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16話

 


 ――私には、好きな人が居る。



 その出会いは、まさに青天の霹靂のような出会いだった。



「――そんなところでなにしてるの?」

「とうさまがここでまっていろっていうから……」

「ふーん。おなまえは、なんていうの? わたし、えれん!」

「……ぼくは、えいしん」

「へー。わたしね、じぶんのなまえ、かんじでかけるんだよ。みてて」



 場所は、ここら一帯の地域を担当する倶利伽羅の諸子が集う顔見せの会。


 桜が咲き乱れる頃に執り行われる「顔見せの会」は、妖魔と戦う以上倶利伽羅同士の関係は命に関わる、と言う事から年若いうちからこうして多くの倶利伽羅と関わらせることを目的とした通例行事。


 物心ついたばかり、何事にも興味関心を抱く年頃。

 参加できるのは、今年で三つを数えた子供たち。

 その家族を集めて行われる、文字通り「顔見せ」の催しは例年通り、至って変わった事のない様子で執り行われたのだが、この年の注目度は異常なまでに高かった。


 何せ、この年は倶利伽羅における偉業を成し遂げた血筋の子、四家の御子が揃う日だから。


 顔見せの会に関しては、霊力の貴賎なく様々な家同士の繋がりを重視するのが古くからの習わし。

 故に、この年に三つになる子を持つ家庭の多くは、通常であれば両親だけの参加の所を、一族総出で四家に取り入ろうと画策する者も大勢いた。


 そんな中で、私の実家である小暮日家は、この機会でなければ四家に近付く事さえできないような他家とは異なり、特別な機会を得ずとも何時でも四家に伺いを立てるコネクションを持つため、この会では私の自主性を重んじるべく、家庭教師と護衛を兼ねる倶利伽羅を一人付けるのみで、好きに散策していいと言われていた。


 親も子も、誰もが四家の事で頭がいっぱいになる中、庭園の隅で一人退屈そうに草花を愛でていた少年に声を掛けたのはそんな時だった。


 目が奪われたとか、そんな大層な理由ではなく、強いて言うのなら単純に声を掛けやすかったのが最たる理由。

 周りを見れば同様に退屈そうな子供もちらほらと見受けられるのだが、彼だけは、誰の付き添いもない状態で佇んでいた。


 だが実際に当時の私にそんな思惑などあるはずもなく、ただそこに話しかけやすい少年が居たから、と言う理由で、同い年の少年に声を掛けただけの話。けれども、私を大きく突き動かしていたのは、覚えたばかりの知識を自慢したいと言う欲求が主たる目的だったとも言える。


 ――だからこそ、永新との出会いは運命だったと声を大にして叫びたい。


「これでね、えれん、ってよむの。しってた!?」

「ううん、それはちがうよ。ぼくのなまえも、おなじじをつかうからわかるんだ」


 地面に書いた「永恋」の少しだけ歪んだ文字は、離れた場所で見守る家庭教師に先日教わったばかり。

 ここ数日、両親は疎か兄や姉、祖父や使用人にまで見せびらかす程彼女は自分の名前を漢字で表現できるという現象と、それを見た人物が皆口を揃えて褒め称えてくれる事に感動を覚えており、永恋は今回も同じ反応が返ってくると信じて疑っていなかった。


 だが、実際に返ってきたのは想像もしていなかった否定の声。その言葉に永恋は思わずムッと頬を膨らませるが、その少年が私の手を取って、同じように地面に文字を書き始めた事でその感情は瞬く間に霧散していく。


