47話
誰の脳裏にも焼き付くようなインパクトを放つ金髪縦ロールお嬢様こと、燦然院香織。
今回の相談者にして、幸薄そうながらも腹に一物を抱えているように見える、蝶野真琴。
何らかの体術を習っているのか、がっちりとした体格をした大人しい物言いの男、蝉岡将司。
この三人が相談しにやって来たかと思えば、話し出したのはまさかの学校の怪談。
そんな信憑性の薄い話と、妖魔である自分達に何が関係あるのか、と疑わしい目線を送る永新であったが、羅威竿も誠一郎も至って真面目な様子で耳を傾けているが為にそれに倣うようにして永新も耳を傾ける。
「楓ケ丘には、少し前から囁かれている噂があって――」
そうして語られるのは、何処にでも良くある子供騙しの怪談話。
それでも、語り部である蝶野の表情は真剣そのもので、口にする内容が全て事実であると信じて疑わない緊張感は周りに伝播するかのようで、蝉岡もその大きな体に似合わず固く握り締めた拳を小さく震わせていた。それに対してお嬢様の方はと言うと、蝶野の話に耳を傾ける様子はなく、その話を聞く永新達に興味を示しているかのように爛々と輝く視線を注いでいるのであった。
「楓ケ丘は歴史が長くて、戦後すぐに建てられて何度かの修繕工事を重ねた旧校舎と、新しく建てられた本校舎とで大きく分けて二つの校舎に分かれているんです。そして問題の、その噂の舞台と言うのが、――十五年前に建てられた本校舎の方なんです」
「……普通、こう言う時は旧校舎ってのがお約束なんじゃねぇのか?」
「――そうなんですわッ!! 流石、本職の方は目の付け所が違いますわね。ですがそれは――」
「燦然院さん。しーーっ」
そっちの方が動きやすいんだがな、と呟く羅威竿に対して、金髪縦ロールお嬢様こと香織が興奮したように腰を浮かせて前のめりになって話が中断されてしまう。しかし、誠一郎が「静かにするように」とそれとなく伝えると、今のこの状況を思い出したのかハッとした様子で腰を落ち着かせ蝶野に話を戻させる。
彼女は聞く耳を持たないのではなく、感情の振れ幅が大きい余り、自分の感情を制御できないだけなのだろう。その点、誰かに手綱を引いてもらえれば人並みの行動は完璧に熟す事が出来る様子を見て、永新は彼女にむしろ親近感すら覚えてしまって彼女の事を嫌いにはなれなかった。
思い立ったが吉日、を体現するかのように行動力の塊たる永恋と同じタイプの彼女を、永新がどうして嫌いになれようか。
誠一郎の甘いマスクに微笑まれ、頬に朱を差しながらも羞恥に悶えるような素振りは決して見せないのはお嬢様としての矜持かなのか、そんな香織に注目が集まった中で隣にいた蝶野がほんの一瞬だけ眉を浮かせたのを永新は見逃さない。
かと言ってそれを追求する訳でも無く、一つ咳き込んで注目を戻した蝶野は途切れた箇所から話を続ける。
「――出来たばかりの本校舎は、それこそ学び舎とは思えない程に綺麗で、お洒落で……。それは今も変わらないのですが、出来たばかりの頃は大騒ぎだったそうです。なんでも、有名な建築家さんが設計したんだと言って、様々な媒体が取材に来たりして……。楓ケ丘自体、それを売りにしているって言うのもありましたし、私が楓ケ丘を選んだのはそれが決め手、って言うくらいでした。……ですが、ここ数年。本校舎のとある教室で授業を受けると体調がおかしくなったり、見えないはずのものが見えるようになったり……。そんな噂がまことしやかに囁かれ始めたんです」
「ここ数年? それまでは、何も無かったのか?」
「……分かりません。学生の身分じゃ、満足に調べる事も出来なくて。ただ、噂になり始めたのがここ数年なのは間違いないです」
「ふーん。それで、続きは? おかしくなっただけじゃ、ウチを頼りはしねぇだろ」
