40話
――GAAAAAA!!
「赤坂ッ、防御は任せるぞ!」
「はい! ――悪しき魔の血は、我が血と交わらず、我が血を通さない。防御血界・烈火晶!!」
ビルの隙間から飛び出して来たのは、下級妖魔。
人の倍はある背丈に、節の多い四肢は見るだけで不安感を煽るようなシルエットをしており、それが四つん這いで迫ってくる姿は身の毛もよだつと言うもの。
しかし、その程度見慣れている倶利伽羅にとっては何の変哲も無いただの下級妖魔でしかなく、立ち向かう虎徹、千夏、天音の目に怯えは無いし、油断もない。
下級妖魔は霊力に引き寄せられてやって来て、餌である倶利伽羅達の姿を視認すると同時に、一切の躊躇いもなく攻撃に転換し、長い腕のしなりによって生じる破壊力で無防備に佇んだままの虎徹目掛けて腕が振り下ろされる。
防御姿勢の一切を取ろうとしない虎徹に危険が迫る直前、虎徹の声にタイミングを合わせて高らかに祝詞を紡いだ千夏は二本の指で掲げた護符に霊力を灯して点火し、それを寸分の狂い無く虎徹の前に飛来させる。
そしてその護符の到来と妖魔の攻撃がぴったりと重なるタイミングで護符に込められた術式が霊力を糧に霊術を発動させ、下級妖魔と虎徹の間に炎によって縁取られた半透明の障壁が生み出され、下級妖魔の攻撃を受け止めた。
ガキン、と大きな音を立てて下級妖魔の一撃を防ぐと同時に空中に展開された護符は込められた霊力を全て消費して燃え尽き、障壁は虎徹の前から姿を消す。
「隙だらけだぜ、クソ妖魔。――紅蓮一刀流中伝・火炎獅子ッ!!」
――GAAAAA!!
反動で大きく隙を見せた下級妖魔に対し、千夏の防御符術によって霊力を限界まで練り上げた虎徹は容赦なく下級妖魔を両断すべく技を放つ。轟々、とうねりを上げて下級妖魔の肉体に迫った紅蓮一刀流中伝は見事に下級妖魔へと届いて、激しい火柱を立てて下級妖魔の肉体を燃やし尽くしていく――はずだった。
「……やっぱ、満月の妖魔は硬ってぇよなぁ……!」
下級妖魔が虎徹の炎に焼かれていた時間はほんの僅かな間のみ。
獅子の形をして妖魔の体を焼いていた炎は下級妖魔が藻掻く事で剥がされ、その下からは体が黒く焦げた下級妖魔の姿が現れた。
本来であれば、虎徹の万全を期した一撃は下級妖魔程度であれば一撃で消し炭と化す程の威力があるのだが、満月によって暴走した妖魔の肉体は普段とは比べ物にならない程に頑丈さを増していて、虎徹の一撃で葬る事は出来なかった。けれども体の至る所から黒い煙を上げる下級妖魔の姿は無事とも言い切れず、確かなダメージを追っているのは間違いなかった。
――GAAA……!
「――天音ッ!!」
「はいよぉ。――紅蓮一刀流初伝、併せ技。桜花一閃・双月!!」
――GAAA!!!!
大技を放った後の隙を晒す虎徹に対して下級妖魔が捨て身の姿勢で特攻を仕掛けてくるのを、身構えていた天音が邪魔をする。あわよくば仕留める事が出来れば、と二連撃の刀を振るったのだが、下級妖魔はドス黒い血を噴出させて後退するに留まった。
「一発防がれた! 逃げるよ!! 千夏っ!」
「逃がしま、せんっ! 炎に誘われし羽虫の如く、その目は闇を映さず。束縛符術・炎上鎖縛!!」
「……よくやった! 紅蓮一刀流初伝・焔遊び降ッ!!」
下級妖魔の動きを察知して指示を飛ばした天音の声に、千夏は指かけた護符を持ち変え、炎の鎖を生み出す符術を行使した。瞬間、護符が触れた地面より出現した炎の鎖が背を向けた下級妖魔の片足と首を捕らえ、動きを拘束。けれども暴走した妖魔相手にこの拘束術は長い事持たないのだが、そうして生み出された刹那の一瞬さえあれば、我等が隊長たる虎徹が何とかしてくれる。
そんな期待を一身に背負った虎徹がその期待に応えるかの如く練り上げられた霊力でもって放つのは、大上段からの腰の入った振り下ろし。それは寸分違わず下級妖魔の脳天を砕き、下級妖魔の肉体を半分に引き裂いた後、灰すらも残さずに燃やし尽くすのであった。
「……下級とは言えこの強さだ。やはり、満月の夜は油断ならんな。暴走していながらも勝ち目が無いと見るや逃げの姿勢を見せるだけの知性があると言う事は、こいつは中級に近かったのだろうな」
「これも、妖魔の王の復活ですかね。迷惑な話ですよ全く」
「さて、問題の小暮日さんは、僕達の戦闘を見て少しは信頼してくれたかな?」
天音のその声に、距離を取っていた永恋に視線が集まる。
