第7話 到着、そして不穏
「――着いたぞー! 王都グロリスだー!」
「此処も壁に囲まれてるんですね!」
外敵から守る為に壁に囲まれた王都グロリス。入口の門は関所と違って広く作られていて、その広さは八台ぐらいの馬車が横並びになって入ってきても、問題ないぐらい大きい。
門の奥に見える、目まぐるしく行き交う人々と、交易や仕入れ等の為に荷車を押す人、大きな看板を掲げて出店する人、高い建物の窓から覗かせる国民の私生活。見るもの全てが新鮮で、わくわくしてきた。
「王都グロリス、入口だけでもこんな人が……」
「入るのは初めてかー?」
「はい! 隣町のレオーロには何度か行ったことがあるんですけど、ここまで栄えてなかったです」
流石は王都というべきなのか。レオーロと比べると、綺麗な建物が建ち並び、武装していない人達が笑顔で行き交っている。よく見れば地面も石作りのタイルが敷き詰められていて、魔法によって照らすと思わしき街灯も設置されていて、文明力をひしひしと感じるぞ。
「魔獣除けのランタンはちらほら置かれてたけどなぁ……」
見渡せどもそんなものは見当たらない。
よく考えてみれば、壁に囲まれてるんだ。魔獣が襲ってこないから必要ないんだろうな。
「あれ?」
気が付けば周囲の人々の視線が集まってきていた。
周りをジロジロと見すぎたせいだろうか? それとも僕の格好が田舎者っぽいから? 周りと比べてもそんな浮いてる感じじゃないと思うけど。
「あ――」
視線の先は僕じゃなくて、ラヴァルさんだった。
ラヴァルさんは有名人だから注目を集めるんだろうって思ったけど、この息苦しくて不穏な感じは……。
「魔王城までもう少しだぞー」
ははは、と小さく笑うラヴァルさんは足を止めずに前進し続ける。
人々はその通る道を綺麗に避けて、何が起きたのか分かってない子供もいれば、そんな子供を守るように後方へ退かせる大人。中には怒りを顔に出している人もいた。
隣を歩くラヴァルさんの横顔を見上げるも、その凛々しい表情からは何を考えているのか想像もつかない。
心配するのはラヴァルさんに失礼かもしれないし、黙っておかなくちゃ。
そう思った、けど。
「あの、魔王城まで急ぎませんか! 何事も早いほうが良いですよ!」
直接聞かなければ良い。なんて、逃げをしてしまったけど。
「セトー、お前は優しいなぁー」
ラヴァルさんの手が僕の頭に乗って、ぐしゃぐしゃと髪を乱雑に撫でた。
意図は見抜かれてしまった様だけど、ラヴァルさんは柔らかな笑みを浮かべてくれて。
僕はなんだか、顔が熱くなってきた。
「飛ばして行こうかー!」
「は、はい!」
ラヴァルさんにとって気にならない状況だとしても、絶対に好ましい筈が無い。
抜け出せるなら早く出た方が良い。
「じゃ、飛ばすからなー! せーのっ」
「え、えっ、えぇぇ!?」
痛いくらいにしっかりと僕の腕を掴んだラヴァルさん。片足を後ろに下げて身を屈める様子からは、これから全力で走るというのが伝わる。
でもこのままじゃ僕、引っ張られ――。
突然、僕の身体は重力に逆らって水平に伸びる。
視界が目まぐるしく変わっていく。風、というより暴風になびく布の様に暴れる僕の身体。
理解も追いつかない。一体どんな速さで走ってるんだラヴァルさん!?
「うわぁあああ!?」
「はい、到着ー!」
ラヴァルさんの声と共に一気に減速していって、僕はべたんと地面に横たわる。
「ぼ、僕生きてますか?」
「おー、ばっちり生きてるぞー!」
身体が伸びるかと思った。
あ、でもちょっとくらい伸びてたら嬉しいな……。
立ち上がってから前を見ると、さっきの人集りが嘘のように静まり返った空間。
奥には見上げるほど大きい漆黒の門と、道の左右を埋めるように花壇が並び、植えられた花に誰かが水を与えているのも見える。
「マイア! 通って良いよなー!」
ラヴァルさんが水を与えているその後姿に向かって声をかけると、その人は手に持ったじょうろを傾けたまま此方を見ようともせず、一言も発しない。
マイアと呼ばれたその人は、太ももあたりだけを露出させた黒くて動きやすそうな鎧を着込んでいて、腰に携えた鞘の無い抜身のレイピアがその人が剣士ということを主張する。暗めのオレンジ色をした髪色をしていて、ラヴァルさんの様にボサボサで長い髪だけど、ラヴァルさんと比べると全体的に落ち着いている。
「勝手に入ると怒られるからなー……。セト、少し待っててくれー」
「分かりました」
ラヴァルさんが門に向かって歩いていくと、門は勝手に大きく開いてラヴァルさんを中へ招き入れる。門の奥には城の入口が見えて、ラヴァルさんを待っていたかのように腕を組んで立っていた女性の姿が確認できた。
「はぁ……」
門が一人でに閉じていき、閉まりきったのを確認してから溜息を吐いてしまった。
ラヴァルさんの走りに体力を持っていかれたのもあるけど、精神的な疲労が大きい。この二日間でいろんな事が起きた。毎日を狩猟で過ごしていた僕にとっては非日常的過ぎて……。
ラヴァルさんが戻るまでに時間はあるだろうし、意を決してあの剣士さんに声をかけてみる事にする。
魔王城の関係者だと思うし、花に水をあげてるぐらいだから話しやすいと思う。ラヴァルさんが来る前に何か予備知識でも何でも、得られたら良いな。
「こんにちは、お仕事中ですか?」
その人の側に来て声をかけてみるものの、返ってきたのは静寂だった。