八話 生徒会室の九先輩
昼休み、クラスが違うこともあり、碧とは昼飯を別で取っている。クラスの男友達と昼食を取っていると、教室の入口付近で何やら揉めているのが視界に入った。
「ちょっと男子の方が力あるんだから、運んでくれてもいいじゃない!」
高校に入って、ナナとよく一緒にいるギャル子2がでかい声で男子を責めているようだ。
「赤西が頼まれたんだから、赤西がやればいいだろう。」
こいつも誰だったか。あんまり話したこと無いダルそうな男子生徒だ。俺、一週間たってもクラスメートの顔と名前が全然覚えられていないことに気付き、自己嫌悪でちょっと落ち込む。
「いいよアカリン。アタシが頼まれたんだから、ちゃんと自分でやるって」
ナナがどうやら何か運ぶのを頼まれているらしい。わりと大きい箱のようでわりと重そうだ。そしてギャル子2はアカリンというらしい。まぁどうでもよいか。ぎゃあぎゃあと、当事者のナナを無視して、何やらギャル子2とダウナー君の間だけで揉めているようだ。
俺は、弁当を片付け、友達に一声かけてからナナのもとへ。
「赤西さん。俺が持っていくよ。どこに運べばいい?」
声をかけると、「悪いよ」等と断ってくる。とりあえずその言葉を無視し、箱を持ち上げる。予想以上に重い。これ女の子一人で運ばせるとか無理なやつだ。
「うわ、よく持ち上がるね。ここまで運ぶのにアカリンと二人でやっとだったのに」
二人がかりだったらしい。まぁ米俵でも入ってるのかってくらい重い。いったい何が入ってるのか気になるところだ。
「問題ないよ。それより、何処?」
重たいが、問題ないと格好をつけておく。とっとと運んでしまいたい。
「えと、生徒会室に運んでくれって」
「OK行ってくるよ」
生徒会室は三階だ。これはなかなか良い食後の運動になりそうだ。
「ケースケありがとう」
ナナに教室で下の名前を、しかも呼び捨てで呼ばれたせいか、クラスの男子がざわつく。やっぱり女子に名前呼びされるのは恥ずかしい。俺はクラスメートの視線から逃げるように、生徒会室へ行くことにした。ちなみに、どうでもいいことだが、ナナは何故か頬が赤く染まっており、何だか可愛かった。
俺は生徒会室の前で、ゼェゼェと息を荒らげる。マジでこの荷物なんキロあるんだ。10キロの米よりだいぶ重いぞ。誰が頼んだか知らないが、女の子に頼むとか頭おかしい。重い荷物を持って三階まで登ってくるのはなかなかにヘビーだった。息を整え生徒会室のドアをノックする。中から「入って」と声がかかり、俺はドアを開く。
「あら、ケイスケさんじゃない。どうしたの?」
生徒会室の真ん中にある大きな長方形の会議用テーブル。その左側の席に座っていた九先輩が俺に声をかける。そういえば生徒会役員だとか、今朝言っていたな。今は九先輩以外しか居ないようだ。確か副生徒会長らしい。
「荷物を持っていくように頼まれまして、何処に置けばよいでしょうか。」
入口付近に置いておいた箱を再び持ち上げ、俺は生徒会室の中へと入る。
「あぁでっかい用紙が届いたのかしら。それ、重かったでしょう。そっちの棚の上に置いておいてもらえますか」
そう言って彼女は窓際の棚の方を指差した。どうやらこのやたら重い荷物は紙束だったようだ。紙ってこんなに重いものなのか。ちょっと以外だった。俺は大きいテーブルで意外と狭い感じになっている生徒会室の奥へ荷物を運び、正しい意味で肩の荷が下りた気分になる。
「九先輩は昼休みに生徒会のお仕事ですか?」
せっかくなので彼女と会話をしてみることにした。先週まで失恋で「もう恋なんてしない」みたいな心持ちの俺だったが、ミス海波と評されるだけの可愛い女の子と会話できる機会があるのなら、そりゃあお話くらいしたいのだ。
「私はお昼はだいたいここで食べているのよ。教室とかだと回りが煩くて落ち着いて食べれないのよね」
「そうなんですね。確かに、この区画は人少ないので静かですね」
生徒会室は三階の教室などがある棟ではなく、渡り廊下を進み、部室や視聴覚室など、日中は人があまり居ない棟にある。特に三階のこの区画は生徒会室と視聴覚室、謎の倉庫がいくつかしかなく。人の気配がないのだ。
