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9話

 

「――火打(ひう)ちッ!!」

鉄穿(てつうが)ちッ!」

雨垂(あまだ)れ!!」


 破魔弓術初級の応酬が続いたかと思うと、少し遅れて離れた場所に立つ的が燃え盛る。

 火打ちは燃え上がらせ、鉄穿ちは穴を開け、雨垂れは複数に分裂した火花の雨が降り注ぐ。

 それぞれの特徴をしっかりと捉えた破魔弓術初級の発現は、確かに霊力が応えてくれている証拠に他ならず、先を行く彼らに周りから称賛の嵐が吹き荒れる。


 当然、その称賛の嵐の中央にいるのは四家の面々で、汗を拭いながら浴びせられる声に対してにこやかに返していく。

 けれど、その中でただ一人だけ浮かない顔を見せる少女が一人。


「どうしてよ……っ!」


「あっ、おい、待てよ七星!」

「あらあら……」

「僕が追いかけ――ど、どいてくれ……!」


 他の四家三名とは違って、ただ一人未だに霊力の制御が上手く行かずに歯噛みする御厨七星は、自分の内に眠る劣等感と共に周囲が押し寄せてくる前に一人抜け出し、修練場を後にする。

 今日に限って合同練習が故に、ただでさえ人の目を集めてしまう四家に人が集中するのを止められず、七星の背を追いかけようとした神来戸獅子王は人の波に呑み込まれてしまったが為に、七星が何処に消えたのか完全に見失ってしまうのだった。


「……永新、大丈夫かなぁ」


 実力差が見えて来た四家に波乱の予感が芽吹く中、永恋はただ一人黄昏れる様子で外に視線を向けて、合同練習のこの場にいない仮の婚約者に想い馳せているのであった。











「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……!!」


 修練場から聞こえてくる歓声を耳にしながら、永新は大きな校庭を一人マラソンさせられていた。


 老教師曰く、体力作りであるとの事だが、永新はそれを疑うことなく実践せしめる。

 何せ、初めての霊力実践授業の後、既に二回、永新は霊力を放って気絶してしまい授業の進行に多大なる迷惑をかけていたから、永新も老教師の指示を無視できる立場には無かったのだ。

 とは言え、全ての基礎となる体力作りからと呆れられながら支持されたは良いものの、老教師から紹介された監督教員は開始時に顔を見せただけで後は合同練習へと赴いてしまったが為に、永新は止め時が分からないまま走り続けていた。


「ちょっとくらい休んでも、いいよね」


 修練場の裏に来たところで、永新は誰の目も無い事を確認してから腰を下ろして汗を拭う。


 永新が「神童」と噂されてから早いもので二ヶ月が過ぎた。

 その間、永新はその名に相応しいだけの成果を挙げる事は出来ておらず、クラスメイトからはどこか白けた視線を向けられることが多くなってきた。


 破魔弓術初級、それもたった一発で全ての霊力を吐き出してしまうが為に気を失ってしまう永新。

 本来であれば、身体に霊力が馴染み、粗方霊力の加減に慣れた時点で次のカリキュラムに進むのだが、今のままではその初期段階である授業すらもろくに熟せない、と判断した老教師は永新だけにその先のカリキュラムの一つである「霊力の操作」と言う課題を与えていたのだが、永新は老教師の予測も大きく上回る形で満足に熟す事は出来なかった。

 永新は現状、思いに応えた霊力に振り回されているだけ。それは例えるなら赤ん坊に拳銃を持たせているようなもので、使い方も分からなければ霊力が何なのかすら知り得ない。そんな状況で「霊力への理解を深めるべきだ」と言われても、永新には何が何だかさっぱり分からなかったのだ。


 それ故に、老教師は永新が霊力の扱いを覚える為には、まずは肉体と精神の成熟が最優先であると考え、霊力の使用は禁止にしてひたすらに体力作りに励ませているという実情。断じて、匙を投げたわけではない。


「――」

「ん、誰か、来た……?」


「どうして、あたしだけ――ッ!? なっ、燼月!? あんたが、どうしてこんなところに……!」


「み、みくりや、さん……」


 永新が腰を落ち着けたと同時に、建物の影から姿を現したのは、四家の一人、御厨七星。

 吊り上がった猫目は人の目が無いと油断したのか不機嫌さを隠そうともしておらず、手に持った弓と矢が苛立たしいとばかりにキツく握り締められていた。


 修練場は今、永新らと同じ学年に通う倶利伽羅の子供達が集められての合同練習中であり、永新に申し付けられたのは「合同練習が終わるまで走り続けろ」と言う内容である為、開始と終了の時刻だけは教わっていた永新でも今はまだ授業時間である事を知っている。

