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35話

 


「――は」



 真宵の瞬間移動で拉致された先、そこは確かに永新達が過ごしていた山の隣に位置する場所であったものの、そこは山頂よりも高い位置。足元には何も無い、冷気が吹き荒ぶ上空であり、突然の状況にほぼ無意識に纏炎を発動させられたのは日頃の鍛錬の賜物と言える。

 しかし結果としては何も変わっておらず、言い繕う必要も無いのであれば端的に言って――。


 ――永新は上空から突き落とされたのであった。


 重力によって自重が地面に勢いよく引き寄せられる感覚と、ビュウビュウと煩い風を切る音に激しい恐怖を感じてギュッと瞼を閉じてしまうが、その瞼の裏に笑顔で親指を立てる真宵が「ライオンは我が子を谷に突き落とすって言うしな」と呑気に口走る姿が目に浮かんで、激しい恐怖を打ち消すかのように腹立たしい思いを沸き上がらせる。



「まぁ、いつもの事か」



 しかし、真宵こと「鬼畜暴力妖魔」であるあの女の我儘と言う名の無茶振りは今更であり、この程度の些細な苦難の押し付けに苛立ちはするものの、実際に怒鳴り散らかすと言った恥も外聞も無いような真似は――、とまで考えた永新であったが、落下の真っ最中に真宵が居ない事を確認するやいなや、恥も外聞もなく「真宵の馬鹿ヤロー!」とこれまでに積もりに積もった苛立ちを吐き出すかのように快晴の空に向かって怒鳴り散らして、荒ぶる精神をリセットする。


 もしも鍛錬の際に鬼畜暴力妖魔を前にしてこのように悪態を吐いたならば、三十倍になって返ってくるのは必至。そのため、真宵がどんな無理難題、無茶を突き付けてきたとしても沈黙でもって答えなければならず、死ぬ気でその無理難題に挑まなければならない。それら全てが永新の為、と言うのであれば分かるのだが、真宵は時折本当に意味の無いイタズラのような無茶を吹っかけてくることもある為、その都度永新は疑ってかからなければならない。



「――とまあ、冗談は置いて措いて……。着陸しないと、だ」



 普通に目下の山頂に直接移動させてくれれば良いのに、と文句の一つも言いたいところだが、今こうして落下している状況は、物理的にも心理的にも、強制的に永新の頭を冷やしてくれる。

 この状況下で「やりたくない」、「逃げたい」などとは到底言ってられず、「やるしかない」と心持ちを切り替えるには十分な時間と環境を用意された事は、恐らく真宵の計らいである事が理解できるだけに、それ以上真宵に対して悪感情を抱く事は無く、自然と思考を切り替えるに至る。


 メンタルリセットを挟んだ永新は、冷気を纏う風を全身で浴びながら鈍い動きで上空にて体を翻すと、眼下に視線を送る。


 永新の目線の先では、真宵の口にしていた通り、本当に空中にポッカリと異界の穴が開いており、そこから飛び出して来た妖魔と異界の穴を見守る倶利伽羅達とで戦闘が繰り広げられていた。


 永新の知る異界の穴はあくまでも知識のみであり、実物は見た事が無かった。その為、知識として叩き込まれた仰々しい異界の穴(もの)を想像していた永新は、いざ実物を目の当たりにした結果、脚色された知識と実物の間に起こるギャップの大きさにショックを受ける訳でも無く、かと言って感動を覚える訳でも無い複雑な心境で異界の穴を見下ろしていた。有名観光地だからといざ行ってみたら思っていたのと違ってがっかり感が強かった時のような、感想に困る感想を抱いていた。


 しかし、かと言って異界の穴が脅威では無いと言う訳ではなく、宙にぽっかりと開いた異界の穴からはボタボタ、と黒いインクが垂れ落ちるかのように次から次へと最下級の妖魔と下級の妖魔が飛び出していく。

 その程度であれば、異界の穴の観測を任された実践を経た倶利伽羅にしてみれば何も恐れる事は無い程度。そして、問題が無いのであれば早々に異界の門を閉じれるはず、だった。



 問題ではない事象を、深刻な問題へと至らせしめているのが、その「数」。



 上空から観測できただけでも、倶利伽羅側の人数はざっと数えて二十(20)名程度。それに対して、妖魔の数は(100)を優に超える数。これは異界の穴が開いて十分(10分)がようやく経過した時点の段階でその戦力差が生まれている始末。とめどなく溢れ続ける異界の穴は、時間の経過と共に山頂を侵食していく。

