62話
「なぁ永新、これどうだ? 似合ってっか?」
「いいんじゃない? 俺のは、どう?」
「キハハ! 永新、お前眼鏡似合わねぇなぁ!! おら、帽子見に行こうぜ、帽子!!」
「羅威竿が似合いすぎなの! どっからどう見ても近付いちゃいけない雰囲気出してるし、逆に目立ってるってば」
翌日。
真宵の伝言に従って時間を潰すべく事務所を飛び出した永新と羅威竿の二人は、羅威竿たっての希望により、今回の依頼者である金髪縦ロールお嬢様こと燦然院香織の元を訪ねていた。
しかしその道中、突如として羅威竿が何かを思いついたのか「変装しようぜ!」などと宣った結果、永新と羅威竿の二人はショッピングモールにて変装道具を漁っているのであった。
その様子はまるで長年連れ添った親友のようなやり取りであって、遠慮の無い羅威竿に対して永新も小気味よく返事をして戯れる。
どうして変装道具を仕込みに道中のショッピングモールで遊んでいるのかと言うと、それは永新の素朴な疑問が発端であった。
――倶利伽羅の監視とか、付いてないの?
永新のその質問に思わず「ン゛」と肩を震わせた羅威竿だったが、永新の懸念は尤もであり、いかに金髪縦ロールお嬢様こと香織が霊力への適性を殆ど有していないとは言え、被害者に合ったアフターサービスを行わなければならない倶利伽羅の前では被害者は平等である以上、永新の心配は漏れなく的中していた。
故に、今このタイミングで香織の元を訪ねる訳にはいかないのだが、この機を逃したら永新の身はまた暫く真宵に預けられると確信している羅威竿は、一刻も早くまとまったお金が欲しい思いと倶利伽羅の監視が付いている事による危険性とを天秤にかけた結果、悩む暇もなく、一にも二にもなくお金の方に傾けた羅威竿はにこやかな笑みを湛えて振り返っては、「問題無しだな!!!!」と言ってサムズアップして見せた。その逡巡の間は、僅か0,5秒。お金の為なら羅威竿は思考を加速させる事だって可能なのであった。
しかし、どう考えても倶利伽羅が待ち受けている可能性は高く、それ故に危険の方が大きいのは言うまでもない。本来の羅威竿であればその程度、考えるまでもなく思い当たって踏み留まるはずが、今の羅威竿は普通ではなかった。
何せ、彼はお金の事が絡むと途端に思考が短絡的になり、どれだけリスクがあろうとも最短最速の道を進んでしまう欠陥持ちであり、その金額が大きければ大きい程に羅威竿の頭の中が空っぽになっていくのだが、正に今がその状態であった。
そして永新もまた、先輩である羅威竿に絶対の信頼を寄せているが故に、彼の言葉を疑わない。羅威竿が「大丈夫だ」と言うのなら、それは間違いなく大丈夫である、と考えている永新は、「念のため変装くらいはしておこうぜ!!」と言う空っぽな頭で絞り出した頼りない予防線を張る羅威竿に、呑気にも乗っかってしまうのであった。
「永新にはこれとかどうだ? ……ハハッ、イカしてるじゃねぇか! 俺様はこんなのも似合っちまうんだぜ」
「ますます荒らっぽさが増したよ、羅威竿。……キャップもいいけど、やっぱり無い方が落ち着く」
「確かに似合ってはいたが、永新のイメージには合わねぇかもな。永新は適当に、無難な伊達メガネぐらいでいいだろ。あの、似合ってねぇ訳でもねぇけど、絶妙に似合ってる訳でもねぇやつ」
「それ褒めてるの? 馬鹿にしてるの? でも、別に、変装はばれない為にするものだし、お洒落する為ではないから……。それよりも、羅威竿はどうするの? あのマフィアみたいなサングラス――って。そう言えば何、そのアロハシャツ」
「永新が帽子選んでいる間に買ってきたんだぜ。どっからどう見ても俺様だって分からねぇはずだ!」