 何故ならば、地面に書かれた「永恋」の隣に「永新」の文字が並んだから。


 永恋よりもずっと子供の文字で、かなり歪でバランスも取れていない、有り体に言えば汚い文字。それでも確かに「永新」と読めるその漢字を、私は愛おしそうに指でなぞった。


「え、しん?」

「ちがうよ。これはもともと『えい』ってよむんだよ」

「えい、しん?」

「うん。ぼくは、えいしん。じんげつえいしん、っていいます」

「わたし、えれん! こぐれび、えれん! ねぇ、おんなじ、かんじだね?」

「うん! えれんのなまえは、なんか、とってもきれいなかんじがする」

「えいしんのなまえは、こう、しゃきーんっ! ってかんじ!」

「えー、なにそれ。じゃあえれんのは、もっとこう、きらきらしてる!」


 大人たちが子供には分からない会話を繰り広げて繋がりを広げていく後ろで、私と永新は出会いを果たし、子供にしか分からない無邪気な会話でひそひそ、くすくすと二人だけの世界を作って盛り上がった。


 だが、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていくもので、遠くで控えていた私の護衛と共に永新の父親、永政さんが彼の元に戻ってくる。


「またね、えれん」

「うん。またあおうね、えいしん! やくそく!」

「うん、やくそく――っ」

「……ふふっ。やくそくの、ちゅー! こんどあったときは、えいしんがしてね?」


「お嬢様、それは……。はぁ。えぇと、燼月、殿。これは社交辞令ですので、まともに受け取りませんように……。そうじゃないと、俺が当主に怒られる……!」


「えぇと、貴方はどちらさまで……」

「え? あぁ。俺はこの場においては小暮日家当主代理、でいいのかな。永恋お嬢様のお目付け役として任されている身だ。燼月殿とは、今後関わり合う事も……まぁ、無いだろう」

「こ、小暮日家っ……!? 永新、お前、どんな手を使って……!?」


 お目付け役として出向いた家庭教師の倶利伽羅の先生は、この後私がお母様とお婆様の力を借りたとは言え、自ら当主であるお父様とさらにその上、お爺様に対して「燼月永新を婚約者として認めさせる」等と言う夢物語のような話を実行に移し、お目付け役であった先生が後でお父様とお爺様の両名から大目玉を食らうなどとはこの時、一ミリも考えていなかったであろうことを、私は反省する。

 だけれども、永新を婚約者に選んだ自分の選択を私は一生後悔していない。











 出会いは本当に些末な偶然であっても、私にとってみれば大事な必然。

 後になって振り返ってみれば、その時期に呼んだ絵本の内容と現実をミックスして考えていた、年相応にお花畑のような思考でしかない。


 名前が似てるだけ、価値観が似てるだけ。

 絵本に出てくるヒロインとヒーローが結ばれる縁となった「運命」と言う言葉。


 形としてある訳でも無い、ただそれだけを妄信して、私はあの時自分が恋に落ちたものだと錯覚した。


 私の永新への固執を面倒と見たのか、それとも説得に折れてくれたのか、お父様とお爺様は最終的に私と永新の婚約を条件付けで認めてくれた。


 私に求められたのは「四家に劣らぬ優秀さを身に着ける事」。

 永新の為ならその程度苦でもない、と二つ返事で返答したものの、肝心の永新への条件を、私は知らない。お父様とお爺様は「これは彼が一人で乗り越えなければならない試練だ」と言って教えてはくれなかった。


 その条件を擦り合わせる為か、四歳になってから小暮日家に永新が父親に連れられて遊びに来るようになった。永政さんは青い顔をしながらお父様とお爺様が待つ部屋に通され、その間永新は私と遊んでくれる。


 遊んでくれる度に、私は永新との新しい共通点と言う名の「運命」を探して、永新も色々な事に付き合ってくれた。

 中でも誕生日が一日違いである事に私は甚く興奮したし、価値観だって非常によく似通っている。それになによりも、彼の紳士的で優しい一面がたまらなく大好きで、永新との時間を過ごせば過ごす程彼に惹かれていく私がいた。


