅子王の炎の一撃には不釣り合いな雷鳴の音が鼓膜を震わせたかと思うと、遅れて荒れ狂う衝撃が二人の体を薙ぎ倒そうと襲い来る。



「くっ……!!」

「うぅっ……!!!」



 その衝撃に倒されまいと反発したのもほんの僅かな一瞬で、過ぎ去った衝撃に覆っていた腕を外して目を見開くと、そこには綺麗に整えられていたはずの燦然院家の庭は見る影もなく破壊され、その光景を前に不気味に高笑いする獅子王の姿だけが、二人の視界にはあった。



「っ、そうだ、絵麻……ッ!!」

「無事なのか……!??」



 あの一瞬、映し出された光景が幻では無い事を確認するべく、七星が動き出すのに少し遅れて晴也も動き出し、絵麻が立っていた場所から少し横にずれた低木の中をかき分けて進むと、呆然と目を見開いた状態の絵麻が見つかる。



「絵麻!! 無事、なの……?」

「よし、今引っ張り出すからな!!」



 低木の中に横たわるようにしていた絵麻の態勢を変えないように、晴也の手によって慎重に運び出された絵麻の手には、永新が身を包んでいた買ったばかりのキュロットジャケットが握られていた。



「永新、くんが……。エマを、蹴って、くれて……。それで、それで……」

「……やっぱり、永新が」



 その蹴りによって強制的に獅子王の攻撃範囲から逃れられたものの、それによって絵麻の肋骨は折れてしまっていた。だと言うのに、絵麻は虚空を見つめて「永新くんが……」と呟き続ける。

 それに加えて、獅子王の一撃は燦然院家の周囲を取り囲む鉄柵をも越えて直線状にある住宅地を破壊出来る程の威力だったのにもかかわらず、破壊されたのは燦然院家の敷地内のみ。その代償に、美しかったはずの庭は黒焦げになった地面が晒されてしまっているのだが、それもまた炎によるものではなく、あの時鳴り響いた雷撃によるものだと分かるが故に、残された七星と晴也は感謝を伝える対象がいなくなった現場を見て感心する他ないのであった。


 煙も残さず消えた、二人の妖魔を思って――。








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