「……余計胡散臭さが増したように思えるし、隠れられていないような気もするけど……」
「いいの! 俺様はこれで決定! むしろ堂々としている方が案外バレないもんだぜ?」
そうして頭を空っぽにさせてショッピングを楽しんだ二人は、それぞれ入る時と出て行く時とで異なる格好をしていた。
永新は、来た時は事務所にある羅威竿のお下がりのTシャツ一枚だけだったのが、出てきた時には保温性に優れたキルトジャケットを羽織っており、カラフルなチェック柄は永新を年相応に見せる。年の暮れも近い肌を刺す寒さが堪えるこの時期に相応しい恰好となっていた。
それに対して、羅威竿の恰好はと言うと、冬の日差しに対抗するべく遮光性の高いサングラスをかけて、アロハシャツに短パン、サンダルを着合わせると言う、永新との対比でも意識したのか、明らかに季節外れのコーデを身にまとっていた。着る人を選ぶような恰好でありながらも意外と様になっているのは、羅威竿から滲み出るやんちゃな気配がそう見せているだけだろうか。
道行く人々の誰もが季節感の丸でない羅威竿の恰好を見て振り向くのだが、他の誰でもない羅威竿本人が堂々と胸を張って歩くのだから、羅威竿の顔を一瞥するだけでそれ以上気に留める事無くすれ違っていく。
そして、羅威竿がサングラスをしている、と言うのも顔を印象付けない事には思いの外有用で、その効果が実際に働く度に、羅威竿は隣を歩く永新を見上げて鼻を鳴らす。その黒いレンズの奥でこれでもかと言う程にドヤ顔しているのが目に浮かぶのだが、羅威竿が注目を攫ってくれているお陰で、似合っていない伊達メガネの姿の永新に余計な注目が集まる事は無かった。人一倍人目を気にしなければならない永新にとって羅威竿の存在はまるで避雷針のようで、とても頼りになる存在として永新の中で羅威竿と言う存在が大きくなっていく。
「……それにしてもよぉ、まさか只人が妖魔に変わっちまうなんて、俺様も今まで知らなかったぜ」
「……人の往来で話して良い事なの!?」
「ゲームかなんかの話だと思われるだけだっての」
「そ、そっか。……さっきの、話、だよね? 悪用する人が出てきたら、この辺りの人達も全員……」
「恐らくだが、真宵が関わっている事案はそれに関係しているのかもな。名目上は、妖魔を増やしているならず者の調査、だった気がするからな」
「もう既に、悪用されているのかもしれない……って事?」
「あぁ。調査書を見る限りでは、意図的に霊力溜まりを作り出したり、最下級の妖魔を飼いならしでもしているのかと思っていたが、まさか想像の斜め上をいきやがった。そんな事をされちまえば、白麗様の命が奪われかねねぇからな」
「でも、白は妖魔には殺せないんじゃなかったか?」
「ああそうだ。だがな、倶利伽羅と妖魔のハーフであるお前が白麗様を殺す最後のピースなのだとしたら、只人から妖魔に変わった連中にも可能性があるかもしれねぇんだ。正直、とても楽観視していられる状況じゃなくなったわけだ」
その言葉を境に、サングラスの下で笑っていた羅威竿の表情からフッと、笑みが消える。
「……白麗様は、死を望んでいる。殺されることを、待ち侘びている。その願いに応えるのが、臣下の務めであって、玉座を簒奪しようと企むのは不義理でしかねぇ。俺様達がこっちで生きていく上で、『妖魔の王』っつう旗印は、ぶっちゃければ必要ねぇんだ。妖魔の王である白麗様が、全てを放棄するって決めたんだからな」
「全てを、放棄?」