 月に一度か二度の逢瀬。

 しかしそれは一年が経過した頃、小暮日家と燼月家でお互いに条件の擦り合わせが終わったのか、永新が父親に連れられて小暮日家に足を運ぶ事は無くなった。


 お父様とお爺様が言うには、永新は私に釣り合う為に勉学に勤しむのだそう。



 ――そんな事しなくても、永新が永新であるかぎり私の気持ちは変わらないと言うのに。



 それから一年が過ぎて、学園の入学が迫る時期。その時になって私は「永新と同じクラスがいい」と我儘を口にした。


 小暮日家として学園に出資するお爺様の一声でそれはいとも簡単に叶うこととなったのだが、入学に当たってお父様とお爺様の二人から婚約に当たって新しい条件が加えられる。


 それは「燼月永新の学園の成績に関して、絶対に関与しない事」、だった。

 燼月、と言う名も知らぬ下級家を、四家や小暮日家、その他有力な名家が揃う学級に捻じ込むことをいとも容易く行えると言う事は、学園の成績改竄も無理な話ではない。それをした場合、本当の意味で永新の為にならないし、永恋の為にもならない。故に、永新の成績に関しては永恋が手を貸す事さえも禁ずると言い放った。


 その件に関して、私は「永新なら余裕だから」と正しく恋は盲目を体現したかのような言葉を吐いて条件を飲み込んだ。

 私の頭の中は、これから始まる永新と過ごす学園生活ばかりを夢見ていたため、それがどんなに酷な条件であるかを、微塵も考えていなかった。


「永新、見て見て!! また百点! 凄いでしょ! ね、褒めてくれる?」

「う、うん……。すごいね、永恋は」

「むふー。ね、もっと撫でて?」


 永新が小暮日家に通っていた時の名残で、永新に私の頭を撫でさせる。

 掌から伝わる永新の体温を直に感じながら、髪の毛が乱れるのも構わずに撫でさせると、永新は困ったように眉を下げながらわしゃわしゃと撫でてくれるし、最後には櫛で整えてくれる。

 困ったような表情が大好きで、あの頃から永新にこうやって褒めてもらうのがお気に入りでだった。学園に入学してからは離れていた一年の空白を埋めるかのように何かと成果を見せては、永新の()()()()()()を求めていた。


 その際、クラス中から様々な視線が集まるのを感じるが、小暮日家の秀才として注目される私にとってこの程度の注目は無いのと同じ。


 嫉妬と羨望は小暮日家に生まれた時点で付き纏うもの。

 何処を歩いても向けられるその視線は、六歳にもなれば慣れたもので、何も感じる事は無い。


「永新は? どうだったの?」

「ん、と……ご、五十八点、だった……」

「――! 凄いじゃん! この前よりも高い点数だよ! 永新、頑張ったんだねぇ」


 自信が無さそうにテストの答案を見せる永新に、私はお世辞でもなんでもなく、本心からの賞賛を言葉にしてお返しとばかりに永新の柔らかな髪を撫でるのだが、数多の鬱陶しい視線に気を配る事が無くなったと言う事はつまり、その多くの視線が私ではなく永新に注がれている事にさえ、気が付いていなかった。


「永新っ」


 永新が神童と呼ばれた時も。


「永新ッ!」


 永新が危険な目に逢った時も。

 いつだって私は自分と永新の事しか考えていなかった。

 お父様とお爺様が、永新の事をどう思っていたって関係ない、四家の皆が永新の事をどう思っていたって関係ないと、本気でそう考えていた。


 ――だって私は、永新の事が大好きだから。二人は結ばれる運命だから。


 そう信じて疑わなかった気持ちが揺らぎを見せたのは、あろう事か永新が私から離れようとしたその時だった。



「……さようなら、小暮日、さん」



 突き放す様な、冷たい言葉。

 出会った頃から呼び続けてくれた私の名前を口にしなくなった永新は、私を避けて行動する。


 何かの間違い――聞き間違えたんだ。


 そう信じなければ正気でいられない程の衝撃を受けた私は、翌朝永新が通るはずの道で待ち続けたものの、永新は昨日の言葉を裏付けするかのように姿を現さず、昨日二人で歩いた道を一人で歩く事の寂しさに私は心が張り裂けそうだった。


