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作者: 長浜仁

 午後十時三十分、横断歩道でジョンディックの体が宙を舞う。

 ジョンは宙を舞うさなか黒い霊柩車を見た。それが原因だと認識したのちに意識は途絶えた。

 目が覚めるとジョンはベッドの上におり、天井を見上げていた。

 「お目覚めですか?」

 声が聞こえる方向に目線をやると白髪交じりの医者と若い看護婦がこちらをのぞき込んでいた。

 「いやあよかった、そのまま亡くなられたらどうしようかと思いましたよ」

 彼は安堵した表情とともに一息をつき言った。

 「ここはどこだ?俺はいったいどのくらい寝ていた?」

 ジョンはまだ回らない頭で、質問を投げかけた。

 「ここはナラトス診療所、この島唯一の診療所です。そしてあなたは二日前に島の墓地で倒れているところを島の者が見つけ、私がここで治療しました」

 彼はジョンの質問に対して簡潔に答えた。

 「そうか、助けてくれてありがとう。しかし俺はなぜ……」

 と新たな質問を投げかける前に彼は右手を前に突き出しジョンの言葉を遮った。

 「すみません、先ほどのあなたの感謝の言葉は受け取れません。なぜならあなたを治療はしましたが回復させることはできず、死んでいただかなければならないからです」

 「はあ」

 医者の言葉が理解できないでいるジョンを置いて彼は会話を続ける。

 「現在あなたの体は首から上しか動けない状態です。そしてこの島には何もできないあなたを置いておけるほどの余裕もありません。医者としては心苦しいですがこうするしかないのです。ご理解いただきたい」

 ジョンはようやく今自分が最悪な状況にいることを理解した。

 「じゃあ俺は今から殺されるというのか、わざわざ目を覚ますのを待ってからとはあんたらはひとでなし、悪魔だ」

 ジョンは乾ききった喉から声を絞り出し、怒りをあらわにした。

 「話はまだ終わっていません、私も意識のなかった人間をわざわざ起こしてから殺すようなまねはしません。あなたにはまだ仕事があるのです。それを完遂させるまで生きていただかなければなりません」

 医者は罪悪感をおくびにも出さずに語った。

 「仕事?こんな状態で何ができる?」

 「この島には百人ほど島民がいるのですが、現在死者の弔い方を統一しようとしているのですがそれがうまくいっておらずもめているのです。まあ早い話土葬か火葬かということです。人数も土葬派が五十人、火葬派が五十人ときれいに割れているのでここは部外者であるあなたに決めていただきたいのです」

 ジョンは医者の言っていることが理解できなかった。しかし生殺与奪の権利はこの医者に握られていることを認識したためその仕事を受けることにした。もしかするとこの状態が良くなるかもしれない、そうでなくとも自分の置かれた現状を整理する時間は必要だと感じた。

 「ありがとうございます。では私はこのことを島民に伝えてきます。度々彼らが訪ねてくると思いますので暇つぶしに話し相手にでもなってあげてください」

 そういうと医者は部屋から出ていった。

 部屋に残った看護婦が私を一目見ると「はあ」とため息をつくとそのまま部屋を後にした。

 ジョンは右側に首を傾けて窓の方を見た。外には数十メートル先に小さな丘があり、そこの丘にはブドウの木が生えていた。

 「おいしそうなブドウだ」とジョンは呟いた。

 ジョンは今自分が置かれている状況を整理しようと考えた。なぜ自分は事故にあい見知らぬ島にいるのか、なぜ医者は意味の分からない仕事を与えたのか、しかし答えの出ないことを何度考えても無駄だと思いやめた。

 ジョンがボーッとしていると一人の若い男が入ってきた。

 「失礼します、あなたが噂のジョンディックさんですね?」

 「私はあなたをここに運んだ者の一人です」

 男はブドウの入ったバスケットを持ちながら言った。

 「それは……」

 ジョンは目の前に現れた命の恩人に礼を言うか悩んでいた。命があることに感謝はするが、自分の現状を鑑みるととても良い状態とは言えず、素直に礼を言うことにためらいがあった。そんな風に迷っていると男が口を開いた。

 「礼はいりませんよ。礼をもらえるほどあなたは肉体的にも精神的にもよくないのですから」

 男がこちらの考えを見透かしたように言った。

 「いや、あのままでは俺はわけもわからず死んでいたところだ。礼は言わせてくれ。ありがとう」

  ジョンは半分は嘘、半分は本当の気持ちを込めていった。

 「ではありがたくその言葉を頂戴しましょう」

 「礼しか言えなくて申し訳ないが」

 ジョンの言葉を聞き、男は少し考え提案をする。

 「もしあなたが私のしたことに対して何か報いたいと強く願うならあなたが与えられた二者択一、土葬を選んでいただけませんか?」

 「それはどうして」

 「誰だって親しい者を燃やすのはいやでしょう。なるべく生きていた姿でいてもらうほうが死者も喜ぶはずです」

 「まあ、そうかもしれないな」

 ジョンは生返事をした。

 「これだけが私の伝えたかったことです。ではお元気で」

 そういうと若者は木製の扉をバタンと閉めて出ていった。

 部屋にはジョンとブドウが二房入ったバスケットのみが残された。

 先の男の訪問から一時間ほどたったころまた新たな訪問者が現れた。

 「どうも、どうも。想像していたより顔つきも悪くありませんね」

 ハンチング帽をかぶった小太りの男が芝居かかった声色で言う。

 「おっと自己紹介がまだでしたね。私はこの島で青果店を営んでいる者でして。こちら見舞い品としてザクロをお持ちしましたのでよければあとで医者にでも言って食事として出してもらってください」

