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True emotions  作者: 風戸輝斗
第1章 Nostalgie Memories
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6 『End of prelude』

 首を落とすと言わんばかりの威圧に怯えながら、一連の出来事を話し終えると、桜坂は眉根を寄せた。


「なるほど。小豆沢がここに来た経緯は理解したよ。

 ……東江の処罰の原因が私にあるってこともね」


 そう言って桜坂は自嘲気味に笑う。

 お門違いな罪悪感を覚える彼女に俺は言う。


「偶然桜坂の席だったってだけだ。別に桜坂のために行動を起こしたわけじゃない。あの席が誰のものであったとしても、俺は同じことをしてたよ」


 なんて気休め程度の言葉をかけてみたが、桜坂の表情は晴れない。

 まあ仕方ないと言えば仕方ない。偶然とは言っても、他人が不幸に遭った一因に自分が関与していたとなれば、ある程度の罪悪感を覚えてしまうことは避けられないだろう。気にするな、なんて無理強いは、反って彼女を困らせかねない。


 さてどうしたものか。

 策を講じていると、小豆沢がアクションを起こした。


「東江くんの言う通りだよ。桜坂さんが気にすることはなにもないよ」


 ありふれた言葉のはずなのに、彼女が口にするとそれはまるで特別な言葉であるように感じる。柔らかい口調がそう思わせるのか、あるいは彼女の天賦の才なのか。俺と桜坂の意識は完全に小豆沢に向いていた。


「東江くんは馬鹿だからさ、あの空席が誰々のだから、なんて理由で意志を曲げたりしないよ。空席をあんな風に扱うのは間違ってる。そう思ったから、東江くんは行動を起こしたんだよ」


 ごもっとも。言葉に小豆沢の感情が乗ったことも相まって、その意見は通俗的なものでありながらも妙な説得力を兼ね備えているように思えた。

 しかし、桜坂の意志は簡単には曲がらない。


「どうかな。少なくとも私が毎日登校していれば、東江はあんな目に遭わずに済んだはずだ。私が不登校だから空席が生まれて、その空席が原因で東江は傷付いてしまったんだ」

「それは……そうかもだけど……」


 口を真一文字に結んで小豆沢は黙り込んでしまう。

 どうやら論破の術はもたないらしい。


 確かに桜坂の反論は正しくて、そこに異議を唱える余地など存在しないように思える。

 が、活路が存在しないわけではない。俺は両手を上に向けて言った。


「そうだな。桜坂が毎日登校していれば、あんな惨事は起きなかった。

 まったく、とんだ迷惑だよ。おかげで、今朝から肩幅が狭いまんまだ」


 はあとため息。大袈裟に首も振っておく。


「ちょっと東江くん、そんな言い方は……」

「ほんと迷惑だよ。桜坂を不登校に追い込んだ奴らが」


 別に正攻法で立ち向かう必要はない。桜坂の罪悪感を取り払えるのなら、手段なんてなんだっていいのだ。詭弁で桜坂を言いくるめたって、目標が達成できるのなら問題ない。

 桜坂は寂しげに微笑んだ。


「私を不登校に追い込んだ人なんて存在しないよ。

 私は弱いから。図書館を隠れ蓑として他者との関わりを絶とうとしたんだ」


 ほう。自分の弱さが原因か。

 桜坂の過去について根掘り葉掘り聞きたいものだが、今は彼女の胸中の暗雲を払うことが先決だ。

 間髪容れずに言う。


「なら、悪いのは桜坂を弱く仕立て上げた環境だな。生活環境は人格形成に大きな影響を及ぼすって話は桜坂も聞いたことがあるだろ」

「あるにはあるが……それは屁理屈じゃないか?」


 そう屁理屈だ。だが、全面的に否定されるような完璧に間違った意見ではない。

 例え10%しか本筋が通っていなくても、脳内では1か0かの処理しかなされない。少しでも正しいと思ったのなら、それは正しいものとして処理されるはずだ。

 そしてそれは、迷いという揺らぎをもたらす。


「さあどうだか。

 事の発端はなにかと聞かれたんなら、あらかた間違いじゃないだろ?」

「それは……そうだけど」


 今一つ腑に落ちない様子であることは否めないが、桜坂は俺の詭弁を正しいものとして受け入れた。こうなった以上、分はこちらにある。

 さて仕上げといこうかと思い口を開こうとしたところで、桜坂が一足早く呟いた。


「どうして東江は、他人のためにそこまで必死になれるんだ?」


 まるでわからないという困惑の表情で桜坂は続ける。


「自責しようが、呵責しようが、それは私の勝手だろう? 

 君には関係のないことじゃないか」


 関係ない、か。

 まったく寂しいことを言ってくれるじゃないか。

 俺は首を横に振る。


「いいや。大いに関係ある」


 断言すると、桜坂はふっと破顔した。自らを嘲るようなその笑みはやはり痛ましくて、見ているだけで胸が苦しくなってくる。


「本当に君は出会った日からわからない奴だな。一体なにが君をそこまで突き動かすんだ? 他人のことなんて放っておけばいいだろう?」


 ああ、その通り。他人のことなんて放っておけばいい。傷付こうが、悲しもうが知ったことではない。

 傷付いた全員を励ますなんて業は、神でもない限り成せない。


「そうだな。無関係の奴が桜坂と同じ状況に陥ってたとしたら、俺はまず間違いなく黙認していただろうな」


 そう『他人』なら。

 他人なら俺は看過できたのだ。

 けれど桜坂は違う。


 彼女がどう思っているのかはわからない。

 しかし少なくとも俺は、


「けどな桜坂。残念ながらお前は有象無象の一人じゃない。

 俺にとって大切な『友達』の一人なんだ」


 彼女が『友達』なのだと、心の底から思っているのだ。


「他人だなんてつれない事言うなよ。俺は友達に悲しい顔をして欲しくないから、必死になれたんだ。これで満足か?」


 途中で自分が相当恥ずかしいことを口走っていることに気づき、最後の方はかなり早口になってしまった。内面をありのままに曝け出すなんて失態は、普段の俺なら絶対にしない。恐らく俺は知らず、小豆沢の実直な性格に感化されていたのだろう。

