おじいちゃん!魔王ならさっき倒したでしょ!?
「婆さんや、飯はまだかのぅ……?」
エッジ老人の膝掛けは力無く床へと垂れ下がり、テーブルの上には入れ歯、眼鏡、そして薬が無造作に置かれていた。
「さっきTボーンステーキを800g食べましたよ!!」
「……はて、そうかのぅ?」
「食 べ ま し た ! !」
「…………」
同じく年老いた妻、シーファが強くそう言うので、無理矢理自分を納得させるエッジ老人。しかし腹の虫は頻りに空腹を訴え続けている。
「婆さんや、次の村はまだかのぅ……」
「お爺さん、もう旅は終わりましたよ」
「えっ?」
「終わりました」
「えっ? なんだって?」
「おーわーりーまーしーたー!!」
「はて? いつの間に……」
全く身に覚えも無く、エッジは周りを見渡して自分が今どこに居るのかすらも、思い出せずに居た。
「ココはどこの宿かのぅ……? サリュクスかい? ハダーシャかい? 嗚呼……イバの宿屋は良かったのぅ」
過去の記憶。まだエッジが仲間達と旅をしていた頃の輝いていた思い出が、ふと老いた脳細胞に水を差した。
「お爺さん……もうあなたが最後です」
「……?」
「剣士ナックルも、魔道士ダダリアも、医術師マリアも、みんな年老いて死んでしまいました」
「嘘を申すな! わしゃあまだ若い……!」
シーファがそっと手鏡を向けると、そこには酷く老いぼれたかつての勇者の姿があった。
「こ、これがワシなのか……!?」
「そうです。この話ももう何十回としました……」
「皆死んだのか!?」
「お葬式にもちゃんと出ましたよ」
「お前はマリアなのか!? あの夜愛し合ったマリアなのかい!?」
「その話は初耳ですね。あの世でじっくりときくことにしましょうか……」
「おおお、なんということか……! ワシは……ワシは……もう死ぬのか…………」
壁に掛けられた額には、かつての仲間達が寄り添い笑い合う写真が収められていた。
魔王討伐を誓い合った、頼もしい仲間達だ。
「婆さん、魔王はどうした?」
「魔王なら昨日倒しましたよ?」
「そうかい……」
そっと立ち上がり、窓から庭を覗く。
陽気に誘われるように、エッジはサンダルをはいて外へ出た。庭に咲いたコスモスが、ゆらゆらと体を小さく揺らしている。
「婆さんや、婆さんや」
「はいはい今度はなんですか?」
「この箱はなんぞいな?」
「魔王の棺ですよ」
「はて」
「完全に消滅出来ないから、二、三日に一回聖剣を刺してやるんですよ。いやですわそれだけは忘れないで下さいよ。世界の平和がかかってるんですからね?」
「ほいほい」
棺の真ん中には、まるで樽に囚われし海賊を突き刺すゲームの如く、聖剣を刺すための穴が開いていた。
「どれどれ」
エッジは傍に立てかけてあった剣を手に取り、穴の中へと差し込んだ。
「ぐおぉぉぉぉ……!!!! もう止めてくれー!!」
魔王の悲鳴が聞こえたが、エッジの耳には届かなかった。
「はて、今何か聞こえたかのぅ……」
剣を戻し、ゆっくりと家へ戻る。
「婆さん飯はまだかのぅ」
「さっき食べましたよ!!!!」
棺から流れる青い血が、コスモスの足下を濡らした。
「婆さん薬知らんかの」
「目の前ー!!!!」
今日も世界は平和だった。