 「そいつはどうも、この状態でも食べられるならいただこう」

 「この島でも評判がいいのできっと気に入りますよ」

 男が自身気に笑みを浮かべて言った。

 「そうそうこれはあくまでついでなのですが」

 男がまさに今思いついたように言った。

 「あなた様はどちらを選ばれるのでしょうか?」

 ジョンは心の中でため息をついた。

 「あなた方はずいぶんそのことを気にしているが何かあるのか?選ばれると」

 ジョンは男の方を睨みつけて言った。

「いえ、とくには。ただ今まで行ってきたなじみのある方法の方がいいというだけですよ。ちなみに私は火葬派です。死者も自分の肉体が虫に食われ腐敗していくのはいやでしょう」

 「それもそうかもな」

 ジョンは棒読み気味に答えた。

 「それでは失礼します」 

 男は扉の前でこちらへ一礼し、部屋を後にした。

 ジョンは左側に首を傾け、机の上を見た。そこにはさっきの男が置いて行ったザクロがバスケットのなかにごろごろと入っていた。

「甘くておいしそうだ」

 ジョンが一、二時間天井を見上げる作業を行っていると扉が開いた。

 「退屈させて申し訳ございません、島民全員に説明するのに時間がかかりましたよ」

 医者がわざとらしく額の汗をぬぐいながら言った。

 「さっき島民が二人訪ねてきた。ほとんど一方的に土葬がいいやら、火葬がいいやら言って帰ったよ」

 ジョンは医者の目を見ながら言った。

 「でどちらがよいと言ったのですか?」

 「答えを聞く前に部屋を出ていったから言ってないさ。まったく自分勝手な人たちだ、あなたのようにね」

 ジョンははっきりと敵意を込めていった。

 「そいつは手厳しい。まあ明日からは少なくとも退屈することはありませんよ。見舞いの品も増えると思いますので食事については期待していただいて結構ですよ」

 医者はこちらの言葉をうまくかわし、返答した。

 「時間もいいころ合いなので夕飯にしましょうか、こちらにおいしそうなブドウとザクロがあるのでデザートにしましょう」

 医者が机にある二つのバスケットを見て言った。

 「一応聞いておくが食事は誰かが食べさせてくれるんだろうな?」

ジョンはこれまでの自分への扱いから不安に思い、質問した。

 「もちろん。うちは診療所ですから大きな病院のようにはいきませんが看護婦が食事のみならず、排せつなどもすべて処理しますのでご心配なく」

 医者がそういった数分後には看護婦が食事を運んできた。

 「私はまだ雑務が残っていますのでこれにて失礼させていただきます」

 「あとは頼むよ」

 医者は看護婦の肩をポンとたたき部屋を出た。看護婦はそれを合図だったかのように動き始めた。

 「それでは夕食をお持ちします」

 二十分後看護婦はトレーをもって部屋に入った。

 「置きますよ」

 看護婦がベッドの柵につけられた机にトレーを置く。トレーに乗っている食事を見るとライ麦パン、ハム、スクランブルエッグ、オニオンスープ、レタスとトマトのサラダ、そして訪問者が持ってきたブドウとザクロがあった。病院食にしては豪華だとジョンは思ったが今の自分が楽しめる数少ない娯楽であると思うと異論はなかった。

「スープから行きますよ」

 看護婦が気だるそうに言いながらスープを掬ったスプーンをこちらに向けながら言った。

 ジョンはそのまま看護婦が口に運ぶものをひな鳥のように食べていく。食事をするという生物では当たり前の行為だがジョンはこの時今までにない幸福を感じていた。トレーの食事を食べつくすとジョンは看護婦に話しかけた。

