2話後編
食べます!
音のする方へ歩いて早1時間と少し、人は見つけられなかった。
火薬の匂いを追ってきたものの、途中で風によってかき消されてしまった。
しかし、そんなことでめげるセイレムではない。
何か腹に入れるまで、止まらなそうだ。
キョロキョロと辺りを見回したり、匂いを嗅いだり
とにかく手がかりがないかと必死だ。
うん、わかる。ご飯食べられると思ってたから余計に腹が減ってきた気がするしね。
「アン!あれ見て!」
セイレムが指差す方向を見てみると、煙が上がっていた。
誰かが火を起こしているのだ。
今度こそ!今度こそ本当に人がいるはずだ!
「魔王様!行きましょう!」
「いくぞーーー!アン!おいてくぞおおおおおおおおおおおお!」
セイレムとバフォちゃんの瞳に光が、いや、炎が宿った。
煙を上げてる家の人、この二人の勢いに引かないかなと若干心配になりながらも
ご飯が食べられるという期待がまたふつふつと湧いてきた。
うん、俺も腹が減った!
「行ってくれ!バフォちゃん!みんなで飯を食べよう!」
そして、二人と一匹は煙の方へと駆けて行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー2時間後
「ついに、ついに見つけたぞ…!」
「メシダアアアアアアアアアアアアアア!」
煙突らしきところから煙の上がる木製の小屋を見つけた。
チラリと見える裏側には、大きなかまどが見える。
煙の正体は、そのかまどからだった。
美味しそうな匂いはしない。
むしろこれは、木が焦げる匂いだ。
グワァラ
「誰かいるかー!飯を食わせてくれ!!!」
セイレムが勢いよく扉を開ける。
壊しそうな勢いだったが、なんとか形は残っているようだ。
俺とバフォちゃんもそれに続く。
「五月蝿えなぁ。なんだ、誰だ。おんなぁ?なんだそいつ、羊かぁ?
それに、ガキか…?」
中にいたのは頭に布を巻いた、中年の男だった。
何を言っているのかわからないが、不快になるってことはなんか言っているなと思う。
セイレムも若干笑顔が引きつっていた。
「シンジュクから徒歩でここまできた。山の中を迷ってな。この2日ほとんど何も口にしていない。
食料を分けてくれないか。金ならある。」
引きつった顔はそのままに、おそらく交渉をし始めた。
淡々と話すその様子は、いつものセイレムらしからぬ、真面目な雰囲気だ。
いや、あれは威嚇か…?
すると男もそれに気づいたのか、威嚇し続けるセイレムをいなす様に話し始めた。
「へぇ?その割には随分威勢がいいなぁ?まだまだ元気みたいじゃないか。
ここには大したものはおいてないんだ。他を当たってくれ」
ひらひらと手のひらを揺らす。交渉はうまくいっていないようだ。
「大したものはない?そんなはずはない、銃の音がしたんだ。あんたの手からも匂いがするぞ。
何か仕留めたろ?全部とは言わない。それを少量分けて欲しい。この世界の金なら払う。」
チッと言う舌打ちとともに、今度は男から怒号が飛んだ。
その態度に正直俺もイラっとする。
あー、やっぱ殺した方が早くないか。これ。
おそらく、俺の異変に男が気づいたのか
ニヤリと笑い、そして声を出して笑い出した。
「いやー!すまんすまん!そんな目で睨むな、坊主。
母ちゃんをとって食いやしねぇよ。あんたも、あんたのガキに危害は加えないからよ。
そんなに睨まねぇでくれや。大したものがないのは本当なんだからよ。」
はははと、おそらく食べ物の入ったカゴのようなものを出してきた。
芋に、野草に、なんだこの、3角形の植物は。
じーっとそのカゴを凝視していると、男が話し始めた。
正直さっきから何をいってるかわからないです。
でも雰囲気、雰囲気でいける。気がしてる。
「あー、流石目が高いねぇ、坊主。イノシシでも取ろうかと山に入ってきたものの、なーんにもとれなかったからよ。
タケノコとってきたんだ、なんだ、おめータケノコが珍しいか。肉はねぇが、ここら辺の野菜なら焼いてやれるぞ。味噌もある。焼いてやろうか。ちょっと待ってろよ、おい、かーちゃん!」
「かーちゃん?!私の名はセイレムだ!カーチャンなどと言うものではないぞ!それと、そのタケノコとやら上手いんだろうな!いや、美味くなくてもいい!もらおうか!」
「そうか、かーちゃんじゃねぇのか。じゃぁ、ねーちゃんか!威勢のいいねーちゃんだ!