「なんだ、疑ってんのか? その気も無い、ってか? こっちの世界の侵略を諦めていないのなら、わざわざ殺されるのを待つんじゃなくて、次の何者かを次世代の王として指名しているはずだ。それをしてねぇ、っつう事は、だ、永新。……あの人の事は、どうか信じてやってくれ。妖魔である限り俺様達じゃ白麗様を殺す事は不可能であるが故に、お前と言う特異な存在に頼らなければならない俺様達がお前を信じているように……。お前は、白麗様の事だけを信じて、白麗様の事だけを見ていてやってくれればそれでいい」
「羅威竿……」
羅威竿の横顔は、どこか物悲しく、それでいて覚悟を定めた男の顔だった。
彼の抱く思いと言うのは、白に仕える真宵やルゥも抱えているもので、妖魔の王である白の願いは、妖魔である以上叶えてあげる事が出来ないと言うジレンマに苛まれているのが永新には容易に想像できた。
彼ら彼女らがもしも永新の立場であったなら、もっと効率よく動いて、自分のようにたたらを踏んだりしないはずだと思える程に彼らの心は強い。倶利伽羅も、妖魔も蹴散らして、最短最速で白の命に手をかけたであろう。
それだけの雄姿を、覚悟を知っている永新だからこそ自分との対比に苦しめられるのだが、それでももう、永新は逃げたりしない。
凄い、と一言で括るには余りある先達から「信じている」、「お前ならできる」そう言われてしまっては、みっともなく逃げていられるはずもないから。
「それに、俺様達が生まれ育った世界も、住めば都。慣れればどうって事もねぇしな」
「妖魔には、人化の術があるから……でしょ。そう言えば、妖魔は人になれるって言うの、あれは人化の術って事で合ってるの?」
「正確には語弊があるんだが、まぁ、その認識で大体合ってるぜ。人化の術は、俺様達妖魔を人に変える術だ。人が妖魔になる過程は不可逆じゃねぇって訳だ」
「……ただの人工皮膚みたいなものかと思ってたけど、もしかして変わるのは表層だけじゃない?」
「上達していけば構造すらも遜色ないまでに変わるが、永新の今の状態は表層だけの変化だな。まぁ、永新は四肢以外人の体だけどな」
「それじゃあ、今の羅威竿は人の体、って言う事……?」
「そうとも言えるな。あの異界で俺様が切られたのを見ただろ? 意識すれば百分の一秒で妖魔と人の体を行き来できるようになるってもんだ。そうじゃねぇと、俺様の体内が常に帯電しちまうことになるからな。……覚えたての頃は大変だったぜ? 何せ、あちこちが金属が散らばってんだ。それを引き寄せちまったり、放電しちまったりで、本当に大変だったぜ……。その点、お前は良いよな。少し体温が高くなるくらいだろ? 随分と制御が楽そうだ」
「羅威竿のと比べれば楽だろうけど、時々排熱と言う名の解除を挟まないと、熱が籠って熱中症みたいになる」
「キハハッ!!! この真冬の最中に、熱中症か! 戦闘中は平気なのか?」
「常に露出しているからね。まぁでも、そのせいで袖とか全部燃え落ちるけど、許容範囲と言うか……」
「そうか……。いや、そうだったな。制服も中途半端に燃え尽きてたもんな」
今来ている服も、もし万が一戦闘が始まってしまったとしたら燃え尽きてしまう、と思い当たってしまうと、先程購入した金額が永新の頭を過る。
もしそうなったら真っ先に「ジャケットを脱ぎ捨てよう」と心に決めた永新は、その後も他愛ない会話を繰り広げながら香織の家に向かって行く。
永新はこの時、同姓同士で下らない会話を繰り広げているなと思うと、それが存外心地の良いものだと生まれて初めて知る。
何分、これまで永新の周りにいた同姓と言うのは、永新の事を見下すか、侮蔑の対象とするか、敵として見るかの三通りしかおらず、最も身近であったはずの永新の父親でさえも永新の事をそれらに該当していた。
こうして他愛のない会話をするのは、永新の人生において、白と真宵に次ぐ三人目であり、羅威竿は唯一の同姓であった。
