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63話

 


 燦然院(さんぜんいん)絵麻(えま)

 永新と同じ、四家の揃う「黄金世代」出身の倶利伽羅であり、永新が近付きたくない人物の筆頭でもあった。


 倶利伽羅の代名詞でもある霊具に身を包んだ彼女だが、その顔は永新を見て綻んでいて、香織同様に顔の素材そのものを生かす程度の化粧がされているのが分かる。


 それが、やけに永新の神経を逆撫でするようで。



「……」



 絵麻の花が咲くような表情とは裏腹に、正当に仲を深めた香織と関わってにこやかに微笑んでいた永新は、香織の自室に通されて絵麻の姿を視界に捉えるや否や、瞬く間に表情が抜け落ちていく。


 その代わりようは表情に留まらず、永新の纏う空気さえも凍り付いていって、サプライズを企画して永新の背を押した香織が困惑の色を見せる中、永新は絵麻から視線を逸らして背後の香織に極めて簡潔に、単純な問いを投げかけた。



「……これは、どう言う事?」



 その声はどこまでも冷え切っていて、香織が向けられた目は、まるで鋭利な刃物のようであった。

 返答を間違えたらどうなるか。それを瞬時に理解させられた香織は顔色を青褪め、永新の踏み込んではいけない場所に無遠慮に踏み込んでしまったのだと悟り、じわり、と目の端に涙を浮かべる。しかし、香織がしたいのここで泣く事では無く、この場の説明と、謝罪であるはずが、永新の有無を言わせぬような迫力を前に、只人の香織は首を絞められたかのように言葉を紡ぐことは許されず、「あ、う」と喘ぐことしか出来なかった。



「――ちょぉっと待て、永新。お前の気持ちは、分かる。だが、お嬢様を怖がらせるのはナンセンスだし、お前の意思にも背くだろ? な、永新……、一旦落ち着け」


「…………ごめん、羅威竿。ちょっと、席外すよ」



 永新と香織の間に割って入った羅威竿に冷静さを取り戻した永新は、浅い呼吸を正常に戻した後に、その場から離れようと動き出したのだが、永新が背中を向けた相手、絵麻の声が永新の足を引き留める。



「――待って!!! わたしは……エマは、永新くんに謝りたくて……っ!! エマは今、俱利伽羅としてじゃなくて、一人の、燦然院絵麻として、ここに居ます……っ。だから、お願いします……! 少しだけ、少しだけでいいので、エマに、時間をください……っ」



 香織の自室から出ようとした永新であったが、その前には我に返った香織が立ちはだかっており、目に恐怖を浮かべながらも両手を広げて絵麻の想いを応援するべく永新の行く先を遮っていた。

 目の前の彼女に悪意が無いのは知っているし、透けて見えている。それが故に、好意を無下にする事が出来ない永新は苦々しい表情を浮かべながら逡巡する。


 実際の所、永新は絵麻を憎んでいる訳では無かった。

 当然、あの日あの瞬間には自分の命を捨ててしまえる程に絶望したのは確かではあるが、あの一件以来密かに聞こえて来た絵麻が永新を利用して四家に取り入った、などと言う噂は信じていなかった。

 短い期間と言えども、あの時期において絵麻は永新が最も関わりの深い人物であると認識しているが故に、絵麻がそんな人物では無いと信じていた。


 その真偽は置いて措いて、永新が彼女に会いたくなかった理由は、永恋(えれん)に会いたくないのと同じ。妖魔の道を進むと言う自分の覚悟が、揺らいでしまいそうになるから。


 女々しいのは百も承知。

 その上で、友人の居なかった永新にとって、数少ない心を動かされた彼女たちとは敵対したくないと言う思いが非常に強かった。彼女たちを前に、自分は果たして傷付ける選択が出来るのかどうか。


 倶利伽羅を前に怯んでしまうのもそれに付随しての発症とも言えるのだが、いざ絵麻を前にした永新は確信した。


 ――俺は、二人を攻撃する事が出来ない。


 何かきっかけの一つでもない限り、永新は永恋を、絵麻を攻撃する事は出来ない。それを悟るのは一目見ただけで十分で、考える時間など必要なかった。


 それが永新の善意なのか、好意なのか、それとも呪いなのかは彼自身把握し切れていない。


 何せ、永新はまだ自我が芽生えて幾許も無い妖魔に過ぎず、その感情を言葉で表現できる程、自分の心を理解していないから。彼が俱利伽羅として生きて来た中で教わった事など、与えられた知識の他には「愛想よく笑って誤魔化す事」と「辛くても、苦しくても我慢し続ける事」の二つのみ。助けを求める事も、自分の心に正直に生きる事も何も知らない永新には、倶利伽羅と相対する事だけでも様々な苦痛を伴ってしまう。