ちょっと手伝ってくれ!食わせてやるからよ!」
そう言うと、野菜を持ったまま外へと出て、先ほど見えたかまどへ向かう。
黒い枝や幹が大量に積んである。
それがなんなのかわからないが、どうやら上手いものを食わしてくれると言うことだけはわかったので
バフォちゃんと静かに、座っていいと言われた場所へ座った。
飯の支度をしながらセイレムと話をしているのをぼんやり聞きながら、その黒い枝に火が入っていくのをじーっと見ていた。
「ここはよ、炭焼き小屋だからよ。何かを焼くぐらいしかできねーんだ。でも、まぁ、芋もタケノコも、丸焼きがうめぇーんだよ。バターがあればなおよし、なんだがまぁ、我慢してくれ。」
「芋の丸焼きというのは食べたことがあるが、タケノコというのは初めてだ。期待している!」
「そうかい、うめぇぞー」
火のついたスミの山へ銀の紙で包んだ芋とタケノコを投げ入れる。
そこへおっさんが、塩と、茶色い色のソース、黒いソースを持ってきた。
「こっちが、木の芽味噌、ちょっと甘い。で、こっちが醤油ってやつだ。砂糖もあるぞ。どっちも美味い。
好きに食え!肉があればなお良しだが、これ食っとけ。いやまだ早いか、焼けるまで待ってくれな」
そこからは、1分が永遠のように感じる時間だった。
芋の焦げた香ばしい匂いが漂ってくる。手袋をした男がスミの山から芋を取り出し、豪快に割る。
湯気が立ち上り、そこへ塩をさっと一振り。
「ほら食え!熱いうちにな!」
渡されるがまま、3人とも芋にかぶりつく。
うわぁ…
なんだこれ…
「うんまいぃひぃぃ」
紅潮した顔でセイレムが感想を口にした。俺も知ってる単語だ。
うまいって意味だ確か。
たしかに、うますぎる。わかる。
この芋、甘い!ひたすらに!塩をかけたのは大正解だ。
より甘さが引き立って、幸せが押し寄せてくる。
ほくほくとした食感のあとから、ねっとりと広がる旨味。
空腹だったことを差し引いても、断言できる。
この芋はうまい!
「塩だけでも、うめぇけどよ!味噌もうめぇぞー!でも味噌はよ!こっちだろうなぁ!」
そう言って、三角形の何かにナイフを入れると
芋とはまだ別の豪快さで割る。
立ち上る湯気が、なんとも香ばしい。
そこへ味噌を塗る。二文字の調味料は覚えやすくていいな。
「ほら!食え坊主!!俺は芋より、今の季節は断然こっちだよ!」
ずずいっと差し出された三角形のもの。
湯気が立ち上り、味噌はつやつやとしていて今まさに食べてくれと言わんばかり。
食べます。
食べますとも!
サクっ
小気味好い音と共に、甘辛い味噌と鼻から抜ける独特の香りが
食欲をどんどこ誘う。
なにこれ、すごい。
初めて食べたがなんて食べ物なんだ。
サクサクっ
こり…しゃくり…
うまい…芋のようにダイレクトにくる甘さはないが
この食べ物は地味さの中に奥深さがある。
ずっと食べていたい。なんなら、国の酒と一緒にいきたい。くいっと
「うまいが私は、芋の方が好きだな。食感はわかるが、甘さがないのがな!」
「私もです。セイレムと気があうなんて気持ち悪いですが、芋の方が好きですな」
…2人ともわかってないな。この奥深さを。いや、芋もすげーうまいんだけどね。
バフォちゃんはセイレムと一緒なのが気に食わないのか、俺にだけこっそり感想を伝えてきた。
「そうかー!残念だ、これはたけのこっつーんだよ!たーけーのーこー!うまいんだけどなー!
まぁ、好みっつーのがあるからよ!好きに食って良いぞー!こんなもんしかなくて悪りぃなぁ!」
「魔王はたけのこの方が好きそうだな。これはたけのこっていうらしいぞ。うまいか?」
コクリ…と静かに頷いた。タケノコ…お前のことは忘れないぞ。
しみじみとしたうまさ、噛み締めていくよ。
そしておっさん、ありがとう。タケノコに出会えたのはおっさんのおかげだ…と
内心思っていたが、それもタケノコの楚々とした旨さと共に、俺の中へ落ちていった。
うまい芋とうまいタケノコを堪能した俺たちは、おっさんに礼を言い再び山の頂上を目指すことにした。
別れ際おっさんはセイレムと何か話しをしていたが、言葉がわからないので
その内容は定かではなかったが、なにやらセイレムが笑っていたので
おそらく良いことなのだろうと思う。
言葉がわからないのはやはり面倒だな…と思うものの
セイレムのおかげで美味いものにありつけていると考えると、たまには感謝いても良いかなと少し思…いややっぱだめだ。
美味いものに感謝しよう。ありがとうタケノコ!ありがとうおっさん!




