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メイドとご主人さま

第一話 メイドとご主人さま




どこもかしこも、見渡すかぎり豪勢なソファーにテーブル。



額縁に入れられた油絵に高そうな壺。

緻密な模様の絨毯。


どれも一級品の調度品ばかりだ。

家の中だけでも大層なお金持ちなことがよくわかる。


そして、何人ものメイドが帰宅したこの家の主に頭を下げ口々にこう言う。


「おかえりなさいませ。ご主人さま」


そして美味しいものばかり食べて、よく肥えた太鼓腹をさすりながら主は言うだろう。


「ご苦労」


と、だが、わたしは世間一般的なメイドの印象とはかけ離れる主人に仕えていることをここに了承していただきたい。




そんなきらびやかな豪邸に住むお金持ちなど、わたしのご主人さまにはとうてい無縁なのだ。


そう、わたしのご主人さまはそこでおおあくびをしている、側から見たらただのその日暮らしのおじさんに見えてしまうであろう。


それでも、彼はわたしの大事なご主人さまなのだ。


無精ヒゲをポツポツとはやし、てきとうにのびきった髪をひとくくりにしばった見た目は三十代後半の男だ。


これでも昔は世界を救った冒険者だったが、今は彼の闘志を燃やすようなライバルもおらず冒険者協会に行って小さな仕事を貰ってはその日暮らしをして過ごしている。


そんな彼を、わたし一番メイドのオフィーリアは影から見守っている。(そもそも、ひとりしかいない)


突然だが、わたしの頭にはネコのような耳がぴょこぴょこと生えている。


いわゆる、ネコミミというもの。


この世界では、このように人の耳のほかにエルフと呼ばれるとがった長い耳を持つもの、わたしのように動物に似た耳を持つものなどがレア種としている。


圧倒的に多いのはヒトの耳で、わたしたちのようにぴょこぴょこしている耳は珍しく、あるマニアックな筋に高く売れると評判だ。


そのおかげでレア種は結界のはられた砦に住み、なかなか見かけない名前のとおりの存在となった。


それでも今はだいぶ昔よりは見かけるようになった。

辺境な町では、一年に一回くらいではあったが冒険者として通りすがっていく同族たちと遭遇した。


そんなレアなケモミミ族が、どうして一般冒険者のおじさんに仕えることとなったかと言うと。


◇◇



5年前、わたしの家族が住む村はそんなに強い結界をもつ砦にいたわけではなかった。


それでも、なみのランクBくらいの冒険者や悪党ぐらいなら入れはしないのだが、すこし腕のたつ魔術師を雇った盗賊の侵入を許し、わたしは連れ去られることとなった。


奴隷としてオークションにかけられて、ただ何もできず時を待つしかなかったわたしを救ってくれたのがこの冒険者のご主人さまだったのだ。


ご主人さまは、その〔魔眼の射手〕と異名を取る手腕で、オークション会場をあっという間に制圧してわたしを救い出した。


そして、ご主人さまはわたしを故郷へと帰すため一緒に付き添い故郷まで護衛してくれた。


だけど、帰った砦は瓦礫しか残されてはいなかった。

すっからかんな現実に、ただ黙って見つめるしかないわたしの頭をご主人さまはポンポンとなでてこう言った。


「行くとこないなら、オレのところに来るか? おっさんで悪いが」


少し照れ臭いのか鼻を掻きながら、ご主人さまは優しく提案した。


わたしは泣きながら「はい」と答えた。


泣きじゃくるわたしが泣き終わるまでご主人さまはずっと待っていてくれた。


それがわたしとご主人さまとのさいしょの出会い。



とても、大事な思い出だ。


◇◇



そして、今日もご主人さまのためにお仕事を開始する。


まずは、釣りへ出かけたご主人さまが借りている宿の部屋の掃除だ。


長く借りている宿の一室はほとんど賃貸の借家のようだ。


よし!と箒やらちりとりなどの掃除道具を持っていざ出陣という時、だ。


宿屋のオーナーに声をかけられた。


挿絵(By みてみん)


「オフィーリアちゃん、ちょっといいかい?」


オーナーに話しかけられ、ボブくらいの青味がかった黒い髪の毛とお揃いのネコミミをぴょこぴょことしながら少女は駆けてくる。

「オーナーさん、どうかしましか?」

大きな蒼い瞳に長いまつ毛、お気に入りのフリルを携えたメイド服をひるがえし、小首を傾げてつぎの言葉を待っていた。


「うん……、言いづらいんだけど、ね?今月の家賃というか部屋代まだなんだよね…」


「あと、その先月分も」

そう言ってオーナーはオフィーリアに明細書の紙を渡した。


まじまじと大きな目をより見開いて、オフィーリアは紙を凝視する。



「ええええええええっ!!!!ご主人さま払っていらっしゃらないんですかッ!!?」


窓が揺れるほどの声で少女は叫んだ。


宿屋のオーナーは予測済みだったのか、耳を指で塞いでいた。


「それじゃよろしくね」


そう短く言うとオーナーは固まっているオフィーリアの前から消えて行った。


掃除道具がオフィーリアの手から落ち、ガチャりと床に散らばった。


そして部屋の掃除どころではなくなったオフィーリアは宿を駆け出し騒々しくどこかへと走っていった。



それを宿のカウンターから眺めながらオーナーは呟いた。


「相変わらず、彼の周りは世話しないねぇ」


この宿屋ではよくある風物詩だった。




次回、おじさん冒険者つりあげる。




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