 故に永新は悩みに悩み抜き、羅威竿に助けを求めるのだが、絵麻に敵意や悪意を感じないせいか「永新の好きにしろ」と返って来るのみ。

 一見突き放されているように思えるものの、もしここで永新が「帰る」と言えば羅威竿は楽しみにしていた解決金も放って永新と共にここから去ってくれるだろう。そんな信頼の証のような言葉に勇気を貰った永新は、浅い呼吸を整えながら固唾を飲んだ後、絵麻の懇願に半分だけ振り返って肯定の意を示すのであった。



「……香織に免じて、少しだけ、なら」


「――!!」


「どこか、話せる場所は、無い?」


「……え、あ!! そ、それなら応接間が――っ、いえ、お庭がいいですわ!! 案内し――」


「悪いがお嬢様は俺様とビジネスの話だ。二人だけで、行けるな?」


「……うん。ありがとう」


「エマが、先に行くね。永新くん、ついて、来て……?」


「……」



 最後に羅威竿と目を合わせた永新は顔色が悪く、乗り気でない事がはっきりと分かる。

 それでも向き合おうとした永新の成長を羅威竿は見守るしか無い。


 二人が出て行ってすぐに羅威竿は窓際に寄って外を眺め、自分たちが通って来た屋敷までの道のりを眼下に収める。香織の自室に辿り着くまでの時間と永新の重い足取りを踏まえて時間を計算した羅威竿は、二人が出て来るであろう一点を睨んだまま、香織に背を向けた状態で会話に臨む。



「わ、わたくし、燼月さんに悪い事をしてしまったのでしょうか……」


「お嬢様は何も悪くねぇな。とにかく、タイミングが悪すぎた、ってだけだ。出会う瞬間さえ違っていれば、永新とお嬢様は良い友人関係を築けただろうよ」


「そんな……!! ……いいえ、まだ、わたくし諦められません。燼月さんも、神々(みわ)さんも、わたくしのお友達ですから。大切なお友達を、わたくしの失態で終わらせたくありません。誠心誠意、心を込めて謝れば――」


「――お嬢様の心意気は分かった。だが、この話ってのはそんな簡単なもんじゃねぇんだ。全てが終わった後で、永新の心がお嬢様を受け入れられるかどうか。あの女と引き合わせた時点で、恐らくお嬢様の価値は底を尽いただろうからな。その時を待ち続けるしかねぇだろうよ」


「それでも……。わた、わたくしは……!!」


「人生相談はこれまでだ。予想だにしない展開が待ち受けていた訳だが、俺様と永新は元より、お嬢様と仕事の話をしに来ただけだ。契約に則り、成功報酬の解決金――の1,2倍。頂戴しようか」


「それは……。いえ、わたくしの失態は明らかですものね。これは、燼月さんへの慰謝料、と言う形ですわね」


「話が早くて助かるぜ。即金は用意できてるんだろうな?」


「もちろんですわ。昨日の内から用意できていますもの。……駄賃のついでとは言いませんが、燼月さんの事を、少し聞かせていただいても?」



 二つの影が香織の部屋の窓から見える位置に来たのを確認してから、羅威竿は差し出されたアタッシェケースの中身を数えていく。

 普通ならばこの金を受け取った時点で依頼者とは全ての関係を断ち切るのだが、正真正銘純真無垢な香織を前にした羅威竿は、老婆心なる先輩風を吹かして、香織が永新にとっての善人であると判断して彼女の問いに答えるのだった。



「……永新は、とにかく不幸な子供だ。それを理解しよう、ってのはある意味じゃ残酷なものだと言える。それでも尚、本当に知りたいってンなら、もう一人の燦然院に聞いてみる事だな」


「絵麻さんに……!」


「もしかして、何も聞いてねぇのか?」


「はい……。ただの、同級生だ、としか」


「同級生ねぇ……。ま、もし話を聞く場合、相手に都合が良いと感じたら疑ってかかる事だ。人間ってのは、自分に都合の悪い事は最後の最後まで言おうとしねぇ生き物だからな。それくらい、過酷な過去だ。聞くときは覚悟するんだな――っと。助けを求める声が聞こえたな」