 普段であれば倶利伽羅一人当たり五体の下級妖魔などは当たり前に熟せるだけの実力を持った者達が揃っているのだが、それは平常時であればの話。今や無限に供給され続ける大量の妖魔が波となって襲い来る状況では、どれだけ妖魔を狩ったとしても、倶利伽羅達には終わりが見えない状況であった。


 であれば。

 永新と真宵がどさくさに紛れて妖魔を狩ったとしても問題にはならないかもしれない、と言う希望的観測を胸に永新は全身で風の抵抗を強く受けて落ちる勢いを殺しつつ、ミサイルでも着弾したのかと思えるような音と衝撃を響かせて山頂に降り立つ。



「――カハハッ、随分と豪快な登場を見せるじゃねぇか」

「……なんで俺より先に居るんですか。さては、わざとですか?」

「言っただろ? オレはお前に出来ると思った事しかやらねぇ、ってな」

「それ、便利な言葉だと思ってるなら間違いですからね? って言うか、なんですかそのサングラス……」

「イケてるだろ? 身バレ防止、ってやつだ。それじゃあ早速、選り取り見取りの食べ放題、と行こうぜ~」



 渇いた岩肌を陥没させて降り立った永新に、砂塵が舞う中でも関わらず肩を寄せて豪快に笑って見せる真宵が永新を誉め立てるが、永新は却って冷めた視線を向ける。こうした軽口の応酬はここ数日の修行の際に何度も行われており、二人の気負いのない関係を表しているよう。


 異界の穴から溢れてくる妖魔でさえも空から落ちてきた永新と、影も無く表れた真宵の登場に驚いた様子で異界の穴から半身を出したところで硬直しており、倶利伽羅に至っては妖魔達の重なる隙間から覗く視線で痺れるような敵意を集中させてくる。



「それで……。結局どうやるのか聞かされてないんですけど」

「霊力を蓄えて……、後はずきゅん、ってして、どかん、だよ。分かったか?」

「急に説明適当になるじゃないですか……。ここでもそうなんですか?」

「いつもの事だろ? 考えるな、感じろ、って言ってるじゃねぇか」



 真宵の適当な説明は今に始まった事ではなく、感覚派の真宵は霊力の扱い方一つとっても擬音や身振り手振りで雑に済ませてしまう。それ故に真宵の言いたい事を理解するのは非常に困難であり、悩まされる事も多々ある。

 教導者として不適格に思える真宵だが、彼女は生徒が覚えるよう試行錯誤させるのではなく、覚えるまで教え込むと言う、非常に原始的かつ効率の悪い手段で叩き込む為、生徒は皆確かな成長を遂げるが故に、誰一人としてそのやり方に口を挟めない。それは永新も同じで、真宵の指導が無ければこの短い期間でこれ程力を付けられるはずもなく、今頃永新の足元で粉々の血と肉の欠片と化した複数の妖魔の姿が、本来であれば永新であってもおかしくはない。

 真宵のやり方はそう言った不可能を可能にする方法である為、永新がどれだけ真宵を「鬼畜暴力妖魔」と悪態を吐こうとも、真宵の言う事、やる事は絶対的に正しいとさえ思えてしまう。そのせいで永新はクソほども意味の無いイタズラに翻弄されてしまうのだが、その事を当の本人である永新が気付くのは、いつもイタズラに引っ掛かった後になってからと言うものであった。


 二人がふざけた会話を繰り広げる中で、真宵は軽率な動作で動き出したかと思うと、一番近くにいた下級妖魔の頭を無造作に鷲掴みにして軽く捻って胴と首を分かつ。


 赤血球の色をした人の血液とは異なる、気味の悪い赤黒い血液が撒き散らされる中、真宵は悠然と歩を進めながら滴るその血を口に含んではニタリ、と笑う。一匹、また一匹と妖魔を狩ってはその血を啜る様は狂気の沙汰としか思えない。



「――う、うおおおおお!!」

「食事の邪魔ぁ、するなって習わなかったか?」

「ぐふっ……」



 残忍な手段で妖魔を屠る妖魔。

 味方と呼ぶには些か苛烈過ぎる真宵に対して、先に戦闘を繰り広げていた倶利伽羅がその余りにも常識外れで身の毛もよだつような悍ましい姿を見せる真宵に襲い掛かるも、倶利伽羅は文字通り片手間であしらわれて、気絶させられてしまう。