 故に、永新がここでサボって――もとい、休憩を挟んでいることがバレてしまったのは永新にとって非常に不味い事態。


 もしもこの事を先生に告げ口されては永新はまた自分の評価が下がることを危惧して、慌てて言い訳を口にする。


「ちょ、ちょっと疲れたからここで休んでいただけで、サボってたとかじゃ、無いんです! 本当なんです! ぼ、僕も、今来たばっかりだから、その、ええと……し、失礼しますッ!!」


「――待ちなさいよ」


「――むべっ!!」


 永新の切実な思いに加えて、御厨七星が四家である事、更には授業時間中かつ一目見ただけで分かる程の不機嫌さから、永新は一目散にこの場から逃げる事を選択したのだが、七星はそう簡単に逃がしてなどくれない。

 好きでもないマラソンに戻るべく彼女の前を横切ろうとした次の瞬間、七星は永新の覚束ない足を引っかけて掬い上げ、永新を派手に転がすのだった。


「丁度いいわ。少し付き合いなさい」


 そう言って、建物の縁に二人分の間を空けて並んで腰を下ろさせられた永新であったが、擦り剝いた手足がジクジクと痛みを訴える。多少なりとも痛みには慣れているとは言え、いち早く傷口の消毒をしたいのを堪えて七星の出方を伺う。


「……」

「……」


 御厨七星と永新。

 二人が会話をした記憶はお互いに一切ない為、お互いにどう切り出して良いか分からずにただ時間だけが過ぎていく。

 二人の間には、修練場から聞こえてくる轟音と地響き、それに続く歓声だけが漂っている。

 だが、耳をすませばお互いの息遣いさえ聞こえる程の静寂が漂っているとも言え、それが余計に七星の苛立ちを加速させているような空気に永新は胃が縮むような思いで肩身を狭くさせていた。


「あの――」「ねぇ――」


「あっ、えと……ど、どうぞ……」

「あんたから先に言いなさいよ」


「その……どうして、こんなところに……?」

「あんたに話す必要、ある?」

「あ、いえ、無い、です……」


 そもそも四家と対等に会話が出来る存在など、四家と小暮日家を除いて同じ学年には存在していない。

 特に、御厨七星に関しては同じ四家以外への対応が最悪だと専らの噂。それは自分が認めた相手以外を見下している証拠であると同時に、それが俱利伽羅の世界において間違っていない行動だからだ。


 とは言え、そのような接し方では敵を作るばかりで、これから先の未来では四家のみならずそれ以外とも手を取り合って妖魔を討滅していかねばならない為、昨今ではむやみやたらと周囲に棘を向けるのは推奨されていない。

 だがしかし、七星がそう言った旧態依然とした態度を取るのは、御厨家が抱えるコンプレックスを生まれながらにして背負わされているから、と言っても過言ではなかった。


 四家に迫るとも取れる成績を収めている永恋の小暮日家。

 小暮日家が過去に四家であったと言う話は事実であり、その小暮日家を押し退けて四家に君臨したのが、御厨家であった。即ち、歴史ある四家の中では御厨家が最も歴史が浅く、四家の中でも比較されればいつだって一番下と言う評価を与えられてきた。事実、御厨家が四家に入ってからと言うもの、他の四家と対峙して世代筆頭を奪取せしめた事は一度も無い。

 そう言った歴史が、御厨家にはコンプレックスとして染み付いているが故に、家の教育をしっかりと身に着けた七星はそんなところまで引き継いでしまっているのであった。


 とは言え、永新は七星に対して悪感情は抱かない。

 むしろ、俱利伽羅として家の責務をしっかりと果たそうとしている姿勢に尊敬の念すら湧く程だ。何せ自分は期待に応えられたと思った次の瞬間には失望させてしまっているのだから。

 永新の現状を父親である永政は老教師から伝え聞かされており、家庭教師の一件以降永新の教育に力を注ぎ始めたかと思えば、期待外れの成果ばかり聞かされる日々に今ではすっかり前の生活に戻ってしまっていた。


「……あんたって、本当に救いようが無いわね。見ててイライラするわ」

「あはは、ごめん……」

「そう言うところも、本当に嫌い」


 七星に対して悪感情は無いとは言え、苦手意識は四家の中で一際強いのは否めない。


「それで、御厨さんは、何を言おうと……?」

「…………チッ。あんたなんかに聞いてもどうしようもないと思うけど……、あんた、あの火打ちを放った時、どうやったの?」


 七星は永新から顔を背けて、ぼそりと呟く。

 それこそが七星がここに逃げてきた理由であり、他の四家が完璧にモノにした破魔弓術初級を、七星だけが十全に扱えない事実を前に、七星は自分を強く責めていたのであった。


 そしてその言葉の通り、現時点で学年で最も優れた成績を収めておきながらも最低評価を下された落ちこぼれである永新にそれを尋ねたところで、何の成果も得られないのは火を見るより明らか。けれども、そこで同じ四家に頼るのは御厨家としての尊厳が踏み躙られると考えた七星は、幼心のままに自分だけが称賛の対象に無いあの場所から逃げてきてしまったのであった。


