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2話

 


「はぁ……」

「――あ、永新!」


 担任である老教師からこってりと絞られた放課後、校舎の中から生徒の気配がすっかり消えた中で永新が荷物を纏めようと教室に戻ると、どうしてか永恋が残っており、戻って来た永新を見つけては満開の笑みを湛えながらいの一番に駆け寄ってくる。


「永恋、待っててくれたの!? そんな、先に帰ってても――」

「ううん。ほら、明日から霊力の実践授業が始まるでしょ? それで、皆とお話ししてたらこんな時間になっちゃったからせっかくなら永新も待ってようと思って」

「……あ、そっか」


 良かったのに、と最後まで言葉を紡ぐ前に、興奮気味に語る永恋は彼女の背後、そこに並び立つ四人の姿を振り返りながらそう言った。

 まるで期待でもしていたかのような自分が肩透かしを食らったような気分に陥るも、最後まで言い切ってから勘違いを否定されたわけではない、と自分を擁護するかのような言葉を心の内で捲し立て上げながら永恋の視線の先、並び立つ四人へと目を向ける。


「悪いな、燼月? 永恋は俺達と話していただけなんだ」

「そもそも、お前の普段からの授業態度が悪いのが原因だろう。あの担任の事だ、どうせ長ったらしい嫌味を味わわされたのだろう?」

「獅子王さん、先生の事を悪く言うとは随分と身の程知らずですのね。あの方は偉大な倶利伽羅の先達。学ぶべきところはたくさんありましてよ?」

「永恋、そろそろ習い事の時間よ。そんな男は放っておいて、さっさと帰りましょ」


 しかし、永新の顔が赤く染まったのを見抜かれていたせいか、四人からはそれぞれ蔑視の眼差しが注がれる。平凡なお前では不釣り合いだ、とでも言わんばかりの視線が。


 永恋と共に残っていたのは、言うまでもなく四家の子息令嬢たちであり、彼ら彼女らを筆頭に、永新はこの教室での存在を決して認められていなかった。


 俱利伽羅と言う存在は、国民の多くには知れ渡ってはいないものの、国が認める一つの機関でもある。

 倶利伽羅は現世に蔓延る妖魔の魔の手から常人を守り抜くために国からの援助を色濃く受け取っており、常人からすれば俱利伽羅は総じてどこぞの金持ち連中とすら見られているだろう。かく言う燼月のような底辺俱利伽羅でさえその扱いなのだから、四家や小暮日と言った名家はその金額の規模が桁違いに異なっている。

 そして、この学園はそんなお坊ちゃまやお嬢様が通う学園と言う体を隠れ蓑に、霊力を宿す俱利伽羅の血をその身に継いだ子供達が通う、俱利伽羅の、俱利伽羅による俱利伽羅の為の学園なのであった。

 俱利伽羅にとっての社会的身分の高さを表すものは、その家が持つ「歴史」そのものであり、長く続いている家には霊力の高い俱利伽羅が集まりやすく、そこで生まれた子も皆総じて霊力に恵まれる。そして、その子らに相応しい俱利伽羅としての実力を持たせようと、最低限の常識と人権意識を育成するとの名目で造られたのがこの学園であった。


 そんな学園の最もレベルの高い教室に通う倶利伽羅の子供達は、その多くが四家には及ばずとも引けを取らないレベルの名家の子供ばかり。このクラスの他にも「燼月」の名に相応しい底辺の俱利伽羅の子供達が通う学級もあるのだが、永新は永恋に惚れられたが為に、小暮日家の婿に相応しい成績を収めよという無茶極まりない課題を提示されたが為にこの肩見せまい教室に投げ入れられたのであった。


 霊力の高さ、即ち俱利伽羅としての強さである以上、「燼月」のように精々が二世代の家の霊力などたかが知れていると言うもので、名家から見れば永新の存在は庶民。高級な霜降りの肉が並べられた熟成庫の中に安売りのバラ肉が放り込まれたとあっては、バッシングは相当なもの。実際に子供達からのみならず、子供の保護者からも学園側に非難の声が送られてきたのだが、「小暮日家」と言う四家に継ぐ名家に物申すことが出来る心臓に毛が生えたような保護者など誰一人としておらず、逆に、他の名家を退けてでも無茶を通すことが出来る小暮日家の権力に恐怖を抱かずにはいられなくなった状態で、永新は針の筵のような空間に身を置きながらも最高級の学習の場が提供されるのであった。


