第3話 兄さんと推薦状
狩ってきた獲物をあの二人の家の前まで置いてきた後、僕の家へと帰ってきた。
ラヴァルさんが手伝ってくれたお陰で、空が完全に暗くなる前には家に入ることが出来たぞ。
ラヴァルさんに肩に担いでいた魔獣を家の隅に置いてもらう様に指示した後、自分で運んできた残りの一匹もその隣に置く。
ラヴァルさんの大剣は鞘が無いから危険なので、獲物の隣に置いてもらう事に。
だけど縦に置いてしまうと床がミシミシと軋んだので、申し訳ないけど床に寝かせてもらった。
「ありがとうございます、ラヴァルさん」
最後の最後で大助かりだ。
心から感謝していることを伝えるべく、深い一礼を。
「案内してくれたお礼だと思ってくれれば良いぞー」
あっはっはと上機嫌に、逞しく笑うラヴァルさん。
僕達の声や物音が聞こえてか、僕が顔を上げる頃に奥から現れる両親とテテュス兄さん。
ラヴァルさんを見て、親がそれはもうニコニコしている中で、テテュス兄さんだけは一言。
「懐かしい顔がいるな」
再開を喜ぶラヴァルさんに、肩を掴まれたテテュス兄さんは身体を前後に大きく揺らされている。
「テテュスー! 元気にしてたかー!」
「お前はいつも元気そうだなラヴァル」
テテュス兄さんは張り付いた様な微笑顔を崩さず、がくんがくんと頭が揺れるのも構わずに返事をしている。
やっぱり二人は知り合いだったみたいだ。
積もる話もあるだろうし、僕は邪魔しないように庭で獲物の解体を始めよう。
と思ったけど、それを制するようにテテュス兄さんの手が僕の肩を掴む。
「丁度良い。セトに話したい事もあったんだ」
「え? 僕に?」
逃さん、と言わんばかりの握力。
母さんと父さんも笑みを浮かべたまま部屋から静かに出ていく。
居間の中央に置かれた長いテーブルを間に挟んで、ラヴァルさんを対面の椅子に座らせてから、僕達は並んで座った。
慎重に椅子を引いたラヴァルさんを見ていると、力が強いと加減が難しいんだろうなと思いつつ。
「それで、今日は何の用かなラヴァル」
テテュス兄さんが静かに話を切り出した。
ラヴァルさんは用事を思い出したように、チェストアーマーの中に手を入れ込んでゴソゴソと手を動かす。
「あったあった、コレを渡しに来たんだぞ―」
「それは?」
ラヴァルさんが取り出したのは、丸めた羊皮紙を赤い紐で縛ったもの。
テテュス兄さんに渡したい物があるって言っていたけど、これだったのか。
丸めた羊皮紙がテテュス兄さんに手渡されると、テテュス兄さんは紐を解く様子も無く、受け取った羊皮紙に視線を落とした後すぐにラヴァルさんへ視線を戻した。
「見れば分かるらしいぞー。魔王様がテテュスに渡すようにって預かったんだー」
曇りのない笑みを浮かべるラヴァルさんを横目に、手の平で丸めた羊皮紙をクルクルと回すテテュス兄さん。
何か考えが纏まってなのか、テテュス兄さんは目の前に羊皮紙を置いてから。
「……何でこのタイミングなんだ?」
テテュス兄さんの声色が低く、重くなる。
あのテテュス兄さんが怒ってる?
滅多に怒る人じゃないだけに、張り詰め始める空気に僕は身を強張らせる。
更に“魔王”なんていう名前が出るとなれば、首根っこを掴まれているような気分だ。
「詳しい事は分からないけどー、多分色々考えての事だとは思うぞー?」
この空気でも変わらず笑みを浮かべるラヴァルさん。
対して深い溜息を吐いたテテュス兄さんは、露骨に嫌そうな顔をしながら羊皮紙の中身を見るべく紐を解いた。
何が書いてあるのか気になって、僕もテテュス兄さんの方へ身を乗り出して書かれているものを見る。
まず、そこに大きく書かれていたのは“魔王軍兵士推薦状”の文字と、テテュス兄さんの名前。
内容を見るにテテュス兄さんの意思一つで、誰か一人を魔王軍へ入らせることが出来るというもの。
内容に一通り目を通した僕達は、お互いに目を合わせた後にゆっくりと顔をラヴァルさんの方へと向けた。
「魔王軍兵士にさせる為の推薦状なんだが?」
「んー? じゃあ誰か推薦して欲しいって事だなー!」
相変わらず笑みを崩さないラヴァルさんは、気楽そうに手を頭の後ろに置く。
ラヴァルさんの反応を見るに、内容は知らなかったみたいだ。
見て、聞いての僕だけど突っ込みたい所は色々ある。
なんで魔王軍の名前が出てくるのか。
テテュス兄さんとラヴァルさんはどういう関係なのか。
テテュス兄さんは魔王軍と何の繋がりが?
テテュス兄さんは昔から自分の事をあんまり話したがらないから、僕には何もわからない。
「そうか……。だが、これはチャンスと言っても良いだろうな」
表情が明るくなったテテュス兄さんが、僕の方に向き直るなり頭の上に手を置いた。
「ようやく、兄らしい事をしてやれるな」
「テ、テテュス兄さん?」
まさか、と思う頃にはテテュス兄さんの手は僕の頭の上から離れ、代わりにインクの付いた羽ペンを握って羊皮紙に向かっていた。
「ま、まさかそこに僕の名前を書くとかそういうのじゃ……」
「その通り。お前もこのまま狩人やってるだけじゃ前に進めないだろう」
そう言って動くテテュス兄さんの手は素早く、あっという間に僕の名前を書き込んでしまった。
そして、その羊皮紙をラヴァルさんの前に叩きつけて。
「ラヴァル、弟を頼めるか」
羊皮紙に書かれた名前をひと目見た後、ラヴァルさんの視線が僕に向けられる。
ラヴァルさんの顔から笑顔が消えて、冷徹にも思える真剣な表情に変わった。
何を言われるのか不安で堪らず、息を呑む。
「うん、オッケーだぞー!」
緊迫した空気が一気に崩れる。
「軽くないですか!?」
一瞬で元の笑顔に戻って、親指を立てるラヴァルさんについ突っ込んでしまう。
だって、魔王軍の兵士だよ!? それが魔族にとってどんなに名誉な事か……!
「何となくだけど、セトなら大丈夫さー!」
「何となくって……」
そもそも僕は強くない。兵士として相応しいとも思えない。
強くて優しい魔法剣士になりたいと夢見てるだけ、剣は使えても魔法は全然の僕だ。
今からでも遅くないはず。推薦の撤回を……!
「セト」
テテュス兄さんが僕を呼ぶと、居間の奥から母さんと父さんが見計らったように布に包まれた何かを持ってきた。
それを僕の目の前に、テーブルの上に静かに置かれる。