けれども、永恋は何か言おうとして言い淀んだ後、再び力なく口を閉ざして俯いてしまうのだった。
永恋は、虎徹らの事を信用していない訳ではない。かと言って信用している訳でもない、中途半端な立ち位置にいる存在としか認識できないでいた。
確かに、彼らの戦闘技術には目を瞠るものがあった。
暴走した下級妖魔を一切の損壊を出さずに倒したと言うのに、誰一人として霊力も息も切らしていない、正しく完全勝利と言う他無い現状は、間違いなく彼らの実力が相当なものである証左に他ならない。それは各々が確かな実力を持っている事に加えて、三人一組と言う倶利伽羅で生きる以上欠かせないチームでの連携が長けていると言う点が大きいだろう。誰かが動いた時、別の二人は既に次の動きに取り掛かっていたし、その時々で最善ではなくとも、次に繋げる技を選択して見事に繋げているのは、お互いがお互いを信頼し合っている事でしか成し得られない思考のチームワークの賜物と言えよう。
現時点では黄金時代と呼ばれる晴也、七星、永恋の三人組よりも遥かに高い練度を誇る虎徹らであるが、経験を重ねればそれもいつかは越えられると言うもの。
それが故に、永恋は彼らに永新を任せられる、とは思えなかった。
分かりやすくも表情に出やすい永恋の顔付きから心中を察した虎徹は、刀を納めながら永恋へと歩み寄る。
「あの程度の下級妖魔にすら手古摺る俺達じゃ話にならない、そう顔に書いてあるぜ?」
「違ッ――そんな、つもりじゃ……!」
「いや、いい。分かってるからな。俺達は、確かに実力が不足している。名家の出じゃないから、血にも才覚にも恵まれなかった。それは紛れも無い事実なんだからな」
「……」
「だが、それでも、俺達は戦っている。只人の為、命を賭して妖魔と戦っている。どうして戦えているのかと言うと、他でもない。――俺達は、一人じゃないからだ」
俯かせた永恋の視界に、虎徹以外の二人の足が映って、永恋は思わず顔を上げる。
開けた視線の先には、調子良く笑顔でピースサインを見せる千夏と、虎徹の言葉に笑みを湛えて傍に控える天音の姿があり、その三人の間には確かな信頼が結ばれているのが見て取れた。
「俺達は三人で一人だ。三人の内誰か一人でも欠ければ、チームとして成り立たない。そんな意識でこれまでも、これからもやっていく。もちろん、俺はこいつら以外にもお前達も、他の連中もまとめて、一つのチームだと思っている。もしも一人で乗り越えられない壁にぶち当たったとしても、二人なら、三人なら……もっとそれ以上なら、幾らでも壁を越えられて、どこまでも付き進める。そんな気がしてるんだ。それに、お前達ももう、俺達の仲間だ。チームだ。命を預け合う、家族だ」
「――っ」
「だから安心して、幾らでも頼れ。……疲れた時は疲れたと言え。泣きたい時は泣きたいと言え。怒りたい時は怒りたいと言え。俺達チームは、必ずお前の、お前達の力になる。だから安心して、俺達を頼れ、小暮日永恋。燼月永新の事は、俺達に任せろ」
その言葉は、永恋が心の中で常に拒絶してきた誰もが口にしなかった言葉で、ずっと待ち望んでいたかのようにすぅっと胸の内に溶けていく思いに、永恋はその場で顔を覆って嗚咽を漏らし始める。
会う人会う人、誰もが永恋に「あの子の事は忘れなさい」と自分の身を案じてくれているのが分かるものの、それでも欲しい言葉では無かった事にどうしても反抗的になってしまっていた。
そんな永恋に「永新を諦めなくてもいい」と初めて声を掛けてくれた虎徹達に対し、永恋は永新への溢れんばかりの感情を堰き止めて積もり積もった想いの丈を、誰にも言えなかった苦しみの全てをようやく吐き出すに至るのであった。
「――永新が好き。永新が大好き。永新を愛してるの……! それなのに、永新だけが責められて、苦しい思いをした永新を、私は、永新を助けられなかった。だから、今度こそは、私の手で永新を助けたい……っ。もしも、例え永新が望んでいなくても、私は、もう一度永新に会って、永新とちゃんと、話したい……謝りたい……っ!! …………でも、それはきっと、私一人じゃ、出来ないから。だから、お願いします。永新と私の為に、力を、貸してください……っ」
心からの叫びを口にして、思いの丈を吐き出した永恋は何処までも輝いて見えて、そんな彼女に寄り添える資格は自分には無いのだと手を伸ばして諦めようとした七星の背を、天音が押す。
「永恋……っ」