 それから学園では永新に徹底して避けられる日々が続いた結果、日を追うごとに憔悴していく私の姿にお母様が一番に気が付いてくれた。いつもなら、どんなに小さな変化でも永新が気付いてくれていたと言うのに。


「永恋、どうかしたの?」

「う、うぅ……お母様あああああああ!!!」


 お母様の掛けてくれた声に永新の影を思い出し、私は()()()と泣き喚いた。

 その声にお婆様に加えてお父様とお爺様が駆け付けてきたものの、お母様は私が泣き止むまで背中を擦ってくれた。お父様やお爺様のように無理に踏み込んで来ようとはせず、私が話すのを待ってくれていたお陰で、私の口からはするりと何があったのかが吐き出される。


「燼月永新……! 孫を泣かせた始末、どう取らせようか……!」

「父さん、ここは俺が――」

「二人とも、手出しは無用ですよ。これは永恋とお相手の問題。親が出ていっては話になりません。ましてや自分達の地位を考えて行動なさいな」

「「うっ……!」」


「……永新君は、本当に永恋を避けているの? その理由(わけ)は? 永恋はこのままでいいと思ってるの?」


 私の話を聞いて一目散に行動を起こそうとしたお爺様とお父様が揃ってお婆様に窘められている横で、お母様は至って平等な目線で物事を語る。


 確かに、永新はただ一言「ごめんなさい」とだけ口にしただけで、その理由も何も知らないまま。

 このまま何も知らずに永新と別れなければいけないだなんて、そんなの絶対に認められるはずが無い、とお母様の言葉で私の心に再び炎が灯される。


 嫌いになられた訳でも無いのに、私が手を引く道理は無いのだから、永新が避けるのならばむしろこちらから無理にでも接触を図るべき。


 ――もしも本当に「嫌いになったから」なんて言われたら私は泡を吹いて倒れる自覚すらあって本当の事を聞くのは怖いけれども、ここで踏み出さずにいる方がもっと怖かった。



 だから私は、行動に出た。



「――永新」

「えっ、なんで、ここに――っ、わぁ!?」

「静かに。抜け出して来たこと、ばれちゃうから」

「ち、近いよ、えれ――こ、小暮日さん……! 汗、かいてて、臭いから……」

「そんな事無い。むしろ永新の汗は良い匂いしてる」


 クラスメイトが修練場で授業に勤しむ中、一人校庭を走らされている永新の元へと抜け出して来た私は、人目に付かない修練場の裏手を永新が横切る際に永新の腕を引いて誘い込む。