手元のメモ帳に走り書きする羅威竿はどこか確信めいたものを抱きながら先を促す。
オフィス内に書類が重なる程だ。恐らく入念な下調べをしている為に蝶野の語る噂の答えには既に行き届いているのだろう。その様子を見て、永新はこうして彼女らを呼び寄せて相談と言う体を取るのはその情報の裏付けの為かと推測する。
それに対して、蝶野は顔を俯かせたまま肩を跳ねさせるが、そこから先が本題だと言わんばかりに身体を震わせ始め、香織が咄嗟に宥めるように彼女の背を擦る。すっかり話していられるような状況では無いにもかかわらず、自分の推測が当て嵌まったのが快感かのように優秀さの片鱗を見せた羅威竿は満悦そうな笑みを浮かべた。
小さな先輩が浮かべる獰猛な笑みは、相談者の三人にとって礼を失するのではないかと伺いを立てた永新であったが、三人は自分の心の安寧を優先するあまり誰も羅威竿に注目などしていなかった。
本題に触れるのがそんなにも恐ろしいのか、会話の続行が不可能になった蝶野に代わって、図体に反して顔を青くさせて怯えた様子の蝉岡がバトンを繋ぐ。
「え、えぇと……。う、噂が出始めた頃は、ただ変になったってだけで話題になったんですが、思春期特有のモノだって言って先生方はまともに取り合わなかったらしいです。それだけなら、良かったんですが、実際に異常を訴えた人達は次第に学校を休むようになったりして……」
「ただの体調不良や、一過性のものじゃなかったって訳か」
「は、はい……! 学校側からしたら、大金をかけた本校舎の教室に不備があった、なんて言い触らされたら良い迷惑なのか、教室で違和感を覚えた生徒やその保護者からの陳情をすげなくあしらって、その教室を使い続けていたんです……。そ、そんなある日……、体調不良を訴えて不登校になっていた生徒の一人が、死体となって見つかったんです……!」
「……ビンゴ、っと。……なるほどね。その体調不良ってのは、気の所為なんかじゃなくて、間違いなくいわく付きだった、って訳だ」
舌なめずりする羅威竿が誰にも聞こえないように呟いた声は隣に座る永新にだけ聞こえたものの、三人の耳には届いていないようで、変わらず恐怖に染まった表情を見せている。
羅威竿の問いに蝉岡は首肯を返し、話を続けた。
「……最初の被害者は、転落死でした。これはただの自殺だって処理されたんですけど、それだけじゃなくて……!! その後にも、体調不良を訴えた生徒達が次々怪死、変死を遂げていったんです……! と、当然、警察も介入してきたんですけど、原因は分からなくて……。学校側も多くのバッシングを受けてようやくその教室を封鎖する事で事態は終息に向かっていきました……。ですが、その時点では既にその教室で授業を受けて体調不良になった生徒は数多くいました。変死や怪死を遂げた被害者の共通点は楓ケ丘に通っていて、その教室で授業を受けた事しか無い為に、次に狂って死ぬのは自分の番かと怯えている――と言うのが、楓ケ丘に蔓延する噂なんです……」
「――楓ケ丘高校生徒連続怪死事件。一時期世間を騒がせたニュースだね。少し調べれば記事も出てくるよ」
「十五年も前の出来事。……解決済み、ってなっているけど――」
「あぁ。解決なんてしてねぇんだろうな。凡そ、学校側が手を回して鎮火させたんだろう。でもなけりゃ、こいつらがここに来る必要はねぇもんな?」
誠一郎が見せてくれた書類には、でかでかと「解決済み」の判が捺されており、蝉岡が口にした当時体調不良を訴えていながらも亡くなっていない生徒に関しても「精神環境を整えた事で復帰」もしくは「同上」とだけ書かれて処理されていた。
