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水の神は悪霊と対峙する 陰キャは邪魔する

 静けさのある住宅街を、私と沙音くんは歩く。

 沙音くんはずっと不機嫌なようで、しきりに何かしらぼやいている。


「ったく、まだこいつには早ぇだろうが……」


 中々に話しかけづらい雰囲気だ。何か喋ろうにも萎縮してしまう。

 だけどまあ、わからないことをわからないままにしておくのも、それはそれでダメだろうと思うわけで。背に腹は代えられない。

 なので、思い切って聞いてみる。


「あの、沙音くん、お祓いって……」


 二人とも特に何も持たずに出てきた。そのせいで、これから何をするかもいまいち要領を得ない。

 お祓いとは言うものの、具体的に何をするのかとか、全然教えられずに来たのだ。


「……ああ、お祓いっつうと語弊があるな」


 そんなこんなで疑問は尽きないわけなのだけど、当の沙音くんはこんな感じ。


「え、じゃあ何しに行くの……?」


 それは当然出てくる疑問だった。

 沙音くんは立ち止まり、振り返って、そして言う。


「悪霊退治」

「はあ……?」


 なんだか余計にわからなくなったのはなぜだろう。ていうかそれってほぼ同じでは?

 結局納得の行く説明が何一つないままに、私たちは目的地に着いた。


 そこは入居者のいなくなってすっかり寂れたマンションだった。なんだかいかにもな雰囲気を纏っている。

 玄関ホールは開いていない。そのままじゃ入れないけれど……


「どうするの?」

「鍵預かってきてる」


 ……とのことだ。

 玄関ホールを抜けて、階段を登り、4階の外廊下を歩く。

 その中で、やっとこさ沙音くんはまともな説明をし出した。


「このマンションの一室な、自殺者が出て事故物件になったところで、同じ棟の入居者に奇妙なことが起こるようになったんだと。それで人がいなくなった。それだけならまだいいが、今度はマンションだけじゃなく近隣にも怪現象が起こるようになった」


 どうやら、夜中に原因不明の異音が鳴ったり、いつの間にか怪我してたりなんてことが多々あったらしい。それは次第にエスカレートしていって、障害が発生するようになったとのことだ。当然、そんな場所にわざわざ住みたがる人間なんてほとんどいない。入居者が去るのも自然な流れに思えた。

 ところが被害はこのマンションだけに収まらなかった。そういう話なのだが……


「それが悪霊の仕業ってこと……?」

「こりゃたまらんってことで、ウチの神社に依頼が来たって訳だ」


 普通に考えれば誰かがいたずらをしている、みたいに考えるだろう。となれば先に行くのは警察なんじゃないか。

 なんて思ったけれど、沙音くんによれば警察も原因が特定できなかったようで、今に至るというわけだ。

 しかし、どうして氷女河神社になのだろう。


「ウチ、神職いないのに」


 確かに、氷女河神社はこの周辺ではわりと大きな神社ではある。巫女さんも数人雇っている。ただ、そのへんの神社とは明らかに違う点がひとつ。

 氷女河神社には神職がいないのだ。

 櫛菜ちゃんが神職になるために勉強してはいるけれど、正式に神職になるまでには大学卒業まで待たなきゃいけないわけで。つまり今のところ空席だ。

 じゃあ今はどうしているのかというと、沙音くんが色々と取り仕切っているのだが、見た目少年なのでそのへんどうなのかというのは考えてしまう。

 で、その沙音くんはというと、


「は、いらねえよ。神様がいるんだからな」


 これ。


「…………」

「その信用してねえ目やめろや。俺様、神様、天宮沙音様! スサノオノミコトの分け御霊! 知っててその態度かよお前!」


 いや、確かに知ってるけど。なんかいまいち実感湧かない。だって今まで神様らしいとこ見たことないし。見た目がやんちゃ少年な感じだし、神様って感じはしないんだよなあ。

 ……とかなんとか思っていると、不意に低い唸り声が聞こえた。

 それが止んだかと思えば今度は金切り声。


「雪花!」


 沙音くんが叫ぶ。私はその声に反応する暇もなかった。腕の一本も動かぬ内に、沙音くんは私を抱えて後ろに跳んだ。

 すると金属をひっかくような耳障りな音がして、ついさっきまで私達がいた場所が、まるで爪痕のように大きく抉れた。


「え……うぇええええ!?」


 私は目の前で起こったことに驚いて、思わず大声を出してしまう。自分でも思うくらい変な声だったような気がして少し恥ずかしいけれど、そんなことより目の前のことだ。

 沙音くんは着地するなり、私を下ろす。その目は前方の、何やら黒いモヤみたいなものが集まってくる場所を見つめている。


「出やがったな……!」


 黒いモヤは次第に形を成していく。人間の頭、鳥の翼のような腕、魚のような下半身。その姿はゲームとかでよく見たような。そう……確か、セイレーン……だったような。

 その暫定セイレーンが叫びを上げると、周囲の壁や床が軋んで反響する。距離を取った私達の所にもその振動がビリビリと伝わってきた。

 きっとこれが怪現象の正体。つまり……


「あ、あれが悪霊!?」

「そういうことだ」


 なるほど納得が行く。今まで少し懐疑的だったけれど、実際見てしまえば信じざるを得ない。

 ……のだけれども。


「なんか思ってたのと違うんだけど!? すっごい暴力的!」


 まあ、これもある意味納得といえばそうなんだけど。

 お祓いと言うと語弊がある……つまり、形式的に祝詞を詠むとかそういう話じゃなくて、これは文字通り悪霊退治、要するに荒事なのだ。

 とはいえ釈然としないけれど。


「だいたいあんなもんだ。慣れろ」

「慣れろったって……」


 ていうか、こんな所に私を連れてきてどうしようというのかちょっとわからない。

 私、戦えないんですけど!