 逃げようとする永新を咄嗟に抱き寄せるのだが、私的にはこれがむしろ功を奏したと言える程に永新の香りを全身で味わうことが出来た。


 しかし、相変わらず永新の口は私の名前を言うのを憚られるようで、その手を背中に回してくれる事さえしてくれない。

 これ以上意識してしまえば気が動転してしまいかねない私は早々に本題へと移る。

 私の緊張が聞こえてしまうような距離で、喉を振り絞ってでも永新に聞かなければならない。


「……ねぇ。永新は、私の事、き……嫌いに、なったの……? だから、私を避けるの……?」


 その声は、きっと震えていた。


 もしここで肯定されたら、私は今後生きていく目標すらも失いそうだったから。

 それくらい私にとって永新は無くてはならない存在で、失うのが何よりも怖かった。


「……そんな事無いよ。僕が、小暮日さんの事を嫌いになる訳が無い。でも、それは、僕が傍に居ていい理由じゃ、ないから……」

「理由? そんなの無くたって一緒に居ようよ。今までみたいに……。だって私と永新は、ずっと一緒でしょ!?」

「……僕が、弱いから。僕が小暮日さんを、守れるくらい強くないと、傍に居ちゃ、駄目なんだ……だから――」


 永新が吐いた言葉は、私にとって要領を得ない。

 傍に居る事に理由なんて必要ない。私がそう言っているのに、永新は頑ななまでに認めようとしない。そこにどんな意味があるのか、私には理解も、想像も出来なかった。


 けれども、永新がそれだけ真剣である事。私が嫌いになった訳では無い事。それさえ分かれば、私にとっては十分すぎるような内容だった。


「……じゃあ、一つだけ約束して」

「約束?」

「うん。十五歳になったら、【成人の儀】、一緒に受けよう。私、永新の事ずっと待ってるから」

「……でも、小暮日さんの方が――」

「一日だけだよ。それくらい、待てるから。だからお願い、約束して? 成人の儀を、一緒に受かろう、って。一緒に大人になろう、って。その為なら私、我慢できるから……」

「…………うん。一緒に、受けよう。約束するよ。その日までに、必ず、君を守れるくらい、強くなるから」


 こうして授業を抜けている事も、すぐに見つかることくらい、分かってる。

 最近では永新と話す事さえ出来なかったのは、きっと誰かが手回ししている事にも気付いている。

 だから、話すべきことは今全部話して、結びたかった約束も結ぶ。


 後はもう、永新を信じて待つ事しか、私には出来ない。


 名残惜しむように永新と別れた後、永新の匂いに包まれた私の霊技はいつになく好調で、「四家に劣らぬ成績を」と望むお父様とお爺様の期待に応えるには十分すぎる成果を挙げるのだった。


 それから何度か同じ手を使って永新と逢瀬を交わしたものの、私と永新が近付くのを良く思わない何者かが妨害の手を差し込み、永新との逢瀬は妨げられてしまった。けれど、会えなかった時間が私を強くするかのように永新への恋はいつしか愛へと変わり、結ばれた約束に異常なまでの固執を見せるようになった。






 それから季節が過ぎて冬が訪れた頃、私は心にもないことを口走る。


「……今の永新は嫌い。もっとしっかりしてよ。昔みたいに、もっとかっこよくいてよ」


 ――恋は盲目、愛は瞠目。

 以前お母様から教授された言葉。

 その本当の意味は分からないけれど、今、私は永新に対して邪険にするような言葉を吐いていた。


 永新が二年前とは違って初級を三発も打てるようになったのは確かな成長であるが、その程度では成人の儀を超える事は難しい。

 そんな姿でも私の目に映る永新は愛らしく、そして昔と比べて成長した姿はかっこよさに増々磨きがかかっているとも言えるのだが、永新と離れるようになってから新しく増えた友人から聞かされた、甘えさせるだけでは育たない、と言う言葉を実践に移す。



『気になる相手の本気度を確かめるなら、冷たく突き放して態度を見るのが一番』



 約束に囚われるが余り、一年が経っても僅かしか成長しない永新の姿に不安を抱いていたのは、事実。

 永新の成長を急かすべく、最悪の手法に手を出した時には、もう遅かった。


 私が永新を突き放した事により、永新は正真正銘、学園で孤立してしまう。

 その事に考えが至らなかった私は、この日を未来永劫忘れる事は無いだろう。そして、死ぬまで後悔し続ける。


 自分が取った行いがどれだけ非道か自覚がないまま訪れた翌々日、永新は遂に学園に姿を現さなかった。一日として欠かすことなく通学を続けていた永新が休んだ事は、私以外にも、晴也君や七星ちゃんも驚きを隠せない様子だった。特に七星ちゃんは永新が気がかりなようで、誰も座っていない永新の席を心配そうに見つめていた。


 ――最低な行為を行ったその日の夜。



 家伝いに永新の母親の逝去が報され、私は自分が取った行いの愚かさを自覚せざるを得なかった。



「永新ッ、永新のところに、行かなきゃ……! 謝らないと、いけないのッ! お願い、離して!!!」

「お、嬢様……っ! 一旦落ち着いて下さい! 今の時期、妖魔の出現が増えているのです!! この時間にお一人での外出は、ご当主様からのお許しが無ければ――」

「そんなもの、断られたもの……っ!! だから、私は黙って行かなくちゃいけないの……! 永新には、私が居ないと……いない、と……。――う、うわぁああああん!!! 私は、私は……!」


