第二話 おじさん冒険者つりあげる
第二話 おじさん冒険者つりあげる
「ふぁああ……」
大きなあくびをした。
今日、何度目のあくびだろうか。
剃り残した無精ヒゲを生やし、髪の毛を適当に一括りにしている男は甲斐甲斐しく世話をするメイドのオフィーリアから離れ一人釣りをしていた。
泊まっている村のはずれにある湖の桟橋に、どっしりと腰を据えて釣り糸を垂らすも
何かが掛かった気配はなかった。
「ふぅむ、ボウズか……」
糸をもどしそろそろ釣り場を変えるかなどと考えが頭に巡る。
が、ぐきゅるるる……とお腹が鳴り始め思考が一時中断される。
そして、そんな憐れな冒険者を物陰からひっそりと観察しているものがいた。
ぴょこぴょこと動くネコミミが主人様の腹の音をキャッチする。
(大変! ご主人さまのお腹と気力がぺったんこになってしまわれる)
宿屋のオーナーに催促された宿代を、ご主人さまに問い詰めに来たのだが、ご主人さまのできるメイドとしてはこの状態を見過ごすわけにはいかなかった。
大事なご主人さまがボウズなど言語同断!
オフィーリアはすぐさま「メイクアップチェンジ!!」と唱え、白い水着に着替えると水中でも活動できるようになる魔法を刻みし魔石を取り出し呪文を唱えた。
「バブル・エア」
よし、これで少しの時間だが水中で息継ぎなしでも行動できる!
オフィーリアは、意気揚々とご主人さまに見つからないように気をつかいながら湖へと潜り込んだ。
◇◇
(この間セールで買った水着が早々に役にたって良かった。 本当はご主人さまに海で着ているところを見せたかったけど、今はしかたがない)
この間、大きな街に出稼ぎに行った時だ。
セールで定価の半額になっている、可愛らしい大きなフリルのビキニ型の水着が売られていた。
どうやら、デザインが昨年のモデルとのことで安売りされたようだ。
どうしても目を引いてしまい、見つめていたらご主人さまが買っても良いといってくださったのだ。
はっ、いけない。
仕事に集中しなければ、さかな、さかなは、っと。
水の中のちょうどいいサイズの魚を探す。
岩陰やら水草のなかを覗いてみる。
ふむ、あれとこれ。
まずまずのサイズだ。
きっと、ご主人さまにも満足してもらえるだろう。
魚を吟味して、捕まえる魚の目星を立てる。
ひーふーみー、これくらいあれば今晩と明日の朝の分くらいにはなるだろう。
虹色にテカった魚とボリュームのある魚、見た目よりはるかに味が美味しい魚(前にご主人さまが釣ってきた)の3種類を選別する。
「よし、インビジブル」
姿を透明化させる魔石をとりだしそう唱えた。
魔力消費は極力抑えないとご主人さまに気づかれかねない。
魚くらいの感知能力ならこれくらいの魔法でも問題ないだろう。
魔法が切れる前に、オフィーリアは魚たちを素早い手捌きで生きたまま捕まえてカゴに入れていく。
仕留めた魚を針につけたりしたら、流石にご主人さまも異変に気づくだろう。
生きたまま引っ張りあって貰わなければ。
ご主人さまも魚との攻防に満足してもらえるという話だ。
そして、早速これをご主人さまの釣り糸に引っ掛ける!
オフィーリアは魚を引っ掛け様子を伺う。
どうやら、釣り竿にヒットしたのに気づいたのか魚VSご主人さまが始まった。
引っ張り上げようとするご主人さまに対抗して、
魚も針から逃れようとあちこちに向け力一杯振り絞っている。
(がんばれ! がんばれ!)
心の中でご主人さまを応援する。
すると、ついにご主人さまは対決に勝ったのか勢いよく魚を引き上げていった。
ご主人さまが、おおっと感嘆している声が水中の中にまで届いた。
わたしはご主人さまに喜んでいただけたと歓喜した。
(流石ご主人さま! これでボウズは免れましたね!)
そして、気分を良くしたのかご主人さまはもう一度釣り糸を垂らした。
わたしは待っていましたと言わんばかりに、次の魚をカゴから取り出すとご主人さまがたらしたばかりの釣り糸に魚をスタンバイさせる。
だが、予想外にこの魚いきおいがある!
