第2話 鬼のお姉さん
「どうしたー?」
目元を指先で擦りながら呑気にそう言い出す鬼のお姉さん。
「どうしたじゃないですよ! こんな所で寝てたら危ないですよ……」
しかもそんな破廉恥な格好で、とは恥ずかしくて言えず。
「おおー、それは悪かったぞー」
鬼のお姉さんは僕の方へ顔だけを向けてからそう言った。
ガサガサと草むらの中に手を入れ込んで、鬼のお姉さんは立ち上がる。
「う、わ、わっ」
見上げるほどの高身長。そして草むらから掴み上げる、綺麗な細い腕からは考えられない程の大剣。
僕を見下ろす、大きく開いた目から覗かせる青い瞳は水晶のよう。
多分、180センチ以上はあるぞ。身体は細身で綺麗な肌色をしているし、お腹にはうっすらと引き締まった筋肉が見えてる。
いや、最も気になるのは……。
「それ、もしかして“魔剣”ですか?」
鬼のお姉さんが手に持ったその大剣を指差しながら、思わず聞いてしまった。
鍔の表面には僕の頭のぐらいある大きな目玉が開いた状態で埋め込まれてる。
柄頭にもサイズは違うけど同じ様に目玉が埋め込まれていて、動いたりはしてないけど不気味だ。
普通の剣とは違って、剣身は長方形に伸びていて切っ先が尖っていない。
太さも僕の拳ひとつぐらいある分厚さで、見てるだけでも重々しい。
鬼のお姉さんはそんな禍々しい大剣を肩に置いて、少し前屈みになってから僕の顔を覗き込んだ。
「魔剣を知ってるのかー?」
知ってるも何も、魔剣と言えば“生きてる剣”で、“危険なもの”っていうのは魔界中でも共通意識だ。
意思が宿ってるとも言うし、中には所持してるだけで不幸を呼び寄せたりするとか。
そういうのは決まって、見た目が派手だったりするから見分けるのは簡単らしい。
「持ってたら危険っていうぐらいですけど」
「ははー、みんなそう言うけど便利なものもあるんだぞー」
鬼のお姉さんは肩に置いた大剣に、空いてる方の手でコンコンと刃を叩く。
それで特に変化が起きる訳でも無く、身体を起こした鬼のお姉さんはその場でゆっくりと一回転。
「あの、何をしてるんですか?」
僕がそう言うと、鬼のお姉さんは唐突に。
「そこだー!」
瞬間、森の中へ勢いよく投げられたその魔剣。
真っ直ぐに、水平に飛んでいく魔剣は風を切り、木々を貫き、なぎ倒し、最後に――。
「あれは……!」
魔剣の飛んでいく先に見えたのは一匹の魔獣。
この村周辺では一番の大物で、ここらでは一番危険な熊型魔獣“グリーズ”。
大砲の様に飛んでいく魔剣をグリーズが腕で弾こうとするのが見えたけど……。
魔剣はその腕ごと、グリーズの首を貫通して分断した。
「あの魔獣、お前を狙ってたみたいだぞー」
「え、ええ……?」
狙っていたとかいう話の前に今、目の前で起きた事が信じられないよ。
あんな重たそうな大剣を片手で投げて? 木々をなぎ倒して?
鬼人族ってみんなこうなんですか……?
「私の剣はこういうことが出来るぞー」
鬼のお姉さんが魔剣を投げた方向へ手をのばす。
魔獣の背後に置いてあった岩に深々と刺さっている魔剣が、鬼のお姉さんに反応したのか目玉が赤く光る。
その後、魔剣は自分ひとりで岩から引き抜かれ、柄を前にして戻ってくる。
その速さは鬼のお姉さんの投擲とほぼ同等だったけど、それをものともせず、鬼のお姉さんは伸ばしていた手で掴み取った。
「テテュスって男を探してるんだがー、知らないかー?」
肩に魔剣を置き直した鬼のお姉さんは、村の方へ続く道を見ながらそう言った。
僕は未だに冷静になれてないけれど、兄さんに用事があるというのなら真摯に対応しなければ。
「テテュス兄さんに何か用があるんですか?」
僕の言葉に目を丸める鬼のお姉さん。
「兄さん? って言う事はもしかして、セトってお前なのかー?」
「そうですけど……」
この人、僕のことを知ってる?
テテュス兄さんが話したんだろうか。何を話してたのか凄い気になる。
「それなら話は早いぞー。テテュスに会って渡したいものがあるんだー!」
「渡したいもの?」
一体何だろう。この人の身に付けてる物と言えば下の黒い下着と、肩を出してる白銀のチェストアーマー。
靴も履いてないし……道具を入れてるような袋も見えないぞ?
悪い人にはとても見えないし、何か渡したい物があるというんだから案内してあげなきゃ。
「分かりました。テテュス兄さんなら家にいると思いますので、案内しますよ」
「本当かー!? 助かるぞー!」
鬼のお姉さんは嬉しそうに笑みを浮かべて、早速行かんと草むらから離れた。
僕も後に続いて、鬼のお姉さんの隣に移動してから村に向かって歩き始めた。
そこで、挨拶がまだだった事を思い出して、歩きながらすることにした。
「僕、セト・アルヴェリアって言います。貴方は?」
「ラヴァ・ル・グリヒューデ。 長いから“ラヴァル”でいいぞー」
ラヴァルさん。次からはそう呼ぼう。
「ところでー」
ラヴァルさんが急に立ち止まったので、僕も慌てて立ち止まる。
「どうしたんですか?」
「あれ、セトが持ってきたんじゃないのかー?」
「あれ?」
ラヴァルさんが親指を立てて、その指を後方へと向ける。
合わせて僕もその指の先の方へと向き直ると、ラヴァルさんを見つけた時に地面に置いてしまった魔獣がそこに。
「うわぁ! 忘れてた!」
「あ、私が担ぐぞー」
僕と一緒に走り出すラヴァルさん。
客人とも言うべきこの人に獲物を運ばせるなんてとてもさせられない。
そう思って全力でダッシュしたつもりが、ラヴァルさんには助走をつける段階で追い越されてしまった。
なんか、何をさせても凄いなぁあの人。魔獣も軽々と肩に担いでるし。
あれぐらい、なんでも出来る男になりたいなぁ……。