 人を試す様な真似をした報いは、後になって重く圧し掛かってくる。

 そんな事も知らずに、自分の為に取った行動で永新を傷付けた現実は余りにも耐えがたく、永新と同じ状況を夢想してみれば、どれだけ胸が締め付けられる事かと膝から崩れ落ちる。


 ようやく落ち着きを取り戻した頃、家庭教師の先生が呼んだお母様に全てを打ち明けた。

 その結果、永新に許してもらえなくとも、誠実な対応を取る事を約束し、私は早速永新に手紙を書き連ねた。周りと比べて感情表現は豊かな私でも、年齢を重ねて思ったままの言葉を口にする事を憚られる場面が増えてきた事で、永新に私自身の思いを正直に打ち明けられていなかった。だけど手紙なら、と考えて、これから毎日、永新の為を想って書き連ねていく。もちろん、謝罪の意味も込めての事なので努めて誠実な文章で。


 今度こそ揺るがない意志を固めた、翌日。

 永新は少しだけやつれた様子で教室に姿を現した。


「永新……もう、大丈夫なの?」

「…………大丈夫だよ。これからは、母様の分まで、頑張らないといけないからね。休んだ分を、取り返さないといけないんだ。だから心配いらないよ、()()()()()

「永、新……?」


 言葉を交わした、と言うには一方的すぎる永新は、それ以降授業に集中する姿を見せるのだが、授業も半分が過ぎれば机に伏してしまう。

 言っている事とやっている事が乖離する永新の姿に誰もが触れられないのか、教室での永新はまるで腫れ物扱いでもされているかのようだった。それは先生も同じで、気を遣って永新に声を掛けたとしても永新は私の時と同じように社交辞令を口にする。

 その姿はまるで差し出される手を拒絶しているかのようで、そんな永新の姿を見るのは酷く辛かった。


 だけども、永新が私を許してくれるまで、その姿勢を私が否定する事は許されない。

 贖罪の意味も込めて私は永新の事を見守るだけに勤めて、書き上がった手紙は片っ端から永新の家に送る。もしも読んでくれたなら、と一抹の希望を抱いて永新からのアクションを待ち続ける。


 また別の日も、永新は授業が始まればすぐに眠りにつく。

 昼過ぎの霊力の授業も、三発の破魔弓術初級を放てば帰路につく。


 その間、学園では誰とも関わらない様子は、ずっと見守っているから分かる。

 他クラスの生徒に対しても、四家に対しても態度は微塵も変える事無く、社交辞令を返すばかりで、一週間が経過した頃には永新は誰も関わる事はなくなって、遠巻きにされるようになった。


「永新……」


 完全なる孤立を選択した永新。

 それに手を出す事は疎か近付く事さえ許されない辛さ、歯痒さは私にとってみれば罰のようなもので、永新を求めて渇きを訴える胸は逸るばかり。

 それ故に、永新への手紙を送り続けるのだが、永新は一向に私を見てくれない。


 そんな日々が続く内に、私も「四家に劣らぬ成績」を保たねばならない以上、永新を見ていられる時間は減っていく。鍛錬を抜いた結果、成人の儀を迎えられない、なんて事にはならない為にも、私は永新が目を逸らしていられないくらい強くなることを決意する。


 そう、私にはまだ、永新との「約束」が残されているから。

 約束が果たされるその時までに、永新の目に留まれるだけの、魅力的な自分になっていなければならない、息巻かなければ、私も潰れてしまいそうだったから――。





 ――それから長い年月が経ち、永新含む四家や永恋に、絵麻。

 黄金世代と呼ばれる彼ら彼女らは最盛の時、十五の年の頃を迎える。



 ――誰もが様々な意思を胸に秘め、遂に【成人の儀】を迎えるのであった。










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[気になる点] 永新のsosを突き放したシーンはないのかな?どんな心情だったのか?
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