故郷を滅ぼした屑科学者に殺されたけど、薬を打たれて女に転生したので色気でも何でも使って武器に復讐します。
痛い。冷たい。譫言の様に呟いていたシルバーはその足音を気付いて、固く閉ざされた扉の方を見た。
脱出するために何度壊そうとして、ついに壊すことが出来なかった鉄の扉がゆっくりと開く。その瞬間に飛び掛かって返り討ちにする体力はシルバーにはもう残っていなかった。
「ほう。まさか、生きていたとはな」
やって来た白衣を身に纏った青年、名前はネルーガと言う。
見た目とは違って人間にも関わらず千年を生きる怪物で、シルバーから恋人や家族、故郷をも奪った男だ。
シルバーは僅かな力を振り絞って、ネルーガを睨む。
「この氷点下で二時間……。素晴らしい精神力だ。称賛に値するぞ」
シルバーが知る由も無いが、そこは-273,25℃。絶対零度に設定された極寒の冷凍庫であった。
普通の人間なら、いやどんな生物であっても絶対零度の中で生きていけるはずが無いが、シルバーは身体の節々が凍り付き動けなくなる中で屈強な精神力のみで耐えきっていた。
「こんな生物がいたのか。面白い、人間は実に面白い。なあ、シルバー」
舌まで凍っているシルバーが返事など出来るはずもないにも関わらず、ネルーガはそう問いかける。
「ん? なんだ、その顔は。ああ、お前の故郷の事か。あれは尊い犠牲だったよ」
ネルーガは取って付けたかのようにそう言った。
実際に今の今まで、シルバーの故郷の事を完全に記憶から消していたのだろう。
「……元々、無理な実験だった。しかしお前の故郷の犠牲によって、実験は無理であったという事実を証明する事ができたのだよ」
恍惚とした顔で語る仇を前にして、もう二度と動かないと思われていた身体を引きずる。
殺してやる、殺してやるとシルバーは殺意を込めて白衣のネルガーを睨む。
「かつては【白牙】と恐れられたお前が、無様な姿になって……」
シルバーはかつては大きな戦果を挙げた軍人だった。【白牙】と呼ばれたのはその頃だ。
古い話だが、【白牙】に何度も追い詰められたネルーガはかつてのライバルとも呼べる敵を哀れんだ。
「だが安心しろ。私は寛大だ。お前のその精神力は私の実験の役に立たせてやろう」
そう言うとネルーガは緑色の液体が入った注射を持ち出した。
その中身は相当に危険な薬物である事は素人のシルバーでも想定できた。
「これは転生薬といって、二度目の人生を与えてくれる神の領域に踏み込んだ薬さ」
ネルーガは出来たばかりの新薬を得意気に語った。
「しかし難題があってな、これを使用しても成功したかどうかがわからないんだ。何故なら、この場で転生するわけではなく、世界のどこかで新たに肉体を構築され、まったく新しい人間として生まれ変わるのだからな」
舌を噛んで自殺する事も出来ず、抵抗する事も出来ないシルバーに緑色の液体を注入する。
一瞬で視界が歪み始め、凄まじい吐き気に襲われる。
「もしも実験が成功したら私に会いに来てくれよ、シルバー」
ネルーガの言葉を最後に、シルバーの意識は途絶えた。
「おえぇぇっ……!!」
凄まじい吐き気に耐え切れず、俺は体内物を吐き戻してしまった。
腹の中に何も入っていなかった様で、胃液だけが大量に撒き散らされる。
喉に異物が通った気持ちが悪い感覚に顔をしかめながら、俺は周囲を見渡した。
そこは鳥や虫などの生き物がいる自然豊かな森だった。
何が何だかわからない。俺は鉄の扉に閉ざされた鋼鉄の部屋に閉じ込められていた。脱出なんて不可能なはずだし、あれだけの凍傷を受けていればこの身体が動くはずが無い。そうだ、確か俺は捕まる前に腹に傷を受けていたはずだ。
それはどうなって……
「ぁ?」
腹の傷を見ようと見下げた時に、呆けた甲高い声が聞こえた。
だがそれよりも、もっと衝撃的な事実に驚愕する。
胸は男の様に平たいが、股に男にあるべき物が無かった。代わりにあるのは穢れ一つ無い無垢な谷だ。
よく見てみれば腕は細く、手も小さくなっており、傷だらけだった俺の身体は何者にも触れられていない、生まれたままの姿となっていた。
「俺は女になったのか……? それにあいつが言っていた、転生薬ってのは……」
