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第1話 世界一ささやかな脅迫

 駅を出た人々を誘う、青白く照らされたコンビニ。そこにいる人は客も店員もみんな疲れた顔をしている。


 温められた弁当を受け取ると、男は店内を後にした。


「はぁ……」


 目尻のシワに青クマ、そしてため息。

 日々の苦労が顔のあちこちに表れている。


 道すがら、停車中の車が目に留まった。

 真っ赤な輸入セダンだ。


 派手だなぁ。

 そう思っていた矢先、助手席の扉が開く。


「……ん?」


 ハイトーンの髪色、幼くも整った横顔、カーディガンを腰に巻いた制服姿。


 男はその少女に見覚えがあった。

「(お隣の香月(こうづき)さん家の娘さん……名前は確か、乃亜(のあ)ちゃん)」


 運転席にいるのは40代の背広の男。

 笑顔の乃亜はその男から何かを受け取ると、猫なで声で「ばいばい」と告げた。


 彼女が車から降りた瞬間、目が合った。


 途端に青ざめる乃亜。

 隠すように手を後ろに回したが、はっきり見えてしまった。


 乃亜が受け取っていたのは、万札だ。


 期せずしてすべて目撃した男。

 だが何事もなかったように歩を進める。


 大通りから一本入った住宅街。

 マンションのエントランスにさしかかったところで、呼び止められる。


「あの、おじさん……梶野(かじの)さんだっけ……お隣の」


 乃亜は潤んだ瞳で見つめ、わざとらしく艶めかしい声で話す。


「さっき見たことさ、秘密にしてくれないかなー、なんて」

「……つまり、親とか学校には知られたくないんだ?」

「……うん、そう」


 返事もせず、梶野は再び歩き出す。

 慌てて乃亜はすがりついた。


「あのっ、ほんとにバレたらやばいんです!」

「…………」

「お願いっ、何でもしますから!」


 ピタッと、梶野の足が止まる。


「何でも?」

「は、はい」

「……ならまず、ウチに来てもらおっか」

「え……」


 2人でエレベーターに乗り込む。

 乃亜がおずおずと尋ねた。


「あの、おじさんの家で何を……」


 梶野は答えない。絶えず無表情だ。

 4階に到着すると、冷たく告げる。


「乃亜ちゃん、だよね。覚えておきな」

「え?」

「大人っていうのは、怖いんだよ」

「…………」


 梶野の部屋の前まで来ると、乃亜は小刻みに体を震わせた。

 その目は時折、隣の自宅の扉を見る。


 家のすぐ隣にさえ、危険は存在する。

 乃亜は今、身をもって体感していた。


「さあ、どうぞ」


 扉を開く梶野。

 乃亜は目に涙を浮かべながら、震える足で一歩、踏み込んだ――。


 ワフッ、ワンワンッ!


「わっ!」


 出迎えたのは、茶色と白の小型犬。

 大興奮の様子で、乃亜と梶野の足元をぐるぐるサーキット状に回り続けている。


「はい、ただいまただいまー。乃亜ちゃん、ちょっとここで待ってて」


 梶野は犬の頭をわしゃわしゃ撫でながら、部屋の奥へ向かう。


 犬もまた、爪でフローリングをチャッチャッと叩きながらついていく。ときどき振り返っては、「だれ?あのヒトだれ?」といった目線を乃亜に向けていた。


 戻ってきた梶野が乃亜に手渡した物。


「……鍵?」

「うん、ウチのね。ええっと、リードはここね。うんち袋と水入りペットボトルはこのバッグに入ってる。あと一応、オモチャも」


 ペプペプと鳴るボールを見せる梶野。犬はそのオモチャめがけ飛び跳ねていた。


 玄関脇の棚から次々出てきたのは、犬の散歩の必需品だ。


「週2〜3日くらいでいいから。キッチンの物とかはまぁ、良識の範囲内で食べたり飲んだりしていいよ。あ、あとトイレは……」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 乃亜は目を白黒させていた。


「ど、どういう……アタシは何を?」

「何でもするって言ったよね」

「は、はい」


 そこで梶野が初めて、表情を変える。

 目尻のシワが際立つ、くしゃっとした微笑みが、そこにあった。


「犬の散歩よろしく。タクトっていうんだ」

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