 それを好機と見たのか、今度は異界の穴から溢れ出る妖魔が勢いづくが、それは永新の手によっていとも容易く屠られていく。



「ほら、燼月。さっさと始めねぇと、上級妖魔が溢れて来るぞ?」

「……やりますよ。やればいいんでしょ、やれば……」



 食欲旺盛な真宵とは異なり、気が進まない永新は真宵に尻を叩かれてようやく動き出す。


 喰って喰って喰いまくれ、とは言われたものの、永新はどうしても気が進まない理由があった。


 永新が気が進まない理由と言うのが、そもそも人である永新は人としての倫理観を持ち得ていて、血を啜る行為に忌避感を持たずにはいられないと言うものに加え、妖魔の血がすこぶる不味い事に起因する。


 真宵との修行の最中、霊力を励起させられる妖魔として唯一無二の存在であった永新であったが、そもそも倶利伽羅としての才覚が平均以下である為、日々消費する量が励起される規模と貯蔵された霊力を上回ってしまったため、何度か補給に出向かされた事があった。

 そこでは妖魔の血を啜らざるを得ず、何度も嘔吐きながら霊力の回復に努めた事があったのだが、妖魔の血と言うのは形容しがたい程に不味く、何よりも新鮮さが命だ、と言って強烈な血生臭さを味わう羽目になったのは今後一生忘れることが出来ないと思える程の衝撃を受けた。

 真宵が言うには「その内慣れる」との話で、慣れたくない一心で霊力の励起の精度を向上させようと密かに努力していたのは永新だけが知る秘密であり、その成果は確かに結果として現れていた。だと言うのに、ここに来て永新の努力だけではまかり通らない事象がぶつけられるとなると話は別だ、と地団太を踏んで喚き散らかしたい衝動に駆られてしまうのだが、鬼畜暴力妖魔の真宵の前でそんな事をした暁にはむざむざと一蹴され「やれ」と半殺しにされる未来だけが見えると言うもの。もしくはいつものように意識を刈り取られて、朦朧とする意識の中で永新個人の意思を介在させない形で強制させられるという可能性も無きにしも非ずである為、それならば否が応でも自分の意思で体を動かした方がマシだと思えた。


 故に永新は、動き始めた戦場の中、自分の意思で妖魔の血を啜って回る。



「な、なんだ、アイツは……!?」

「妖魔を、喰ってやがる……!!」

「うぷっ……! おぇ……!」

「あの顔、どこかで見たような……」

「もしや、東で発生した、妖魔堕ちの燼月永新じゃないか!?」

「と言う事は、敵か!?」

「それにしては、妖魔ばかり倒されていくような……」

「もう一人の女は、あれも妖魔なのか!!?」


「わ、分からん……! 分からないが、今は目の前の事に、異界の穴を塞ぐことに集中するんだ!! 奴らが何を考えているか不明であるが、何よりもまず、異界の穴を封じなければ北方地区は妖魔に潰される!! ここが最終防衛ラインであると心知れ――!!」



 観測隊を率いる壮年の男性が士気を高めるべく妖魔を切って捨てると、それに連鎖するかのように倶利伽羅達が勢いを増していく。妖魔が優勢であった戦況が倶利伽羅の士気一つで覆されたかに思えたが、実際には永新と真宵による妖魔の殴殺が横行した事による必然的な結果でしかない。



「――おぇっ……」

「まだ慣れないか? だがまぁ、及第点ってところか。倶利伽羅の方はオレが遠ざけておいてやるから、妖魔の方はそのままお前が何とかしろ。いいな?」

「えっ、もう……?」

「休んでる暇はねぇぞ? それとも何か、お前の影の努力が実ったからだ、ってのも言って欲しいか?」

「……気付いてたんですか」

「四六時中一緒に居たからな、そりゃあもう。それじゃあ、覚悟決めてオレに続きな」



 妖魔の血を被る永新は何度も襲い来る吐き気に苦しみながらも妖魔の血液から霊力を吸収する事に成功した。それにかかった時間は僅か十数分の出来事であり、真宵が言っていた「好都合だ」と言うセリフの意味が良く分かった。


 異界の穴、それは倶利伽羅にとっては妖魔の王と並ぶ恐怖の象徴であるが、現在の妖魔と化した永新にとっては、無限に湧いてくるドリンクサーバーのような感覚に程近い。

 いくら狩り尽くしたとて尽きる事の無い無限の妖魔が溢れてくる異界の穴は、永新が安全かつ楽に霊力を回収できる為、吐き気を催しながらでも霊力を吸収し続ける事が出来たのであった。