 出会って半日でここまでの影響を及ぼすとは、小豆沢真雪恐るべしだ。仮にカウンセラーにでもなろうものなら、彼女は輝かしい実績を残すに違いない。


「とも……だち? 私と東江が、か?」


 他に誰がいるというのだろうか。しかし桜坂は、いまいち言葉を咀嚼できないらしい。発せられた声は心なしか震えているように思えた。


「ああ、そうだ。考えてみろよ。

 なんでもない奴のために、貴重な放課後の時間を割くだなんて変な話だろ」

「それはそうだけど……でも、私は東江と〝ともだち〟になった覚えはないぞ?」


 狼狽しながら自信なく呟く彼女からは、いつもの強さを感じない。まるで無知な子供のようだ。

 そして、そんな彼女を見て俺は悟った。


 友達。

 そう呼べる存在が、今日に至るまで彼女にはいなかったのだろう。


 だから友達とはなんなのか、彼女の中で定義が曖昧なのだと思う。

 諭すように俺は言った。


「覚えがなくて当然だ。友達になった瞬間がいつかなんて、知らないのが普通だからな。友達って言うのは、気づいたらなってるもんなんだよ」


 なんて友達が片手で数えられるほどしかいない俺が言えた義理ではないが。

 桜坂は顎に指を添えて黙考すると、


「……うん。それなら納得だ。

 私は東江と〝友達〟と呼んでも差し支えない関係にあるな」


 と納得したように頷いた。

 怪訝な面持ちをしていなければ、後を引いた様子もない。

 俺の前には柔らかな笑みを湛えたいつも通りの桜坂がいた。


「友達の頼みなら仕方ないな。お言葉に甘えて私は気楽に過ごさせてもらうよ」

「ああ。それでいい」


 一件落着。

 かと思ったのだが、なにやら小豆沢が不服な表情をしている。


「どうした小豆沢?」

「べっつに。……なにが友達よ。大嘘じゃない」


 はあと大きな溜め息を漏らす。

 小豆沢真雪は気持ちに正直な女の子だ。つまり、なにか彼女にとって納得がいかないことがあったのは間違いないと思うのだが、如何せん心当たりがない。

 小豆沢は二度目の溜め息をつくと、桜坂に話しかけた。


「ねえ桜坂さん、わたしの要件、一つだけなら聞いてくれるんだよね?」


 桜坂の肩がピクッと震える。


「……まあ約束だからな。あまりキツいのは勘弁してくれよ」


 言って桜坂は苦笑する。

 数分前の出来事があったからか、桜坂は若干小豆沢を警戒しているように感じる。現状、二人の力関係は小豆沢の方が優位にあるように思えた。


「わかった。……桜坂さん、わたしとも友達になってくれませんか?」


 瞳を真っ直ぐに見据えて、真剣な表情で、小豆沢は自らの願望を口にした。

 まあ、そんなことだろうなと俺は思っていたが、桜坂にとっては意外な行動だったらしい。桜坂はぱちぱちと何度も瞬きを繰り返している。


「なにを言うんだ小豆沢。私と君が出会ったのは、つい数分前のことだぞ。

 なのに友達になろうというのは、過程を省力し過ぎではないか?」


 仰る通りだ。しかし、小豆沢にそんな常識は通用しない。


「東江くんが言ってたのはほんの一例だよ。友達になる過程なんて何十、何百も存在する。わたしは今日ここで桜坂さんと友達になって、そこから東江くんも含めた三人で仲を深めていきたいって思ってるんだけど、どうかな?」


 不純の欠片もない、純粋で潔白な瞳の輝きが桜坂を襲う。

 あの輝きの威力は絶大だ。経験者の一人だからわかるが、あの瞳を前にしたら断るという選択をしようにもできない。

 桜坂は直近に迫った小豆沢の肩を掴んで押し返し、観念したように大きく息をついて言った。


「まったく、とんだお嬢様がいたものだ。でも、その素直な性格は嫌いじゃない。知っての通り、私は面倒臭い性格だけど、それでもよければよろしく頼むよ」


 小豆沢はぱああと満開の花が咲いたように笑い、うん、と強く頷き返す。


「東江くんの方が数倍面倒だから大丈夫! これからよろしくね、桜坂さん!」


 誰が面倒だ、と反論したかったが、確かに自分が面倒だと自覚してるのも事実だから、思うだけに留めて置く。


「桜坂さんってなにか趣味はあるの?」

「趣味、か……料理は好きだよ」

「わ、女子力高っ! もしかしてお弁当も自分で?」

「うん。母さんはいつも仕事で忙しいみたいだからさ」

「ほへぇ~すごいな~……ねえ、明日一緒にお弁当食べようよ!」

「それは無理な話だな。私の教室はここなんだ」

「じゃあ明日の昼、ここにくるね」

「え?」

「大丈夫。東江くん以外は呼ばないよ」


 俺は呼ぶのかよ。小豆沢に目で問われて返事代わりに微笑み返す。

 嵩人には申し訳ないが、先客ができたから明日はこちらが優先だ。約束した以上、破るわけにはいかない。


 夕陽のほとんどは、生い茂る山々の背後に隠れてしまっている。

 窓越しに見える街は、ぽつぽつと灯りを点し始めていた。

 時刻は六時目前。日没時間は日に日に早くなっていた。

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