魚のくせに生意気にも、これくらいでオレはやられないぜと言う目だ。
(こいつ……思ったより手強い)
針にかけようとするもなかなか掛からなかった。
しばらく格闘しているとやっとのことで掛かったが、
糸ごと暴れ始める。
(ちょ、ちょっと! 暴れないで! あっ、やばい)
ご主人さまは、ヒットしたと思ったのか力を込め始めるのがわかった。
わやくちゃと暴れる魚のせいで、針は魚から外れて勢いよく何かを引っ張って持っていった。
(!!? えっ、何! なんでわたしの水着の上の部分が浮いてるの!!?)
急いで、目の前にある自分の水着に向かい手を伸ばす。
あと少し、あと少し!
すんでのところで、かはっと酸素が急激に薄くなる。
そろそろ、バブル・エアの時間が切れはじめるころだった。
それでも、このままでは上がりたくても上がれないとありったけの腕を伸ばした。
が、クイっと勢いよく水着は引き上げられていく。
(ご、ご主人さま〜〜〜〜!!!それはわたしの水着ですってば!!!)
水着がなくなった胸を押さえながら唸っていると、背中に視線を感じる。
(なっ、何かいる)
わたしは、恐る恐るうしろをふりかえった。
覆うようにその巨体の影がわたしの周りをつつんでいく。
◇◇
「よっしゃあああ!! ん?なんだこれ」
魚を釣り上げたと喜んだのも束の間、針が引っ掛けたのは、女性ものの水着だった。
白い水着のブラ部分が釣り竿からプラプラと揺れていた。
そして、なにやら水の中が騒がしいことに気づいた。
ゴポゴポと音を唸らせ何かの影が浮上してくる。
ザパァアアアアと波を立て、巨大な角の生えたカバのような魔獣が水中からあらわれた。
その衝撃でバチャバチャと小魚たちが打ち上がった。
「うわっ!? って、オフィーリア?!」
よくみると、巨大な角の生えたカバのような魔獣の頭の上に見知った少女がへばりついていた。
「うう、ご主人さま……」
「おまえ、なにやってんだ」
「もう、ご主人さまこっち見ないでください〜!!」
少女はネコミミをイカ耳にしながら言った。
手に持った水着と少女を交互にみる。
「ああ…。なんかわるいな」
なんとなく察して状況を把握する。
魔獣はオフィーリアをポイッと頭の上から捨てると少女はネコのように着地した。
魔獣と冒険者はそのまま睨み合いを始める。
だが、何かを察したのか魔獣は後ろに下がりはじめた。
そのまま魔獣は水の中に身を沈めると立ち去って行った。
「オフィーリア、そのままだと風邪ひくぞ?」
「もう!! わかってますから、あっちむいてください」
顔を赤く染め、むくれる少女の願い通り後ろを向くことにした。
ピカっと音と光が後ろから差し込んでくる。
「もう、いいですよ」
オフィーリアの言葉のとおり、後ろを向くといつものメイド服に着替えた彼女がいた。
「オフィーリア、こんなところでなにしてたんだ?」
男の発言に少女はため息混じりに呟いた。
「……ご主人さま、宿代滞納しましたよね?」
「あ……」
◇◇
焚き火を囲みながら魔獣が残していった魚を炙る。
不機嫌そうに毛布に包まりながら、火を眺めている少女の機嫌を伺うように話しかける。
「ごめん、オフィーリア。 魚、ほら焼けたぞ」
串に刺した魚をオフィーリアに渡す。
しぶしぶ受けとると少女は話し始める。
「ご主人さま、お金どうしたんですか?」
「使ってしまいました」
「お酒でも買ったんですか?」
ジト目で少女は尋問する。
「……賭けの、その…借金に消えちゃったかな……」
観念して白状する。
長い、長い沈黙が訪れた。
どれくらい経っただろうか、気まずいから時間が経つのが遅く感じるのか。
あらためて、地獄のような時間だった。
何か、話題を変えるべきか。
だが、余計なことを話したら地雷を踏み抜くことになるかもしれない。
それだけは避けなければいけない。
色々、思案してはどれが正解のルートか考えて却下する。
そんなくだらないことを繰り返していた。
すると、少女は大きくため息をついて話をきりだした。
「ご主人さま、冒険者らしくクエストにいきましょ」
「はい」
少女の提案にそれ以外、言い返す言葉など見つからなかった。
昔の仲間が見たら、おまえも随分丸くなったなと言われそうだ。
次回、いざ冒険者協会