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巫女見習いの浄霊研修

 悪霊の巣食うマンションからそう離れていない、とある雑居ビルの屋上。風が吹き荒び、髪が弄ばれる。

 手すりの格子にもたれかかって、顔にかかった髪をはらう。

 この一刻で起きたことを、未だに整理しきれない。

 どう見ても怪物じみた悪霊がいて、それを退治するのが私たちの仕事だと言われて、沙音くんが戦った。

 漫画みたいなことだが、目の前で見たものなのだからとりあえず信じなきゃならない。

 だけど納得しきれるかと言えば、そうでもなかった。


「弱らせたししばらくは人を襲わねえとは思うが……」


 ひとつ、ふたつ、路地を挟んだその向こうにそびえる剣呑な雰囲気を纏うそのマンションを、沙音くんは見つめている。どことなくその様子からは、話しかけづらい雰囲気があった。

 沙音くんは私をちらりと見た。


「さて。なんで止めたのか教えてもらおうか」


 その声は至ってニュートラルだった。もっと激しく怒られるかと思ったけれど、少し拍子抜け。

 でも、まあ、さすがにばつが悪い。

 どうして止めたのか。それは私に答えられるものではなかった。言語化できなかった。

 そもそも理由自体よくわかってない。

 どう答えたものか。答えあぐねていると、沙音くんはため息をついた。


「……チッ。まただんまりかよ。てめえも大概自信なさそうにしてるよな」

「…………」


 沙音くんの言葉が突き刺さる。胸から痺れが全身に伝わるかのようだった。

 ……そうだ。私には自信がない。それは私も自覚している……。


「まぁいいや。なんでもいいから思ったこと言ってみろ」


 そう言って、沙音くんは黙った。どうやら私が何か言うのを待つつもりらしい。

 風の音がびゅうびゅう鳴る。それが耳鳴りみたいに不快に響いた。

 この沈黙は辛かった。けれどそれを破るのは自分しかいない。それも辛かった。

 間が持たない。

 言葉が出かかって、口のなかで崩れて溶ける。自分のことを伝えるのは慣れてない。どうしても尻込みしてしまう。


「…………えっと、その……うまく、言えないんだけど……」

「ん」


 沙音くんは短く返し、続きを促す。

 なんのことはないけれど、ちゃんと聞いてくれるというのは、少しだけ安心した。


「なんか……あのままじゃ、だめな気が……した、っていうか……」


 すごくふわふわとした答えだけど、そう言うしかなかった。


「理由は?」

「な、なんとなく……」

「なんとなくかよ。煮えきらねえな」

「…………」


 ため息をついて、頭をかく。

 呆れ顔の沙音くんだけど、失望したという感じではなかった。

 まあ、もともと期待なんてしてなかったんだろう――――


「だが正解だ」


 沙音くんが笑った。

 その言葉には完全に不意を突かれた。思わず顔を上げて、開いた口を閉じるのも忘れて沙音くんを見る。その時の私の顔はとんでもなく間抜けに見えただろう。まあそれはどうでもいい。

 沙音くんは言葉を続けた。


「あのまま倒しても何も解決しねえ。またやつは出てくる。お前はそれを理屈はともかく理解したんだ。才能あるぜお前」

「え……」


 倒しても解決しない? また出てくる?

 いったいどういうことなのか。

 それに才能があるとは……?


「自信持て……っつったってカンタンに持てるもんでもねえか」


 言いながら、沙音くんは私の頭をぽん、と叩く。どこか子供扱いだ。見た目からすると沙音くんのほうが子供っぽいのに。


「また出てくる、って……あ、あれって何……?」


 沙音くんの手を払いのけながら言う。沙音くんは眉を少しだけつり上げた。


「ん、まだ説明してなかったな」


 頬をかき、後頭部をかき、沙音くんは何を言えばいいのか考えているようだった。

 その時間は短かった。沙音くんはすぐさま説明を始めた。


「あれは止霊(パラドクス)、強い感情を持ちながらそこに囚われた悪霊だ」

「パラ……ドクス……?」


 パラドクス。逆説……ということなのだろうか。ていうかなぜに外来語なのだろうか。

 というかそれだけじゃわからん。続きを早う。

 ……というのは言葉にしていないのだが、悟ったか悟らずか、沙音くんは説明を続ける。


「"感情の力"ってお前信じるか?」

「"感情の力"……?」

「正確には"感情の相転移で生まれる力"ってやつだ。俺様の神通力やあの悪霊の力みてえなのがそれだ。まぁ超能力みてえなもんだな」


 うん。まあ……この目で見たことなのだから、そういうのは「ある」と言わざるを得ない。

 でも、その。

 なんというか。


「……よく分かんない」


 ちょっとこの説明ではいまいち理解できないんですけど沙音さん。もっとちょうだい、情報を。


「悪いな。こういう説明は姉貴が得意なんだけどよ」


 沙音くんは苦笑する。


「例えば"悲しい"って気持ちの感情が、"嬉しい"って感情に変わったとき、人間は元気になるだろ。"感情の相転移"ってのはそういうことだ」


 わかるような、わからないような。

 相転移というのは、氷が水になったり、水が水蒸気になったり、そういう「ある状態」から「別の状態」になるような変化のことだ。それを感情について言ったものだろうか。

 そこからエネルギーを取り出す、的な? そんな感じか。


「普通は"感情の相転移"で生まれるエネルギーってのはごくわずかなんだが、希にその力を増幅することのできる奴らがいる」

「それが超能力、ってこと……?」

「そんなとこだ」


 いよいよもって漫画だなあ、なんてことを思う。そんなのは雑念なのですぐ横の棚に置いたが。


「まあそいつらの力は眠っていて、多くの場合目覚めずに一生を終えるんだが、強いショックで目覚めることがある。例えば……なにがしかの強い感情を持ったまま死んだ……とかな」


 そこまで言われて、あの悪霊がもとは何だったのかわかった気がした。

 あのマンションには自殺者が出ている、という話だったはずだ。


「じゃあ止霊(パラドクス)って……」

「何らかの要因で目覚めた超能力者、あるいはその残留思念。目覚めた時の感情に囚われてる限り、やつらは不死身だ」


 それじゃあ、自殺した人間が祟りに出てきたようなもんじゃないか。

 なるほど確かに悪霊だ。お祓いと言ったのも得心がいく。

 一際強い風が吹く。沙音くんの髪が風に煽られ暴れる。それを意にも介さず、沙音くんは伏し目がちにどこか遠くを見つめる。


「……感情ってのは"飛んでいる矢"だ。常にどこかに向かってる。だけど、瞬間瞬間を切り取ればその矢は止まってる。求める感情の向かう先に、決して辿り着けやしないんだ」


 感情が焼き付いて、溶けたあめ玉みたいに癒着して剥がれない。

 その感情は際限なく広がっていく。求めるものは絶対に手に入らないのに。でも求め続ける。そうすること以外知らないから。

 倒されても、倒されても。

 向かい続けるしかない。


「じゃあどうすれば……それに私、沙音くんみたいには戦えないし……」


 沙音くんは得意気に鼻を鳴らした。


「見てろっつったろ。そいつを教えるためにお前を連れてきたんだからな」



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