「……人の噂も七十五日、十五年も経てば人の記憶からは忘れ去られて、風化していく。学校側はそれを選んだんだろう。褒められたものではねぇが、賢い選択だと言えるぜ。だが、世間が忘れようとも、実際の現場である楓ケ丘には尾鰭の付いた噂が拡散されている……。そんなモン、思春期のガキ共にとっちゃ玩具でしかねぇよな。ガキってのは痛い思いをしないと分からねぇ生き物だからな、肝試しか何か、興味本位でその教室に近付いた……。そんでもって、痛い目に逢ったけども、近くの大人に頼っては怒られると思って関係の無い俺様達の元に駆け込んできた――って所だろうな。お前達が引き起こした後始末を依頼にくるとは、全く以て舐め腐ったガキ共だ」
羅威竿の不躾で乱暴な物言いに、三人は図星を言い当てられたからか肩を跳ねさせた後に黙り込んでしまう。
その素振りを見てしまえば、永新でさえも彼女らがここに駆け込んできた理由が分かる。
正直に打ち明けるよりも、隠し通す方が楽だから。
誰にも知られずに一人で抱え込んでしまえば、良くも悪くも自分一人で片付けられるから。
押し黙ってしまった三人がそう言った後ろ暗い思いを抱えているのが分かった上で、羅威竿は更に言葉を続ける。
「――だからこそ、俺様はお前達の依頼を受けよう」
「「……え?」」
「いいん、ですの……?」
「ま、それが仕事だからな」
「こうは言ってるけど、この仕事をしているのも羅威竿は自分が頼られるのが嬉しいからなのさ。見た目通りの可愛い所があるだろう?」
「てめぇぶっ殺すぞ」
「ははは、僕は被虐趣味だが、羅威竿からのサドは受け付けて無いよ。でも最近の若い子たちがどんな攻めを見せてくれるのかも僕は気になるなぁ。勿論、永新君からの攻めはいつだって――」
「こいつはほっといていいから、さっさと依頼の中身を聞かせろ」
沈み切った空気を僅かに浮上させるようにジョークを挟んだ誠一郎のお陰で、三人の顔色は元に戻って無事に会話を続けられるようになる。
羅威竿の「依頼を受ける」と言う言質に前向きになったのか、ホッと胸を撫で下ろした様子を見せた蝶野が急かされて話し出す。
「えっと、その、神々さんの言った通り、封鎖された教室に肝試しに行きました。それは私達三人じゃなくて、私と、将司と、クラスメイトの男女の合わせて四人で、です……。肝試しに行った後から、私と将司は変なものが見えるようになったんですけど、別の二人が、体調不良を訴えるようになって……」
「その二人は? そこのうるさい女を連れて来たのには理由があるのか?」
「うるさい女ではなく、燦然院香織、とお呼びくださいな。わたくしはお友達の真琴さんに頼られただけですわ。お友達が困っているんですもの、助けない訳にはいきませんわ」
「あっそ。ンで、俺様達に何を依頼するんだ。……お前達の目の治療か? 別の男女の体調不良を治させるのか? それとも、封鎖されている教室を調べる事か? それとも――」
「――ッ!! ぜ、全部……! 全部、どうにかしてほしい、です……。出来る事だけでも、いいから……」
蝶野の目を覗き込むようにして尋ねた羅威竿の問いに、必要以上に怯えた様子を見せた蝶野。
動揺する彼女の様子に違和感を覚えたのか、残りの二人が彼女の異様な様子に視線を向けた中で蝶野は額に汗を滲ませながら依頼を口にするのであった。
「……全部は無理だ。特に、お前たち二人の目の異常と、男女の体調不良はな。それ以外なら、受けてやろう。それでいいな?」
「そんな……っ! お二人の目には、わたくしには見えないものが映っているのです! その精神的負荷を考えたら、まずはそちらを優先して……! お、お金ならわたくしがいくらでも……!」
「香織さん、それは僕達ではどうしようもない事なんだ。僕達はあくまでも相談事務所。医者じゃないんだよ」