先輩の手元をみると、小さめの可愛らしいお弁当があり、まだ半分も食べていないようだった。せっかく静かな場所で食事をしている彼女を邪魔するのは悪いと思い、会話は諦め、教室に戻ることにした。
「お食事の邪魔してすみませんでした。では、俺は戻ります」
そう言ってドアの方へと向かうのだが。
「あっ、待って」
呼び止められてしまった。
「まだお昼休みの時間ありますし、せっかく来たのだから少しお喋りしませんか」
少し頬を赤く染めた先輩がそんなことを言ってくれる。内心、凄い嬉しいなと思いながら先輩のお誘いに同意する。
「そうですか?俺なんかでよければ、是非お話ししたいです」
照れ隠しでちょっと卑屈になる。ひとまず、彼女の向かいの席に座ろうとする。
「ケイスケさん。そこだと遠いですよ」
そう言って隣の席をポンポンと叩く。断る理由もないので、俺は彼女の隣へと移動した。
「お弁当、女の子らしくて凄く可愛いし、美味しそうですね」
先ほど見た彼女のお弁当は、俺の相手をしていたため、少しも減っていない。今も食べ進めているが、一口が非常に小さく、食べてる姿がチマチマと、可愛らしい。
「あんまり見ないで下さいよ。お料理そんなに得意じゃないので恥ずかしいです」
「ん?ひょっとして手作りですか」
「お恥ずかしながら、手作りです。得意ではないですけど、これでも妹の分と合わせて毎日作ってるんですよ」
フンスと聞こえてきそうな表情で胸を張っている。どうやら妹がいるらしい。
「毎朝作るの大変ですよね。俺も作る側なんで、わかりますよ」
「ケイスケさん、お料理出来るのですか?」
「はい。炊事、掃除、洗濯は俺の得意分野ですよ」
「凄いですね。でも、お料理得意な人相手だと、余計にお弁当見られるの恥ずかしいです」
そう言って頬を赤くしながら、チマチマとご飯を箸で口に運ぶ。何だか甲殻類の食事シーンを思い出してほんわかした。カニとかザリガニの食事シーンって可愛いよね。
「すごく美味しそうだから自信もって良いと思うけどなぁ」
とりあえず、卑屈にさせてはいけないと、素直な気持ちで褒めてみた。口にしてから気付いたが、褒めるのはあまりよくなかった気がする。このまま褒め続けると、弁当食わせてくれと催促している感じになってしまうかもしれない。
「えっと。ありがとう。・・・よかったらひとつ食べてみますか」
遅かった。既に卑しい子扱いになってしまったかもしれない。
「是非」
断るなんて勿体ないことはしたくないので、当然承諾するけども。すると「じゃあ自信作のこれを・・・」と卵焼きをひとつ箸でつまみ、口元へ運んでくる。
「え?」
俺はつい驚きを漏らしてしまう。これってあ~ん、の構図である。彼氏彼女の間柄で発生するべきイベントであって、今日会ったばかりの先輩と俺の間で行われるには、ちょっと早すぎるイベントと言える。流石にこのまま食べる勇気はなく、固まってしまっていると、彼女も状況に気付いたようだ。
「あっすみません。私の使った箸ではイヤですよね」
そう言うと箸と卵焼きを引っ込める。イヤではないのです。ただ流石にほぼ初対面の相手のあ~んを恥ずかしげもなくパクつくのは、難易度が高かったのだ。
「はい、どうぞ」
彼女はウェットティッシュで手を拭ったかと思うと、何を思ったのか指で卵焼きひとつをつまみ、俺の口の方に付き出してくる。うん、どうしてこうなるのか意味がわからない。あ~んを回避したかと思ったら、難易度がさらに跳ね上がった。しかも今度は素手だ。きっと早く卵焼きから手を離したいのだろう。無理やり食べさせようとしているのかと思うくらいに、彼女の手はスピードを緩めず俺の口の方へ進んでくる。覚悟を決めた俺は彼女の卵焼きをぱくり、と食む。当然のように彼女の指も一緒に食べてしまう。
うん、卵焼きはほどよい塩加減でとても美味しかった。指ごと食べられた彼女は自分が何をしたのか気付いたのか、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
昼休みが終わるまで、このなんとも言えない気まずい空気が続いたのだった。