 真宵が想定していたよりも何倍も早い時間で目標を達成した事で送られた彼女なりの遠回しな賞賛を前に、永新は照れ臭くも気恥ずかしい思いを抱く。

 血を回収する度に永新の肉体は、妖魔の血肉から得られる霊力をより高い効率で回収できるよう最適化が図られて行き、永新の体は永新も知らぬうちにより一層妖魔に近付いていた。



「……強く、なってる」

「当たり前だ。誰がお前を育ててきたと思ってんだ? このオレだぞ」



 妖魔に堕ちる前の永新であれば、最下級の妖魔を数体倒すので精一杯だったのが、気が付けばこれだけ大量の下級妖魔を相手にしても微塵も苦ではないと言う成長に打ち震える。

 真宵に拉致される前に聞かされた「倶利伽羅を相手にする可能性がある」と言う、妖魔として絶体絶命の危機に陥る可能性のある発言に身体を震わせていたのが、いざこうして実際に戦地に降り立ってみれば、手にした実感が自信に変わって成長を噛み締めて打ち震えるなど、考えもしていなかった。

 そもそも、圧倒的な強者たる真宵に常日頃滅多打ちにされているせいで成長の程度を知る方法など無かったが故に、今更になって生まれ変わった自分の伸び代に驚きふためく。何せ、倶利伽羅の目線から見れば永新の強さは中級妖魔と言っても過言では無いし、むしろ霊力を励起させていない素の状態でそれなのだから、全力で戦えば中の上に掛かる程まで成長していると言える。



(……とは言え、評価で言えば十段階中「2」が精々と言った所か。霊術もまともに発動出来ていなければ、動きが硬い。不調、と言う訳では無さそうだが、気の抜けた倶利伽羅相手なら問題無いだろう。だが、こんなもんじゃ戦力にも数えられねぇか……。さて、どうしたものか――っと、向こう側は大盛況だ)



 落ちこぼれだった頃の自分が嘘のように思える今の自分の成長を永新が噛み締めていると、不意に異界の穴が軋むような音を立て大きく歪み始める。


 それを見た永新がここに落とされる前に真宵から聞かされた忠告を思い出して震え上がるが、真宵が傍に居ると言う安心感から冷静さを取り返した永新は真宵に倣って霊力を励起させ、取り込んだ霊力と混ぜ合わせるようにして霊力の総量を高めていく。



「――ッ、い、異界の穴が開くぞ!! 封印術式、急げ!!」

「馬鹿言うなよ!! こんな状況で何が出来るってんだ!!」

「落ち着けお前達! 今は目の前の妖魔共を――」

「おい! 燼月永新が、異界の穴に手を伸ばしてるぞ!?」

「な、何を、するつもりだ……!? まさか、異界の穴をさらに広げようと……?」

「クソがッ!! どこまで堕ちりゃ気が済むんだよ!! 殺してでも、止めるぞ!!」


「ま、待て……! この祝詞に、霊力の高まり……。これはまさか、封印術式か……!?」



 騒ぎ立てる倶利伽羅達に背を向けた永新は、真宵の声に続けて言葉を発し、霊力を高めていく。

 永新の背に立つ真宵は、異界の穴に近付こうと迫る倶利伽羅達を熱風でもって吹き飛ばし、一歩たりとも近寄らせようとはしない。


 そこで、永新は手印を結びながら取り込んだ霊力と励起させた霊力を高めさせ、絶えず異界の穴から飛び出してくる妖魔を始末していく。




 ――淀みを持って生まれし定命持たぬ命、それは紅蓮と魔。

『淀みを持って生まれし定命持たぬ命、それは紅蓮と魔』




 ――紅蓮燃ゆる所に、魔は蔓延らず。

『紅蓮燃ゆる所に、魔は蔓延らず』




 ――魔満つる所に、紅蓮は燃ゆる。

『魔満つる所に、紅蓮は燃ゆる』




 ――闇より出でし魔の凶門、紅蓮が手によって封じられ、門はただ朽ちる時を待つ。

『闇より出でし魔の凶門、紅蓮が手によって封じられ、門はただ朽ちる時を待つ』




 次第に重なる声と声。

 それこそが封印術式を刻んだ楔を起動させる祝詞であり、その大本を辿れば、(ハク)が永新の体に妖魔の特性を持たせる為に用いた外法も根元は同じ古代霊術と呼ばれる術式。その古代霊術は現代における符術と似通っており、現代の倶利伽羅の手でも発動が可能であった。

