第1話 村での暮らし
――小鳥の鳴き声、虫の声、心地良い風の音を開きっぱなしの窓から聞こえてくる。
手早く朝の狩りの支度を済ませつつ、父さんと母さんが用意してくれた、フード付きの毛皮の上着を羽織って、母さんの愛用の剣を借りる。
村の安全の為に今日も狩りだ。
食料の調達もしなきゃだし、素材も高く売れるし、父さんと母さんに楽をさせたいし今日も頑張らないと。
肩に掛けた背中側の革の帯に、剣を引っ掛けてから玄関の扉を押し開ける。
「うわっ!」
扉を開いて数歩歩いた所で、横顔に受ける衝撃。
そこに手を置くとドロドロとした感触。指にそれを付けてから、目の前に持ってきて正体を確認すると、それが泥団子だと分かった。
丁寧に石まで入れられていたみたいで、汚い泥の中に尖った石と微かな血。
「くっそー! 横に当たったか!」
「おい弱虫! 俺達の分まで狩ってこいよー!」
いつも絡んでくる僕と同い年の二人組だ。
遠くから叫んで足早に居なくなってしまったけど、それならそれで返事を待たずに居なくなったということで。
「本当は自分のだけで手一杯なんだけど……」
あの二人に恩義なんてものは感じてないけど、同じ村で住んでいるし、片方は親が村長だ。
従わないと告げ口でもされて、僕だけじゃなく母さんと父さんにも迷惑がかかってしまう。
不本意だけど、あの二人が狩った証明になる看板を後で作らないと。
――村を囲む山の中に入って暫く、僕でも狩れそうな魔獣を見つける。
背中から突き出た無数の長針と、五つの目玉が特徴の四足歩行のオオカミ型魔獣の“ウトフ”だ。
こいつは基本的に群れで行動しなくて、その恐ろしい容姿を見て逃げ出した他の魔獣を狙う。
僕も最初は怖くて手を出せなかったけど、決定的な弱点を見つけた事で克服した。
足元の草むらを靴で掻き鳴らす。
魔獣はこっちに気付いて、その場から動かずに恐ろしい五つの目を真っ直ぐに向けてくる。
確かに怖い、怖いけど、それだけ。
一歩一歩ゆっくりと近付いて行くと魔獣は後ろを向いて、後ろ足だけで身体を起こす。
背中の鋭い長針を、刺すぞ刺すぞと脅迫してくる様だ。
でも、それだけなんだ。
長針に当たらないように屈んでから、背中の鞘から静かに剣を引き抜いて、一閃。
「ていっ!」
長針の生えて無い、腰裏あたりの肉を横に切り裂く。
魔獣は呆気なく横たわり、瞬時に絶命した。
一応、傷口を剣で押し開いて奥を確認する。
「良かった。ちゃんと破壊出来てる」
魔獣の体内でうっすらと光を放つ水晶、“魔族の心臓”のコアがちゃんと破壊されていた。
コアは僕達の力の源だし、記憶や体内の情報が記録される物だとか。
世の中には肉体が滅んでもコアがあれば、そこから身体を再生させる様な奴がいるらしい。
恐ろしいとは思いつつ、この村周辺でそんな奴を見かけるなんて話は聞いた事がないので気にせず狩りを続ける。
「――僕の分もこれで終わり、っと」
魔獣除けのランタンに明かりを灯して片手に握ってから、最後の一匹を背負う。
オオカミ型魔獣しか狩れてないけど、数にして六頭。
一頭狩る度に村の近場まで持っていくのが辛い所だけど、なんとか終わった。
朝一番に出た筈なんだけど、気付けば空はもう薄暗い。
いつもなら二頭、多くて三頭ぐらいで引き上げるから、お昼には間に合うんだけど……。
今回はあの二人の分もあって時間が掛かってしまった。
「はぁ……」
溜息も出る。こうしてる間にあの二人は狩りに出かけたフリをして、どこかで遊んでるんだろうな。
その遊んでる二人にすら僕は、喧嘩でも口でも勝てないんだと思うと悔しい。
でも従わなきゃ。母さんと父さんを困らせるわけにはいかないんだから。
三十分程歩いて、もうすぐで村が見えてくる頃。
重い足取りも、見慣れた光景が視界に入れば軽くなった。
村に続く道に入って、今日の夜食を楽しみにしながら駆け足で向かうも……。
「人が倒れてる……?」
途中、道から少し外れた所で誰かが横たわっているのが見える。
村周辺は魔獣が少ないとはいえ、危険だ。
背負っていた魔獣をその場で下ろして、急いで声を掛けに行く。
「大丈夫ですか!!」
道を外れて、草むらの中で横たわる人の所へやって来た。
一体誰何だろう、怪我とかしてないと良いけど。
「――えっ、えぇえええ!?」
咄嗟に顔を横に逸らす。
倒れていたのは女性だ。
だけど見間違いじゃなければこの人、胸部周りだけを覆う鎧を身に着けてる以外は、黒い下着一枚だけの容姿だったぞ!?
手を前に持ってきて、出来るだけ彼女の下側は見ないようにしながら顔を覗き込む。
とても綺麗な……寝顔。
ボサボサだけど品のある青色の長髪を広げて、それはもう気持ちよさそうに仰向けで寝てる。
額から生えている紺色の二本角を見るに、この人は“鬼人族”なのかな。
鬼人族は気性が荒いって聞くけど……起こしたりしたら襲われたりするのかな。
……い、いやいや、怖いけどここで見過ごすのは違う。こんな格好してるし、起こしてあげないと。
「――んぁ?」
「うわぁ!?」
声をかけようとした瞬間に目覚めた彼女に、驚いた拍子に地面に尻餅をついてしまった。
欠伸をしながら身体を起こす彼女を、まばたきも忘れて見つめる。
「おっ! おはようだー!」
「おはよう、ございます?」
明るい声と笑顔で、片手であげて元気に挨拶する彼女。
な、何なんだこの人……。