「いや、やっぱ言わなくていいわ。聞くだけ無駄だし――」



「――あの時は、凄く、焦ってた」



「……、」


 弱い心をみっともなく晒してしまった失態に気が付いた七星がさっさと切り上げてその場から去ろうとしたその時、永新はポツリと言葉を零す。

 その言葉は、今の七星に酷く当て嵌まっているようで、七星はそれ以上足を進めることは出来ずに背中越しに聞こえてくる永新の言葉に耳を傾けた。


「――失敗したらどうしよう、良い成績を残せなかったらどうしよう、これ以上情けない姿を見せたら……。そんな思いで、胸がいっぱいだった。けど、いざ弓を構えてみたら、そんなこと考える暇なんて無くって。気が付いたら、炎が弾け飛んでいたんだ。きっと、あれが()()()()()()()()()って言う意味なんだと思う……ます。だから、御厨さんも、無理に焦る必要は無いと思います。それに、他の皆も、必ずしもあなたの敵って言う訳じゃ、ないです。もっと、周りを頼ってもいいんじゃないですか……って、こんな事聞いても、とっくに知っていますよね。あはは……」


 永新とは立場も環境も異なる。

 だと言うのに、永新が無邪気に語った言葉は、永新が本当の意味で弱者であるから。

 火加々美、天炎、神来戸の三家に置いて行かれて焦る今、七星は永新と変わらぬ対等な位置にまで落ちていた。正確には、永新と同じ精神状況にまで陥っていた。

 故にこそ、永新の言葉は、落ちぶれた事を知らない御厨の使用人や家庭教師の言葉と比べて優しく寄り添ってくれるように七星の胸にストンと落ちたのであった。


 四家に生まれたならば強く在れ、と、蝶よ花よと育てられた永恋と違って、常に優秀さを求められささくれ立った心に初めて注がれた優しい言葉。それは強がるばかりの七星の目に涙を浮かばせるには十分だったようで、永新に背を向けていなければ潤んだ瞳を晒してしまうところだった。


「っ、あ、当たり前じゃない! 知ったような口、利かないで……!」

「うぅ、そうですよね……ごめんなさい」

「……でも、その、ありがとう――」


「え? 何か言いました?」


「~~っ、この借りは必ず返すから、って言ったの!!!」


「うぇ……?」


 口元でごにょごにょと発した声は永新には届かないのだが、聞き直されたのが腹立たしいのか、鋭い眼光が永新を一瞥した後に七星は修練場に駆け足で戻っていく。


「はぁ……ってぇ!? 僕も急がないと――」


『――こぉら、燼月ぅう!!! 何処に消えよったぁあ!!!』


「ひぇっ……!」


 思い出した時には既に遅く、学園中に響き渡るような怒声が永新を呼んでいるのに身の毛もよだつ。

 けれどもこれ以上逃げる訳にもいかず、永新は擦り剝いて血が出たままの脚を大袈裟に引き摺りながら監督教師の元に姿を現すのだが、そんな事でお叱りを避けられるはずもなく、永新は合同練習の授業時間が過ぎても尚校庭八周のマラソンを要求されるのであった。ただサボっていた場合だったならば、十周だったところを、怪我に免じて八周にしてもらえたのは怪我の功名――なんて言えるものでは無く、むしろサボっていた方が楽とも思えるような苦しみを永新は笑い者にされながら味わわされるのであった。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ…………」


 監督教師は既に去っており、周回の回数をちょろまかしても誰にも文句は言われないはずだと言うのに、永新は最後まで走り切り、崩れるように大の字になって倒れる。


「み、水っ、水……っ。……?」


 砂漠を駆けずり回った後のように水を欲する永新の頭上に、突如として影が差す。

 息を整える間もなく刺した影に頭を上げると、そこにはみすぼらしいものを見たかのような目で永新を見下ろす御厨七星の姿が。


「……最悪」


 四家の内の一人がわざわざ永新を見にやって来る理由などあるはずが無く、永新は取り繕う暇もなく引き攣った笑みを表情に浮かべるばかりで、汗まみれのそれを見た七星は一言だけ呟いた後に、手に持ったペットボトルから地を這う永新に向かって水を被せる。


「わっ、ぷっ――」


()()で、借りは返したから」


 半分ほどの水を浴びせかけた七星は、残りを地面に捨て置き、それだけ言い残して去って行く。

 この一連の行為が終わってみれば、辺りからクスクスと笑い声が聞こえてくる。

 見世物にさせられたのだと思う反面、永新はこれが御厨七星と言う女の子の不器用さなのかと、小さく口物が緩む。


 ペットボトルに添えられた、可愛らしい絆創膏を手に取りながら。







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