 「どうもありがとう。おいしかったよ」

 「いえ、仕事なので」

 「それでは片づけますね」

 看護婦は無表情で言いながら食器を重ね始めた。

 ジョンはまた天井を見るだけの作業に戻りたくなかったので看護婦を呼び止め、適当な質問をした。

 「ところであんたもここの島には長いこといるのか?」

 「いえ、私はここには二年前から来ました」

 看護婦は机を拭きながら答える。

 「どんなところから来たんだ?」

 「漁業が盛んな港町です。こことは違ってみんな生きるために一所懸命で活気がありました」

 「外があるのか……」

ジョンは海のあるであろう方向を見てつぶやいた。

「では片付けがあるので失礼します。何度か巡回しますので何かありましたら叫んで知らせてください」

 食器を重ねたトレーを持ちながら看護婦は部屋を出た。

 「帰りたいな」

ジョンは一人残された部屋で静かにつぶやいた。

 朝になるとジョンは医者からのノック音で目が覚めた。

 「ぶしつけに失礼。あなたにお客さんがたくさん来られているので朝食後入れていきますよ」

 医者が髪をはねた状態で言った。

 「わかった。仕事だな」

 ジョンは当分忙しくなると予感し、覚悟を決めた。

 ジョンが朝食を食べたのち扉の外にいる人間に声をかけた。

 「どうぞ」

 この日から一週間、ジョンの元に島民のすべてが訪れることになった。

 「土葬の方がいい。人を燃やすのには大量の燃料がいる。資源は節約すべきだ」

 「火葬の方がいいわ。土葬だと人を埋める場所がいるし、いつか島がパンクするわ」

 「土葬だね。もしかしたら生きかえってくれるかもしれないしね」

 「火葬だ。燃やせば確実に死んでくれる。いやなやつは特にな」

 「当然土葬よ。すべての生命は土にかえる動物も植物も、だったら人間も同じところに帰らないと。自然の法則に逆らってはいけない」

 「火葬しかないな。人間の体の中には魂が入っていてそれは肉体の死とともに解放され新しい生命の中に入っていくんだ。いつまでも腐った死体の中にいると魂も穢れてしまう」

 「土葬さ、そうだろう。火葬なんてしたら死んだ後も永遠と炎の中で苦しみ続けるんだ。誰が好き好んでそんなことするか。火葬派のやつは頭がおかしい」

 「火葬以外に何があるんだ。どうやら人間は死んだ後も感覚は残っているらしい。土葬なんてされたら蛆が体から涌き、腐敗していく状態を長い間味合わないといけない。土葬なんて考えたやつは蠅の遣いか何かか?」

 「土葬、これは絶対です。我々の世界は直に滅び、終末の時に天上より神が降臨され、神に見定められた者のみが地よりよみがえり、永遠の楽園へ導かれるのです。これは試練。異端のものの言葉に惑わされてはなりません。彼らはあなたを限りない苦痛に満ちた世界へ連れて行こうとしているのです」

 「火葬、これこそが救い。わたしたちはこれまで想像のできない長い間この苦しみに満ちた世界で生まれ、死ぬことを繰り返してきました。今こそ魂を解放し、はるか頭上の世界へ旅たち、この苦しみの円環から逃れなければなりません。それを阻むものはいかなる手段を用いても排除せねばなりません」

最後の島民の話が終わったころにはとっくに日は沈んでいた。

 ジョンが天井を見上げていると医者がノックもせずに入ってきた。

 「お疲れ様です。どうでしたか皆さんの話を聞いて決心はつきましたか?」

 「いや、まだ決めかねているよ」

 「そうですか、私としては明日の朝にでも決めて頂きたいのですが」

 医者はジョンの余命を宣告していることに気づいていないかのように言った。

 「はは、あんたはやっぱり人でなしだ。いいさ、明日の朝には決めとくよ」

 ジョンがそういうと医者は笑みを浮かべながら言った。

 「では今夜は今まで一番の夕食をご用意させていただきます」

 一時間ほどしてから看護婦が料理を運んできた。ステーキ、魚の刺身、サンドウィッチ、サラダ、ザクロ、ブドウなどなどとても食べきれない量で出てきた。

 ジョンはザクロとブドウを除くすべての料理を一口ずつ食べた。そして看護婦に質問をした。

 「俺は今日さんざん島民に火葬か土葬かどちらがいいか聞かれた。現状で答えは出ていないから困っている。あんたの個人的な意見でいいから教えてほしい。どっちだ?」

 看護婦はジョンを無表情で見つめていた。そして十秒ほど経ってから口を開いた。

 「どちらを選んでも同じですよ。どうせあなたは死ぬのですから意味なんかありません。最後くらいご自身のことを考えたらどうです」

 看護婦は優しげな声で言った。

 「では失礼します」

 部屋には一人ジョンのみが残された。 

 朝になり、部屋にはジョン以外に医者や看護婦、島の者たちがひしめき合っていた。誰もがジョンの答えを待っていた。ざわざわとした室内でジョンは言った。

 「俺は決めた。医者よ、もう薬を打ち込んでくれ。意識が失う前に答えを言おう」

 「いいのですね」

 医者はジョンを安楽死するための薬を準備しながら言う。

 「ああ」

 ジョンの血管に針が突き刺さり、薬が注入される。周りの者は固唾をのんで見守っている。

 ジョンの意識が溶けていく。ジョンは今しかないと思った。

 「おれを……うみへ……」

 ジョンは絶命した。

 周りが唖然とするなか、看護婦は医者に協力を仰ぎジョンの遺体を台車に乗せて運び出す。用意されていた棺へジョンは入れられた。棺は海岸へ向かって運び出されていく。

 島では島民同士が言い争い、次第に武器を持ち出し戦争が起こっていた。

 そんなことも知らずにジョンを乗せた棺は海へ飛び出していった。


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