「え、でも、まだ永新とはお話し出来て無いし……」

「いいから、行くわよ! 全く、あんな男のどこが――」

「あぁ、待ってよ七星ちゃん! また明日ねぇ~、永新~」


「あはは……。……聞こえてるっての」


 そんな環境でも永新は食らい付くべく必死で勉強に勉強を重ねているのだが、生まれ持っての差と言うものか、名家の彼らが物覚えついた頃から英才教育を施されているのに対して、永新は一年前から学び始めたばかりで追いつくのに精一杯。永恋の実家、小暮日家から出された「恥じぬ成績を残せ」と言う課題も、まずは置いて行かれないようにするのが永新の実力では限界であった。

 そんな永新を名家は総じて見下しており、彼ら彼女らからすれば永新は教室の空気を汚す()()であり、同時クラスの品格を落とす()()()でしかないため、永新に倶利伽羅の道を諦めさせるべく悪意を持って接していた。


 だが、唯一永新の味方に立ったのが、永新に恋する永恋と言う存在。

 永新を強引にクラスに編入させ、四家以外物言いできる立場ではない小暮日家の娘。

 持ち前の明るさと多少の強引さ、そして何よりも可愛らしい容姿でもって誰からも好印象を引き出す永恋にとって、四家の好意を引き出すのは容易なものであった。彼女自身、意識しての事では無かっただろうが、実際に四家が永新の転級を望む声を上げる事は無かった。それも全て、永恋が悲しむだろうと言う彼女を慮ったが故の行動であり、永新がこの環境でどれだけ苦しもうとも関係ない話なのだが。


 しかし、そんな人好きのする永恋であったが、彼女は人の好意にも悪意にも鈍感で、永新が悪意に晒されている事など知らずに生活を送っているが故に、彼女が永新を守る事は無いし、周りもそれを指摘して永恋に伝える事はしない。


「……ッ、また、だ」


 永恋を連れて出ていく七星に続いて四家の面々が教室を後にしたことで静寂が世界を占める中、永新が帰りの支度をしようと荷物に手を伸ばすと、鞄の中が汚されている事に気が付く。


 学園に入学してから三か月余り。

 僅か六つを数えたばかりとは思えないような手段で永新を追い詰めようとするクラスメイトの中には、時折こうして直接的な被害を与えてくる子供もいて、名家の子供達らしく迂遠な方法で悪意を向けられるよりも、こうして物的な被害が及ぶ方が永新としては精神的に苦しいものがあった。


「……っ」


 教室に置かれたゴミ箱をそのままひっくり返したかのような鞄の中を見て思わず涙を浮かべるが、泣いたところで助けてくれる人はどこにもいないため、乱暴に目元を拭った後に鞄をひっくり返して掃除を始める。


 鞄の中には、永恋の話にもあった「明日の霊力の実践授業」に使う運動着も入れられており、永新は学園の手洗い場で必死になって汚れを落とす。


「……燼月、またお前か。次は教室を汚したのか? 掃除して帰るように」

「……はい」


 涙を堪えて汚れを落とすことに夢中になっていると、つい先程まで向かい合ってお叱りを受けていた担任の老教師が教室を経たのか、最早叱る事すら呆れた様子で背中越しに声を掛けてくる。


 確かに、一部始終を知らない人から見れば永新の机の周りにゴミが散らかっていれば、永新が散らかしたと思ってもおかしくは無い。

 この学園に勤める教師、その殆どは年齢を理由に倶利伽羅を引退した先達ばかりで、必ずしも教職を司る聖職者ではない。その中でも永新の担任である老教師は名家に物を教えると言うだけあって、現役時代それはもう凄まじい戦績を残しているようだが、俱利伽羅としての実力が人としての正しさに繋がるとは限らない。彼は永新が掲げるSOSに気が付く事は無く、ただひたすらに永新を問題児として扱うばかり。


 けれども老教師が永新へのいじめを黙認していると言う訳ではなく、老教師は老教師なりに全生徒に平等に接し、平等に評価している。四家だからと言って、名家だからと言って評価は甘くなく、かと言って弱小の家柄を持つ永新にも甘く接する事なく、極めて平等に接する事を心がけていた。その行動が却って永新を傷付けているとも知らずに。


 もし仮に彼が永新を取り巻く環境を理解できたその暁には、必ず永新の味方になってくれるであろう存在ではあった。


 だが、惨めに運動着を手洗いする永新にそんな高尚な考えなど浮かんでくるはずもなく、学園の外から聞こえてくる雑音すらも聞こえなくなるくらい嗚咽を噛み殺し、全てが片付き終わってようやく帰路につくことが出来たのは、永恋たちが去ってから一時間も過ぎた後だった。







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