四話 酔い潰れた近所のお姉さん
ヒロイン2 北白 一水の出会話
北白 一水先生は俺の通うことになった海波高校で英語教師をしている、近所に住んでいるお姉さんである。面倒見の良い彼女は同じく近くに住んでいる碧や俺の相談に乗ってくれたり、勉強を付きっきりで見てくれたりと非常に良い人である。
そんな一水先生との出会いは中学一年のお盆の頃だった。その年のお盆休み。祖父がウイルス性胃腸炎に掛かってしまったそうだ。俺にうつると悪いからと、母だけ介抱のために帰省することとなった。そのため一人で家に居たわけだが、やることのなかった俺は、その日はテレビゲームに熱中してしまい、晩飯の準備を忘れたまま22時を過ぎてしまっていた。
「流石に腹が減ったな」
誰もいないリビングで水を飲みながら、俺は1人呟いた。とりあえず、深夜までやっているスーパーに食料調達しに行くかと思い立ち、遅い時間だが外に出かけることにした。
昨日雨が降ったからだろうか、スーパーに向かう道の時点で、サウナのような夏の夜の蒸し暑さに辟易していた。空腹を糧にどうにか奮い立ち、目的地にたどり着き買い物を済ませた俺は、今度は涼しい店内と、夏のじめっとした外の蒸し暑さの落差に、追撃を受けため息を漏らした。
閑静な住宅街を歩く帰り道。もう少しで自分の家が見えてくるかという所で 、モゾモゾと動く大きな物体を電信柱の影に発見してしまった。酔っぱらいだろうか。正直あまり関わりたくはない。だが、この暑い中外で放置されていたら最悪、熱中症で大変なことになってしまうかもしれない。仕方がなく、あまり面倒な酔っぱらいでないといいなと思いつつ、俺はうずくまる物体に近づいて声をかけることにした。
「すみません、大丈夫ですか。」
声をかけるが返事がない。救急車を呼ぶことも視野にいれつつ、俺は相手の姿を確認する。電柱柱を抱えるようにうずくまっている酔っぱらいは、背が高めの女性だった。意識確認のため、声をかけながら頬を軽く叩いていると、反応があった。意識あるみたいでひとまず安心である。
「むにゃ、うーもう食べられないよぅ。」
彼女は呂律の回らない、可愛らしい高めの声で、寝言のような台詞を呟いた。寝落ちしていたのだろうか。ヤバイ状況では無さそうなことに安堵した俺は、改めて彼女を観察してみた。長い黒髪が乱雑に乱れ、ボサッとした感じになっている。暗いため色はよくわからないが、下半身はピシッとしたパンツスーツを見につけ、上半身はワイシャツのみ。良く見ると近くにジャケットと思われる物とハンドバックが落ちているのが見えた。OLさんだろうか。月明かりで照らされた顔は、薄暗く良く見えなくとも、シルエットだけで彼女は相当な美人であることが伺えた。
「こんなところで寝ていたら危ないですよ。歩けないようならタクシーとか呼びましょうか。」
ひとまずこのままにしておくのは明かに危険と思われるため、俺は彼女に話しかける。
「あーーうー。家すぐそこだから連れてって~」
そう言うと彼女は這いずるようにこちらに接近し、彼女のそばでしゃがんでいた俺の腰に抱きついてきた。内心女性に抱きつかれ、バクバクと胸が苦しくなっているのを何とか無視し、彼女を家に返すため、俺は彼女の肩を抱き上げ、起き上がらせてみることにした。
「おんぶー」
酔っている為なのだろうが、子供みたいな人である。見た目は仕事バリバリの敏腕秘書みたいな雰囲気なのに、残念系美人という奴だろうか。俺はいつも通り母の言葉を思いだし、覚悟を決め、彼女の荷物と思われるものを広い集めた後、彼女をおぶさり、彼女を家に送っていくことを決めたのだった。
彼女を背負い指示される方向へと進んでいく。密着した背中には、彼女の酔いで高くなっている体温が、火傷してしまいそうなくらいに熱く感じる。背中に当たる、背負う前はわりと大きく見えていた胸は、硬い何かに阻まれ意外と柔らかさを感じなかった。ブラが固めなのだろうか。もし背中にあたる何かの感触がもっと直接的であれば、俺の理性はやばかったかもしれない。女性的な匂いも、アルコールのキツイ臭いのお陰てほとんど感じないことも理性を保てた要因だろう。
「えーと家ここであってますか?」
少し古びたアパートの一室の前で、背中にいる彼女に問いかける。
「んえーありがとう。鍵、鞄にはいってるから開けて~」
言われるがまま、俺は彼女のハンドバックを探り、鍵を探す。鍵を開ける前にインターホンを押してみるが、予想通り他に誰もいないようだ。鍵を開け彼女を玄関へと降ろす。
「じゃあ、俺は帰りますから。鍵はかけたらポストに入れておくんで・・・」
玄関から見える部屋はワンルームのようなので、おそらく1人暮らしなのだろう。そんな女性の部屋に知らない男が居座るのはよろしくないだろうと、俺はそそくさと帰ろうと声をかけるのだが。
「気持ち悪い。吐きそう。」
精気のない、掠れるような小さな声を聞いてしまった。こんなところで粗相をしては可愛そうだ、介抱しなければと。俺は余計なことを考えることをやめ、彼女の肩を抱き、玄関からすぐに見える、ユニットバスと思われる扉へ連れていく。そこには予想通り、トイレがあった。
「う゛っ」
キラキラ星がサラサラと、彼女の口から溢れだしていく。俺は大丈夫ですか、等と意味のない声掛けをしながら、彼女の背中をさすっていた。
しばらくして落ち着いたのか、嘔吐く声が聞こえなくなったかと思うと、彼女はうーうーと寝息なのか唸り声なのかわからない声をあげていた。汚れたままなのも可愛そうなので、俺は彼女の口許をぬぐってあげる。家捜しするわけにもいかず、タオルなんぞどこにあるかもわからなかったので、トイレットペーパーでふくことにしたが、まぁ許してほしい。
「う゛ぅベットに・・・」
トイレからはみ出してしまっていたサラサラの後始末等をしていると、ベットに連れていけという。連れていこうとするが、嘔吐で体力がなくなってしまっているのか、彼女を立ち上がらせることができない。仕方がなくお姫様抱っこで彼女を持ち上げ、玄関から見えたベットの方へと彼女を運ぶ。
ベットに彼女を寝かせ、今度こそ帰ろうと、俺はベットから離れようとする。瞬間、彼女の手がさっと延びてきて俺の手をつかみ引倒す。あぁ不味い。これは漫画だとよくある王道展開だ。寝てる相手につかまれて移動できなくなって、一緒に寝ることに……みたいな。しかし、名前も知らないような相手と、この状況。現実だと意識が戻った後に通報されやしないかと、冷や汗しか出てこない展開だ。であれば力ずくで引き離して帰れば良い、と思うかもしれないが、がっちりホールドされ身動きが取れず、力が入らない。やわらかくイケナイ所に頭をぎゅむっとされており、俺が暴れると服が乱れてさらにヤバイ絵面の状況になることまったなしだ。
さらに加えて言うと、俺は今空腹だったんだ。実は昼から食べていない。そして空腹状態に濃厚なアルコールの臭いを受け、飲んでないのに酔っ払ってしまったのだろうか。意識が朦朧とし始め、柔らかな何かに包まれたまま、俺は意識を手放した。