「そんな……!」
「燦然院さん、ありがとう……。でも、僕達はこれに慣れていくしかない。専門家の人達が無理だって言うなら、きっと無理なんだよ。だから今は、出来る事だけを選ぼう。真琴も、それでいい……?」
「う、うん……」
「それなら、これだな。金は前金と、成功報酬はこの額だ。それで問題無けりゃあここにサインしな。安心しろ、お前達学生を嵌めるような詐欺なんかじゃねぇ。これは俺様達とお前達とで仕事を交わした約束、きちんとした契約書だ」
羅威竿が差し出した書類に蝶野たちが連名でサインを記す中、ソファの背もたれに背を委ねた羅威竿は天井を見上げて思案顔を見せる。この依頼をどうやって収束させるかを考えているようで、永新には彼が脳に描く未来を盗み見ることは叶わない。
そうこうしていると三人が名前を書き終えペンを机に置く音が聞こえて羅威竿は姿勢を戻す。
「よし、契約成立だ。後日、お前達の学校に足を運ばせてもらうから、そん時には残りの二人も連れて来いよ。そしたら後は、俺様達がなんとかしてやるからよ」
「……よろしく、お願いします」
「それじゃあ、外まで送るよ」
契約が締結し、誠一郎が三人を外まで送りに出た後、残された永新は去っていく彼女らの背に鋭い眼差しを向ける羅威竿を横目に、テーブルに広がった書類を適当に束ねながら口を開いた。
「……便利屋みたいな仕事が、羅威竿達の仕事?」
「間違っちゃいないが、正確に言えば妖魔絡みの依頼専門って感じだな。今回も間違いなく妖魔絡みだろうしな」
「……ずっと見てるけど、あの人達にまだ何か用でもあるの」
「……用があるのは、あの小娘の方だ。まだ何か隠してやがる」
「そっか」
「下調べは万全だし、何かを隠したところで俺様の前じゃあ意味ねぇけどな」
目を細めて満足げに頷く羅威竿は、自分の思い描いた通りに事が運んでいるのが何よりも嬉しいのだろう。彼女らの事が調べ尽くされた分厚い書類は、羅威竿が見せる底知れない優秀さの片鱗に過ぎないのだと思い知るのであった。
彼の上機嫌は数秒後に打ち砕かれる結末が待ち受けているなど露知らず、羅威竿は上機嫌に鼻を鳴らしていると、パーテーションの向こうから三人を送ってきた誠一郎が渋い表情で覗き込んでくる。
「ん、どうした誠一郎」
「あー……。その、非常に言いにくいんだけど、真宵さん、いなくなってるよ?」
「――はぁッ!?!?」
誠一郎がポツリと呟いた途端、得意げだった羅威竿の態度は一変し、ほんの僅かに顔が青褪めたかと思えば、次の瞬間には茹で蛸のように真っ赤に染まる。
勢いよく立ち上がった羅威竿が真宵が片付けていたはずの事務所側へと誠一郎の発言の正誤を確かめに飛び出して行ったその後に永新も続いていくと、その先では誠一郎の言った通り、書類の数々が散乱し、酷く荒れ果てたままの事務所の光景を目の当たりにする。
「……今思えば、話し合っている間に片付けの音なんて聞こえてこなかったよね」
「あの人に何かさせる時には、目を離しちゃいけないんだねぇ」
もしもこの状況を問い詰めたとて、真宵の事だから「一枚片付けた」とでも言って話を終わらせに来るのだろうが、それで納得するのはこの光景を前に呆れた様子を見せる永新と誠一郎の二人くらいなもので、わなわなと肩を怒らせて震える羅威竿には通用するようには思えなかった。
「――ぁンの、クソボケ鬼畜女ァァああああああああ゛!!!!!」
怒りを爆発させた羅威竿の怒号は真宵には簡単には届かないとしても、くしゃみの一つでも噴かせるくらいはできるだろうと思わせるようなけたたましい叫び声は、とばっちりを受けるかのように永新達の耳を劈くのであった。