落ち着いてとネルーガを思い出し、俺は自分の状況を整理した。
おそらくだが、現在の俺はネルーガの造り出した「転生薬」によって転生した状態なのだろう。その証拠に奴は世界のどこかで新たな肉体が生成され、まったく新しい人間が誕生すると言っていた。奴自身でも転生した後の事が分からないと言っていたが、奴なら平気でそんな薬を他人に投与するだろうな。
だが、これは好都合だ。
俺の姿を忘れているのなら、騙して接近し、奴を殺す事が出来る。
「おいおい、こんな場所に何でガキがいるんだぁ?」
「ッ!?」
「あん? 裸じゃねえか」
俺の仇である白衣の青年が率いている、ネルーガ教団の団員である証しの銀色の外套を身に纏っていた。
一発で男とわかる低い声で「ほう、ほう……」と俺の全身を舐める様に下から上まで見た。
服の上からでも男の股間が盛り上がっている事がわかる。
「嬢ちゃん、俺とちょっと遊ぼうぜ? 小遣いなら出してやるからよ」
は? 男相手に何言ってるんだ、と思ったが、そうだった。俺は今、女になっているんだった。
男がこれだけ欲情するってのは俺が裸だからか? それとも容姿が優れているのか? 鏡が無いから、今は確かめ様が無い。
「……嫌だ」
「良いじゃねえか、金なら出してやるからよ……、さっさとこっちに寄れよ」
高い声で拒絶した。
抵抗された事に興奮したのか、男は下衆な笑みで俺の腕を掴もうと手を伸ばし……。
「触れるな!」
振り払おうとしただけで極寒の風が吹いた。外套が巻き上げられ、男の素顔が露となる。そのまま男は分厚い氷に覆われて、呆気なく最後を迎えるのだった。
少しの間、呆然とした。
極寒の風は男だけでは無く、周囲の木々や草花を凍て付かせていた。
たちまちそこは銀世界となり、この力の凄まじさを物語っている。
俺は「氷よ、剣となれ」と念じて見ると手の中に氷で出来た剣が生成された。
「ははっ、すげぇ……」
これはおそらく、魔法の力だ。
世界でも使える者は限られ、使えるだけで国から優遇される代物だ。
残念ながら前までの俺は剣の才能しか無く、一度も魔法を使った事は無かったが、まさか女になって魔法に目覚めるとはな。
女の方が魔法を使える事があるとは聞いた事があるが、これは嬉しい。
この力があれば……、俺はネルーガを殺せる。
近くに落ちていたネルーガ教団の外套で身を覆った。
全裸でいて、先程の様な下衆な視線を浴びるのは嫌だからな。
今回の失敗で奴を殺すには必要な事が分かった。
それは、奴を油断させる事だ。
奴は用心深く、油断する事も滅多に無い。
俺は真正面から突入して罠にかかり、捕まってしまったが今回は同じ間違いは犯さない。
奴の身内として接近する。
可能ならば幹部、いや最高幹部にまでなり、奴には信頼できる側近に裏切られた、という絶望を与えて殺してやりたい。
そのためにまずはネルーガ教団の構成員に潜り込む。
しばらく歩いて、とある洞穴に辿り着いた。
そこはネルーガ教団の幹部の根城であったが、白衣の男のアジトを見つけたので見逃していたのだ。
統率者である白衣の男を殺した後で、確実に殲滅しようと考えていたがそれが良い方向に動いたな。
洞穴の前には屈強な門番が立っており、厳しい視線を周囲に向けて警備を続けていた。
しかしこのネルーガ教団、団員の数が多いせいでお互いの顔を把握していないという致命的な弱点があった。それを補うための合言葉もあるのだが、その存在を知っているということは、当然俺も合言葉の内容を知っている。
「こんにちは」
「ん、ああ……」
俺が茂みから現れた時から、門番の男が見惚れられた事から簡単に近付く事が出来た。
「……聞かないのか?」
「あっ、ええと、“天”」
「“神”」
「は、入って良いです」
「ありがとう」とクスリと微笑むと門番の男は照れてニヤついた。
それからアジトの内部に入っていく。
ネルーガ教団のアジトの造りはどこも似ている箇所が幾つもあり、アジトで最も身分が高い人間の部屋は入り口から三番目の突き当たりを左に曲がって、そこから三番目の部屋の近くに隠し扉があると俺が収集した情報で導きだした答えだ。
その部屋に入り、部屋の奥にある本棚に囲まれた机には細身の眼鏡の男が座っていた。
