2話前編
タカッカッタカッカッガササ!ガサ!
タンッタカッガサッカッカカッザザッ
「バフォちゃん、もっと早く!」
「無茶言わないでっくだっさい!」
「いやー!強そうだなー!楽しそうだなー!何で倒しちゃいけないんだー?」
「相手はクマだぞ!!クマはドラゴンの次に強いんだ!相手にするな!」
それはーーーーー遡ること数時間前。
次の街に向かうために、川沿いをてくてくと3人で歩いていた。
(街といっても、どこからが街でどこからが街ではないのかわからないが)
「下流には下流できっと街があると思うが、一度この世界を見渡しておきたい。
だから川の上流へ向かおうと思う。上流はきっと山へ続いているからな。山の上からあたりを見てみよう。
それに、川沿いを行けば水も困らないし、食料も川魚でしのげる。
祭り以来、食べるものも食べていない。腹が減ったな。しかし、どこが店なのかも分からん。
何か読めるものはあったかセイレム。」
「いやまぁ、読めるんだけど、それが何を指しているのかが分からないんだ。
てーしょく?こんびにえんす?もっとわかりやすく、道具屋、宿屋とかにしてくれないかなぁ。」
「字が読めるというから、期待したんですよ!なのに、この仕打ち!まさか、女勇者がポンコツだなんて!」
「まぁまぁバフォちゃん、そう言ってやるな。それ以上言うと、俺が傷つく」
「まっ魔王様は、そこから指示を出されているじゃないですか!バッチリです!素敵です!」
「ホント、アンは頼りになるなー」
などととりとめのない会話をしながら、かれこれ2日は歩いているだろうか。
そのおかげでなのか、セイレムのこと、そしてこの世界のことも少しずつわかり始めていた。
セイレムは勇者ではあるが、正式な勇者ではないため、本来の勇者の3分の2程度の力しかないと言うこと。
そのため、倒せるはずであった俺を倒しきれなかったようだ。
また、識字能力に関しても、読む・喋る・聞く・書くことはできるが、自分が意味を知っているもの以外は理解できないという縛りがあるようで、大部分で字に対する意味がわからない。
なので、その場にいる人間に直接話を聞いて、情報を仕入れなければならないのだが、この世界はひどく勇者に冷たい。のちにその理由が鎧と剣を所持している為とわかったのだが、理解するまでに流石のセイレムも何度か心が折れていた。
しかし、その苦労もあってか、セイレムの外見もかなり変化し、現在は周囲に溶け込むよう服装を魔法で変えている。
金の長いふわふわとした髪を高いところでまとめ、こちらの人間と同様の服装に変えた。
動き回るための服装を通行人に尋ねたところ『たいそーふく』というものを教わり、『たいそーふく』は機能的でとても動きやすいとセイレムは気に入っていたのだが、寒いという理由で途中から『はかま』というものに変化した。
足元は手本にしていた人間から教わった、『ぶーつ』という履物だ。
剣も預かると提案したら、剣はセイレム以外は触れないらしいので、入れ物で隠してセイレムが持っている。
俺はよれよれの布に包まれて、バフォちゃんに乗っているだけだから必要ないと服を着ていなかったのだが、セイレムがどうしてもと言うので、同じぐらいの体格の人間が着ていたふわふわもこもこ気持ちのいい服に着替えた。バフォちゃんとほぼお揃いだ。
自分たちの身なりも整ったところで、いよいよ本題の「この世界は一体どこなのか」という議題について話し合うに至った。
セイレムが言うには、女神の力が及ばないことから確実に異世界であるようだということ。
それに関しては、一同納得である。
俺も、バフォちゃんも最初にいた場所(後にシンジュクと判明)はとにかく魔力が吸収しにくかった。
魔力がないと何を行うにしても制限がかかってしまう魔族において、魔力の吸収が難しいと言うのは
死活問題だ。
そのため、魔力の流れの変化には敏感で、二人ともが確実に魔力の質が変化していると感じ取っていた。
セイレムは女神の力が、俺とバフォちゃんは魔力が、吸収しにくいため、いつも以上に食べ物の力を借りないと存在すらも危ういかもしれないと言う状況に陥っていた。
