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高橋くんの歌1

 今日の日没は五時ちょうど。

 学校の鐘が鳴ると同時に、空には淡い紫色が広がっていた。

 けれど、西の空の方角には、まだ、まばゆい橙色が広がっている。

 まるで黄金のはちみつに、真っ赤なばらの花びらを溶かしたら、こんな色になるんじゃないかと思うような、そんな色だ。

 ああ。綺麗だなあ。

 世界が眩しすぎて、目がちっかちっかするよ。

 今日は、部活も、補習もなにもない日だから、早く帰ってゲームでもしようかとオレは思ってたのに、学校の裏庭の掃除に手間取った。(今週うちの班が担当だってことすっかり忘れてたんだ。)

 季節は秋。ってことは、食欲の秋に紅葉の秋。ううんいい響きだ。紅葉の秋なんて、とくにすばらしいじゃないか。

 夏とは違う、淡い青空の中に、秋色に色づいた葉がよく映えるんだ。そりゃー綺麗だ。教室の窓の外なんかすげえ絶景。そんなものを毎日眺めてれば、あーもう秋かあっていやでも感じる。

 けど、見上げた視線の先は綺麗で和むが、視線を落とせば、そこには落ち葉という名のゴミの山が発生しているからまいる。掃除が非常にめんどい。

 しかも。今のご時世に、竹ぼうきってなによ? これしか掃除道具箱に入ってなかったんだが、どういうことよ? もしかしてうちの学校って貧乏? 

 もっといい掃除道具を買ってもらいたいと思ったが、なぜか竹ぼうきを持つと、気分が、こう、ね。高揚っつーか、興奮するのはなんでだろうね。

 飛べる! と、思うのだ。

 これでオレも空を! と、思うんだよ。

 いけるぜえ! ってね。

 実際飛べませんよ? オレには魔法とか、魔術とか、なんか、そういう特別な力なんてないからね。でも思うんだよなー。不思議だよなー。これがアニメや漫画や小説の影響ってやつですかね。

 重みのある竹ぼうきを、くるりと一回転させるだけで、背筋がぞくぞくする。我慢できずにまたがってみた。

 10秒待ってみる。

 もちろんなにも起こらない。

 30秒待ってみる。

 やっぱりなんも起こらない。

 1分経って、ようやく地面を蹴ってみたが、浮きを持続させられない。そう、これはジャンプだ。

 それでもあきらめられずに、下っ腹に「うっぐおおおおお」と雄たけびもつけて、力を込めたが。やっぱり駄目だった。

 オレの雄たけびを聞きつけて、同じ班の女子数名が遠くの方から、みょうちきりんな物を見るような目で、オレを見つめていた。

 なんという冷ややかな視線。

 なんという汚物をみるような視線。

 背筋がぞっとした。寒い。怖い。女子は怖い。

 オレの隣の席の女子(沢田サン)が、他の女子に背中をつつかれながら一歩前へ出た。

 困ったような、嫌々みたいな顔で、沢田サンは言った。

「なにしてるの? 高橋くん」

「いえ、なにも……」

 実を言うと、見ての通りですが。飛べるかな? とか思ってたんですよ。この、竹ぼうきで。でも実際は飛べませんでしたよ! あはははは〜なんてことを言ったら、ますますこの場の空気は凍ると、空気を読んだオレは、そっと静かに竹ぼうきから降りた。

「ちゃんと掃除やってよね!」

 沢田サンじゃない女子が言った。

 オレは顔を上げずに、「はい」とちっさく答えて、もくもくと掃除を開始した。

 さわさわさわと、竹ぼうきを動かすと、ようやく女子の気配が散った。オレはほっと胸を撫で下ろして、さわさわさわと調子に乗って竹ぼうきを動かした。ちょっと、これ、楽しいぞ。全然葉っぱあつまんねーけど。

 学校の裏庭は広いから、みんな遠くで掃除している。

 ふと顔を上げれば、何人かの女子と男子は、なにやら集まって話をしている。ちょっと楽しそうでうらやましい。けど、オレみたいに一人でちゃっちゃと掃除をしてるやつもいる。沢田サンとか。

 さっきも言ったけど、沢田サンは、オレの隣の席の女子だ。仲がいいか悪いかといえば、普通だ。オレから見て、沢田サンはふつーの女子。派手でもなく、暗くもなく。どっちかっていえば、暗そうだけど。でも、本当にふつーっと思える女子だ。

 少し長めの黒髪とか、セーラー服のリボンとか、スカートの裾が、少し肌寒い秋の風になびいているのが見えた。

 気があるわけではないのだが、こうこう光景をみると、どうしてもどきっとする。男だからね。遠目だからかもしれないけど、きれいだなーってしみじみと思った。切なくもなった。秋はなんでも感傷的になるねえ。オレは、思春期だから余計にかな。

 俳句部、詩部というか、なんかとりあえず思ったことを思ったままに歌っとけ! みたいな、バーニングハートの持ち主から作られたという、『歌部』に入部しているオレは、首を傾げた。

 なんかいいの、できないかな。できそうなんだがな。うーんうーん。

 この、今のオレの感情を。うーんうーん。

 竹ぼうきでさっさと落ち葉を掃きながら、オレはぴんときた。

 ぐるりと視線をめぐらせて、その先には沢田サン! これだ。

「竹ぼうき 掃いた先には沢田サンってどおよ! う、イケてる気がする!」

 むしろイケてる。イケすぎてる。

 オレの、ちょっと胸キュンしちゃった思いが、この歌には込められている。のが、わかるでしょ!

 うわーやべー。こんないい歌なのに、発表できねー。発表したら、オレの今の気持ちがみんなにばれる。だだもれじゃないか。それは困る。

 からかわれるのは必須だってのに、席が隣な奴と、こんなことで気まずくなるのは嫌だ。教科書忘れたとき、見せてもらえなくなっちまう。それは困る。

 だからオレはこの歌をそっと胸にしまった。

 そんな一人遊びをしていたから、オレの持ち場はなかなか掃除が終わらなかった。というか、落ち葉が掃いても掃いても落ちてくるから、みんなも諦めて掃除を止めたのだ。

 オレはこの短時間の間に愛着のわいた竹ぼうきを、最後に綺麗に掃除箱に片づけて、拝み。こうして一人帰り道を歩いている。

 空は着実に夜に向かっている。

 紫色が空全体に広がって、一番星が光りだす。月は細い三日月で、白銀に輝いている。

 あまりうるさくない大通りをさけて、家路に向かいながら、オレは鼻歌交じりに今日の歌を口づさんだ。

「竹ぼうき、掃いた先には沢田サン。竹ぼうき、掃いた先には好きな人。なんちってね」

 胸の中でぱちんとはじけた甘酸っぱい感情に、心が小躍りしそうだ。今ならなんでもできそうな気がするのは、調子に乗ってるから?

 いい歌ができた日は、足が軽くなる。このまま、竹ぼうきなんかなくったって、空も飛べそう。

 思いを歌う『歌部』に所属するオレは、明日も歌う。毎日歌う。

 オレの中に熱くたぎる思いがある限り。

 バーニングハート。

 それは『歌部』の心臓であり、オレの心臓でもあるのだ。


 

 

 


読んでくださってありがとうございました。

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