 しかし、この封印術式を発動するには術者が倶利伽羅である事と、観測隊の倶利伽羅換算で十数人もの霊力を集めてようやく発動できると言った代物で、それを真宵のサポートがあったとは言え、ほぼ一人で実行せしめた永新の可能性は真宵でさえも舌を巻く程。



「そら、次で最後だ。霊力を込めて、こいつを思いっ切り穴にぶち込んでやれ」

「下品ですよ、先生」

「三大欲求の一つだろ? 一つが満たされれば必然的に、残りの二つを求めるのが人間ってもんだ」

「妖魔の癖に……」

「生意気なこと言ってないで、黙って早くやるんだよ。余裕をかましていると異界の穴が第二段階に入るかもしれないんだからね。最後はそう、閉じろ、って念じて――」




 ――ギ、ギギ……。




 瞬間、真宵の軽口に重みを持たせる演出かと勘違いしてしまえる程にタイミングを見計らって異界の穴からこれまでよりも一回り以上大きい妖魔が向こう側から異界の穴を広げようと強引に手を差し込んでくるのが見えた刹那、永新は危惧する余り、慌てふためきながら楔を叩き込むのであった。




「――とッ、閉じろッ!!」




「……念じるだけでいいんだよ」



 その結果、封印に成功した後の永新は多くの霊力の消耗と、突然訪れた危機に大量の冷や汗を流しながらも異界の穴の封印に成功したのであった。

 格好の悪い最後であったが、永新としては「閉じられたのだからそれでいい」と認識しており、大きな責任を背負わされた事によって全身に絡んでいた張り詰めた緊張の糸が少しずつ解けていく感覚に深い溜め息を吐く。



「も、もう駄目かと、思ったぁ……」


「うし、良くやったな燼月。もう少し落ち着いて出来ると尚良かったけどな」


「……お、落ち着いて出来る環境じゃ、ない……っ!!!」



 空中に突き立てられた楔は、まるでシャツのボタンを留めるかのように裂けた空間の上下を留めるようにして異界の穴を強引に閉じていて、残された妖魔はパニックになって散り散りになって逃げ出して行く。それを見た倶利伽羅達が数人を残して後を追って行くのだが、残った倶利伽羅は警戒と困惑の色濃い様子で武器を構えていて、こちらが少しでも変な動きを見せれば攻撃に移る、とでも言っているかのよう。


 いくら永新が自分の成長を実感できて、多少の自信に繋がったとは言え、殺意に晒されて平静を貫ける程、図太いわけではない。永新の精神は以前よりかは落ち着きを取り戻してきたが、その以前がマイナスに振り切れていた以上、今も尚繊細と言っても過言ではない。

 妖魔とは完封と言える程の快勝を決めることが出来た永新ではあるが、倶利伽羅と戦った経験が無い以上、戦ったところで全く歯が立たないかもしれない、と言う永新にとって不安材料しかない倶利伽羅の存在は未だ恐怖の対象であり、それを乗り越えるにはまだ少し時間がかかりそうであった。



「変わるんじゃなかったのか?」

「……倶利伽羅は、話が別と言うか、その、なんて言うか……」

「あぁ、無能コンプレックスが刺激されるのか」

「言い方をもう少し……。でもまあ、そう言う事です……」

「まっ、今日はそれ目的じゃないしな。霊力を収穫出来て、それ以上の励起も出来たとなれば、此処はもう用済みだ。後始末はこいつらに任せて、オレ達はさっさと帰ると――」



「ま、待て!! お前は……燼月永新、だな!? 一体、何が目的で――」




 来た時と同様に、真宵が尻尾の陽炎を生み出したと同時に、一人の倶利伽羅が二人の会話に割って入ってくる。その面持ちは緊張した様子で、冷たい汗が頬を伝っているのが分かるのだが、心から拒絶するような立ち振る舞いを見せる永新を真宵は背中に隠して立ちはだかる。



「悪いが、お前達に用は()ぇんだ。挨拶ならまた近いうち来てやるから、そう焦るなよクソ坊主。お前らの()()()()()()()()()()()。感謝されども武器を向けられる筋合いは無いと思うが……どうやら話は通じねぇみたいだな。それじゃあ、後始末はよろしくなぁ? 行くぞ、燼月――」


「待て! まだ話は終わって――ぅ、くっ……! き、消えた……!?」



 それだけ言ってのけると、真宵は永新と共に姿を消し、山頂には静寂を保つ楔と、ただ一陣の風が吹くのみであった。







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[良い点] あのときあのジジイを倒せたのはなぜなんだ?
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