そんなことは、元の世界ではあり得ない。
女神の力を人間の中で最も吸収できる人間が勇者であり、魔力を最も吸収できる魔族が魔王だからだ。
この世界が自分たちのいた世界とは全くの別世界だと再確認したところで、元の世界への帰り方を各々出し合った。
そもそもこの世界になぜ飛ばされたのか、から考えねばならないが、それについては結論が出ないと言う結論に至った。
元の世界でそれぞれの力を操る最高位にいる者同士が、なぜ別の世界にいるのかを理解できないと言うことは、それより下の力の人間および魔族がいたところで結論などでない。
知っているはずがない、いや、そもそもそんな方法が存在するはずがないからと言ったほうが正しい。
となれば、自分たちと同様、もしくはそれよりも高位の存在に疑問を投げかけるしか方法はないが、尋ねるべき相手が今現在ここには存在しない。
となれば、『なぜ異世界へ来てしまったのか』を考えるよりも『どうすれば元の世界に帰れるのか』を考えた方が建設的だ。
そこで、世界を見渡すため、山へ登ろうという結論に至ったのだが…
そこからは冒頭部分へ戻る。
「山に入った途端、クマに出会えるなんてついてるねー!ご飯にしよう!ご飯に!」
セイレムは走りながらも楽しそうだ。
俺は、バフォちゃんにしがみつくので必死だぞ。あんなの倒して飯にできる自信がない。
バフォちゃんも走るので必死なのか、一言も話さなくなっていた。
「というかさー、アンは動物と話せるんじゃなかったっけー?あれ?違ったっけ?」
「こっちの動物はっ!あがっ!舌噛んだ!うわっ!とにかく無理だ!」
「おっけー!ホイジャ逃げよー!いっそ川渡っちゃう?!」
「そうだ!バフォちゃん!川を走れ!」
というと同時に、魔法陣を展開し道を作って川の上を走った。
川を渡るということで、クマの頭も冷めたらしい。
グフォオオオオと鳴くと森の奥へと帰っていった。
「なんでこんなことに気づかなかったんだ…俺…なんなら空だって飛べたよ…」
「いえ…助かりました、魔王様はやっぱり流石です…」
ぜぇはぁと肩で息をする。バフォちゃんもすっかりおとなしくなってしまった。
頑張ってた、バフォちゃんは頑張ってたよ。ありがとう。
「うちらが不用意に縄張りに入っちゃったからね。クマにもちゃんと謝りたかったね。」
「全くだ。クマはドラゴンの次に強いんだぞ。ドラゴンって言ったら、俺の次に強いんだ。それも分野によっては俺、負ける可能性あるし。ちゃんと謝らないと、また怒られる…。」
「そうですね、ただただ縄張りに入ったことを怒っていただけでしたしね…。申し訳なかったです。」
「まぁまぁ、次会ったら謝ろー謝ろー!それよりさぁ…」
「「「腹が減った」」」
「わあああああ!だよねえええええ!私はもう、限界です。動けません。飯を…誰か…」
そう言うとセイレムは音もなく崩れ落ちた。
当たり前だ、2日は食べていない。川の水は飲んではいたが、そんなもので腹が満たされるわけもなく、さらにそこからクマに追われたんだ、無理に決まってる。
「……シンジュクと言う所よりは幾らか魔力が吸えるようになったものの。依然として吸いづらいことに変わりはない。まじめに何か食べないとそろそろまずいな。」
「思った以上に川魚もいないですしね。…木の根でもかじりますか?」
「バフォちゃん…それは流石に…」
ズガァアアアアアアアアアン!
騒然たる音が山の奥の方から響いてきた。
何が起こった音なのかははっきりしないが、犬の鳴き声が前後にしていた気がする。
それに
「魔王様、火薬の匂いです。おそらく銃火器を使用した者がいるかと」
とバフォちゃんが言っている。
俺も銃だと思うのには賛成だ。と言うことは人間がいると言うことにも繋がる。
「おそらく人がいる。話しかけて飯を分けてもらおう。なんなら殺しても…」
「だからーそれはダメだって言ってるだろ!アン!何か対価を渡せば、譲ってくれるさ!穏便にいこう!」
セイレムと一緒だとこう言う時に面倒くさい。まぁ、しょうがないと言えばそれまでだが。
背に腹は変えられない。
とにかく音のする方へと向かった。