高橋くんの歌3 パンツ
11月に入り、北風が冷たくなってきた。
夏が終わり、長袖のシャツを着ているのだが、そろそろ朝方と夜の気温には耐えられなくなってきた。
これは早めにカーディガンか、学ランを着ないと、風邪でもひきそうだ。
でも学ランを着るにはまだ早いようにも思える。が、カーディガンは中学の頃から着ているからすでにぼろっちい。
毛玉や糸くずは大量で、袖はびろびろだ。でも、グレーの色あいと、着心地が気に入ってるから、捨てられずにとってある。
まあ、見た目はあんまり気にしてないから、たぶん今年も着ると思う。
あれ、どこにしまったっけなー?
先月中に切ろうと思っていた髪の毛も、とうとう切りに行かなかった。
前も後もぼさぼさ。耳にも余裕で髪がかかってるけど、これから寒くなるからちょうどいい。
だらしないとみられるかもしれないが、気にしない。
ありがたいことに、うちのクラスはロン毛が多いから、先生も何も言わないしね。
そんなわけで、季節はようやく秋から冬に移行した。
どこの会話でも「寒いねー」と聞こえる。
寒い、そう、寒いのだ。
女子なんか、マフラーを巻いている。それはいい。オレもしたいぐらいだし。
だけど、女子っていうのは不思議な生き物で、スカート丈が短いままなのだ。
一応うちの校則には、女子のスカート丈はひざ上下5センチってある。それが規則らしいが、いまどき守っている方が珍しい。
うちの学校に限らず、どこの学校の女子(制服着ている女子はみんな)も、みんなミニスカートだ。
見ただけで「短っ!」って思うくらい、短い。
靴下は長めのハイソックスか、ニーソか、ルーズをはいている。
オレからしてみれば、寒いんだったら、スカート丈を長くすればいいのにと思うのだが、そういうわけにはいかないらしい。
女子は見た目をもっとも気にするから、もちろん流行には敏感。短いスカートは延々と流行っているから、それ以外の長さなんか、考えられないらしい。(と、テレビで言ってた。)
オレたち男も思春期だから、そりゃ、その長さで嬉しいとほぼ全員思うさ。足は出てるわ、パンツは見えそーだわ。
けど、男にもいろいろあって、遠慮なくガン見する奴もいれば、見ちゃいけないし恥ずかしいしで、見たくない奴だっている。
まあ、女子からしてみれば、男に見せる目的でミニスカをはいているわけじゃない。っていうのは分かるが、男からしてみれば、「見て」と言われているようなもんだ。
見なければなにもないが、もしも見ていたところがばれたら、そのときから表でも裏でも「変態」「気持ち悪い」と囁かれることになる。
それは、嫌だ。
それは、困る。
っていうか、オレはどっちかというと、見たくない派だっていうのに、偶然にも見えてしまうことが多い。
まるでマンガのような話だけど、風が吹いて、前を歩いていた女子のスカートがばあって捲れたり、階段登ってるときにふと視線を上げたら見えたり。お前、わざとだろって思うくらい、これみよがしにパンツを見せて歩いている女子もいる。
もちろんすぐに視線をそらすけど、なんていうか、その後しばらくショックが続く。
不可抗力とはいえ、見てしまった後の罪悪感というか。
最近じゃあ、三人の女子がちゃりんこを漕いでいて、その全員のパンツが見えていた衝撃といったらなかった。
しかも、前。
後じゃ、ない。
そのことを中条くんに話したら、中条くんは目をまんまるにした。
「高橋は、パンチラ見る率ほんっと高いな」
「中条くんは見ないの?」
「オレーはーあんまり。たぶん背丈の問題もあるんじゃね? オレは背が高い分目線が高いけど、高橋、ちっこいから」
「ちっこい……」
まあ、確かに。
オレの身長はそんじょそこらの女子とあまり変わらない。男にしてみればチビだ。チビでよかったなあ〜と思うことって本当にない。
高いものは届かないし、女子には見下ろされるし、パンツは見えるしって、いいとこなんにもない。
溜め息をついたオレに、中条くんはがっつりと肩をくんできた。
「いーじゃんうっらやましい。目の保養ってやつ?」
「えー。オレ、見えても嬉しくない」
「高橋、シャイだもんなー」
「シャイ?」
こんな性格をシャイだなんて、イイカンジに言われたのは初めてだ。
中条くんはオレの顔をぐっと引き寄せて、こっそり耳打ちした。
「ちなみに高橋くん、どんなパンツ好きよ? オレはねー黒とかーヒモとかー結構大人よ?」
黒? ヒモ!
それは……ちょっとオレには刺激が強すぎる。自分の顔が熱くなったのが分かった。あー恥ずかしい。
「オレは、あんまり、そーいうの、興味ない」
「はーそっかー。やっぱり高橋はシャイなんだなあー」
「そういう問題じゃないと思うけど。あれだよね、女子も寒いんだったら、毛糸パンツでもはけばいいのにって思う」
「すっげー色気ないから、オレは嫌だなあ。スカート捲れて、お! って思ったら毛糸パンツだなんて、なんてロマンのない……」
「寒いなら はけばいいのに 毛糸パンツ……」
あ。思わず口ずさんだオレの歌に、中条くんは即座に反応してきた。
「お。なに今の、歌ったろ?」
そんな楽しそうな顔しなくってもいいのにって思うくらい、満面の笑みだ。
本当、オレの歌の、どこがそんなに気に入ったのかなーって思う、よ。
「や、あの、つい、思わず。ごめん」
照れ隠しにメガネをぐいぐい上げていると、中条くんは腕組みをしながら、うんうんと頷いた。
「さすが高橋。日常のありとあらゆるものも歌にするとは」
「いや、そんなたいしたものじゃないからね、うん……」
「寒いなら はけばいいのに 毛糸パンツ! な! 沢田!」
「え……?」
さ、沢田って、まさか。
女子ならだれしもが「きゃー」と叫びそうな、爽やかな笑顔と、ウインクと、ぐっと立てた親指を中条くんから向けられても、オレたちの真後ろにいた沢田サンはうんともすんとも言わずに、ただただ顔を顰めた。
これはまさに死亡フラグ、と思うのはオレだけ?
妙な緊張感が辺りを覆った。
肌寒いと思うのは、たぶん、沢田サンから発せられているなにかに違いない。
沢田サンはイケメンで長身の中条くんをしばらくの間睨みつけた後、その背後にいたオレに視線を移してきた。
ギクリと体が強張るのもしかたがない。その視線はとんでもなく冷たかったのだから。
沢田サンはしばらくした後に、オレたちに「最低」という言葉を残し、ふいっとその場から行ってしまった。
ああ……沢田サン。
次の数学の時間に、教科書見せてもらえなかったらどーしよーと、内心困り果てるオレに、中条くんは男らしく笑った。
「あいつ、ジョーク通じねえなー」
「そーだねー……」
普通の女子なら、あそこで中条くんが何を言っても、「きゃー」で済むのに。沢田サンは面食いじゃないらしい。
そのことにちょっとほっとしながら、オレは、帰り道にある雑貨屋の店頭で飾られていた毛糸のパンツたちを思い出した。
特にピンク地のサル柄とか、沢田サンがはいたらかわいいと思ったんだけど、とりあえず、内緒にしておこう。
読んでくださり、ありがとうございました。