凍吉とも仲は深めたと言えるのだが、凍吉と永新の間には一定の距離感が保たれているように感じ、永新は羅威竿相手のように気を抜いて会話する事は叶っておらず、羅威竿は永新にとって初めて出来た同姓の友人、のようなものであった。
そこで「友人である」と断言できないのは、永新の人生で友人関係を築いた事自体に深い傷を負っていると言うのもあって断言できず、羅威竿の方から断言されるのを待つ状態。これに関しては致し方ないと言う他無いのだが、そう言った永新の心の機微には鈍い羅威竿によって、このままでは永新にとって「あの日以来初めての友人」と言うのが、なんのしがらみにも囚われていない香織に挿げ変わってしまう可能性が非常に高かった。
「――確か、住所はこの辺りのはずで」
「……永新、お前いつの間にお嬢様と連絡先交換したんだ?」
「えっと、羅威竿が戦い始めた時くらいかな」
「何を呑気にやってるかと思えば……」
「冗談だよ、冗談。香織の方から聞いて来たんだ。今度お礼がしたいから、って言ってさ」
「……それ、永新に気があるんじゃねぇの?」
「気? 何の?」
「……くっ、確かに永新はナチュラルにモテそうだと思っていたが、まさかこんなにも早く……! その理屈で言えば俺様もモテても良いって言うのに……! なんか釈然としねぇから言わねぇ……!!」
「何、急に……」
サングラスの奥で急に泣き出した羅威竿を放ってスマホに映し出された案内の通りに進んで行くと、地図の上からでも何となく察しがついていたが、住宅街に突如として現れる「豪邸」の名に相応しい屋敷の門の前で、永新達は足を止める。
「これだけ金持ちなら、もっとふんだくっても良かったかもな」
「それは……どうかと思うけど」
「冗談だ、冗談。それで? インターホンは何処にあンだ?」
「着いた、って連絡すれば迎えが来るとか、何とか――あ、来た」
永新がスマホ片手に顔を上げたかと思うと、目算で三十メートルはあろうかと言うお屋敷から門までの長い距離を「ようこそいらっしゃいまして~!!!!」と二つの意味で胸を弾ませた香織が満面の笑みで駆け寄ってくる。
けれどもその足はとびきり早い訳でも無くむしろ遅いお陰で彼女の駆け寄ってくる様を存分に眺めるに至る。彼女が息を切らして駆け寄ってくる様を眺めた後、ぜぇはぁと汗を拭う彼女によって門の横、日常的に出入りする為の門扉を開いてくれる。
「ま、また……! お二人に、お会い、できて……光栄、ですわ……っ!!!」
「喋るのは息を整えてからでいいよ」
「いやぁ、眼福だったなぁ、永新?」
「ノーコメントで」
僅かに化粧が施された香織は、楓ケ丘で関わっていた時よりも遥かに大人びており、冬らしいニットのセーターとスカートの色合いが相俟って、普段の香りとは違うスマートな印象が与えられたお陰で、目の前の彼女が同年代とは思えない。
けれども永新は「綺麗だ」と感想を抱くのみで口にはせず、頭の中では白にも似合うだろうか、なんて事を考えていた。
香織の案内の元、大きな扉を潜って燦然院家のお屋敷に立ち入ると、まず案内されるのは彼女の自室。
応接間くらいでいい、と断ったものの、香織の強引な勧めによって彼女の自室に案内される羽目になったのだが、そこで永新達は予想だにしていなかった人物と邂逅する。
「さぁ、ここがわたくしのお部屋ですわ!!」
そう言って永新の背を押す香織に嫌な予感を抱きつつ、扉を潜った先で――。
「……久し、振り。永新、くん」
待っていたのは香織と同じ姓を持つ少女。
しかし、只人の香織とは立場の異なる、倶利伽羅の少女。その名も、燦然院絵麻。
永新を絶望の淵に叩き落した内の一人が、永新の前に姿を現したのであった。