 そんな私の不安を沙音くんは知っているのかどうか。

 ……よくわからなかった。


「まあどうすりゃいいかもわからんだろうから、とりあえず見てろ――――!」


 なんて言う内に、悪霊が息を吸い込み始める。きっとさっきの「爪」を出す準備だ。

 沙音くんはそれを見るや否や、居合の構えを取った。

 剣なんて持っていないのに。


八首(やつくび)流――――」


 私は沙音くんの右手に向かう何かの流れを感じた。それが空気中の水分だと、肌がわずかに感じる湿気でわかった。

 沙音くんの右手に集まった水分は、やがて何かの形を成していく。

 悪霊が音波を放つ。


「草薙ッ!!」


 悪霊の放つ衝撃波に相対して、沙音くんは右手に形成された何かを引き抜いた。

 それは剣。水を圧し固めて作った高圧水流の刃。

 居合の要領で抜かれた刃は、独特な振動を生み出して――――悪霊の放った「爪」の衝撃波を打ち消した。

 間髪入れずに沙音くんは悪霊の懐に飛び込む。

 それから、次の技の構えに入った。


「八首流――――滝登り!」


 滝を下から割るかのような斬撃。悪霊は回避行動を取るも、避けきれなかったのかその右腕が切り離され、宙を舞う。

 悪霊は甲高い叫びを上げ、その右腕は霧散して消えた。

 半ば逃げるようにして悪霊が距離を取ると、沙音くんは息を吐いて、私の方に向き直って、


「とまあこんな感じに戦うのが俺様らの仕事だ」


 と一言。

 ……いやいやいや。


「無茶言わないでくれますか!?」


 さすがにこれは無茶振りが過ぎるのでは? 戦うと申したかこの人? さっきも言ったけど私戦えないんだけど?


「いや櫛菜に祈祷の方法習ってんだろお前。いけるいける」


 しかし沙音くん、この調子。

 祈祷するだけでどうにかできるのこの悪霊?


「あれってこのためだったの!? ていうか櫛菜ちゃん戦えんの!? 他の巫女さんは!?」

「他の連中は一般人のバイトだから無理。そもそも悪霊が見えん。俺様の隈取りも見えねえし」

「その境界がわかんないんだけど!?」


 その、つまりアレか。私には霊感があると申すかこの神様。

 だとすると、なんか……イヤな才能を持った。

 それはさておき、悪霊は再び咆哮を上げる。ひどい声だ。まるで子供が泣き叫ぶかのような印象を受ける。

 悪霊の「爪」が幾重にも重なって襲いかかる。


「ったく、キーキーうるせえやつだな……!」


 沙音くんはそれを難なくいなす。「爪」は沙音くんの剣の一振り一振りで着実に消えていく。

 悪霊の叫びはとどまることを知らない。沙音くんが打ち消してくれているためか、四方八方に悪霊の「爪」が伸びていても私のいる場所まで届くことはなかった。

 沙音くんが接近して、その剣を振るう。一回剣を振るうごとに、確実に悪霊は傷ついていく。

 金切り声がする。怨嗟のこもった叫び声が聞こえる。素人目に見ても、沙音くんのほうが強いことはわかった。悪霊を倒すことは難なくできるだろう。

 ……だけど、なぜだろう。

 どうしてだろう。

 そのままじゃいけない気がする。


「フゥー……」


 悪霊は追い詰められ、その首筋に沙音くんの刃が突きつけられた。

 もうすぐ終わる。

 ……だけど。

 それじゃあ。

 ()()()()()()()()()()()


「八首流――――」


 そう思った時には、私の身体は動いていた。

 無意識の内に、私は沙音くんの右腕にしがみつき、その振るわれる刃を止めていた。


「な、てめえ……!」


 見開いた目で沙音くんは私を見る。その顔には驚きが見て取れる。それはまあ仕方ない。正直私も私が何をしてるのかよくわからない。やってしまったという気持ちと、間違ったことはしていないという気持ちがある。どちらかと言えば前者のほうが強い。

 ともかく、この一瞬の隙を捉えて、悪霊は距離を取った。

 沙音くんは舌打ちする。


「……チッ。一旦退くか……!」


 私を抱え上げ、沙音くんは跳んで、外廊下の手すりを蹴って外に飛び出す。

 悪霊が私たちを追ってくる様子はなかった。


 

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