「それって、どう言う――み、神々さん!? ここ、三階ですわよ!!?」



 瞬く間にアタッシェケースの中身の大金を全て数え終えた羅威竿は、ケースを片手に香織の部屋の窓を開いて身を乗り出す。



「お嬢様は言っても聞かねぇと思うが、これ以上の深入りは止しておけ。命が持たねぇからな。本来なら、もう会う事はねぇだろうが、って言いてぇんだが……お嬢様とはまたどこかで運命が交差するような気がしてるぜ。それじゃあな――」


「神々さ――きゃあッ!??」



 羅威竿がサングラスを少しずらして香織の目を覗いたかと思うと、ピリッ、と肌を焼くような電流を残して姿を消すと同時に、次の瞬間には屋敷中が瞬間停電を起こす。

 余りの出来事に頭を守るように腕を回した香織であったが、視界が開けた時には羅威竿の姿は無く、彼と同じように香織もまた、窓から身を乗り出して眼下に視線を向けるのだった。











 永新が絵麻と共に香織の部屋を後にして、乗り気のしない永新は牛歩と称するに相応しい鈍間な歩みで絵麻の後ろについて屋敷の外を目指して歩いていた。

 一定の距離を保って歩く永新に対して、絵麻は頻りに後ろを振り返りながら永新が付いて来ているのを見ては、嬉しそうに微笑む。永新にはそれが気持ち悪く思えるのだが、それを口に出して指摘するのも気が引ける。


 結果、庭に出るまで二人の間に会話は一切なく、微妙な空気だけが二人の間に漂い続けていたのであった。



「……」

「……」



 燦然院家の手入れされた庭に辿り着いた絵麻が永新に振り向くも、永新は頑なに目を合わせようとはせずに俯いたまま。逸る鼓動と浅い呼吸を正常に保つと言う自分の事で精一杯の永新は、妖魔の四肢が熱を上げる事でクラっとしてしまいそうになるのを奥歯を噛み締める事で必死で堪え、相対する。



「……洋服、似合ってる、ね」

「……」

「二人で居る時、どんな話してたか、覚えてないね」

「……」

「あ、あの時の事、ずっと、謝りたくて……。永新くんが、妖魔に堕ちたって聞いて、居ても立っても居られなくて……ずっと、探してた……! だからあの時、永新くんが妖魔でも生きていてくれたのを見て、本当に嬉しかった……。もう二度と、会えないと、思ってたから……!!」



 先に口を開いたのは、絵麻の方。

 無反応を貫く永新の様子を見ながら、少しずつ、ジリジリと詰め寄るかのように会話を運んでいき、ずっと言いたくても言えなかった事を口にしていく。否、比喩では無く、現実のものとして、絵麻は永新に向かって少しずつにじり寄っていた。



「どうしても、あの時の事を謝りたくて……。だから、こうして、香織さんに頼んで、二人きりで話し合える時間を作ってもらって――」


「――()()()()?」


「え……?」



 永新がようやく口を利いてくれた事に目を輝かせ、久し振りに聞く変声期を越えた大人の声音になった永新の声を耳にした絵麻が喜びを露わにするも、永新の放つ言葉に疑問を抱かずにはいられなかった。

 しかし、疑問を口にしているのは永新の方であって、永新の口からもたらされるのは再会を祝う言葉などではなく、繰り返される疑問の声のみ。



「どこが、二人きりなんだ?」


「え、え……? どう言う、事……? 正真正銘、今はエマと永新くんの、二人、きり、で――」



 永新の疑問を否定しようとした絵麻であったが、否定の言葉を最後まで紡ぐ事は叶わない。

 絵麻の認知の外にあった、永新の疑問の答えが自ら姿を現してきたのだから。



「――どう、して……!??」



「良くやった、燦然院よ。燼月ゥ……! ここで決着を付ける……!!!」

「……まさか、本当に燼月が現れるとは、ね」

「永恋を連れて来なくて、正解だったわね……。あんな目を向けられたらあの子、正気を保ってなんていられないわよ」



 どこかで永新の声を聞きつけたのか、これ以上は隠れる必要も無い、とばかりに屋敷を囲う壁を乗り越えて白昼堂々と不法侵入してきたのは、永新に関わり深い三人の倶利伽羅達。


 たった三人。されど三人。

 既に臨戦態勢を取る神来戸獅子王(けらとししお)の他に、同じく霊具を身に纏う天炎(てんえん)晴也(はるや)御厨七星(みくりやななほし)の、黄金世代を代表する四家の内の三人が揃ってしまうのだった。


 その光景は、一人が欠けているとは言え、あの日の再現に程近いもので。

 思い出すなと言うのが無理な話で。

 永新の心の奥から、深い闇が湧き出すような感覚を思い出すのであった。






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