「……君が、行ってあげな。友達、なんでしょ?」
「――っ!」
七星が永恋の傍に駆け寄ったのを見て晴也は微笑み返すのみで、二人の傍には近寄らない。ようやく浮かべるようになった永恋の笑みを、もう二度と曇らせない為にも。
様々な邂逅を経て涙を拭った永恋は、その後は晴也、七星の三人と、虎徹のチームと共に南地区を駆け回って満月の夜が更けていく中で妖魔を連携して狩っていく。
初めは連携に不慣れであった永恋も、持ち前のセンスとこれまで培ってきた実力によって次第に拙いだけだった連携はいつしか下級妖魔を翻弄するだけの連携へと物凄い習得速度でものにしていった。
日付が変わって一時間も経った頃には、晴也、七星と言った幼馴染以外にも、虎徹らのチームとの連携も取れるようにまで上達し、焚き付けた虎徹らも舌を巻くほどの上達速度を見せるのだった。
「――午前三時、か。良い時間になったが、まだ警戒を解くには早い時間だが……。千夏、天音。天炎達には少し休憩を取らせてやってくれ。十分だけだと言っておけ」
「はーい。流石に私達と同じペースはまだキツイよねぇ」
「いいや。それでも確かについて来れてるんだ。半年もあればすぐに追いつかれそうだね」
「うげぇ、マジですかぁ? 負けてられないんですけど!」
上達している、とは言え、やはり不慣れな実践。見習いとは異なる確かな戦場の気配に、肉体的にも精神的にも疲労が隠せないのか、永恋は汗を滲ませて肩で息を繰り返していた。そしてそれは幾度となく満月の夜を越えて来たはずの晴也と七星も同様で、二人もまた、これまでとは比にならない苛烈な満月の夜を前に疲労感が隠せていないようだった。
それに対して虎徹、千夏、天音のチームは、如何に妖魔の王が復活を果たして苛烈さを増した満月の夜と言えど、長年実践を経た肉体はこの程度で音を上げる程やわな鍛え方をしてきたわけでは無い。その証拠に、三人は口では「疲れた」と言いつつも疲労の色は一切見えない事から、永恋達は現場に対する慣れと言うものの偉大さを思い知るのであった。
三人の下に千夏と天音から休憩の許可が伝えられたのだが、三人に休む時間はそう簡単には与えられない。三人が肩の力を抜いた次の瞬間、虎徹の叫び声が聞こえて、休憩時間が削られることが確定する。
「――救援要請!? クソッ、まだ隠れていたか……! いや、違う……? こいつはまさか……」
「隊長!? 妖魔の連中、まだどこかに隠れていましたか!?」
「……天音。二丁目の辺りから報告は届いているか?」
「来てない、けど。それがどうかしたのか……っ! それって、もしかして……!」
「あぁ、そのまさかだろうな。天音、お前は作戦段階の変更を十二地区で活動中の全倶利伽羅に通達。二丁目に急ぐよう知らせろ。千夏、お前はあいつらに戦う気力があるか聞いて来い。最悪の場合、お前が連れて――」
「――虎徹さん。俺達は、まだ戦えます。連れて行ってください」
「「お願いします」」
物々しい雰囲気に怖気付くかと思いきや、晴也、七星、永恋の三人は疲労を感じる体でも立ち上がり、戦意を宿した瞳で同行を訴える。
黄金世代の中でもとびっきりの宝石たち。そんな彼らをもしも万が一喪失するような事があればただでは済まない。けれども、その万が一の時には自分の命も失われた時かと腹を決めた虎徹は、千夏に言って護符を持たせる。
「お前達は、あくまでも補助要員だ。他の倶利伽羅連中と一緒に、破魔弓術と符術で俺達を援護しろ」
「――了解です」
「まだやれます、とでも言うかと思ったが、存外自分達の置かれた状況を理解してるようで何よりだ。今渡した護符は、流し込んだ霊力に応じて強度が増す『烈火晶』の護符だ。一回きりの命綱だが、もしも俺達の身に何かあればそれを使って全力で逃げろ。――千夏。これはお前も含めた命令だ。いいな?」
「…………はい」
「そう不服そうな顔をするな。お前は俺たちの可愛い妹分なんだ。せめて俺達にも格好つけさせてくれってもんだ」
虎徹の命令に不服さを滲ませる千夏だが、それに対して虎徹と天音は笑って誤魔化すように千夏の頭を順番に撫でた後、顔付きを変えて統括地域全体に通達を報せるのであった。
「――作戦段階を上級に変更。各区画一部隊を残して、総員、二丁目区画に集合せよ」
それだけで、多くの倶利伽羅達は覚悟を決め、固唾を飲んで移動を始める。
彼らが言う、二丁目区画に何が待っているかも、知らぬままで。