入ってきた見知らぬ俺を不信に思っている様で、
「……この部屋を知っているのは我が側近のみのはずだが。何者だ?」
「お初にお目にかかります。ネルーガ教団 元第二師団の団員の者です」
「っ、第二師団だと!?」
ネルーガ教団の構成員は膨大だが、実際に戦闘を主な役割としている者は三割に満たない。その三割はそれぞれ、千人毎に分けられている。
第一師団から第三師団までの彼らは国の軍を相手取っても負けない程の
そして、その一つの第二師団は一年前、謎の男によって壊滅させられた師団なのだ。
かなりの激闘になったという噂はここにまで届いていて、男は驚きの表情を見せた。
「なるほどな……、それで私の配下になるために来た、と」
「その通りで御座います。ここに支部がある事は以前から知っていたので」
「……よかろう、第二師団の元団員ならば役にも立つだろう」
そう言って彼は立ち上がり、自ら握手を求めた。
「私の名前はディルガー。この支部の支部長をしている」
支部長か。当たりだな。
師団長などの最高幹部には劣るが、支部長は幹部に数えられている。ネルーガに接近できる数少ない人物だ。
そして俺は自分の名前を言おうとして、なんと言えばいいのか悩んだ。
シルバーは死んだ。
この世にもうシルバーはいない。
ならばなんと名乗ろう。
ジェニファー?
フリルス?
いや、違う。
ずっと前に両親が俺に読んでくれた絵本の主人公の名前があったはずだ。
確か名前はーーーー
「私の名前はシルヴィアです。よろしくお願いします、ディルガー様」
弟を殺した憎き竜を殺すために、恥を忍んで自らが妻となる事で竜を殺す事に成功した英雄の名前だ。
それから俺は覚悟を決めて、わざと躓いた。
「あっ」
「おっと」
ディルガーは優しく俺の事を受け止めた。
細い身体だ。筋肉はあまり無く、俺を受け止めただけでフラついているほど非力だ。
「……っ、ほ、細いだろう?」
「いえ、カッコいいですよ」
コンプレックスなのか?と思い取って付けた様なお世辞を言ったのだが、ディルガーは分り易く鼻の下を伸ばして照れていた。
そして俺は数日後にディルガーに気に入られる事に成功した。
……あれから二年が経った。
長い、とても長い復讐の時間が過ぎ、俺はネルーガ教団のボスの参謀として隣に立つ事に成功した。
最後の国を潰すための計画の決行の前夜、俺はネルーガに身体を預けてソファで寛いでいた。
目の前に並ぶ容器に入っているのは恐るべき怪物を産み出す、人工の魔獣卵だ。さらに単独で生殖を行って増え続ける。一ヶ月もあれば国は滅び、一年あれば世界を滅ぼす事すら可能だろう。
あと少しで、この世界にはネルーガと俺の二人になる。
ネルーガの目的は自分の研究を完成する事から、俺と二人で、この世界のアダムとイブになる事に変わっていた。
研究は手段となり、目的のためにこの計画を執行するのだ。
「えぁ?」
だからこそ、俺は今ここでネルーガに氷の剣を突き刺した。
一瞬何が起きたか理解できずに呆けたネルーガだったが、すぐに激痛が襲って悲痛の叫びを上げた。
「よう。約束通り、会いに来てやったぞ」
かつての口調に戻って、地べたで転がるネルーガを見下ろす。
「何を言って……」
「あ? お前が言ったんだろ、俺にいずれ会いに来いってな」
そこで、ネルーガは思い出した。
かつてシルバーと言う男を転生薬の実験にした事を。
怒りに身を任せてシルバーと似た名前を持つ、愛した女性の名を叫ぶーーーーー。
「シルヴィアァアアアアアアア!!」
「“銀世界”」
一瞬の内に、その空間の全てが氷の世界に変わった。
ありとあらゆるものが凍てつき、細胞の一つすら残さずに凍死させる。
いずれは塵と化す事だろう。
全てが死んだ世界で、俺は一人でソファに腰を下ろした。
気付けば俺の頬には涙が自然と伝っていた。
この二年間で俺は屑共に身体を差し出し、ある時は仇であるはずのネルーガにさえ抱かれた。
穢れてしまったこの身体を震える手で抱き抱えて「終わったよ、みんな」と小さく呟いた。
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